第68話 親友たちは語り合う
「ナタム。今、少しいいか?」
「ガル様、トレチア様」
新学期が始まり数日。
授業が終わって寮に戻ると、今日もナタムは動きやすい格好へと着替えて柔軟体操を行った。
寮の外へと出て少し走ると、そこには赤土色のレンガで出来た壁が見えてくる。王宮をぐるりと一周囲む壁だ。
アメルアでトネアス第一王子からお言葉を頂いてはいたが、先日正式に騎士団から入団合格通知が届いた。入団まであと半年近くあるとしても、今のうちから準備をした方がいいだろう。と本腰を入れて新学期から自主的に鍛錬を始めた。
まずは体力作りかなと思い、ここ王宮内を走り込みしている。
十分程走り、王宮の北側へと着く。
この辺りは地科学研究所を中心に、王宮の研究機関や海外外交貿易機関など、国の重要機関が集まる。
城下町へと繋がる南側の開放感や華やかさと比べるとやや厳かな雰囲気を感じる場所だ。
ここはあまり目立つことはしたくはない。走る速度は落とさずに通り過ぎようか、と地科学研究所の前に来たところで、見慣れた後ろ姿が目に止まった。
相手も僕に気が付いたようで、向こうから声を掛けられた。
「鍛錬中だったか?」
「うん、体力作りに王宮を一周走ろうと思って…話はここで大丈夫?」
「ああ、少し話す程度ならいいだろう」
話しかけてきたのは、先ほどまで一緒に授業を受けていたガルベラ王子だ。お揃いの学生服ではなく、彼は王子の恰好をしている。
「なあ、ナタム。お前はタクミの事どう思う」
「何を急に…どうって、大事な仲間だと思うよ?」
「我々の仲間だよな。…仲間なんだが、その大事な仲間のこれからを私が決めなければならない」
明後日の方向を向いてしまったガル様の隣で、トレチア様が僕の方を向いて困ったような顔を見せる。
彼らは僕が来る前からずっとここで話をしていたのだろうか。
「前に話してたタクミの身分の事だよね。それ僕も夏休みの間、考えてたよ」
「その意見、聞いてもいいか」
どうやら少しどころの話ではなくなりそうだ。
近くにあったベンチにガル様が座り、続いて隣にトレチア様が座る。
僕は座らずにガル様の前に立った。
いつもだったら「座れよ」と言われるのだが、ここは研究所の前で多くの王宮関係者が行き来する。人前では身分を弁える、それが長年僕たちが守り続けてきた規則だからだ。
「僕たちはさぁ、元々身分を持って生まれて育って、今後は仕える側と仕えられる側になるんだよね。
いくら普段は身分関係なしの関係と言っていても、今だってこうして人目を気にして振る舞っているんだから。
でもタクミはどうだろうね。本当に身分を決めていいのかな?
いくら彼が別の世界から来た人だからって。彼に僕たちの常識を押し付けて、彼の自由を奪ったりしたら。それって、大陸国が僕たちジラーフラにしたことと同じかもしれないって、思ったんだよね」
大陸国が、力づくで僕たちの国を自分たちのものにしようとしたのと同じように。
「タクミに何度か、身分の話をしたことがあるだろう。
彼は明らかに理解していないという反応だった。もともと身分の存在しない世界の住人だ。無理もないとは思う。
…この国では身分は自己を証明する大事な要素の一つだ。自己形成にも繋がる。だが同時に制限も加わる。
私たちは、これでも結構自由に生きていると思っていたのだが、彼に会って気付かされた。本当に自由なのは彼みたいな縛られていない存在だ。
それもあって、今までタクミには身分に関する事は殆ど教えずにきた」
「うん。僕も教えなかった。タクミには、ガル様たちに失礼な所作とか、そういうものが特になかった事もあるし」
顔を合わせ、お互いにそうだよな、と視線を合わせる。
ここで更なる意見を伝えなくとも、僕らが考えていることが一緒だというのは、もう語らずとも分かっている。
タクミはきっとどんな処遇でも、いつものように静かに笑って受け入れてしまうのだろう、と。だからこそ僕らは、彼にはこのまま自由でいてほしいと。
「それを言いますと、…私の能力鑑定は彼の自由を縛ってしまいましたね」
「トレチア様」
僕たちが沈黙を続けていると、それまで側で話を聞いていたトレチア様が口を開く。
彼女が開発した鑑定花。
それは襲撃後で落ち込むジラーフラ国民を一気に活気づけたものだった。自分の魔法能力が明確化し、適材適所というものが分かるようになったからだ。
「そもそも魔法の無い世界から来た彼にとって、無理に自分の能力を知る必要が本当にあったのでしょうか…知らずに過ごせていたら、魔法について悩むことも無かったのかと思いますと…」
彼女の表情が曇る。
(そう思うのも仕方ないよなぁ)
実際にトレチア様が鑑定花を発見したことで、人生が変わってしまった人がいるのだ。ロゼリス第一王女だ。ジラーフラの国民の魔法能力が明確化したことで、彼女の特殊な能力も露呈した。
そしてそれを機に、人と違う事が嫌だと言い、身を潜めるように振る舞いはじめた彼女。
最近は以前のように人前に出るようになってきたと思うのだが、トレチア様は未だに鑑定の事を悔いているという。
そんな事があったからこそ、タクミの事についても思うことがあるのだろう。
「確かにタクミは火魔法について悩んでいたな。
…だが、これは仮に彼の現れた地が大陸国だったとしても、彼の魔力構成は何らかの形で明らかになっていたんじゃないか。
この世界に来た以上は遅かれ早かれ、タクミが自分の能力と向き合うことにはなっただろう」
「「…………」」
周りの人影が少し減った。
近くにいるのは、ガル様トレチア様の護衛をしている第一騎士団の団員数名だ。
明るかったはずの空も闇色に変わり始めていて、研究所の入り口には火が灯される。
そろそろ話を切り上げた方がよさそうだな、と思いながらも二人と会話ん続けた。
「タクミの身分ねぇ…」
「この際、本人に聞いてみるのも良いのかもしれませんね」
「タクミ自身に?」
「憶測で周りがあれこれ言うよりは…もちろん本人の望むものがあればですが」
タクミ自身が身分の事をどう思っているか、か。少し前までは「よく分からないんだけど」と言っていた気がする。
だが。
「あ、あーどうかな。もしかしたら考えが変わっているかも」
「どうした」
「ここでは大きな声で言えないけどさ…タクミの恋人。絶対身分決めるのに影響するでしょ」
そうか、というように二人が顔を見合わせる。
王女の事を考えると、タクミ自身をあまり低い身分にするわけにもいかなくなるだろう。
いくらお互いが身分を気にしないと言い張っても、所詮はジラーフラは身分差の存在する世界だ。少なからず反対者も出てくるだろうから。
「あーもう、益々決められなくなってしまった…」
頭を抱えて俯いてしまった高位の親友に心の中で声援を送る。
こうして話を聞くことは出来るけれど、結局最終的に決めるのは王族の位を持つ彼なのだから。僕にできることは応援し、見守る事だと思う。
「ガル様がどんな決断しても、僕もタクミもガル様の事、悪く思ったりしないから大丈夫だよ」
悩む親友には素直な言葉を掛けるのが一番いい。
それが僕たちが親友を続けられる理由だから。
建物の間を抜けて通った風は、久しぶりに少し涼しく感じた。暑い夏の終わりはそう遠く無さそうだ。
彼らが立ち上がり、城へと向かうのを見送ると、ナタムは再び走り出した。




