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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
番外編
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白薔薇の蕾

 あれはそう、とある春の日のことだった。

 公務も、そして庭師の仕事もない、完全なる休日の昼下がり。


 私ロゼリス・グランディーンは城に勤務する職員たちの食堂の、その屋根の上に一人座っていた。特別行きたい場所も予定もなく、気づけばこの場所に来ていた。


 幼い頃から頻繁に訪れているこの屋根の上は。

 私の好きな場所だ。

 青い空や城下の街並み、それから天気の良い日には親友の住む海が見えるこの場所が、私は好きだ。



 お決まりの位置に座って、それから寝転んだ。屋根の傾斜がちょうどいい。

 この場所は城のどの部屋からも見えない場所で、もちろん他の建物からも見えない場所。第一王女が人目を気にせずに過ごすにはもってこいの場所だった。



 太陽の光が暖かくて、気持ちがいい。いつもよりも、暖かい気がする。春本番だからか。大きく息を吸いゆっくり息を吐くと、力を使ったわけでもないのに身体が軽くなったような気がした。



「白薔薇様、またねぇ」

「おともだちが来たみたいなのぉ」


 それまで側にいた精霊がそう言いながら城の方へと飛んでいった。ああ、友だちとこれから会うのね、と軽く頭を起こしその小さく遠ざかる光を目で追う。


「……ん……?」


 何だかいつもより城の方が賑やかな感じがする。


 とこの時に思ったのは、やはり気のせいではなかった。精霊たちの言っていた〝おともだち〟はどうやら彼の事を指していたらしく、きっとあの時に彼はこの世界に来たところだったのだろう。



 それを知ったのは寝衣に着替え終わった、夜も遅い時間だった。


 母ルピナスの元侍女、そして現在私の侍女である第二騎士団所属のヨギさん。いつもなら就寝前の挨拶に来るはずの彼女だが、その日は違った。



「ロゼリス様。お休み前に失礼します」

「どうしたの? ヨギさん」


 部屋に入ってくるなり彼女から一通の封筒を渡される。山吹色の封筒に国花ジラーフラの紋章が書かれた、王国からの報告書だ。


 封を切る。私的なものは検閲を通るため封が開けられているのだが、公的なものはこうして自分で開けねばならない。

 封が開けられていない、ということは誰も目にしていない、つまり彼女ヨギさんも知らない情報が書かれている可能性も大いにあった。


 それにしても公的な報告書がこんな時間に。それほど急ぎのものなのだろうか。思わず背筋が伸びる。


 中から二つに折られた紙を取り出し、中身を確認した。もちろん黙読だ。だがその内容から、私はすぐに彼女に話を始めた。



「ヨギさんも一緒に聞いて」

「はい」


 内容はこうだった。


「『黒い魔法陣による出現物』の報告

 本日昼、黒い魔法陣内より人を一名保護した

 保護管理者をガルベラとし

 デンドロン、スミンより最終承認する


 ………ですって。これ、まさか本当に"人間"が現れたのかしら」



 この黒い魔法陣というのは、遥か昔から時折現れるという謎の魔法陣だ。その魔法陣からは、この世界には存在しない何かが必ず現れている。


 動物や植物、鉱物といったものも現れると聞いていて、私の名前の由来でもあるバラの花も実は別の世界からこの国に来た花ではないかと聞いている。そして私の先祖でもある花族や天族も、同じく別の世界から来たという説もある。



 だが、人間は初めてだ。厳密に言えば過去に大陸国に現れたとの記録があるが、私が知る限り、我が国ジラーフラでは初めてのはずだ。


 初めてだからこそ、こうして急ぎの報告書が届いたというのに。



「なのにガルベラが保護者なの?」


 そこが何だか引っかかった。自分と同い年のガルベラ第三王子に、まだまだ私と同様に経験の少ない彼に異世界人の保護を任せる? 王様たちやお兄様たちなら分かるのに、だ。



 報告書にはその人物が数日間、城内の客室を使用するというものも書かれていた。客室ということはその人は今、私と同じこの城の中にいるということだ。


(すぐ近くにいるんだ……)



 途端に不安がよぎる。思わずテーブルの上のカップを握りしめた。



「異世界から来た人間、ってことよね。

 そんな人を易々と城の中へ連れ込んで大丈夫なのかしら。きっとランタナ様が審査をしているでしょうし、王様たちの判断も疑ってはいないけれど……。


 でもだってこの国の、この世界の人間ではないんでしょう?


