第90話 彼女と彼女の本当の秘密
人は時に、本当に大事な情報を、その時が来るまで
教えてくれなかったりする。
ランタナ王子と一緒に城へ行くと、城内にいた侍女さんが魔法を掛けてくれた。煤まみれの身体があっという間に綺麗になる。
記憶に新しい謁見の間へと向かうと、俺の立った間の中央には大きなテーブルが置かれ、そこに王様とお后様、そしてトネアス王子がいた。
周りにも、騎士など沢山の人が出入りをしている。魔物による被害の対応に追われているようだ。
「タクミの力に救われたな。感謝する」
魔物について報告し、王様からお礼の言葉をもらった俺は、そのまま彼らに促され上の階へと上がり、廊下の奥まで進んでいった。
ある部屋の入り口に女性の騎士さんが立っていて、俺を見るなり敬礼をされる。
「タクミ様。中でロゼリス様がお待ちです」
青いステンドグラスの扉の向こう、広い部屋の中央には大きなベッドが置かれていた。側にはガルベラとトレチアさん、そしてロゼリスの侍女さんが立っていて、三人とも表情が固い。
なんだろう、この空気。
恐る恐る近づくと、ベッドのうつ伏せになり、肩から足まで布を掛けられた彼女が、薄らと目を開けて俺を見る。すぐにお互いに目が合った。
熱があるのだろうか、目が虚ろでぐったりとしている。
顔が赤くて、あまりにも赤いからおかしいなと思い腕へと視線を移すと、布から真っ赤な腕が覗いていた。
全身が赤い。
辛そうな顔。布越しでも息が荒いことがよく分かる。
「もしかして、そんなに酷い火傷していたの?」
彼女は何も反応しなかった。ただぼんやりと俺の方を見ている。
「外では、暗くて火傷が分かりにくかったのですが、手や足、背中側が特に多くて。酷いところは水脹れが出来ていました。
足の傷も中々深くて、塞がるまでに時間も掛かりそうですし、痕も残ってしまうかもしれません。もしかすると、歩けなくなる可能性も否定できません……」
顔を歪めたトレチアさんが俺の方を向き、説明してくれた。
トレチアさんは、ガルベラの婚約者だ。
彼女は5種類の魔法を持つ。それで以前、俺から魔物から受けた瘴気を消して、傷を治してくれたことがある。
彼女は今回も治療のためにいる?
ロゼリスもきっと瘴気を受けていただろうから、闇魔法も光魔法も扱える彼女へと、ロゼリスの治療を任せたのかもしれない。
(でも、やっぱりなんか変じゃない?)
だって、トレチアさんの光魔法は1だ。王女の治療をするなら、もっと光魔法の強い人が居てもいいはず。地方郊外ならまだしも、ここは城だ。いないはずがない。
それにロゼリスは、服が染まるほどの大きな切傷と出血、そして全身に火傷を負っているのに。未だに治療を受けずにそのままだという感じだ。
「治療師さんは居ないんですか?」
周りを見渡すも、それらしき人は見当たらない。
しん、と部屋が静まる。トレチアさんもガルベラも、そして振り向いた先のランタナ王子も、それぞれが険しい顔をしている。
「え、どういうこと?」
するとトレチアさんが、重々しく口を開いた。
「タクミ様ですから、お伝えして構わないかと思いまして。私からお話いたしますね。
……ロゼ様には光魔法が使えません」
「光魔法が使えない? それ、どういうことですか?」
「ロゼ様に光魔法を使っても、何も効果を示さないという事です」
光魔法が効かない。
ということは回復魔法が効かないってこと?
「じゃあロゼはこのまま治らないって事ですか?」
「いいえ、自力で治すしかないということです」
トレチアさんから修正が入る。
自力で治す? ああ、そうか。向こうの世界では当たり前だったことをもう忘れていた。
この世界だって、平民は小さな怪我くらいなら魔法に頼らず、自然に治るのを待つとナタムも言っていたし。
でも。この大怪我の状態の彼女が、自力で治るのを待つしかないだって?
