第134話 共に生きていく
俺が身なりを整えて客室を出れば、廊下には王様とお后様、そして少し離れたところでロゼリスが立っているところだった。
俺に気づいた三人は、それぞれ明るい反応を見せてくれる。
俺は王様とお后様の前に立つと、先程までとはいかないが、背筋を伸ばしてから頭を下げる。
「あの、これからお世話になります。沢山迷惑を掛けるかと思いますが、一生懸命努力します。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。おめでとう、タクミさん」
「よろしくね。タクミさん。……ほら、ロゼリスもこちらにいらして?」
俺は呼ばれた女王様の側へと近寄れば、ロゼリスもこちらに向かってくる。ドレスを身にまとった彼女の肩はいつ見ても細いな、と視線を動かした。
どうしたらいいのか、とその場でソワソワしていたら、そっと女王様の腕が伸びて俺とロゼリスを一緒に抱きしめて引き寄せた。
「おめでとう……嬉しい。
ルピナスもアネモくんも、あなたたちのことを喜んでいるわ」
「お母様、お父様」
「タクミさん。あなたのご両親も、きっと祝福しているはずよ」
「そうだと、嬉しいです」
ルピナス様とアネモ様は、ロゼリスの両親の事だ。十年前までは、お后様たちと共にこの国をまとめていた方たちだ。
お后様の目に涙が浮かんでいる。近いうちに彼女からその理由を聞くことが出来るだろうか? そう思いながら彼女を見れば、にこりと笑みを浮かべて回されていた腕が解かれた。
「君の祖国の話も沢山聞きたいね」
隣に立つ王様。肩にポンと手を置かれる。
優しい手だ。
「はい。その時は是非お話しさせてください。今は、目の前の事に力を尽くしたいと思っています」
「植物園の再建では色々と知恵を貸してくれたと聞いたよ。これからも楽しみにしている」
笑う王様と涙ぐむお后様。その後二人は大広間の方へと向かっていった。
廊下には俺とロゼリスが残り、あとは所々に騎士さんたちが立っているだけとなった。
「今日は、公務は終わり?」
「うん。二人で一緒に食事でもしてきたら、ってスミン様が仰ってた」
ぽつりぽつりと話をしながら、肩を並べ歩き始めれば、自然と足は城の外へと向かっていって。
城を出て、向かったのは職員食堂だった。
これといって普通の話をしながら歩いてきたが、食堂の前、広場に着いたところでついに彼女が立ち止まる。
「びっくりしたじゃない。まさかあの場で言うだなんて」
手を引かれて立ち止まれば、少し頬を赤くした彼女がこちらを見上げている。
彼女が驚いたというのは、俺が恩賞としてロゼリスとの交際の公認を王様たちに求めた事。そしてそれから結婚の許可を貰った事だ。
「駄目だった?」
「駄目じゃないけど、いつか言わなきゃいけない日が来るって、来てほしいって思ったけれど……でもまさか今日だとは思わなかった!」
ここからは城下町が見えて、遠くには海が見える。
まだまだ空気の冷たい今の季節は、遠くの景色が綺麗に見える。
「俺も今日は、ここまで言うとは思ってなかった。
でも気持ちはちゃんとあったよ?」
「うん。分かってる」
この世界に来て直ぐの頃、この場所に立っていたときの事を思い出す。
天使が舞い降りたのかと思った。
今思えばあの瞬間から、俺は彼女に恋をしたんだと思う。出会い方は良いものではなかったけれど。そのあとからは彼女の事を色々知って、一緒に過ごす中で自然とその気持ちが育って。想いが通じて。これからも一緒に居たいと願うようになった。
これからも、一緒に生きていきたい。
そう思う。
俺は姿勢を正した。
この国のお付き合いは、結婚前提が普通だと言われたけれど。それでも俺はケジメのためにも、ちゃんと彼女に伝えたいた思う。
「拓巳くん。私と結婚してください」