 もしも、その人がこの国の……」



 この国の脅威となる人物だったら、どうなるのだろう。

 沢山の人間が命を落とし、それから復活を成し得たこの国を、再び悪夢へと引き摺り込む者だったとしたら。



 もう一度、報告書に目を向けた。その異世界人の名が記されている。


「タクミ・ヒムラ……」



 侍女のヨギさんは黙って側に立っていて、私の声だけが部屋中に響いた。私は部屋の窓の外を見ようとして、その側に飾られた一輪のバラの花が目に入る。



 バラの花だ。私の名前の由来だという名の花。お父様とお母様がつけてくれた大事な名前。大好きな二人がくれた名前。


 大好きな。


 大好きな二人が死んだ十年前のあの日。


 敵国カイユウレンが求めた、この国の力。

 人と人ならざるものが共に生きる小さな島国の持つ力。


 それはあの時も、そしてきっと今も変わらない。その証拠にこの十年の間にも、この国の花を盗もうとした大陸国の輩が何人もいたからだ。


 私たちこのジラーフラ国が、精霊が住み着かねばならないほどの何か特別な花を隠し持っているのではないか、だとか。


 それに相応する魔法を掛けているのではないか、だとか。


 それを探るために盗みを働いた輩が。


 だからこそ、疑ってしまうのだ。



「もしも花を悪用する人間だったら」


 だったらどうしよう。

 いいや、花だけじゃない。もしもこの国に住む者たちの敵となるような人物だったとしたら。

 この世界に住む者たちの敵となるような人物だったとしたら。どうしよう。



 だってその人は、異世界人だと言うのだから。

 


 ヨギさんがいつも以上に硬い表情で私を見る。

 彼女も同じ事を考えていたのだろうか。

 私は彼女に強く頷いてみせた。



 もしも、もしも何かあったら。

 私たちは闘い、自分たちの力でこの国の全てを護ろう、と。




       *




「で、その次の日の朝、俺たちは衝撃的なご対面をしたってわけだ」

「うん……」



 最近、城の中庭の一部に新しく小さな温室が設置された。その中には幾つかの植物や花と共にお茶会ができる程度のテーブルとソファーが置かれている。


 そのソファーに座るのはピンクゴールドの髪の私、ロゼリス・グランディーンと、対照的な色をした黒髪に漆黒の服を纏った異世界人の彼、緋村拓巳。

 そして向かいに座るのが、先日晴れて第三王子の公妃となったトレチア・オルガイ・グランディーンと、水族の次期代表のペルシカリア・アイズだ。



 ペルシカリアが数日前から王宮に訪れており、その空いた時間に一緒にお茶をしようと声を掛け、結果集まったのがこの四人だった。


 最初は近況報告や城下の流行などいわゆる世間話をしていたはずの四人だったが、何故か話題は私たち二人の出会いについてとなり。


 それであの中庭での花泥棒疑惑事件の話をたった今したところだ。



「仲直りしたから、俺はもう気にしてないんだけどな」


 そう隣の彼は笑いながら空を見上げているけれど、私はそうではなくて。思わず俯いてしまう。



 あの事件の日の朝、庭師の制服に着替えてすぐの時。私の掛けた花魔法が反応して、私は咄嗟に鋏を手に廊下を走り。



 勢いよく窓から中庭へと飛び出して。


 倒れた彼の首元に鋏の刃を突き刺した。


ーここで何をしているのー



 その後すぐにガルベラが現れて、彼があの異世界人である事を知り。


 そして彼が「花なんか」と言ったことで、彼への疑いは途端に無くなった。



 それから彼が私を睨み返す目と、おそらく彼が無意識に放った熱い警戒の魔法が、私を一気に恐怖へと落とし込んだ。


 怖い、どうしよう、酷いことをしてしまった、と。



 無言で彼の元を去り、自室に駆け戻り、ヨギさんに心配され。それから一人で中庭に飛び出したことを、注意された。怪我でもしたらどうするのか、と。



 そしてその後、私とガルベラは揃ってランタナ様から長めの説教を受けた。ガルベラには詰めが甘いと、私にはもう少し考えてから行動せよ、と。これが中々の怖さだったこともあって。


 苦い思い出なのだ。



 トレチアは静かに話を聞いていて。ペルシカリアは相変わらず顔の表情は乏しいものの、その猫みたいな丸い目を忙しそうに動かしているところから、意外と同じくらい感情を動かしているようにも見えた。


 まあ確かに花泥棒疑惑事件の時からすると、まさかこの二人が婚約する日が来るとは誰も思わなかっただろう。


 そういう意味では、とても面白い話なのかもしれない。



「私てっきり、花壇の手入れをされていたロゼ様のところにタクミ様が偶然いらして、それで仲良くなられたものと思っておりました」


「私もだ。まさかそんな出会い方だとはな」


 二人が顔を見合わせて、それから揃ってこちらを向く。


 なんだか恥ずかしい。それが少し悔しい。

 なんで私ばかり、こんな恥ずかしい思いにならなきゃいけないの?


