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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
最終章 花火を打ち上げて
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第135話 祝いの支度

 祝賀会。


 この世界に来てからは初めて聞いたその単語の意味は、集まり、祝い、パーティー……そのようなものだった。


 説明をくれたのは隣に立つ青年、フレーゼ・エクロン。薄いオレンジ色の髪にオリーブ色の瞳をした彼は、手に持っていた手帳らしきものを開き、何かを書き込んでいた。



「フレーゼさん、祝賀会とは具体的にどんな事が行われるのですか?」


 日本にいた頃に、果たして俺は祝賀会というものに出席した事があるのかないのか。記憶は定かではないがこの国の祝賀会がどういうものか気になる。


 思うがままに尋ねてみれば、視点がこちらに向いた。


 しまった……先程注意されたばかりの事を、早速俺はやってしまったのだ。



「フレーゼとお呼びください、タクミ様。それに先程も申しましたように、私への敬語もお辞め下さい。これは全て王族になる者として必要な事ですからね」


「う、フレーゼ。祝賀会はどんな事をする、んだ?」


 穏やかに、でもハッキリと訂正が入る。


 説明しよう。


 彼フレーゼは、今日から俺の専属担当のお付きの人……未来の俺の近侍として配属された青年なのである。



 卒業式が終わり、学園の寮からこの職員寮へと移動を済ませた俺は。



 異世界研究所の仕事として騎士団本部の一室を借り、ランタナ王子から渡された資料に目を通していた。


 部屋の扉を叩く音がして返事をすれば、第二騎士団の団長さんと彼が立っていて「今日からタクミ殿の専属担当です」と彼を紹介された。


 初対面のはずなのだが、どこかで見た事のある顔だと思い、詳しく話を聞いてみれば、彼は先日王様に会いに行った際、倒れた俺の看病してくれた人だった。


 本当ならばあの時軽く紹介される予定だったそうだが、俺の体調不良により騎士団の予定も狂ってしまい、調整し直したところ今日になったのだという。

 それを聞いて非常に申し訳なく思い謝れば、彼から凄い勢いで謝り返されてしまった。



「でも、どうして俺に担当が付くのですか?」

「タクミ様がロゼリス様と婚約なさった為でございます」


 ロゼリスと婚約したこと? でも俺たちがしたのは結婚じゃなくて婚約だ。結婚するのはまだ先の話で、俺が王族の一員になるのはまだしばらく先のことだろうに、それでもお付きの人が必要になるのだろうか。


 返事もせずに黙ってしまった俺に気づいてか、団長さんが優しく笑いながら説明を続けてくれる。


「通常は、王族のご学友や英雄のご身分では、余程の場合や非常識な事でなければ、目を瞑って貰えます。


 しかし未来の王族の一員となりますと、話は変わりますね。未だ国に身分制度が残っている以上、社交界の決まりなど覚えなければならなくなりますので。


 それらを踏まえて、ランタナ王子から指示を受けまして、早いうちからタクミ様には色々お教えできればと思い、今回彼を任命させていただきました」


 深々と俺に頭を下げる彼。反射的に俺も頭を下げれば、「これからは人前では彼には頭を下げてはなりませんよ」と団長さんから声を掛けられた。



 団長さんが部屋を出て、フレーゼが部屋に残る。そして冒頭に戻る。


 立ちっぱなしでいたら彼から座るよう促され、元いた椅子へと腰を掛ける。彼は変わらず立ったままなので彼にも座るよう伝えるも「座ってはなりませんので」と笑顔で返されてしまった。


(これが近侍なのか、申し訳なさでいっぱいになる)


 複雑な気持ちが顔に出ていたのか「これが私たちの仕事ですから慣れてください」と更に笑顔で返されたので、俺はため息を吐きながら椅子に深く座り直した。




「ご説明致しますね。

 通常、国規模の事柄に対しては城での祝賀会が開かれます。

 過去の祝賀会では、どれも王族と上中下全ての貴族が集まり、立食の場を設けて話をするというものでした。今回も同様のものが行われるかと思います。


 タクミ様はロゼリス様の婚約者として、トネアス様から出席者へと公に紹介されるかと思われます」


「え、そこで発表なんですか」


「恐らくはそうかと思われます。私が専属担当になりましたので、ほぼ確実かと」


『マジか』


 頭を抱えて情報を整理する。


 確かに近いうち公に紹介すると聞いてはいたけれど。てっきり掲示板か何かで情報公開でもされるのかと思っていた。


 出席者へと公に紹介……? もしかして沢山のギャラリーがいる中で話しない駄目って事か?


