表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花火を打ち上げて。  作者: 黒花
最終章 花火を打ち上げて
138/141

第137話 打ち上げ

「あー、緊張して疲れた」


「お疲れ様〜」



 今夜は冷たい風が肌を刺す。だが目の前には積まれた薪に火が着けられていて、側に寄れば充分暖を取れるようになっていた。



 祝賀会が終わり、多くの貴族や招待客が帰ったあと。城の周りの広場は特別に開放されていた。植物園の再建に関わった者たちでの、路上打ち上げが許可されたのだ。


 先日、ナタムたちと相談をしたのだ。貴族たちとは別で、自分たちなりにお祝いしないかという案だ。


 こういう時、この国の人たちは通常は店や誰かの家などで飲み食いの場を開くというが、それだと平民たちだけで行われ、王族はもちろん、貴族ですら参加はしないというものだった。


 俺はどうしても身分の関係ない打ち上げがしたくて、その内容をランタナ王子に相談したら「静かにやってくれればいい」と苦笑いされた。



 周りを見渡せば、少人数で話す人たちもいれば、俺たちと同じように大勢で集まっている人たちもいる。


「なんだ、元々外で集まる習慣はあったんだ」

「座って食事するのは初めてだけどね」


 隣でナタムが笑う。


 そう、彼が言うように周りの人達は皆立ったまま話をしている。それぞれの家に帰る前に、少し話していこう、という雰囲気だろうか。


 反して俺たちは地面に布を広げた、THE花見スタイルだ。低めのテーブルを中央に置き、周りには座っても尻が痛くならないよう、クッションも持ち寄せている。



「で、何でこの場所なの?」


「この木が、故郷の木と似てたから」


 上を見上げれば、満開の花をつけた枝が広がっている。前々から葉のない木があるな、と思っていたとある木は、植物園の再建が進む傍らで少しずつ蕾をつけ始め、数日前に八分咲きとなっていた。


 真っ白な小さな花だ。一本の木に数え切れないほどの沢山の白い花をつけている。


「日本のは桃色の花なんだけど、夜のこの月明かりの下で見た感じがよく似ていて」



 昼間の明るい時には気付かなかった、夜桜に似た木。今夜は植物園の再建を祝うものだから、花の咲く木の下で打ち上げをしたい、そう思ったのが決め手だった。


「春になると桃色の花の木が国中で一斉に咲くから、家族や仲間で集まって、昼夜問わず、こうして皆で飲み食いしながら過ごす習慣があるんだ」


「タクミの故郷は洒落た事をするねぇ」


 ナタムが楽しそうに答える。


 故郷の習慣がお洒落だと評価されるのは、嬉しい。

 と同時に思った。やっぱりこの国の人たちは、そう感じるのだと。


 花の国、ジラーフラ。

 国中が花で満ち溢れた小さな島国の王国。


 花に集まる精霊たちの力で、敵国からの襲撃による全滅を免れた小国。


 花を増やす事で精霊を集め、防衛の力を高めているという不思議な国。


 そして国の重要な職業として、庭師が大勢いる国だ。


 だがこの一年で、分かったことがある。

 花の国と言うわりには、この国の人たちには、花を楽しむ風習があまり無いのだ。

 

