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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第1章 点火
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第16話 広場前の揉め事

 再び週末が訪れた。


 ガルベラは公務へ、ナタムは地元へと帰省しており、必然的に俺は一人になる。


 最初の頃は、あまりの静かな一日に寂しさを覚えることも少なくなかったが、最近はこの一人の時間も悪くないなと思えるようになっていた。



 つまり簡単に言えば、慣れてきたのだ。この世界の生活に。


 慣れてくると色々な事に興味が持てるようになり、その一つとして魔法石作りにチャレンジしているのだが、週末は気分転換をしよう、と今日はこうして城下町へと顔を出している。



 少し冷たい風が吹いているが、シャツ一枚で過ごせる穏やかな気温。


 夕方までゆっくり城下町を探索したい程の過ごしやすさだが、店のあちこちで聞こえたのは、もうすぐ雨が降るだろうという話だっだ。



「本当だ、少し曇りはじめた」


 空を見上げると、西の空から厚い雲が少しずつ広がりはじめている。一体彼らはどこから雨の情報を得ているのだろう。不思議に思うが、空の色は確実に雨予報を告げている。



 雨の対策はしてきていない。

 濡れるのは避けたい。


 ならばそろそろ引き返そう、とその場でキョロキョロと周りを見渡した。



 それにしても、だ。



 異世界に来てしまうなんて、漫画や映画の世界の話だと思っていたのに、こうして今自分は異世界で生活をしている。


 実に不思議な気分だ。


 波乱万丈で、まるでサバイバルな展開も少しは覚悟はしていたが、実際は物凄く安定した生活をしていて、こうして今も自由な生活をしている。


 文明は日本の方が遥かに進んでいたけれど、その分時間の流れもゆっくりと感じるようになって。

 あの社畜生活の頃とは程遠い、健康的な生活もおくれている。


 単に学生の身分だから? いやそうとは限らない。


 この国の時間は明らかにゆっくりだ。


 なんて贅沢だろう。



「もしこれが映画みたいだったら、そろそろ何か起きたりするのか?」



 道を行き交う人々を目で追いながら、そう思った。


 何かって何だろう。

 平穏な生活からの……危機。


 魔物が襲ってくるとか?



 いやいや! それは駄目だ物騒物騒。まだ魔物なんて実際に見たことなんかないけれど、想像するだけで恐ろしい。


 自分で想像しておきながら、ブンブンと頭を振れば、周りから怪訝な視線を送られた。


 慌てて真面目な素振りをする。


 沢山の人とすれ違う。


 すれ違う人たちの中には、同世代のカップルらしき人たちも多い。国柄なのかはしゃぐ人たちは少ないが、温厚な雰囲気を纏った人たちが多い気がする。


 ……恋か。


「いやいや、それもないない」



 いつかは恋愛もしたいな、とは思うが今ではないような気がする、多分。少し慣れてきたとは言え、魔法に言葉、それからこれからの事。考えなければいけないことが沢山あるのだ。


 今はとにかく学園を卒業してから一人でも生活が出来るように、知識や技術を身に着けていかなければ。恋愛はそれからでも良いような気がする。



 そういえば、ガルベラやナタムには恋人はいるのだろうか。今まで学校生活を送る中では、その類の話は出たことがない。


 ガルベラは王子様だから、彼女というよりは許嫁がいそうな気がする。


 ナタムは週末地元に帰るくらいだから、もしかしたら地元にいるのかも。

 

 今度二人に聞いてみよう。


 そう考え事をしながら、来た道を戻りはじめた。



 この国は十五で成人だ。となると婚期も早いのかもしれない。

 実際、ガルベラのお兄さんは、俺と対して歳が離れていないのに、もう子どももいるくらいだというし。



(あの子も、結婚してたりするのかな)


 頭の中にチラついたのは、ピンクゴールドの髪の少女。


 庭師のロゼリス。


 彼女はどうなんだろう、と思う。年齢的には結婚していてもおかしくないが、なんとなくそうじゃない気がするのは……何故だろうか。



 胸がもやりとした気がして、一瞬俺は足を止めた。

 若い夫婦が俺の横を通り、再び歩き始める。



「まあ、男と二人で勉強するくらいだから、流石に独身だよなー」


 もしも彼女が既婚者だったら、早々に彼女に断りを入れなければならなくなる。


 この世界の男女のルールがどうであれ、俺の中ではそもそも誰かの人妻に手を出す気は微塵もないからだ。



 トントンと階段を登る。

 南大正門を潜ると、そこはもう王宮の敷地内だ。


 目の前に広がる広場には花の国らしく沢山の花々が植えられており、芝生エリアやベンチもあって、とても眺めがいい。


 広場の先にはこの国の中心となる大きな城が建っていて。


 黄土色の旗を掲げた、赤土色のレンガの城。


 その城の前に、小さな人集りができていた。



「ガルベラと……ロゼリス?」



 王子様らしき服装の人物が見えて、その背丈や風貌から友人ガルベラであると遠目からでも分かる。


 彼以外は皆、女性のようだ。

 その彼が話す先には、お馴染みの深緑色のワンピースの女性が立っていた。


 ピンクゴールドの髪だ。


 彼女と同じ髪色の人を見たことがない。珍しい色なのだろう。だからきっと……いや絶対にあれは彼女だと思う。


 ガルベラとロゼリスが一緒にいる。


 二人が一緒にいるのを見たのは、俺が中庭で取り押さえられた、あの時以来だ。



 学校の寮まではここの広場を通り、城の周りを歩いていくのが近道で。特に意図したわけではないが、寮を目指せば自然とその人集りにも近づいていく。



「なんか、揉めてる……?」



 段々と人集りの声が聞こえはじめた。何か言い合っている気がする。


 この距離からでも十分に感じる不穏な空気。どうしよう、近くに行くべきだろうか。


 ガルベラもロゼリスも、どちらの表情もここからでは見えない。だがガルベラは友達だし、ロゼリスだって友達だ。

 何があったのか分からないけれど、もしも困っているのなら助けたい。そう思い足を早める。



 何で揉めてる? ガルベラはこの国の王子で、ロゼリスはこの国の庭師で、二人は主従関係だとすると。周りの人たちはなんだ? どうして揉めてる?



