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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
最終章 花火を打ち上げて
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第133話 正座

「急に呼んでしまってすまないね」



 王様はゆっくり立ち上がると、俺を部屋へと招き入れた。俺は案内されるままに部屋へと進むと、背後でそっと扉が閉められる。



 静かな部屋だ。


 部屋の雰囲気からは音楽などが流れていそうな優雅な感じがするのに、王様の執務室に音を奏でる物は無くて、代わりと言って良いほど部屋の中は宝石と花々が飾られている。


 煌びやかで、静かな部屋。その中で布の擦れる音が響く。



「拓巳くん、その格好はどうかしたの?」



 王様の次に立ち上がったのは、ロゼリスだった。

 彼女が驚くということは、俺がここに来る事を王様から聞いていなかったのだろう。もしかすると彼女も今この部屋に来たばかりなのかもしれない。


(どうしたの、か……)


 彼女に問われるも、俺は答えに迷う。

 だって彼女にはまだ話をしていないからだ。これから俺が話す事を。


 彼女へ一度視線を送るが、俺は王様の方へと向き直した。


「お時間をいただきありがとうございます。本日は以前お話いただきました恩賞の返事に伺いました」



 今はとりあえず王様とお后様に挨拶をしなければ。


 王様とお后様は目上の方だから、彼らにまずは話をしたい。いや……ロゼリスも一応目上の方なのだけど、彼女にはどちらかといえば今から俺と並んで隣に立っていてほしかった。


 王様とお后様へ挨拶をすると、彼らが口を開く前に横から声が続く。



「ついに何にするのか決めたのね。私は席を外した方がいい?」

「いや、ロゼも、一緒に聞いてくれないか」

「……うん?」


 案の定、ロゼリスはこの場を離れようとしていて、俺は彼女を引き止めた。すると彼女は俺と王様たちを交互に見ながら考えた末、ゆっくりと歩を進めると俺の隣に並んだ。


 何も言わずにいても、こうして彼女が隣に立った事が俺の背中を押す。



 王様が目の前に立ち、隣にお后様が立つ。


 いよいよだ。


「では、拓巳殿。君の望む恩賞を申せよ」



 王様の声が部屋に響いて、俺は彼の目を見ながら。

 隣の彼女の手をそっと引く。



「俺とロゼリス王女の、交際を認めてほしいです」



 隣から、息を飲むような小さな声が聞こえた。

 驚かせてごめん。

 俺も、これを恩賞として要求するのはいかがなものかとも思ったよ。



 だが王様から許可を貰って手に入れられるもの、そう考えた時に浮かんだのは、やはりロゼリスとの関係のことだった。


 身分違い、いや身分どころか生まれた世界すら異なる俺と彼女だけれど、それでもどうか認めてほしい、そう思っての要望だった。


 彼女の事が好きで。愛おしくて。

 彼女以外に欲しいものなど無くて。



 どう答えがくるだろうか、と身構える。



 先に口を開いたのはお后様だった。


 彼女は少し困ったような顔をする。



「それでは足りませんわ、タクミさん。

 私たちもう貴方たちのことを認めてますもの。


 思い切ってもっと言ってちょうだい」



「…………」



 お后様の言葉を、解釈しようか。


 もっと言うって、何をだ。付き合っていることじゃなくて、その先? その先って、やっぱり結婚?



 結婚?


 もちろん付き合っている事を認めてもらうという事は、結婚前提だという心構えで臨んできているけれど。


 はっきり結婚したいと言えって事?

 今のこの状況をなんとか冷静に考えようとする。隣を見ると驚いた表情のまま固まるロゼリスと目が合った。


 あ、これって。


 これっていわゆる彼女の家に上がって、家族に挨拶にきたパターンだよな? これ。ああ確かに彼女の家といえば家だけど……城だけどね!



 となれば、やらなきゃいけないことはひとつだ。



 再び慌しく動き始めた頭の中に浮かんだのは、典型的な日本の挨拶で。父さんに「彼女が出来たらご両親にはちゃんと挨拶しろよ」と何度か言われたことがあるから、そりゃあすぐに出てきた。



 俺は急いで彼女と手を解き床に膝をつけば、頭を床すれすれまで下げた。



「娘さんを僕にください!! 