 大勢の人の前で何かをするのは苦手だ。


 でも、これが自分が選んだ道だというのなら、一つずつ克服していかなければならない、とも思う。



 手を膝の上へと戻しぐっと拳を握って気合いを入れる。顔を上げてフレーゼの方を見れば、彼も真剣な表情を返してくれた。



 勉強しよう。そして沢山覚えて身につけよう。全ては彼女の為に。



「……俺は何を覚えればいいですか?」


「まずは私への敬語をおやめになることでしょうか」




 気合いを入れ直してからの第一声に指摘が入った。いや言葉遣いについて指摘が入るのはこれで三度目だ。意識せずに話してしまった俺が悪い。


 確かに会って間もない人に敬語を使わずに話すのは気が引ける。お互い相談して使わないのならまだしも、相手は俺に敬語を使うのに……だ。


 だが彼の説明によると、社交界では近侍への言葉遣いや態度を見て、俺の為人を判断する者もいるという。頻繁に会う人ばかりではないからこそ、短時間での情報から色々と推測されるそうだ。


 そしてこの国が小さな島国である事も加担し、情報や噂はあっという間に広がるのだという。



「タクミ様が英雄称号を持つことや、ロゼリス様とご婚約された事、それからガルベラ様のご学友である事も異世界からいらした事も、おそらく参加される皆さんは既にご存知だと思いますよ」


「え、じゃあ俺が改めて紹介される意味って」

「そういうものでございます」



 それは確かにそうだ。会社だって新人のプロフィールがある程度分かっていたって、ちゃんと一人一人に挨拶に回ったから。それと同じだよな。


 それにガルベラから身分なしの身分を貰った俺は、身分の中間層に立つ貴族からすれば、未知の存在かつ利用の可能性も秘めた存在で。


 万が一、誰かに悪用されるような事がないようにする為にも、時期王となるトネアス第一王子が俺を紹介して回る事は、社交界デビューに大きな効果をみせるのだという。


「勿論お会いする貴族の方々は、今まで通りの言葉遣いで問題ありませんので、まずは私への敬語をおやめくだされば良いかと思います」


 う……そう言われてしまうと、益々やらざるを得ないというか、拒否権なし! って言われている気がしてくる。


 ま、言葉遣いも仕事のうちと割り切って、早いうちに慣れるしかないということだろう。



「分かった。頑張ってみるよ」


 意識して語尾の敬語を無くせば、彼が微笑みながら頷いた。



         *



 祝賀会当日になった。


 当日を迎えるにあたってこの何日かはフレーゼからのマナー指導だけでなく、ロゼリスからも指導を受ける日もあった。


 だが今日の王宮のメイン行事は植物園のお披露目。俺の社交界デビューは周りからすればおまけの一コマのようなものだ。



 植物園のお披露目自体は、俺個人の仕事はあまり無かった。というのも、植物園は庭師団の管轄下であり、庭師団長のナギさんが主に案内をしてくれた為、俺は地科学研究所と魔法学研究所の所長たちと並んで後ろからついていき、質問があれば補足をしていくという流れだった。



「はあ、派手」



 午前のうちに俺の植物園での仕事は終わり、今の時間は大勢の貴族の人たちが植物園内を見て回っている。


 俺はというと城内の一室の鏡の前に立って自分の姿を見ていた。


 長く大きなため息が出る。


 正面に写り立つのは、黒色に近い色のジャケットとパンツに身を包んだ俺。だがスーツとは明らかに違う、襟や袖口に豪華な刺繍がされたその服は、俺のイメージでは正直言って男性アイドルの衣装を彷彿させるものだった。



 祝賀会の参加はスーツは駄目だとフレーゼから指摘され、ここは素直に彼の言うことを聞いた。

 この服はパーティー用の服の中ではかなり落ち着いた服の部類だと言われたが、やはり無地や落ち着いた色が好きな俺から見れば、派手な服であることには変わりなく、それがまたこれから始まる時間への緊張感を助長させた。