 ガルベラ、ロゼリス……と声を掛けようとして、足の向きを彼らに向けた途端、人集りの中にいたはずのロゼリスが消えた。



「え?」


 またロゼリスが消えた、そう思った瞬間に、目の前に影が現れた。



 どん、と音を立てて何かが胸にぶつかり、突然の事に驚いてよろけて地面に尻もちをついてしまう。


 膝の間には、芝生と同じ深緑色のワンピースにピンクゴールドの髪。


 そこから覗く瑠璃色の瞳が、俺を見上げていた。



 やっぱりロゼリスだ。



「ロゼ? あれ、なんで今ここに…?」


 彼女は城の前にいたはずだ。

 まさか本当に瞬間移動でもしたのだろうか。



 城の前の人集りは未だ健在だが、彼らが俺に気付いている様子はない。


 これも魔法なの? そう言葉を掛けようとして、俺は目の前の彼女の異変にようやく気づく。



 彼女の顔が真っ青だ。地面に置かれた両手の指先がガタガタと震えていて、俺を見上げているはずの瞳も、どこか焦点があっていない気がする。



「……た……」



 口を開けて何か言おうとする彼女だが、話し方ばかりか息の仕方まで忘れているのか、その顔は益々血の気を失っていく。


「ロゼ……?」


「………っ」


 少しずつ姿勢が崩れていくロゼリス。

 倒れそうだ、そう咄嗟に手を伸ばす。


「ロゼリス。大丈夫だからさ、深呼吸してごらん」



 俺は彼女の頭を肩へと寄せると、背中を軽く撫でてた。

 正直これが正解なのか分からなかったのだが、おそらくきっと彼女はパニック状態だ。どうにか落ち着かせなければ、と思うと不思議と手は動いた。



 はぁ、と荒い息を何度かした後、深呼吸をしはじめた彼女。

 きゅっと俺の服の裾を掴むと、彼女は頭を離して僅かに顔を上げた。



「少し落ち着いた?」


「うん……タクミくん、ごめんなさい、もう大丈夫」


 大丈夫という彼女は、まだ顔が青い。視線も合わず、ふらふらしている。


 まだ動くなよ、そう言い聞かせるように再び背中を撫でると彼女はまた俺の肩に頭を寄せる。



 距離が近い。でも今はそんなことより、彼女が気になる。こうして俺の肩で顔を伏せて、それで落ち着くならずっと居てもらって構わないから。




「さっき、城の前にいたのを見た。ガルベラと何かあった?」


「………ううん、何もない。

 私が、このままじゃダメだって、自分の意思でそうしただけなの」



 彼女は首を振ったのち、手を握りしめる。



「今日は……だ、大丈夫だと思ったの。

 だけど、やっぱり怖かった」



 彼女は、何かと、誰かと戦っているのか。怖いと言う彼女は、いつもより身体が華奢に見えて、今にも折れそうな感じがする。


 俺の視線は彼女の肩から手の指先へと移った。


 未だ俺の服の裾を掴む彼女。色が白い。手をかざしてみると、彼女の指先はとても冷えていた。



「なんだよ、手冷たいじゃん」


「え……?」


 手元に集中して魔力を集める。

 すると俺の手は温かみを増す。


「最近な。魔力操作で指先を暖かくできるようになったんだ。ロゼリス、暖かくしろよ」


「…………」


「仕事か何かのトラブルか知らないけど、あまり無理しすぎると体壊すぞ」



 元社畜の俺が言ってどうする、とは思うけれど。自分がそうなるのと、誰かがそうなるのとでは、やはりわけが違う。



「………あの」

 

「なに?」



 俺の手のひらの中の、彼女の手が抵抗をはじめた。


 別に引き留めたいわけではないから、と手を緩めると、彼女の手がピタリと動きを止めた。



「タクミくんとお話しするのは大丈夫なの。不思議だよね」



 瑠璃色の瞳がこちらを向いている。

 

 彼女は笑っていたけれど、その顔はどこか苦しそうで。


「ロゼリス……」


 その名を呼んだ途端、彼女は消えてしまった。




 空から一枚の白い羽根が落ちてくる。

 ふわりふわりとゆっくり落ちてきたそれを手で掴むと、指先でクルクルと回してみた。



(また、花の香りがする)


 

 消えた彼女は何処に行ってしまったのだろう。見渡しても今日も彼女の姿を再び見つけることはできなくて。



 一人で泣いていなければいい、と思う。


 一人で抱え込まずに。



「いつか、話してくれたらいいな」



 気づくと城の前の人集りは無くなっていて。

 ガルベラの姿も見当たらなくなっていた。

 

 冷たい風が吹きはじめ、見上げると城の真上に真っ黒な雨雲が広がっていて。


 拓巳は急いで寮へと戻った。



 今夜は雨が降る。

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