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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第1章 点火
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第18話 隠された気持ちの裏返し

 先生から、火魔法5を持つ人はこの国には少ないことを教わった。


 理由は明らかにはなっていないが、どうやら魔力の種類はその土地の環境などによって変わるらしい。


 この国ジラーフラは、水魔法の保持者が圧倒的に多く、次に土魔法が多いのだという。


 火魔法5レベルのものを本格的に学ぶには、火魔法特化型の多い大陸国へ渡るか、独学で実践していくかのどちらかになる、と。



 俺はまだ、この世界に来て、数か月しか経っていない。

 知識も技術もない中で他の国へ渡るのはリスクが大きすぎる。そう判断した俺は、独学で火魔法について学ぼうと考えていた。



 放課後、王宮図書館に寄って本を貸し借りする日は未だ健在だ。


 言葉の練習のための本は、相変わらず児童書コーナーが多かったが、今日は先生の勧めもあって火魔法専門書も借りた。

 パラパラと本をめくると、中には火魔法のレベルに沿った魔法の種類が書かれている。


 試しに読んでみるか。


 手続きを済ませて本を鞄へしまうと、拓巳は外へ出た。



 図書館から寮までは緑豊かな並木道が続く。


 見上げれば西に太陽が傾いて、青い空が茜色に変わりつつあった。



 視線を空から前に戻す。

 すると並木道の奥から見覚えのある深緑色のワンピースが見えた。



「……ロゼ!」


 名を呼ぶと、それに気付いた彼女が遠くから手を振った。



「タクミくん」


 すぐに駆け寄ってきてくれた彼女。俺の前で止まりると、見上げてきた瑠璃色と目が合った。


 ちょうど夕陽が差して、まるで宝石みたいにキラキラと光る瞳。前に城の前の広場で遭遇したときのような面影はどこにもなく、それは元気そうな表情をしていて、安心とともに嬉しさが込み上げてきた。



 なんだろう。凄く今、嬉しい。

 さっきはよく分からないもやもやとした感情が湧いて戸惑っていたというのに。彼女に会った途端、それが一瞬にして無くなった。



「仕事終わりなの?」


「うん」


 急いでいないという彼女の返事。返事をした彼女は、前よりも少し、俺の近くに立っている。気のせいか?


 普段の彼女との距離なんて、ここまで気にすること無かったのに。



 立ち話もなんだしせっかく会えたから、と俺は近くにあったベンチへと彼女を誘う。


 隣に並んで腰を下ろした彼女は、以前一緒に勉強をした時よりも、近くに座った気がした。



 彼女とたわいもない話をする。

 穏やかな気持ちが続く。

 彼女といるとなぜか穏やかになるんだよな、俺。


 そんなことをぼんやりと考えていた。


 


 そんな中、彼女が俺の方を見て、口を開いた。


「タクミくん、この前はごめんね」


 この前とは、あの城の前の出来事のことだろう。


「ガルベラから聞いたよ。ロゼに助けてもらったって」


「うん……」


 ベンチに座る彼女は、頷いた後、遠くを眺めながら少しだけ眉を下げる。


 その横顔を見て俺は思う。

 彼女は今、何を……誰を想っているのだろうか。


 なんだか胸の奥が、強くもやりとした。



 本当はさっきも思ったんだ。ロゼリスの話をするガルベラの目を見て。あれは、ただの主従関係の目じゃないって。


 二人の間に、なにか、違う関係があることは、もう分かってる。


 それくらい、俺はガルベラとも、ロゼリスとも近くにいて。でも二人は俺と出会う前から、同じ場所で生きてきたんだ。俺が二人の知らない事を、二人は互いに知っていて……


 それで、俺は……



「王子と、仲が良いのか?」


「仲が良いというよりは……っ……」




 話しはじめたロゼリスの声が急に止まった。


 はっとして隣を振り向くと、先ほどまであったはずの笑顔はどこにもなく、彼女はまたあの時と同じ青い顔をしていた。


 腰が浮いている。


 きっとこれは、彼女は逃げてしまう。


 まずい。絶対に怖がらせた。


 俺は今、どんな顔をしていたのだろう。どんな口調で彼女に問いかけた? 分からない。覚えていない。覚えていないけれど、それで彼女が怖がったのは紛れもない事実だ。



「ごめん、ロゼリス。今のは俺が悪かった」



 咄嗟に彼女の手を引いて握る。

 お願い、怖がらせるつもりは無かったんだ。それだけはどうか分かってほしい、と祈る。



「……教えてくれる?」

「うん、何を?」


 震える彼女の声。握っていた手をきゅっと握り返されて、俺は彼女の顔を覗き込んだ。


「どうして今、タクミくんは怒ったの」



 俺が彼女に怒った? いつ。


「仲が良いんじゃないか、って言った時のタクミくん。凄く怖かったの」


「あー……」




 人は時に。


 直球で聞かれると、照れることすら忘れるらしい。


 彼女の怖がる顔はもう見たくない。笑って、安心して。ちゃんと話すから。

 

 そう思うと勝手に口が開く。



「俺は。ロゼとは、まあまあ仲がいい関係だと思ってるんだよ。


 そんな子が。自分よりも仲がいい人がいて、しかもそれが親友かもしれないと思ったらさ、なんか寂しいというか。


 嫉妬したんだよ。ガルベラに」



「……嫉妬?」



「そう。俺はロゼリスともっと仲良くしたい。色々な話がしたいし、俺にも話してほしいと思う。もっと頼ってほしい。


 その気持ちが上手くコントロールできなくて裏目に出たんだ。


 全くもって怒ってなんかいない。怖がらせてごめん」




 前言撤回、めちゃくちゃ恥ずかしい。





 素直に気持ちを伝えれば、彼女に届くと思って伝えたはいいが、いい大人が嫉妬して女の子を怖がらせて……ああもう穴があったら入りたいとはこういうことか。


 もう手汗は酷いし、離しても大丈夫だよね?



