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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第7章 新しい春の為に
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第130話 夜明けの抱擁

「ピューイ…ピューイ…」



 耳元で雪花が鳴く声がする。

 甲高い声は夢を見ていても良く聞こえる声だ。


 朝寝坊した時は、大体雪花の鳴き声で起きるのが最近の日課だ。稀に二人して昼まで寝てしまう休日もあったのだけれど。


『う…ん、今すぐ起きるから…』


 布団の中が暖かくてまだ眠っていたい。

 そう思い掛け布団を引き寄せると、いつもならシーツの上に置かれるはずの腕が、何かの上へと置かれた。



「……ん、朝ぁ…?」



 俺の声とは違う、もちろん雪花の声とも違う、透き通るような高い声が目の前から聞こえて。


「……ん……?」

「……え……?」


 パチリと眼を開けると、ピンクゴールドの髪の向こうから覗く瑠璃色の瞳が、眼を丸くしてこちらを見ていた。


『え、なんでロゼ?』「拓巳くん?」



 ロ、ロゼリス?! ロゼリスと一緒に寝てた?!


『えええっ?!…って、うわっ!』


 目の前の光景に驚いて飛び起きるが、ふかふかのベッドに身体を取られて後ろにひっくり返ってしまった。


 仰向けに寝転がり見上げた先には、はっきりとではないが見覚えのある花模様の天井が広がっており、ここが昨日訪れた城の客室である事に気がつく。


『雪花。おはよう』

「ピューイ!」


 雪花がピョンと跳びながら近づいてきた。

 そうだ、俺は倒れてしまった雪花の様子を側で見ていて、いつのまにかそのまま寝てしまったのだ。


『身体大丈夫か?……って元気そうだな』


 俺が手を伸ばすと目を細め、スリスリと俺の腕に身体を寄せる雪花。昨日よりは随分と元気になったようで、ほっとする。


 元気そうな雪花の様子が分かれば、次に気になるのは勿論彼女のことだ。彼女に会うのは、昨日の朝、雪花を預けた時以来だから。


 そんな彼女はと言うと、寝起きだからなのかゆっくりと姿勢を起こし、その場でぼんやりとしていた。


 サラサラと肩に落ちていくピンクゴールドの髪。暗がりの部屋の中でも時折キラリと輝きを見せるその髪に見惚れていると、ようやく彼女が顔をこちらに向けた。


「昨日ね。拓巳くんが雪花の所に来たまま寝ちゃって。それを、私とガルベラが気付いて…私もここに残って二人の事、見てたの。そしたら、いつの間にか私も寝ちゃってたの」


「そこに着替えが置いてあるわ。多分ヨギさんが用意してくれている。六時には部屋に来てくれるはずよ」



 彼女が指差した先の棚の上には、畳まれた服が並べて置かれている。

 部屋の窓から見える空は僅かにだが明るい。時刻は五時前という頃だろうか。昨日、この部屋に来たのは夕方くらいの時間だったはずだ。つまり俺は半日ほど寝てしまっていたらしい。



(昨日は寝不足だったからな、仕方ないか)


 自分の睡眠欲に思わず感心しながらも、まだ起きるには早い時間だからと思いベッドに横になる。するといつもと同じように、俺の胸の前で雪花が腹這いになった。

 雪花が眠るまでの間、背中を撫でてやるのが毎晩の日課だ。普通の鳥とはまた違う、柔らかい肌触りの雪花の背中。こうして撫でていると心が落ち着くようになったのに。


(それがもう、出来なくなるのか)


 明日には、雪花はペルシカリアさん達と共にアメルアへ行ってしまう。こうして撫でてあげられるのは、次はいつになるのだろう。


 あ、まずい。


 目元が熱くなった気がして、咄嗟にシーツへと顔を埋めようとして。頭を動かそうとした瞬間、ふっと視界が暗くなり、同時にふわりと花の香りがした。

 俺と雪花が、彼女の腕の中にいる。そう気づくまでに少しだけ時間が掛かってしまった。


 いつもならこんな状況にドキドキしてもいいはず。なのにその花の香りと優しいトーンの彼女の声に、不思議と安心感が生まれて、俺はそのまま身を任せてしまう。彼女の手は、雪花を撫でる俺の手に重ねられて、そしてもう片方の手が俺の目尻を撫でた。