 ……でいい、の、ですか??」



 日本だったらこれが正解なのかもしれない。いや、正解か? よくあるパターンはこの後すぐに彼女の親父さんがちゃぶ台をひっくり返して怒って出て行って、お義母さんが「あの人いつもそうなの」って言うんだっけ。どうだったか。


 いや、ここはジラーフラだ。求められていた事がこれで良かったのかと不安になって、最後は疑問系になってしまった。



 頭を下げたままの俺。


 するとまあ、と感嘆の声を上げたお后様の隣で、王様が口を開いた。


「それがニホンの挨拶の仕方で良いのか? タクミ殿。



 ……分かった。許可しようではないか」



「え」



 なんとあっさりと許可が降りた。


 え、いいの? そう思いながら王様を見れば彼はにっこりと笑っていて。顔を上げて、とお后様からも声が掛かる。



「元々私たち、お二人の事はよく報告を受けていましたのよ?」


 王様がお后様に相槌を打って、二人が笑っている。



「あ、ありがとうございます……?」



 自分が想像していたよりも遥かに早いスピードで認められてしまった事に驚きを隠せず、なんとかお礼を伝えたものの、次の言葉が見つからずそのまま床に座ったまま固まってしまう。



 落ち着け、拓巳。振り返ってみよう。



 俺とロゼリスがよく二人で会っていた事は、王様たちはとっくに知っていて。なんとなく付き合っていると予測していて。



 それで今、結婚を認めてくれた……? ということは、今この瞬間、俺はロゼリスの婚約者になったって事?



 婚約者、になったんだよな。

 いいんだよな?


 そう思い、ロゼリスの方へと顔を向ければ、彼女は少し考えるような仕草を見せていて。


 パチンと目が合えば、何かを決めたかのように王様の方へとくるりと向きを変えた。



 それに気づいた王様が柔らかい笑みのまま、彼女に問う。



「して、ロゼリス。其方はどうだ?」




「だめです」


「「「え、駄目なの?」」」



 皆の声が揃いに揃った。あれ、駄目なの? それは凄くショックなんだけど。



「拓巳くんはっ! 私が貰うんです。

 私が貰われては駄目なのです」


「そういう意味で駄目なのか」


「こういうものは、言葉の意味をちゃんと明確にしておかなければなりませんから」


「あーー、はいはい。そうなのかい」



 やや強めの口調となったロゼリスと、口調を崩した王様。お后様はクスクスと笑いはじめて。


 ロゼリスが俺の隣で姿勢を正した。



「彼タクミ・ヒムラは、私ロゼリス・グランディーンと婚約し、将来王家の一員に加わることをどうかお許し願います」


 そして彼女は横で腰を落とし、お辞儀をした。



 これがジラーフラの、王族の人たちの結婚の挨拶なのか。どこか他人事のような気持ちでロゼリスを見ていると、王様が俺の方へと向いた。



「ならばここで質問しようか。王家の一員となり、タクミ殿はどうなりたいのだ?」



 ロゼの婿になって……どうしたいかって?



「俺は、……彼女が王女である以前に一人の人間として、彼女とお互い助け合っていきたいと思っています。


 そして彼女が大切にするこの国や、彼女を大切にしてくれるこの国の人たちを俺も大切にして、この国のために力を尽くしたいです」



 この世界の事、この国の事をまだまだ知らない俺が目指すもの。大きなことは言えないが、彼女と彼女の生きる世界のために何か出来るような存在になりたいと、思う。


 これは、考えてきた事ではなくて、今王様から質問されて自然と心の中から浮かんできた想いだった。



「わたくしは」


「わたくしは彼を尊敬し、時にお互い慰め合い、彼に真心を尽くす者となることです。

 そしてこの国の平和と発展の為に力を尽くす彼を支え、彼が心から愛せるような国を作り守る者となることです」



 そんな風に考えていてくれていたのか、と彼女を見れば視線があってふわりと笑顔を向けられた。大丈夫、そう言われた気がして、俺も笑顔を返し、立ち上がると再び王様の方へと向き直した。



「よし。では私デンドロン・グランディーンとスミン・グランディーンは、ジラーフラの国の代表として、其方たちの願いを聞き入れよう」



 王様の執務室は広くて静かだ。


 だが、そこに広がる空気が暖かく祝福の雰囲気へと変わったことに気が付いて、俺は再び彼女と顔を見合わせて笑い合った。



       *



 目の前に広がるのは見覚えのある天井だ。花模様のステンドグラスの窓から明るい光が差し込み、暖かな空気に少しだけ眠くなる。


「あの、ご気分はいかがでしょうか。タクミ様」



 青年が、声を掛けてくれた。

 彼は場内で働くお手伝いさんなのか、先程から何度か近くで話す声が聞こえていて、俺を気にかけるような話もしていたから、もしかすると治療師をしている人なのかもしれない。

 


「だいぶ落ち着いてきました。ありがとうございます」


 お礼を述べれば、彼はほっとした表情をした後、「少しこのままお休み下さい」と部屋を出ていった。



 部屋の中に、ベッドの中央に一人残される。


 うん、説明しよう。

 俺は先ほどまで王様と話をしていた。



 ロゼリスとの婚約が決まった。


 そこまでは良かったのだが。

 話を終えて扉が閉まった途端、緊張が一気に解けたせいなのか、俺は倒れたのだ。



(軟弱過ぎる……凹むレベルだよ、これは)


 先程の出来事だけで倒れるような奴が、本当に王女の婿など務まるのだろうか? そう思うとじわじわと不安が押し寄せてきた。



 それに。


 王様たちは認めてくれたけれど、あの場に居なかった人たちはどう思うのだろう。この国に住む人たちは。こんな俺をどう思う? 俺を選んだ彼女の事をどう思う?



