第48話 親友の不安事
「あの建物が僕たちの泊まる宿だよ。
兄貴の開いている民宿なんだ」
「ナタムのお兄さん」
人魚のペルシカリアさんとしばらく話をしてから、彼女と別れたのち、俺たちは街の中を歩いていた。
王都に比べると平屋が多く立つこの街の中で、明らかに屋根ひとつ分大きな建物が見える。
ナタムが指さした先、白い壁に青い屋根の三階建ての建物は彼のお兄さんが経営するという民宿だった。
彼はこの街に帰った時は、毎回その一部屋を借りて寝泊りしているらしい。
「兄貴、帰ったよ」
「おお!」
建物の入り口の扉をくぐると、ナタムと同じくらいの体格の男の人が出迎えてくれた。顔もよく似ている。彼がお兄さんのようだ。
「おかえりナタム!
そして君がタクミくんだな。ナタムの兄のルビアだ、よろしくな!」
「タクミです。今回はお世話になります」
ニカッと笑いながら、俺の肩をバンバンと叩くお兄さん。
ペコリと頭を下げると「ナタムの言ってた通り頭下げた!」と大きな声を出して驚いている。
弟のナタムと同じ青色の髪をしているが、髪は短く刈り上げているからか、ナタムよりもパワフルなイメージだ。声色は少し違うが、リアクションは彼とよく似ていてやはり兄弟なんだな、と感じる。
肌も日に焼けているからか、その雰囲気はまさに海の男という感じだ。
「兄貴。タクミは兄貴よりも年上だからね! ちゃんと敬ってよね!」
「は! そうだった! すみませんでした、タクミの兄貴!」
効果音でも聞こえそうなくらい勢いよく頭を下げてルビアさんが謝る。その姿はまるで目の前でコントを見ているかのようだった。
「気にしないでください、ルビアさん。それにナタムも。
砕けた話し方で構わないし、俺の事はタクミと呼んで下さい」
「おうよ! だったら俺の事もルビアと呼んでくれ。タクミ、よろしくな」
にっこりと笑ったルビア。その横で一息遅れてナタムが笑った。
(いいな、兄弟……いや家族がいるって)
俺にはもう、家族はいないから。
それからナタムに案内され、俺たちは最上階最奥の二人部屋を借りることになった。
部屋の設備は学校の寮と同じくらいで、過ごしやすそうだ。
荷物を整理し一服したあとは、ルビアの奥さんを紹介される。
「夕食を一緒にどうですか」と招待されて。
ルビア夫妻の住まいとなる部屋へお邪魔すると。
俺はそのテーブルの上の光景に思わず目を輝かせた。
「海の幸だ……っ」
夕食は魚や貝類を使った料理だった。
焼き魚や海鮮スープ、サラダといったメニューで。
王宮でも食べられないことはないのだが、具材の一部に使われる程度の海鮮。
日本にいた頃は海鮮が好きでよく食べていたから。
美味しい美味しい、と夢中で食べていたらルビアが大皿を運んできた。
「元々は漁師飯で食べてたものだ。今もここらでしか食べないんだが、タクミ、試しに食べてみるか?」と。
「王都じゃまず出てこないだろうから、タクミ食べられるかな?」とナタムが言葉を付け加える。
それは一体どんなものが飛び出すかと恐る恐る覗いた大皿に、まさかの生魚の刺身が乗っていたのを見た時は、ここ一番の歓声をあげて喜んでしまい、皆から笑われてしまった。
「はい、タクミお茶だよ」
「サンキュー」
「うん、さんきゅうね」
夕食後、シャワーを浴びたり着替えたりしてから部屋へ戻ると、先に部屋に戻っていたナタムがお茶を用意していてくれた。
「本当に夕飯が最高だった。幸せすぎる。また食べたい」
「あはは。刺身を見たときのタクミ、凄かったよ」
そう笑いながらナタムは水魔法で着ていた服を洗いはじめる。そして複合魔法で追加の湯を沸かしていた。
彼の魔法をみていると、やはりこうした複数の魔法が使えるのは羨ましいな、と思ってしまう。
羨んだところで己の魔力は変わったりしないのだけれど。
部屋のソファーにそれぞれ座り、俺はカップに口をつけた。
「美味いな。俺この味好き」
どうやらこの辺りでとれる植物を使ったお茶らしい。もちろん初めて飲む味だったが、癖が無くスッキリとした味わいで、あっという間に俺は二杯目をカップへと注いだ。
「ねえ、タクミ。
僕がペルシカリアと付き合っている事、どう思う?」
お互いがカップをテーブルに置いたタイミングで、ナタムが口を開いた。
「どう……ってそれって、人間と……人間以外が付き合うことだよね?」
「うん」
いつもと変わらぬ明るい口調で、急に聞いてきたナタム。人と人外の恋って……え、これって内容重くない?
