第75話 お忍び
「拓巳くん、ごめんなさい」
繋がれた手。
祭りの音の中を俺たちは歩く。
「何でロゼが謝るの?」
「だって、拓巳くんはただ話しかけられてただけなのに、急に拓巳くんを盗られちゃうような気持ちでいっぱい……自分が醜くて嫌になる」
繋いだ手の力がきゅっと強くなった。
「ふーん…それは嫉妬心っていうんだよ」
「嫉妬」
街中で俺に声を掛けてきた女の子たち。
それを見て彼女らに水をぶっかけたロゼリス。
やはりロゼリスは俺と話をしていた女の子たちにヤキモチを妬いていたらしい。
申し訳なくなったのか、歩く中で彼女は少しずつ表情を曇らせていた。
(別にそういう顔をさせたかったわけじゃないんだけど)
今日だって、彼女と笑顔で過ごしたいからこそ、こうして一緒にいるというのに。
こういう時は素直な気持ちを伝えるのがきっといい。そう思い、大通りから路地へと入ると、彼女の方を向いて自分の気持ちを整理した。
「あのね、ロゼ。俺はこの世界に来てから、こんなすぐに大事な人が出来るだなんて思ってもいなかった。
本当は学園を卒業して仕事を持って、一人でも十分に生活できるようになってから、恋愛はそれからでいいと思ってた」
「…うん」
「俺はロゼの事が好きでしょうがない。
今だって嫉妬された事を嬉しく思っちゃうくらいロゼに夢中なんだ。他の女の子には興味ないから、心配するなよ」
「……私も拓巳くんの事でいつも頭いっぱい。
でも、拓巳くんは、嫉妬したりしないの?」
「場合によるよ」
そう、場合による。
「まあな…俺の知らない所で、ロゼが知らない男と密に話してたら流石に嫉妬する。
だけどロゼ、仕事だったり日々の生活の中で、男の人と話しないといけない場面の方が多いだろ?
そこはちゃんと分かってるから、気にするな」
「不安に思わないの?」
場合によるけど、余程の事がない限り不安には思わない。
「だってロゼ俺の事好きなんでしょ」
「う、うん。好き…」
「俺も好き。ロゼのその気持ちを信じてるからさ、疑う余地なし」
「うん…私も信じる」
彼女が笑った。
うん、素直に伝えてよかった。そしてやっぱり彼女は笑っている顔がいい。
近くで軽快な音楽の演奏が聞こえ始める。待ち合わせからの出会いはちょっと予定外な感じになってしまったけど、せっかくのお忍びデートだ。楽しみたい。
「さ、お祭り見て回ろう?」
「うん」
再び大通りへと戻る。
並ぶ屋台は、城下街の色々なお店が大通りへと出てきて、それぞれ屋台を開いているものだった。
屋台料理は勿論、天然石を使った装飾品も売っている。その中には魔法石が使われているものがあり、魔法石が城下町でも少しずつ普及していることを実感した。
(花の祭か)
歩いていて特に実感したのは、やはりこの祭りの主役は花だということ。そもそも花屋の屋台が多く、また料理や焼き菓子、装飾品など売り物の多くも花の形へと象られているものが多い事だった。
(これだけ花で溢れているのに、食用だけにはなっていなかったのが不思議すぎる)
これに関しては、長年の文化の違いだからしょうがないんだろうけど。
目に留まった屋台。串刺しされた焼き鳥風の肉料理。肉の間には花柄にくり抜かれた根菜が添えられている。肉はやはり魔物の肉だろうか、美味そうだと思うくらいにはもうこの国の食生活に慣れたらしい。
隣の王女様に賛否を伺うと、なんと彼女が食べ歩きまでもをOKとしてくれた。どうやら昨年もお忍びで祭りに参加し、こっそり一人で食べ歩きをしていたそうだ。
大通りを進んで広場に着くと、中央の噴水には沢山の花が浮かべられており、なんとも可愛らしい雰囲気になっていた。
少し休憩しようと、噴水の傍に二人腰を掛ける。
「ねえ、拓巳くんの故郷にもお祭りってあった?」
「あったよ。祭りといえば焼そばビールにかき氷。…って食い物ばっかだな」
多分彼女が聞きたいのはそういう事じゃない。
「何かをお祝いしたりするの?この国のお祭りは、花や植物の豊作を祈るのが目的だけど」
やはり彼女が聞きたいのはどんな祭りか、というものだった。
日本の祭り?結構な数があるけど昔からの祭りだとなんだろう。
記憶や知識を辿り、なんとか思い出していく。
「そうだな……元々は神様への信仰が始まりかな。
それこそ祈願だったり、感謝だったり、その土地の有名な文化や季節に関係したものを題材に開催したり。
本当に沢山の種類の祭があって…今だと種類だけでも何千何万とあるんじゃないかなぁ」
「そ、そんなにあるの?