心を込めてプロポーズをしようとしたら、彼女からプロポーズされた。
「……先に言うなよ」
「だって私から言いたかったんだもん! なのにさっきは拓巳くんが言っちゃうから」
拍子抜けして思うままに口を開けば、彼女も彼女で負けじと言葉を返してくる。
「こういうのは男から言うものじゃないのか?」
「ここは花の国、ジラーフラだから男女どちらからでも大丈夫よ」
そうなのか、どちらからでもいいんだ。
「「……………」」
沈黙のあと、二人で顔を近づけて笑い合う。
彼女が今言ったんだ。俺はその答えを返せばいい。
「よろしくお願いします。
俺と結婚してください、ロゼリス」
「……はいっ! 勿論です!」
彼女が太陽みたいな笑顔を見せた。
ピンクゴールドの髪が光り、瑠璃色の瞳が輝く笑顔。彼女が大怪我をしてから、ずっとずっと会いたかった笑顔だ。
嬉しい、やっぱり彼女は笑顔がよく似合う。
それを俺は今、こうして誰よりも一番近くで見られるんだ。
幸せだ。
「これから沢山色々な事があるかもしれないけれど、どんな時でも私は貴方の味方だから。
守らせてね。
大好き、拓巳くん」
彼女の手が俺の頬に手をあてる。
彼女の手がしっとりと濡れて、そこで初めて俺は自分が泣いていることに気が付いた。
「ロゼに会ってから泣き虫になったみたいだ」
「今まで泣いてこなかった分だから、気にしないの。我慢しちゃ駄目なの」
彼女の手から俺の涙がスッと消えてなくなる。
「泣いたらロゼが吸収してくれるんだ?」
「うん。私が貰うの」
「でもロゼが泣いても俺は吸収できないよ」
「拓巳くんは乾かしてくれるでしょう」
彼女は言葉も魔法で操れるのかと思うほどに、心がポカポカと暖かくなる。
いつもと変わらず冷たい彼女の手を強く握れば、暖を取るかのように彼女が両手で俺の手を包んだ。
自然と互いの唇が重なる。
幸せだ。
彼女と共に幸せに生きるから、見守っていて。
父さん。母さん。
お互いの事に夢中になっていた俺たちは、今がちょうど昼休みの真っ只中であり、ここが職員食堂の前である事をすっかり忘れていた。
出るに出られなくなった食堂内にいた職員らと、立ち往生してしまった職員たちに囲まれて、公開プロポーズをした俺たちの話は、瞬く間に王宮内へ、そして城下町へと広まることとなった。
白い雲が薄く広がる青い空の下、王宮学園の卒業式が行われた。
どんなものなのかと思っていた卒業式は。学園長に卒業したという証の術を掛けてもらうという、なんとも不思議なものだった。個人情報に学歴が書き込まれたのだという。
卒業の記念に貰ったのは、金色の花に五大魔法の各魔法石が並んで埋め込まれたピンだった。いざという時ように身につけられるものとしてこれが選ばれたらしい。サイズ的にはスーツにでも付けられそうだ。
クラスメイトの皆はそれぞれ家に帰る者もいれば、仲間内で食事に行く者たちもいるようだった。
俺はというと、ガルベラとナタム、そしてロゼリスの四人で約束をしていた。
ガルベラとロゼリスは、真っ先に王様たちに卒業の報告をするのだという。学業を終えて、本格的に王政へ参加するという表明をするらしい。
二人の報告が終わるのを待ってから、四人で合流して。
お忍びで俺たちは城下町へと降りてきた。
向かったのはマスターの喫茶店だ。
カランカラン……
ドアベルが鳴り扉を開くと、お馴染みの喫茶店の店内へ足を踏み入れる。
暖炉に大きな火が灯された店内には、珍しく沢山の鮮やかな花が飾られていた。
「ご卒業おめでとうございます。ロゼリス様、ガルベラ様。ナタム。そして、タクミ。
僭越ながら私が皆様のお祝いに料理をご用意させていただきます」
「団長の料理を戴くのは久しぶりだ。この時間を本当に楽しみにしていた」