 だったら、俺の出来る範囲でもいいから、時々こうして花を楽しむ場を設けたいと思う。これから俺が携わる仕事はそういうことができる仕事だから。



 暖かくした飲み物やそれぞれ持ち寄せた食べ物を並べながら話をして過ごしていると、ふわりと風に乗って花の香りがした。


 顔を上げると広場の先から、ローブを羽織り頭までフードで覆った二人組がこちらに近づいてくる。


「あ、来た来た」


 話をしていた仲間たちも動きを止め、二人に視線を送る。


「待たせたか?」

「私も、いいかな……?」



 見掛けが怪しすぎてあまり忍べてなかった気がするのは俺だけだろうか。


 隣でナタムが「待ってたよ〜」と二人に声を掛けたところで、動きを止めていた仲間たちが一斉に騒ぎ始める。


「ガ、ガルベラ様に……ロゼリス様?!」

「しーっ! ……お前たち、お忍びじゃなくなるだろう」


 はい、と皆が再び静まる中、ナタムが用意していたベンチに布を掛けて二人の椅子を用意した。


 一応、この場での上座だ。


 慣れたように二人が座ったので、彼らに飲み物を用意していると、周りも少しずつではあるが落ち着きをみせてポツポツと会話を再開する。


 姿勢は崩したままで構わない、とガルベラが言えば周りからお礼の声が上がり、それから彼らも足を崩した。



「で、タクミは何故またその姿勢をしている」

「え?」


 皆が足を崩している中、俺は正座だ。


「何故って今はお茶を入れてる時だから」


 はいどうぞ、とガルベラに入れたてのお茶を渡せば不思議そうな表情のままではあるが「さんきゅう」と笑った。



 昔、父さんから聞いた話だ。


 母さんと出会って間もない頃、勇気を出して母さんを花見デートに誘ったが、時期早く肝心の桜はまだ咲いていなくて、正座をしながら父さんが持ってきたお茶を母さんに出して渡したという話。


 それから我が家のルールでは、お茶は正座をして入れるというものが出来たらしい。時々この話を母さんがすると、必ず父さんはもうやめてくれといいつつ幸せそうな顔をしていた。



 打ち上げの準備をしていた時にふと思い出して、懐かしくなったのだ。


「緋村家の習慣。忘れたくない事のひとつさ」



 ぽつりと呟いたはずが、皆に聴こえていたらしい。


 何かまずい事を言ったかもしれないと顔を上げると、しんとした空気の中で視界の端が動く。


 ロゼリスだ。


 彼女はベンチから立ち上がり、手に持っていたクッションを俺の隣へと置くと、静かに地面へと腰を降ろした。

 急な彼女の行動に周りも、そして俺も言葉を忘れて彼女を見ていると、彼女はそばに置かれていた入れたてのお茶に手を伸ばし、いただきますと頭を下げて、カップに口をつける。


「私も今覚えたから、大丈夫。これなら忘れないでしょう?」


 口を離すと目が合って微笑まれた。


 昼間の祝賀会の時とはやっぱり違う。今までずっと俺が見てきたロゼリスの笑顔だ。王女としての振る舞いをする彼女からは彼女の心の内が読めなかったのだが、今はちゃんと分かる。彼女に愛されているって。