 不安なことばかりかもしれない。


 そんな事を考えていれば、部屋へと近づく足音が聞こえはじめて。

 ガチャリと音を立てて扉が開けば、開いた扉の隙間からガルベラがひょこりと頭を覗かせた。



「タクミ、入っても平気か?」

「うん。大丈夫」


 ぞろぞろと入ってきたのは王子三兄弟だった。



「調子はどうだ?」

「落ち着きました。すみません、慌ただしくしちゃって」


 真っ先に近づいて声を掛けてくれたのはトネアス王子だ。身体を起こし、彼らへ頭を下げる。


「いや、気にするな」

「それより……タクミ、おめでとう」



 祝いの言葉だ。顔を上げれば三人がそれぞれ「よかったな」と笑っていて。話を聞けば、王様から俺たちの事を聞いたのだという。



「これからは公の場に出ることが増える。少しずつでも慣れていくしかないよな」


 ベッドの脇に腰掛けたガルベラが歯を見せながら笑った。



「そうだね。少しずつ慣れるように頑張る」


 笑い返せば「色々教えるからな」と肩を組まれる。



 そうだ、頑張らないといけないことは沢山ある。

 でも一人で頑張らなくていいのだ。ロゼリスやガルベラたちに教えてもらったり、相談に乗ってもらいながら頑張ればいいのだ。


 そう思ったら広がっていたはずの不安がすっと身体から抜けていくのを感じた。


 一人じゃない。今はそれだけで十分、心強い。




「ねえ、タクミ。床に座る格好って、確か反省の意味を示すものじゃなかった?」


 側で俺たちの様子を見ていたトネアス王子が、椅子に腰掛けながら声を掛けてきた。


 床に座る格好? それって正座のことだよな。そこまで王様から聞いているのか。だいぶ話が彼らに筒抜けのようだ。



 前回トネアス王子に見せたのは、土下座。まあ……この国の人からすればどちらも同じか。間違ってはいないよな。



「いえ、それは相手を敬う場合でも自分を下げる場合でも使っていたものです」



 ざっくりとした説明だが、これで十分であろう説明をすれば、なぜか予想とは違うニヤリとした笑みを彼が浮かべはじめた。


「へえ、何か後ろめたいことでもあるのかと思ってたけれど……。



 タクミ。この国の決まりでは結婚式が終わるまでは彼女にやましい事、しちゃ駄目だからね?」


「はあ」



 トネアス王子の言葉と共に、なぜかランタナ王子は俺に憐れむような表情を向けてきた。


 やましい事? それは、いわゆる貞操観念の話だよね。

 なるほど、結婚式までは貞操を守れという事だろう。その辺り、国のルールがあるのならちゃんと守るけどさ。



 まてよ。やましいことってどこまでだ。



 魔物退治の時に、俺たちがキスしてるの、公衆の面前で皆に見られてるからな。いやあれはロゼリスが無意識のうちにしたことだし、魔法を掛ける為だった目的もあるからセーフなのかもしれないし。


 お泊まりは? セーフ? 確か俺たち、先日一緒にベッドで寝てたよな。雪花も一緒だけど。それに夏なんて無人島で二人きりだったし……いや、あの時にナタムが俺の事、破廉恥だとか言ってたか。


 でもこういう暗黙のルールみたいなものほど、他所の世界から来た俺はちゃんと聞かないと分からない事だと思う。



 隣に座る彼を見る。彼にも恋愛結婚の婚約者がいる。いわゆるこの国の俺の先輩みたいなものだ。よく分かっているはずだ。



「どこまでならいいんだ」


「馬鹿、聞くなよ! それは兄さんに聞けって」


「………はあ?」



 いつもクールに決めてるガルベラが、今日は珍しく素直に顔を赤くしているし、動きもぎこちなくなった。その姿に思わず心の中で笑ってしまう。


 まあ、彼が俺のことを散々からかっていた事を思うと。多分俺とロゼリスは、セーフだ。



 にしてもだ、同級生で仲良くしている為かすっかり忘れていたが、彼は俺の五歳も歳下なのだ。恋愛とかこの手の話になると赤面するのも分からなくもないが、そうも照れられてしまうと聞くに聞けなくなる。



 恋愛話をする時は、歳の近いランタナ王子と話そうかな……と思う。俺が視線を彼に向けると、パチリと目の合った彼は分かりやすい程に大きな溜息をついて苦笑いをしていた。

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