そうしたら、もしかしてお花のお祭りもある?」
花の祭り。ぱっと思い出すのは桜祭り、紫陽花祭り…そのくらいだ。
「あるある。でも土地とか季節は限定されるかな」
「どんな花なんだろう…」
未知の花を想像しているのか、彼女の目が輝いている。申し訳ない、今思い出せるのはそのくらいだ。
「あ、そうだ。でも花の祭以外の時でも、祭りの時によく着る服があるんだけど、そこに花の絵が使われる事が多かったよ」
頭の中で男女の浴衣姿が思い出された。男と比べると、女の人は特に花柄の浴衣姿が鮮やかで綺麗だった。そのまま、ロゼリスが浴衣を着るとしたら、彼女は何色が似合うだろうか…と考えてしまう。
「あとは、花…祭の花だろ、屋台で花売ってるの俺は見た事ないし、うーん、
あ、花火とか」
「はなび?」
浴衣から連想して思い出したのは、あの日の祭りの風景だ。
疲れ切っていたけれど、視界に入ってきてよく覚えている。沢山の屋台に色とりどりの浴衣姿、そして背後に開く大きな花火。
『花と、ひ………花と火?それで花火?』
「うん。花と火。空に大きな火を飛ばすんだ。色々な色の火の玉が丸く広がって飛ぶんだよ。それが花みたいに見えるから花火」
「火の花……それは、どうして?」
花火の目的?なんだっけ。確か花火の目的って…
「えーっとね…確か戦争や災害とか、これまでに亡くなった大事な人の事を思うためのもの。だったかな。
日本ではね、亡くなった人たちが実は死後の国で生きていて、しかもその国からは生きている人たちの火が見えていて。それを目印に彼らが心を落ち着けたり、時には魂が里帰りをして家族を守ってくれる、なんて言い伝えがあるんだ」
考えながら説明したものの、難しい内容になってしまった。こういうのは死生観というものだろうか。人に説明するのは、中々難しい。
彼女を見れば、彼女も自分なりに理解しようと試みているような、真面目な表情をしていた。
「たましい…ってなんだろう。精霊の仲間に近い…精神的な…概念であってる?神様に近い?」
「あってると思う。信じる人と信じない人がいるからな」
そう。誰も確認したことのない事だから、本当かどうかなんて分からない。もしかしたら死後の国なんてなくて、死んだら無になるだけなのかもしれないけれど。
「そうなんだ…拓巳くんは信じてる?」
「いいや、神様の存在は信じちゃいない。
けど、父さん母さんの魂は信じてるかな。
この世界に来た時に着ていたのが、父さんのスーツだったからさ。一人息子の為に、この世界まで一緒についてきてくれた気がして」
「お父様とお母様のたましい…」
そう。先日の謁見で袖を通して気付いたこと。
他の物は全て置いてきてしまったというのに、父さんのスーツと、母さんが父さんにプレゼントしたネクタイとピン。それだけは一緒に世界を越えてきたのだという事実。
(なんとなく、どこかで一緒に居てくれている気がするんだよね)
そう思うようになったのだ。
ふわりと風が吹いて花の香りが鼻を通る。
「そうだ、ロゼ。今からロゼのご両親の墓参り行ってもいい?」
「え?お墓?」
「前に会った時、墓参りの帰りだって言ってたじゃん。歩いていける距離じゃないの?」
「行けるけど……」
母さんと父さんのことを思い出して、彼女を見て、それで更に思い出した。
彼女の両親の事を。
彼らに会う事はできないが、墓の前で手を合わせることはできると、近頃思いはじめたところだったのだ。
「一度、二人に挨拶に行かなきゃな、と思っていたんだよね」
「お墓に挨拶に行くの…?」
「うん、お墓に二人の魂がいる気がするからね」
そう答えると、彼女は表情をはっとさせていた。




