第72話 承認
「俺の身分の話って、ロゼはいつ聞いたんだ?」
彼女との会話は、先日の謁見についてとなった。
もともとは謁見の日を境に何らかの身分がつくと覚悟していた俺。この国で王様が決めた事が絶対というのなら、それに従おうと思って、敢えて誰かに胸の内を明かそうとは思わなかった。
だが蓋を開けてみれば身分は今まで通り、無いままとなった。
ならば聞いてたみたかったのだ。彼女なりの身分に対する考えや想いを。
「春には既に聞いていたわ」
俺が質問してくると思っていたのか、彼女は特別驚く事なく俺を見返している。
「貴族や平民、自分より下の階級の人をどう思う?」
ガルベラからは何度か聞いたことがある。彼にとって貴族や平民は、近くて遠い、自分とは似て非なる世界に生きる人たちだと。だからこそ、違う発見や思考展開が出来る存在だと。
ではロゼリスは、どうなのだろう。彼女とナタムは幼馴染だというが、ナタム以外の平民と殆ど話しているところを見たことがない。俺の知っている彼女の友人といえば、貴族のトレチアさんと、そもそも身分階級とは無縁の水族のペルシカリアさんだ。
「どうって……下の人は下の人よ。
気を悪くさせたら、ごめんなさい。
でも、そもそもそれをどう思うとか、考えたことすら無かったの。
生まれた時から一番で、一族以外はみんな下の人。
私たちはみんなの上に立つ。みんなは私たちや国のために働く。私たちはみんなや国のために働く。
何かをする時は、私たちが一番。どんな時でも上に立つ。大陸国に見下されることのないように、一番でいるの。
そういう認識だったけど…」
「変わった?」
「加わったというのが正しいのかな。
襲撃を受けてから、私たちの命の重さに身分の差はないと…。
それから十年が経って。
拓巳くんが現れた。
覚えてる?初めて一緒に食堂でご飯を食べた時のこと。
本当に衝撃を受けたわ。生まれてはじめてだったの。身分も事情も関係なく、まっさらな状態で私と話をしてくれた。それが拓巳くん。
私もガルベラも、それにグランディーン一家だけでなく、拓巳くんの事を知る人はみんな衝撃を受けたと思うわ。
相手の順位をつけない。優劣をつけない。欲張らない。それでいて自由で。
それはこの国に生まれた人たちには到底出来ない、まるで神様のようだと、誰かが話していたわね」
ロゼリスの口から出てきたのは、俺を褒め称える言葉だった。だが俺は、そんな偉い人間になった覚えは微塵もない。
「みんなが俺に優しいから、そう思うだけだって」
そう答えると彼女は「そういう謙虚なところもね」と笑う。
「ガルベラは、拓巳くんから、そういう所を奪いたくなかったのよ。身分を決めることで今の拓巳くんを失ってしまうと思った。
彼のその想いを知った時、お兄様たちも、そして私も同じ想いだったわ」
理解はできない。だって俺は現にこうして身分の無い立場を維持していて、彼女たちの感覚が分からないからだ。
だがロゼリスから聞いたことで分かったのは、みんなが俺の事を一番に考えてくれたという事実。
そして、ガルベラが半年近く掛けてそれを考えてくれていたという事実だ。
『ガルベラに、いつかちゃんとしたお礼がしたいな…』
そう呟けば。
テーブルに乗せた俺の顔に、彼女の手が触れる。
『ガルベラ、よろこぶよ』
髪を透かれ、そっと頭を撫でられた。
「そうだ、これが届いたんだけど、一緒に見てくれる?」
「何?」
しばらくして、俺はとある封筒を手に取った。大きな封筒だ。開けて中身を取り出す。
「謁見で、各身分の人の署名を用意してって言われてたじゃん?