彼の表情はとても真剣そうだ。少し不安げで、でも時々どこか優しい目をしている彼。こらはもしかして結構悩んでいる感じなのだろうか。
確かにペルシカリアさんを初め見た時は、架空の存在として認識していたはずの人魚が目の前にいる事に驚いて。
更に彼女がナタムと恋仲だと知って驚いたのは事実だ。
「うーん、吃驚はしたけれど……いいんじゃない?」
「なんでそう思うのか聞いていい?」
「なんでって、お互いが一緒に居たいって思うなら、それがどんな相手でも好きなんだから別に良くないか」
「…………」
カップを見つめたまま顔を上げずにいるナタム。
きっと何かを考えているのだろうけれど、その表情からは上手く読み取れなかった。
だがこうして俺に質問をするくらいなのだから、彼の中にそれなりの理由があるんだと思う。
だったら聞くのみだ。
「ナタムはなんでそう思うんだ?」
「それはねぇ……僕って今まで普通だったから、ペルシカと付き合っているって、これって普通から逸脱しているんじゃないかな、って考えたら不安になった」
「え、何を今更。
良いじゃん、好きで一緒にいるんだろ?」
「……うん」
いつもニコニコと笑い、何でも余裕そうにこなすナタムが、こうして相談をしてくれるなんて初めてかもしれない。
それがなんだかとても嬉しく感じる。
普通でいることが嫌で、一度は周りと距離を取ったという過去を持つナタム。そんな彼が、今は普通でないことに対して不安を覚えているのだというのだから。
俺だって、向こうにいた頃はいたって普通の人間だった。そういう意味では俺たちは似たもの同士なのかもしれない。
(少しは頼りにされているのかな)
そう思うと彼の隣にいる事が誇らしく思えて、俺は彼に気づかれないよう、小さく笑った。
「あれだ。ガルベラやロゼみたいに特殊な人たちに囲まれすぎて、ナタムにも特別がうつったんだよ。それだ」
何か明るい返しを、と自論を話せばキョトンとした彼がこちらを向く。
「その発想は全くもってなかったけど、案外一番納得できるかもしれない」
「だろー?」
可笑しい、と笑いはじめたナタム。その彼を見て、俺もついに声を出して笑いはじめた。
その夜は大いに話に盛り上がった。
ナタムとこの世界に来たばかりの頃の話や、この国での日頃の豆知識など、とにかく沢山の話をした。
「街の中には海辺らしいお店もあるから、色々巡ろうね」
明日の約束をして、それぞれ床に着く。
どんな場所があるだろう? 新しい事を知れるだろうか? そう思うとわくわくしてきた。
昼間は彼の両親が亡くなっていたことを知り、この国の話も知ってかなり驚いたしショックも受けたけれど。
でも、それを知ったからか、互いの幼いころの記憶や両親との思い出話も遠慮なく出来たし、これからの事も少しだけ話ができた。
(本当、俺は良い仲間に出会えたよな)
目を瞑れば、瞼の裏ではピンクゴールドと藍色の髪の少女たちが笑い合う。ロゼリスと人魚のペルシカリア。あの子は彼女を仲間だと言っていた。
彼女たちも、俺たちのような良い仲間の関係性だといい。
ああ、彼女に土産話を沢山持ち帰る為にも、明日も色々な経験をしたいな……と思いながら拓巳は眠りについた。
向かいのベッドでは黒髪の青年が寝息をたてはじめていた。
ナタムは枕元の明かりへと目を向ける。
ふっと火が消え、真っ暗となった部屋の中は月明かりだけが差し込み始めた。
暗闇に溶け込んだ青年のシルエット。
目を閉じると浮かぶのは、親友とともに一緒に育ってきたこの国の姫の姿だ。
「ロゼ様、良かったねぇ。タクミなら絶対に大丈夫だよ」
大丈夫だから、早く二人の想いが通じればいいのに、とナタムは少し笑ってから眠りについた。




