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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
最終章 花火を打ち上げて
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第132話 新芽

 扉の軋む音。静かに閉じて見渡した部屋は、広く見える。


(ああ、本当に。行っちゃったんだな)


 数時間前に雪花を見送って、戻ってきた寮の部屋。久しぶりの一人だけの部屋はどこか別の場所へ来てしまったような不思議な感覚に陥った。


 目に留まるのは、クローゼットに掛けていた制服のローブ。襟元の赤い星の隣には、金色と黒色のバッチが並んでいる。


(このローブとも、もうすぐお別れか)


 一週間後には卒業式だ。王宮学園を卒業したらこのローブは学園に返す決まりとなっていて、魔法で綺麗にされて新入生に渡されるのだという。


(この部屋とも、お別れだ)



 卒業式の次の日には、寮に住む三年生が一斉に退寮する予定で、それは俺も同様だ。俺の新しい住まいは、同じ王宮内の北西に位置する王宮職員寮。各研究所に勤める人が多い独身寮で、騎士団の寮とは少し場所が離れている。同じ敷地内の移動とは言えど、ナタムやよく食事を共にしていた仲間とも住まいは少し離れるため、会える機会は減りそうだ。



(これを機に、また自炊もするかな)


 

 学生寮には寮生専用の食堂があるが、職員寮にはそれがない。買ってくるか、職員食堂まで毎食足を運ぶか、もしくは作るかのどれかになる。


 日本にいた頃は、仕事に忙しい中でも時々作ったりしていたのだ。それに今は火魔法特化の効果もあるのか料理の腕はまずまずな感じだし、城下町で気になる食材を買って作る生活もしたいと思う。


(この国の事、この世界の事。ここの常識をもっと知っていかないといけない)


 それは単にこれからもこの国で暮らしていくからという理由だけじゃなくて。俺が務める異世界研究所は。異世界に関係する事全てを扱う仕事。黒い魔法陣から現れた“何か”を調べたり、対処するのも仕事の一つ。そして、異世界の知識などを活用するのも仕事の一つになる。


(同じものと違うものの区別がついたほうがいい)


 一年間の学園生活でこの国の事をある程度教わってはいるけれど、まだまだ知らない事ばかりだと思うんだ。だがそれを知らずにいるのだけは避けたい。俺が困るだけなら構わないのだが。彼女の迷惑にだけはなりたくないからだ。


 ゴロンとベッドの上に横になる。カサリと音を立てて開いたのは、一通の手紙だ。


 植物園が完成したという報せだ。

 実は一昨日既に貰っていて、真っ先に確認しなければならなかった手紙なのだが、雪花との件で未開封のままとなっていた。


 黄土色の封筒。

 差出人は王様だった。


【植物園再建の完成に伴い、披露会及び祝賀会を開催する。……】


 手紙の中身は、地方に勤務する官僚達や貴族らを植物園へと招待し一通り案内をした後、城の大広間でパーティーをするから出席しなさい、というものだった。


 また王様に会えるのか。そう思うと、とある事が思い出される。


 魔物退治の褒美についてだ。

 植物園が完成したら王様に返事をすると約束した。


 返事の中身は、もう決まっている。

 だからこそ、出来るのであれば、この祝賀会の前に王様に会いたい。



「まてよ。どうやったら王様に会えるんだ?」


 これまでの謁見は、国やトネアス王子からの手紙を貰い、そこに記された日時に城へ向かっただけだったのだが。


 自分から王様に会いたいと言えば会えるものなのだろうか。誰に伝えてもらう?ガルベラ?ロゼリス?それともランタナ王子?



「違うな」


 こういう時は、一般的な手続きを踏んだほうがいい。この世界に来てからずっと俺は、王族の人たちに優遇されて守られてきたけれど、いつまでもおんぶに抱っこではよくないだろう。


 ガバリと身体を起こして机に向かう。引き出しから赤い封筒と便箋を出す。集中しろ、そう深呼吸をすると俺はペンを手に取った。




 次の日、俺は一通の手紙を片手に城へと向かっていた。

 王様に会いたいという手紙だ。


 南の大正門を潜り側に立つ騎士さんへと用件を伝えると、案内されたのは以前何度か前を通った部屋、検閲部という場所だった。


 俺以外にも何人か人がいて。検閲部の人と話をしたり、物を預けたりしている。順番を待って手紙を渡すと「少しお待ち頂けますか」と引き留められ、俺はそばにあるベンチに座りぼんやりと城の外を眺めていた。


 騎士団本部の入り口が見える。ランタナ王子は奥の執務室にいるのだろうか。


 騎士団本部の隣は、庭師団のエリアがあって、ここからは見えないが完成した植物園の中では、今日もロゼリスが働いているのだろう。


 会いたいな。そう思うのは彼女が愛おしくて仕方がないからだと思う。昨日も一昨日も、ずっと一緒にいてまだ一日しか経っていないというのに、もう会いたい。


 視線は城の外からベンチの側に咲く花壇の花へと移った。これも彼女が育てた花なのだろうか。視界に動くものが入り目で追えば、花に蝶が止まった。薄桃色の蝶だ。あの世界では、街中でこんな色の蝶を見た事は一度も無かった……。



「ヒムラ様」と声を掛けられてハッと顔を上げると、先程手紙を渡した検閲部の係りの人が俺の側に立っていた。まさかこんな短時間で謁見の日程が決まったのか?そう疑問の眼差しを返すと、その人はそのまま俺の耳元で話をはじめる。


「ただいまデンドロン王から執務室へと上がるよう伝達がございました。このままご案内致しますが宜しいですか?」



(い、今からー?!)



 声には出さなかったものの、思い切り顔に出ていたのだろう。驚いた俺の顔を見た係の人は、苦笑いをしていた。


 てっきり俺は何日か後の事になるかと思っていたのに、今から王様に会うだって?!

 万が一の事を考えてスーツを着てきた俺を誰か褒めてくれ……。


 心臓が強く音を立てている。顔はきっと引き攣っている気がする。だがそんな俺の事はお構いなしに、担当の騎士さんが現れると、何度か廊下を曲がり、気付けば王様の執務室の前へと案内されてしまった。


 王様の執務室。ここは城のどの辺りだ?おそらくこの部屋の場所が特定されないよう、通ってきた道に魔法が掛けられていたような気がする。


 ここは王様の仕事場とはいえ、謁見の間よりはややプライベートに近い部屋だ。謁見の間が〝公式〟だとしたら、執務室は〝ほぼ非公式〟の場。そんな所に俺が来て良かったのだろうか? と思う。


(内容が内容だからかな)


 手紙の内容は魔物退治の褒美について、だから。一度は謁見の間で聞かれたものの、国の重要情報が漏洩する危険性も考えたのだろう。聞かれる人の少ない王様の執務室を選んだのかもしれない。


 目の前には金色の細かな装飾のされた扉がそびえ立つ。騎士さんによって扉が開けられ、その先には王様とお后様が座っていた。


「し……」


 失礼します、と頭を下げようとして視界に人影が映る。


「何で、いるの?」


 お后様の隣に座るのは、ピンクゴールドの髪に瑠璃色の瞳。淡い青色のドレスを見にまとった、ロゼリス第一王女。彼女も俺の顔を見て驚いた表情をしている。


 ああもう、よりによってなんでロゼリスが一緒にいるんだ。


 これから始めようとしている俺の覚悟を、知ってか知らぬか、王様と目が合うと彼はにこりと笑った。

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