あの後ガルベラがさ、署名を集めてきてくれて。俺を知っている人たちのを集めたから、一応中身を確認してくれって、これを渡された」
彼から渡された山吹色の封筒。
中には署名がされた書類が五枚入っていた。
異世界人の俺が身分を持たずに生活する事を証明するという国の規律。
必要な署名数は三枚で良かったのだが、実際は五枚も集まったのだという。
「このルーブベルさんはロゼが署名を貰ってくれたの?」
「うん」
署名の名前には一度目を通している。その上で彼女に聞きたいことがあった。
「王族からは第二王子ランタナ・グランディーン。
貴族からは第三騎士団団長ガイユウ・キュラス。
平民からはルビア。
そして水族代表ペルシカリア・アイズ。
花精霊ルーブベル。
……このさ、第三騎士団の団長さん?俺この人と会ったことあったっけ?名前はどこかで聞いたような気もするけど、はっきり覚えてないんだよな。副長のグロリオさんにはお世話になったことあるけれど」
第三騎士団の人たちとは、街の中やアメルアに行った時など色々お世話になったことがある。
が、団長さんには一度もお会いしたことは無かったと思う。なぜ面識のない人が俺の署名を?と疑問に思ったのだ。
「団長?…これ、おじさんの名前だよ?」
「おじさん?って喫茶店のマスター?」
おじさんって、あのマスター?
先月魔法の使い方を付きっきりで指導してくれたマスターのこと?
「え、マスターが、団長なの?」
「…うん。
私、団長さんだっていうの言ってなかったかな?というか、もしかして名前も知らなかった?」
いや、確か。貴女とお店に行ってすぐの頃に名前を聞いていたけれど。マスターって呼びはじめたら、うん…。
だって横文字の名前、中々覚えられないんだもん。許してよ。
ってか待てよ。マスターが団長って事は、だよ。
「じゃあ俺は夏休みの間、第三騎士団団長の指導を直々に受けていたってことだよね?」
「「…………」」
部屋の中に沈黙が流れる。
ロゼ、知ってた?急に部屋が静かになることを、日本じゃ天使のお通りって言うらしいぜ。あ、本物の天使が目の前にいたわ。
「はい。忘れてましたー。
マスターごめんなさい…にしても、この国の職業掛け持ち制度、どうなっているんだよ」
だって普通、国を守る騎士団の団長が、喫茶店と火葬師の仕事を掛け持ちすると思う?思わないでしょう。ああ色々と大丈夫なのかな、この国…。
衝撃の事実に頭が痛くなりテーブルに顔を伏せた。
顔を横へと向けるとロゼリスが俺の事をじっとみている。
「そうじゃん、ロゼも王女と庭師掛け持ちしているんだった…」
この世界では仕事は一つしかしない、という俺の常識は通用しない世界なのかもしれない。
そのままテーブルに頭をつけて項垂れていると、彼女が俺の頭をポンポンと撫でてきた。
「ごめんね、私もちゃんと話せばよかった。
でもてっきりおじさんから、拓巳くんに話していると思ってたから」
確かにマスターからはそんな話は一切ありませんでした。ああでも、納得できる点は多々ある。
年配なのに非常に高い身体能力。王子たちから直々に協力を求められる立場。今思えば思い当たる節は結構あったのかもしれない。
「指導をしてくれたお礼に、…マスターに一つ故郷の料理を教えたんだ」
「料理?」
「マスター、それはもう本当に楽しそうな顔をしていて。…確かに魔法を教えて貰った時に、この人凄く強いんだろうな、とは思ったんだ。それこそ、火魔法特化というだけでこんなに強いものなのかと疑うくらい。
他の仕事をしているってことは、普段は団長不在って事でしょ?大丈夫なの?」
楽しそうに厨房へと向かっていったマスター。あの感じだと、仕事が終わったあとも料理を楽しんでいそうだった。
喫茶店を運営しながら騎士団の団長をして…時々出張?本当にこの国の治安とかは大丈夫なのだろうか。
「うん。騎士団団長が動くのは余程の時だけ。
出番が無いのは、それだけ平和な証だって皆言ってたよ」
「そういうものなのか…」
思わぬ情報のプレゼントに空笑いをすれば、ふふっと彼女が笑った。
この世界に来てから約半年。
まだまだ知らないことがいっぱいである。
第三騎士団団長のガイユウ・キュラス。
彼が久しぶりに仕事をする日が近づいていたことを、まだこの時の俺もロゼリスも知らず。
俺たちは空が赤く染まる時間まで、俺たちの二人だけの時間を堪能していた。