「ねえ雪花。私たち、あなたのこと大好き。愛してるわ」

「ピィ………」


 冷たい彼女の指先。反してどんどん熱くなる俺の身体、胸が苦しい。だって俺は雪花と離れ離れになるのを認めたくなくて言えずにいた気持ちを、目の前の彼女が代弁してくれている。


 雪花の事が大切なのは、俺も彼女も一緒だった。


 あの時は彼女が理解出来ないと一度は思ったけれど、その気持ちの裏には同じ気持ちが隠れていたのだと知って、胸が締めつけられて。



「遠い遠い世界から、私たちの所に来てくれて、ありがとう。私たち、あなたと出会えてとても幸せよ」


「ピィ…」


 静かな部屋の中で少しずつ紡がれる彼女の声。腕の中の雪花へ向けられた彼女の言葉。だがそれは同時に、俺へも向けられた言葉に聞こえた。


“遠い世界から私の所へ来てくれてありがとう。あなたと出会えて幸せよ”


 ロゼリスの、雪花と俺に向けられた気持ち。俺はこの気持ちを、以前にも伝えてもらった記憶がある。



「たとえあなたと離れ離れになったとしても、私たちはずっとずっと家族だから、いつもあなたの幸せを祈ってる。

 私たちは必ず、またあなたに会いに行くわ。だからあなたは、あなたらしく生きられる場所で、逞しく生きて」


“ずっとずっと家族。離れ離れになっても、いつも幸せを祈ってる。だから逞しく生きなさい”


 

 母さんだ。

 母さんが亡くなる少し前、まだ話が出来たあの頃に、母さんが俺に言ってくれた言葉と同じだ。


「ピィ……ピューイ…?」



 雪花がこちらを向いているのが見える。だけど、視界がぼんやりとして、ハッキリと目に映らない。

 あの時、母さんもこんな気持ちだった? いや、もっともっと、俺が想像出来ない程の色々な気持ちだっただろう。だって俺はまだ、これからも雪花に会えるのに。一生の別れってわけではないのに。


 なのにこんなに寂しくなって、弱々しくなって、情けない。もっと強くなって、堂々と雪花を送り出せたら良かったのに。


 こんな風に泣いたりして。



「辛い思いをさせて、ごめんなさい」


 彼女の指先が瞼に触れる。


「拓巳くんが、私たちと同じ気持ちでいるはずだなんて疑いもせずにいて、傷つけちゃった。だから、ごめんなさい」



 どうして君が謝るの。ひどい言葉で君を傷つけたのは俺のほうなのに。俺のほうこそ、君が同じ気持ちでいるはずだなんて疑いもせずにいて、勝手に傷付いただけなんだ。


「我慢しないって約束よ?」


 涙がボロボロと溢れた。悔しい。こんな事で泣くなんて、本当に君が悪いかのような事はしたくないのに。


「ごめん、ロゼ。俺が悪かった。ごめんね、雪花」

「ピィ…」


「でもやっぱり、寂しい」


 寂しいだなんて言ってごめん。でも本当は寂しくて寂しくて仕方ないのが事実で。

 知らない世界に来て、優しくしてもらって。環境も整えてもらって、友達も恋人もできたけれど。それでも部屋に一人でいると、ふと寂しさを覚える時があって。

 贅沢は言えない。早く慣れなきゃ。そう誤魔化そうとしてきたけれど、雪花と暮らすようになって気付かされたんだ。本当は寂しくて仕方がなかったと。



「拓巳くんだけじゃない。私も、雪花も同じくらい寂しいわ。

 寂しさは一人で抱えると苦しいの。だから三人で分けようね」

「ピューイ」


 重ねられた手をきゅっと握られ、身体を引き寄せられる。柔らかい雪花の羽根の感触と花の香りが更に強くなり、驚いて視線を上げると瑠璃色の瞳と目が合った。


 彼女が笑っている。

 回された腕が俺の背中を優しく撫でた。


 雪花の背中を撫でる俺と、俺の背中を撫でる彼女。

 強い。どうしてそんなに強くて優しいのだろう。


 俺も彼女みたいに強くなりたい、と目を閉じると、最後に溢れた涙の先に、そっと彼女の唇が触れるのを感じた。

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