「何で?」
頭を整理する。
ロゼリスは、光魔法を受けられないというか、光魔法を受け付けない身体だというのだ。
「天族の血は、他人を救うためには働くが、己の救いは受け付けぬ、……そう聞いております。
戦禍では、アネモ殿下も同じ理由で亡くなられたそうです」
トレチアさんは、俺からロゼリスへと視線を向けた。
「……ロゼ様も。ロゼ様は、ちゃんとご自分の体質を分かっていたはずなんですっ! だからこそ、今回はまさかの出来事で、っ……ロゼ様……」
ガルベラが彼女の肩を抱いて宥めた。
目の前のロゼリスは相変わらず虚ろな目をしているが、トレチアさんの声を聞いてか、彼女に向けて僅かに手を伸ばした。
トレチアさんがロゼリスの手へと自分の手を重ね、ふわりと淡い水色の光を放つ。
「怪我をいち早く自然に治すためには、自身の魔力に頼るのが一番です。
魔力は物を食べ、眠れば自然と作られます。
でも、今のロゼ様には。食べることすらままならなくて……」
静かに彼女の話を聞くガルベラ。
それにランタナ王子と、ロゼリスの侍女さん。
彼らは皆、彼女に光魔法が効かない事を知っているような反応だった。
「幸い、ロゼリスは水魔法の特化型だ。
タクミ、私たちと同じ特化型だ」
ガルベラの言葉を聞いて、先程マスターが教えてくれた事を思い出した。
俺が燃え盛る植物園の中で、周りの火を魔力に変えて取り込んだように、特化型は特別に周りのものを魔力として取り込む能力があると。
火魔法特化型の俺は火を。土魔法特化型のガルベラは土を。そして彼女は水を……。
今さっきトレチアさんが使ったのは水魔法の一種だろうか? ロゼリスの身体へと吸い込まれるように消えていった気がする。
そう思い再びロゼリスの方を見ると、ぼんやりとしていた瑠璃色の瞳がしっかりと俺の方を向いた。
「拓巳くん……あの魔物は、倒せたの?」
「うん、倒せたよ。ロゼのおかげだ。ありがとう」
ここに来て初めて彼女が口を開いた。
俺は彼女に近づいて、ベッドの前に屈んで答える。
「拓巳くんは、怪我……してない……?」
「うん。大丈夫だよ。ロゼの魔法が守ってくれたから」
「…………」
沈黙が流れる。
「少し、二人で話をするか?」
「いいんですか」
するとランタナ王子に声を掛けられた。
ガルベラとトレチアさんは、彼と一緒に部屋を出ていく。ロゼリスの侍女さんは部屋の扉の前で待っています、何かありましたら、扉を叩いてください、と答えるとそっと扉を閉めて出ていった。
静かな部屋に俺とロゼリスの二人だけになった。
「よかっ……た……」
安堵の表情を浮かべて目を伏せるロゼリス。だが、変わらず息は荒く苦しそうだ。
ベッドサイドには氷水が作られていて、中にタオルが浸してある。絞って首元に置かれたタオルと交換すると「ありがとう……」と弱々しく返事があった。
彼女と目線が合うよう、床の上で足を崩しベッドの縁へと肘をついた。うつ伏せのまま、横を向く彼女と同じ目線となる。
再びぼんやりと俺を見始めたロゼリス。
だがなぜか、急にその視線が怖くなり、俺は咄嗟に視線を外し、周りの様子を見始めた。
ここが彼女の部屋なのか。見渡せば花をモチーフにした家具や小物が多く置かれ、所々に生花も飾られている。
更に視線を動かしていると窓辺に花瓶が置かれ、四輪の彼岸花があの日と姿を変えぬまま、とても綺麗に咲いているのに気がついた。
朝日を浴びてそのシルエットがくっきりと見える。
彼岸花。
俺の故郷、日本の花だからという理由で、彼女が取りに向かった花。
未知の魔物が飛ぶ中、火の海へ飛び込んで。
怪我をしたら魔法では治せないと分かっていただろうに、それでも彼女が守りたかった……花。
赤と白の彼岸花は、あの日の花火を思い出す。
俺がこの世界に来る直前、あの世界で見た夏祭りの打ち上げ花火をだ。
きっかけは何だったんだろう。
何故、俺はここに来たのだろう。
何で俺たちは出会ったのだろう。
そして仲良くなって、お互い好きになって。
その先に待っていたのが、まさか彼女の大怪我だなんて。
「俺が来なければ。こんな事にはならなかったのかな」
「……え?」
目が、合う。彼女が俺の事を、しっかりと見ている。顔が赤くて、本当に辛そうで。
俺と出会っていなかったら。きっとロゼはこんな必死に、彼岸花を守ろうとはしなかっただろう。
「俺と出会ってなければ、今だって、こんな思いをしなくてよかったのに…」
痛く、辛い思いをしなかっただろうに。
「………か」
彼女の腕が伸びて、俺の頬を叩いた。きっと、叩いた。が、彼女がただ、力なく手を添えたような形となってしまった。
「拓巳くんの馬鹿。
出会わなければ良かったなんて、もう二度と言わないで」
人は時に、相手の気持ちなど考えもせずに、思うままに本音を打ち明けてしまう事がある。
俺はその事に、ここに来て初めて気が付いた。