店内では、エプロン姿のマスターが沢山の種類の料理を用意してくれていた。
以前、卒業式の後に俺たち四人でお祝いを兼ねた食事会がしたいと相談したら、是非料理を振る舞いたいと手を挙げてくれたのだ。
今日はもちろんお店は貸切、人目が少ないからか、ガルベラもロゼリスも姿勢を崩してソファに座り、ナタムも同じく姿勢を崩している。
カウンター奥の厨房には、複数の調理師さんたちが次の料理の準備をしている。これは国からの命令で城の調理師さんを配置しているらしい。一応王族の二人が口にする料理だからか? マスターもすぐに了承して彼らに指示を出したという。
「最近は益々料理に力を入れているって、騎士さんたちから聞いてたのよ」
並んだ料理に目を輝かせたロゼリス。話によると王族の人たちも普段の食事は俺たちと同じくらいシンプルだという。だからこそ、マスターの作る創作料理は珍しさも加わり、食べる楽しみが大きいそうだ。
ガルベラとナタムも揃って料理に手を伸ばし、俺ももちろん一緒に手を伸ばす。
入学してからの思い出話や、三人の幼い頃の話など、色々な話題で盛り上がる。
「植物園も完成して良かったよな」
「お披露目とお祝いが終われば全部終わり?」
話題は植物園の話となり。
「その日に庭師団の皆から、来てくださったお客様に手土産を渡したいねって話が出たの。今それを進めているの」
表情を輝かせて楽しそうに話す彼女の横で。
「タクミも披露会と祝賀会、両方出るんでしょ?」
「うん……」
俺は少しテンション低めだ。
「どうした。浮かない顔をして」
先日。俺はランタナ王子からこの話を詳しく聞いたところだった。植物園の完成披露会と、その後に行われる祝賀会への出席についてだ。
てっきり関わった皆でお祝い出来るかと思っていた祝賀会は、平民の参加は出来ないというものだったのだ。
「皆で作ったのに、祝賀会に呼ばれるのは貴族ばっかりって、それって変じゃない?」
「それが身分制度のあるこの国の普通だからね。タクミ以外の人はなにも疑問に思ってないと思う。僕だっていつもの事だなぁ、としか思わないし」
俺とナタムの会話にあえてなのか反応しない二人の向こうで、マスターがうんうんと頷いた。
そうだ、確かマスターは中級貴族という身分だった筈だ。
「マスターも参加するんですか」
「警備兼という形だな」
「そうなのか……」
ソファに深く座り考える。向こうの世界では、色々な理由をつけては仲間で集まって宴会を開いて、いつもお祭り騒していたというのにな。それができないのは、寂しい。
『勝手に打ち上げやったら怒られるかな』
「うち……あ、げ? ……花火の事?」
どうやら考えていた事がそのまま口に出ていたらしい。そのまま、日本語で。
ガルベラとナタムからは何もなかったが、隣にいたロゼリスにはちゃんと聞こえていたようで。
「へ? いや花火じゃなくて宴会の話。
……ってああ、確かに花火も『打ち上げ』だよな」
「どういう意味?」
「区切りをつけるって意味と、空に放つって意味の二つ」
俺とロゼリスの会話が気になったのか、ガルベラとナタムも再び会話に戻ってくる。急に始まった日本語講座にゆっくり解説をしていると、マスターがテーブルにまた新しい料理を運んできてくれた。
「難しいねぇ。ニホンの言葉は」
「区切りをつける為に開くの?」
「この国の祝賀会とは何が違うんだ?」
三方向から質問などが一気に飛んでくる。ああどうやって説明したら分かるんだ?
俺の中の典型的な打ち上げといえば、居酒屋での飲み会だ。だが居酒屋なんて、ナタムはまだしも王族の二人に話したところで分からなさそうだし、何か他に何か分かりやすいはないだろうか。
そこで俺は思いついた。
説明するよりも実際にセッティングすればいいんだ。
身分も年齢も関係ない。
俺なりの、打ち上げってやつを。