「今日の祝賀会、とても緊張したの。あんなに沢山の人と面と向かって会うのは久しぶりだったから」


 彼女の手が俺の服の裾を掴む。


「でも、拓巳くんの方がもっと緊張しているだろうから、私しっかりしないと駄目だって思ったら、頑張れたの」


 俺の肩へと彼女がもたれかかった。



 そうだよ。彼女も緊張していたんだよ。

 出会った頃、あんなに他人の目を怖がっていた彼女が、終始堂々としているように見えたのは、その裏に彼女の頑張りがあったからで。


 今もこうして、ベンチから俺と同じ位置へと降りてきてくれた彼女は。少しも俺の気持ちを置いてけぼりなんかにはしなくて。


 その事に気づいた瞬間、目元が熱くなった。



「あーあ、もう熱いねぇ。皆、熱くない? 火少し弱めるどうする?」


「わっ」


 わざとらしく背後から囁かれて思わず声を出せば、ニヤニヤと笑ったナタムが「食べ物のおかわり持ってくるから!」と走って俺たちから離れていく。


 ばっと皆の方を向けば、彼と同じようにニヤニヤと笑ういつもの寮の仲間たちと、だいぶ反応に困っている城下町のメンバーが入り混じり、各々が俺の方を見ていた。


 当のロゼリス本人は、何でもなかったようにお茶を飲んでいる。全く、自分のした事を分かってないのだろう。


 なんたって彼女はあの白薔薇様だ。


 どちらかと言えば、俺も彼女の正体を知らない頃、冷たいイメージを持っていたあの噂の白薔薇様が、お茶を手に人前で無意識に惚気だしたという破壊力の凄さを。


 ガルベラも何でもなかったかのようにお茶を飲んでいる。

 が、多分彼の脳内は暴れている気がする。最近の彼からなんとなくそう予想できる。ここでイジったら怒りそうだからやめておくが。



「気をつけるよ。ごめん」


 悪い事をしたとは思わないけど、雰囲気的に気まずくなって謝れば、固まっていた城下町のメンバーも気にしないで、と苦笑いしていた。



 しばらくしてナタムが戻ってきた。遅れて来たトレチアさんと一緒だった。

 二人の両手には追加の料理と飲み物が抱えられていて。先程まではテーブルは肉料理や穀物が多かったが、今度はフルーツや焼き菓子がメインとなった。



「おじさんのゼリー、新しい味が楽しみだね」


「そうだな。マスターが次の時までには新作出すって言ってたから」


 フルーツを口にしていたロゼが呟く。


 先日マスターに会った時、今日の為にゼリーを予約注文しようかと思っていたのだが、どうしても仕事が立て込んで準備が出来ない、といって断られた。


 マスターにしては珍しい。

 いや、彼の本業は騎士団団長であって、火葬師と兼業していて、喫茶店のメニューはその次だから仕方がないんだけどさ。



 ちなみに今日のこの打ち上げは、マスターも誘っていた。フレーゼも誘ったしロゼリスの侍女さんや庭師団団長のナギさんも誘ったのだが、何故か皆用事があると言って不参加だった。

 

 

「忙しくて新しいものが作れていないって言ってたけれど……果物が育ちにくい季節だから、余計に困っているのかな?」


「あ、そうなの?」


「日本ではこの季節に果物が育つの? ……そうか、温室があるから自由に調整ができるのよね」



 俺は完成した植物園を思い出す。


 室内の温度や湿度をある程度調整できるようになった温室には、季節を問わずに色々な種類の植物が植えられた。


 これから夏の野菜や果物を温室で育てるといった試みが予定されていて、それが上手くいけば城下や地方でも温室利用を導入していくらしい。



 日本にいる時もそんな感じだった気がする。旬の時期の方が安いけれど、年中いつでも食べられる……って感じで。でも。



「うん、でも。季節関係なく食べられるものが殆どだったから、逆にどの果物がどの季節に一番美味しいのか、そもそもどの季節のものなのか、あまり分からないまま過ごしていたんだ」


「季節のものが分からない?」


 現に今の時期、何が美味しかったのかなんて、思い出せないし。



「前にも話したかもしれないけれど。便利な事はもちろんいい事だけれど、でもそれが豊かで幸せかというと、違うかなって思う。


 ゆっくりとした丁寧な生活っていうのがこの国には沢山あって。それはこれからもずっと残っていてほしいと思うよ」



 気付けば周りの皆も俺たちの話を聞いていて、いつの間にかロゼリスと同じように地面に座っていたガルベラが、うんうんと相槌を打ちながら俺の話を聞いていた。


「やはりいい事言うよな、タクミ」


「日本人だから?」


「違うよ俺たちよりも大人だからじゃないの」


「タクミさん自身が良い人なんでしょう」



 旬の食べ物の話をしていたはずなのに、何故か俺が誉められはじめた。状況が掴めずに皆を見ていれば、仰向けに寝そべって空を見上げていたナタムが勢いよく起き上がる。



「ねぇー花火してもいい?」


「怒られない程度にしたまえ」


「ガル様から許可出た! よし、上げる!」


 ぱっと笑顔を見せたナタムに笑い返すガルベラ。



 俺が来る前の二人はこんな感じだったのかな。広場の中央へと歩き始めたナタムを見送れば「なんだそれ、俺らにも教えろよ」と彼の友人たちも彼を追って立ち上がりはじめる。



 目の前で小さな火の玉が空へと浮かびはじめた。

 ナタムの火魔法だ。


 前回俺が教えた火の魔法。

 どうやらナタムはマスターしていたらしい。


 周りの仲間に教える彼はとても楽しそうで。



 僕は普通だから、と言っていた彼だが、その飲み込みの早さはやはり才能があるのだと俺は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