 そう思いながら彼女を見ていると、彼女は意を決したかのように、一度唇を強く結んでからゆっくり開いた。



「……婚約者が親友なの」


「え、急に何の話? 婚約者……って誰の?」


「ガルベラ第三王子よ」

「は……?」



 数秒前までは、恥ずかしい気持ちをどうにかできないかと思っていたはずなのだが。


 話の展開についていけてない。


「婚約者って、ロゼリス婚約者がいるのか?」

「違う。王子の婚約者と私が親友よ」


 

 今俺は更に墓穴を掘った気がするんだが。


「そっちか」


 混乱しながらも彼女を見ると、彼女の顔色はもとに戻っている。

 

「ガルベラ、本当に許嫁いるんだ」


「そっか。タクミくんは春にこの国に来たから、二人の婚約発表のことは知らないのね」



 えっと、つまり。俺は彼女とガルベラの関係を勘違いしていたらしい。その事に気付いた俺は、多分今、顔が赤い気がする。



「「………ふふふっ」」


 そしてお互いの話が噛み合わなかった事もあってか、ロゼリスと顔を見合わせると自然と笑ってしまった。


 彼女も笑いをこらえるかのように、顔をくしゃっと歪ませている。よかった、笑ってくれた。そう思いながら掴んでいた手を離そうとして……でも離すのをやめた。彼女が、手を離そうとしていなかったから、このまま繋いでいたいと思って。



「それで、親友がガルベラの婚約者なんだ?」


「実はそうなの。


 彼にはもう彼女という婚約者がいるというのに、いつまで経っても貴族の令嬢たちにニコニコ笑って……。


 あの人たちもしつこいのよね。

 だから思い切って私から強く言おうと思ったのよ」


「お、おう……」


 キリッと表情を変えた彼女は、先程とは打って変わって強そうだ。


 そういえば、彼女に初めて出会った時、彼女は俺を捕まえようとして馬乗りになってきたような子だった。意外とスイッチが入ると、豹変するタイプなのかもしれない。



「でも……途中から急に怖くなって、最後まであの場に居られなかったわ」


 再び眉を下げて大人しくなるロゼリス。


 それほどにまで、彼女が恐怖を感じるものは一体何なんだろうと、俺は思う。



「ロゼは何が怖いんだ」


「他人の、目」


「視線ってこと?」


 こくりと一度頷いた彼女は、顔を上げるとすぐに首を傾げた。



「意識されること、かな。


 他人から悪意のある事をされたわけでも、言われたわけでもないの。むしろ何もないわ。


 でも、その“何もない”というものの裏に、とてつもない負の感情が隠されている気がして。


 私が何かしたら、その裏に隠された感情を、真っ向から浴びるかもしれない。……そう思うと他人が怖くなったわ」



 他人が怖くなって、自分から行動が起こせなくなってしまった。

 人と積極的に交わるのが苦手になってしまった。


 そしてそれは時間の経過とともに悪化して、人を避けるようになったのだという。

 


 それをどうにかしようと強行突破したのが、あの現場だったそうだ。


「ロゼは、その怖い気持ちを抑えて、ガルベラや親友を守ろうとしたんだろう? 凄い勇気のある事じゃん。


 素敵だし、格好いいよ。


 こうしてロゼは頑張ってるっていうのに、俺はまだまだだよ」



 そうなんだよ。ロゼリスはそうやって己の心とちゃんと闘っている。


 反して俺はどうだろうか。やっと今日、本を借りた程度だ。何も進歩していない。



「タクミくん……」

 

「魔力の鑑定を受けたんだ。俺、火魔法しか使えなかった」


「火魔法の、特化型…」


「その事を未だに受け入れられない自分がいて」


 できることから……なんて言い聞かせているけれど。正直格好悪いよなとも思う。



 ふ、と息をつく。


 彼女の手は、未だ繋がれたままだ。

 すると彼女の手が解けて動いて、俺の手の上へと再び乗せられた。


 なんだろう、と視線を手へと向ける。



「……この前。タクミくんが手を温めてくれたでしょう?


 あれ、凄く嬉しかった。あの時の私、酷く混乱していたけれど、真っ暗な闇の中に火が灯るような温かさで……素敵な魔法だった。


 ……あの、ありがとう」




 素敵な魔法だなんて、そんな事を言ってもらえるとは思ってもいなかった。


 凄く、うれしい。


 おかしいな。さっきまで俺が彼女を元気付けようとしていたはずなのに。今度は俺が元気付けられている。



「俺の方こそ、ありがとう」



 恥ずかしくなってふいと顔を背けると、今度は彼女が俺の顔を覗き込む。


 ちらりと視線を動かして見えた彼女の顔は笑顔だ。


 先ほどよりも傾いた太陽に負けないほどの眩しい笑顔。



 この笑顔を見ていると凄く心が満たされる。

 この気持ちを、一体何と言えばいいのだろう。


 ガルベラと彼の許嫁を守ったというロゼリス。

 その事を知った時、安心したのは何故だろう。



 今はまだ、答えを出したくないけれど。

 この曖昧な気持ちも悪くないと、思う。



 そう思いながら、拓巳は服のポケットへと手を伸ばすと、その中にしまっていたものを掴んで取り出した。


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