『これも慣れるっきゃないかーー』



 気持ちを悟られないよう日本語で独り言を呟くも、声色と俺のついた小さなため息を聞いて察したのか、隣からはクスッと笑う声がした。


 視線を送れば銀色の長い髪の間から赤い瞳がこちらを見て笑っているところだった。



「緊張なさっていますか?」

「結構緊張していますね」



 同室で待機しているのは、ガルベラの婚約者、貴族のトレチア・オルガイさんだ。


 この国の春ドレスとでも言えばいいのだろうか。裾の広がるドレスにやや厚手の羽織を肩から掛けた彼女は、優雅にソファーへと座り過ごしている。


 反して俺はずっと落ち着かずに部屋の中をウロウロとしてばかりだ。



「私もちょうど一年ほど前、貴方と同じようになりましたから、お気持ちは大変よく分かりますよ」



 彼女は昨年、ガルベラの婚約者となった。それから今日までの一年の間、こうした祝賀会など王宮関連のパーティーにはほぼ出席しているとのことだった。


 同じ立場同士で話せることもあるだろうから、と王宮の采配で、今日はこうして祝賀会が始まるまでの待機部屋を、彼女と一緒にしてくれたらしい。



「この服、本当にいただいて良いんですか?」


 そう問う俺に彼女が笑い返す。


「いつまでも仕舞われているままでは、服も劣化していきます。タクミ様が袖を通して下さるのであれば、きっと父も喜ぶと思いますわ」



 そう、派手とか言ってしまったが、このジャケットとパンツはトレチアさんから貰ったものだった。詳しく言えばトレチアさんのお父さんのもの。

 彼女のお父さんも十年前の襲撃で死去したが、彼女の家は女系一族の為に男物の服を譲れる人がおらず、ずっと家の奥にしまわれていたという。


 今回、祝賀会に参加する事が分かり、ガルベラ達に相談をしていたところ、ちょうど同席していた彼女から父親の服を譲ってくれるとの提案があったのだ。



 彼女の父親の服をフレーゼにも見てもらい、取り急ぎ一着貰ったのが、今着ているこの服だ。譲ってもらった以上は文句は言えないし、これからの社交界への参加に慣れる為にも、この服は大事に着ていきたいと思うところではある。派手だけど……


 鏡の前から離れて、彼女の向かいのソファーへと座れば、フレーゼと彼女のお付きの人がお茶を用意してくれた。



 そういえば、と彼女の方を見る。彼女は学園でも何度か顔を合わせてきたが、いつ会っても姿勢を崩さず、綺麗な所作をしているな、と思う。



 比較する相手は、ロゼリスだ。


 ロゼリスは彼女よりも身分の高い、この国の第一王女だ。


 だが彼女は初対面時は俺の上に馬乗り。屋根から飛び降りるわ、下着同然で海を渡るわ……怪しいところが多々ある。

 もちろん出会った頃は庭師の格好でも育ちは良さそうだと思ったが、お淑やかさや優雅さがあったかというと、首を傾げたくなる部分もあった。


(TPOが分かってればいいのかな)


 そうだと思いたい。


 それにしても俺たちは、出会ってすぐにお互い敬語をやめて会話して。今思えば中々のマナー違反な事をしてきたのかもしれない。

 いや、これは俺が彼女の存在を全く知らずに仲良くなったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。



「トレチアさんは、あまり砕けた話し方はしませんよね? 日頃から気をつけている、ということですか?」


「そうですね。砕けた話し方は祖母とも致しませんわ。

 おそらくですが、ジラーフラの中で、最もしきたりやマナーに煩いのは貴族層かもしれません。襲撃前と比べると緩くなったとは聞きますが、それでも日頃から気をつけないといけないですね」


「王族は、それこそガルベラとかは、学園ではそこまでかっちりしていない感じなのに」



 学園での彼は、クラスメイトや後輩たちとも分け隔てなく接している気がした。口調も態度も、だ。俺が仲良くしていて、いつも近くにいたからそう感じるだけなのかもしれないが。



「王族は、絶対不動的な地位。砕けた話し方や接し方をしても咎める者はほぼおりません。

 元からそういう身分でございます。


 平民は平民のまま。無礼行為だと認められれば罰せられますが、地位が変わることは滅多にありませんし、そういう意味では王族も平民も、どちらも……不動です。


 しかし貴族は別で、さらに上位、中位、下位と分けられます。それも一族や個人の功績等で簡単に位が変わるというものですから……未だ足の引っ張り合いのような事が行われます。

 隙を作らないのが無難な対応策です。

 貴族間のトラブルを避ける為に、日頃から周りに気を配る必要があるのです」



「足の引っ張り合い」


 俺もその引っ張り合いに巻き込まれるのだろうか。

 今のところ生活していて一ミリもそのような事は感じずに過ごせていたけれど。


 でももう俺は、ただの異世界から来た客人ではなく、この国の王女の婚約者だ。俺のポジションを奪ってやろうとか、もしくは俺にポジションを盗られたとか、利用してやろうとか、そういうことを考える人がいるかもしれないということ。



 ガルベラが俺の保護責任者である以上、今までは手出しできなかった部分があるのかもしれない。

 だがそれももうすぐ終わりになるのだ。


 新年度が始まり、仕事などで沢山の人も関わるようになると…



「少なからず敵はいるかもしれないって事ですね」


 そうですね、と言うかのようにカップをテーブルに置いたトレチアさんがぱっと笑みを浮かべてこちらを向いた。


「ですから、今日の祝賀会では良いお披露目を致しましょう!」


「……頭が痛いです」



 天井を見上げて再び溜息をつく。



 用意してくれたお茶を口に含めば、覚えのある味と香りがした。

 ロゼリス王女から頂きましたよ、とフレーゼから伝えられると、今は自室で準備しているであろう彼女がいつものように俺の背中をさすってくれている気持ちになり、ふわりと少しだけ身体が軽くなったような気がする。



 頑張れ、拓巳。祝賀会での挨拶は、俺一人で回るわけじゃないからさ。


 目を伏せると俺は胸元に手をあて、ゆっくりと息を吐いた。

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