 そう思った私は何か言おうとして顔を上げ、そして先に目の合った藍色の瞳の彼女に向けて口を開いた。



「でも、ペルシカとナタムの出会い方だって負けてないでしょう」

「ロゼ! だ、言うな!」


 ペルシカリアが口を荒げた。顔の表情は変わらず乏しくとも、その様子から分かる。明らかに動揺しているってことを。


 反撃成功ね。そう彼女を見て私はニヤッと笑った。


 するとそれまでずっと空を見上げ続けていた彼が頭を起こし、私たちの会話に戻ってくる。



「俺、その話聞いてみたいんだけど」


 やった、彼が私の話に乗ってくれた!

 どうやら彼はペルシカリアと、そして彼の親友でもあるナタムとの恋の話に興味を持ったらしい。


 だがそう思ったのも束の間で、ペルシカリアは目を光らせた。


「タクミも聞くな、忘れろ」

「えぇ……駄目なんですか」



 自分たちのことが話題に上がると恥ずかしくなる気持ち、ペルシカも分かったでしょう? と私はまた笑いながら彼女を見る。


 なんだか先ほどより顔色の良くなった、というよりは赤くなったペルシカリアの隣で優雅にお茶を飲むトレチアは。

 静かにカップを置くと、ペルシカリアの肩にそっと手を置いた。



「ペルシカ様、そんなに躍起になってまで隠そうとしなくてもいいじゃありませんか。それにタクミさんはきっと貴女から聞かずとも、ナタムさんから話を聞いてしまうと思いますわ」


「う、ぐ……」


 ペルシカリアが項垂れた。

 その一連の流れが面白かったのか、隣に座る彼が小さく笑う。



 それからしばらくして。

 次の用事があるから、と二人が席を立ち。

 中庭の温室には私と拓巳くんの二人だけになる。


 侍女のヨギさんと、彼の近侍フレーゼが温室の入り口に立っているが、私たちの会話は聞こえるか聞こえないかというくらいの、ちょうどいい距離にいる。


 今日は私たちは仕事も何もない、休みの日だ。

 このままもう少しこの温室での時間を過ごしても構わないだろう。



「ペルシカリアさんって、意外と感情豊かな方だね。いつも三人でいる時もあんな感じなのか?」


 彼もそう思ってくれたのか、姿勢を楽にしたまま口を開いた。


「うん。ペルシカったら皆の前では冷静な女王様なのに、私たちだけになるとたちまち子どもみたいな態度になるの。水族って表情が出にくいって聞くけれど、きっと彼女は分かりやすいのよね。


 それでね、よく私と言い合うことがあるんだけど、私とペルシカはいつもおあいこ。でもね、どんなに強く言ってもトレチアには言い返せなくて黙っちゃったりして、それがいつも可笑しいの」


 私の話を穏やかな笑顔で聞く彼。そんな彼が愛おしい。

 そう思いながら彼を見つめると、彼も私を見つめ返す。幸せな時間。



「それだけ彼女がロゼ達のことを信頼してるんだよ。俺、いつもこんな風に一緒に楽しそうに過ごしているんだろうな、って微笑ましく見てたんだ」


「そうだったのね、……うん。信頼してる。ペルシカも、トレチアも」



 そう。彼の言う通りだ。私は親友二人の事を信頼している。それは彼女たちが王妃や王女といった身分だからではない。人として信じ、時に頼ることができる存在だからだ。


 彼もきっと同じなのだろう。第三王子ガルベラと、第三騎士団の騎士ナタムと仲が良いのは、私たちと同じで……。



「ねえ、拓巳くんは、ナタムから二人の馴れ初めを聞いたことはないの?」


 仲が良いのなら、当然知っているのかと思っていた。私のように苦い思い出でなければ、なおさらだ。

 だが先程の聞き方だと、彼は知らないようだった。

 女同士だと恋の話も時々するけれど、男の人たちは違うのかしら、と疑問に思う。彼はナタムの地元へ一緒に行くくらいの仲の良さだ。その移動の途中で聞いていそうだと思っていたから。



「いや、ないかな。確か前に、幼い頃に海で出会って、それから再会したっていうことくらいは聞いたけど……。


 ナタム達だけじゃない。ロゼとペルシカリアさん、トレチアさんとの出会いも、それからトレチアさんとガルベラたちの馴れ初めも、ちゃんとは知らない。


 でも知りたいな。


 もし話せるなら、ロゼリス。俺に教えてくれる?」


「うん、いいよ。少しお話しが長くなるかもしれないけれど大丈夫?」


「おう。喜んで聞かせていただきます、王女様」



 私の愛する彼が、私の大事な人たちとの事を知りたいと言うのなら。是非話してみたいと、心からそう思う。


 その日、私たちは大いに会話に盛り上がった。

 それもそうだろう。なんせ四つも話をしたのだから。




 ナタムとペルシカリアの、人間と人魚の恋のお話。


 ロゼリスとペルシカリアの、二人の王女様のお話。

 ロゼリスとトレチアの、二人の魔法使いのお話。


 それからガルベラとトレチアの、王子様とお姫様の恋のお話。


 それぞれの物語は、どうやら遠い日本という国から来た人にも、面白いと思える話だったようだ。

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