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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第7章 新しい春の為に
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第129話 ロゼリスは心に決める

「あれ? 寝ている」


 ロゼリスは自分の声の大きさにハッとして、慌てて両手で口を覆った。だが目の前の青年は、特に目を覚ます気配が無く、ひとまず胸を撫で下ろす。


 先程、私が庭師の仕事を終えて城へと戻ると、部屋の前で待っていたかのようにガルベラから声を掛けられた。彼が雪花と共に客室にいるというのを。



 昨日の放課後。水族ペルシカリアの訪問と共に雪花の今後の事を兄たちから伝えられた彼は。一人城を出ていってしまって。

 私はどうしたらいいのか分からないまま、その日を過ごして。そして今朝も彼とちゃんと話せずに仕事に呼ばれてしまっていた。


 だから彼にこれから会えると分かってからは、ならば何からどう話そうかと色々と考えて。だが扉を開ければ思っていた場所に彼は居らず、部屋のベッドの上で雪花を抱き抱えたまま、眠っていたのだ。



 足音を立てぬようそっと近づく。

 随分と深く眠っているようだが、黒髪に隠れたその表情は、よく見えなかった。



「このまま寝かせてやろう」


 寝不足だったのか朝から酷い顔をしていた、と言うガルベラ。彼はすぐに部屋を後にするかと思っていたのだが、その足は近くの椅子へと向かった。


 ガルベラが静かに座る。


 お互い話をするのなら別にどちらかの自室でも良いのだが、不思議と私もここにいたいと思い、空いている向かいの椅子へと座った。



 ガルベラも私も、二人揃ってベッドの上へと視線を向けたままだ。先に話を切り出したのはガルベラだった。



「ロゼがタクミと仲違いなんて珍しいな」

「うん……」


 私もそう思う。


「いつもは温厚なタクミでも、あんな当たり方をするのだな。ロゼの前ではよくある事なのか?」



 ガルベラの言う彼の話。それはあの時に、私が感じたものと同じだろうか。


 目が怖くて、でもその目の奥に何か違う感情が隠されているような、強張った表情。



「拓巳くんの、あの表情の事でしょう?」


 その顔には覚えがあった。



「前に一度だけ、似たような事があったわ」

「どんな事だ。聞いていいか」

「それは拓巳くんが、ガ……」



 彼がガルベラに嫉妬したと言おうとして、言うのをやめた。


 思い出したのは、出会って間もない頃。私とガルベラの関係性を知らなかった彼が、私とガルベラの仲を勘違いしたという出来事だ。


 それを話そうとして、はたと気づいた。彼はあの時すでに私の事を好いていてくれていたのだろうか。仲間としてではなく、恋愛の対象として。


 もしそれが本当だったとしたら。

 彼が私を想ってガルベラに嫉妬していたというのを、私以外の人には教えたくはない。



「なんだよ」

「ごめん今のは忘れて」


 中途半端に話しはじめてしまい、怪訝な顔をされる。危なかった。うっかり全部話したら揶揄われ続けたかもしれない。私だけでなく、彼も。



 話が逸れたわ。そう、あの時。彼の表情が冷たく変わった瞬間に私は彼に酷く怯えた。



「その時は拓巳くんの表情はすぐに戻ったの。そのわけも教えてくれて。

 その時に、寂しかったって言っていたのよ」


「そうか」


 じゃあ今回はどうだったかというと。

 私が彼の表情を見ても怯えることがなかったのは、これまでのことから、彼が心の底に隠した感情を表に出すのが苦手だと分かってきているからかもしれない。


「隠された気持ちの裏返し……」


 それが昨日の彼の行動の全てだとすると、彼の隠された気持ちはやはり寂しさなのだろうか。


 寂しさ。私がそれを強く感じたのは両親が亡くなった時だ。そして鑑定花の誕生と共に、普通から逸脱した私の魔力が判明した時。それは今でも時々、寂しさを覚えることがある。孤独感だったり、疎外感だったり、自分だけが取り残されたような気持ちになると、寂しくなるのだ。


(寂しくなったら、私はどうしているかしら)


 思考を巡らせる。

 私たちが話を続けていても、一向に目の前の二人は目を覚ます気配がない。本当に熟睡してしまっているのだろう。黒髪の青年と黒い羽根を纏った鳥は、その姿の珍しさから、未だに神秘的な何かを感じる。



「彼が時々、両親の話をしてくれるの。気持ちの整理のために話していると思ってた。でもその裏には、家族への憧れが強くあったのかもしれないわ。


 雪花にだけは、その気持ちを伝えて過ごしていたのかも」


 その考えにたどり着いた途端、どうして大切な人の事を一番に考えてあげられなかったのだろう、と悔しい気持ちになる。



「この前の拓巳くんの卒業課題を覚えている? 私は聞いていて思ったの。生まれた国、育った環境、身に付いている習慣。

 そういったものの違いが彼には特にあるから、例え同じ状況下に立った時でも、私たちとは違う、異なる受け止め方や考え方をするのかもしれない、って」


「ああ」


 受け止め方が異なれば、抱える想いもきっと異なるはずだ。そしてその想いが苦しい想いだとしたら、一人で抱えるのは辛いはずで。



「辛いとき、誰かに話を聴いてもらえるとほっとするのよね。そしてそれが家族である事は多いと思う。


 私にはガルたち家族がいて、城の中にはヨギさんや騎士団の皆もいる。ナタムにもアメルアに帰れば家族がいる。トレチアだって家族がいるでしょう。ペルシカにも海の中に家族がいて。でも拓巳くんは」


 彼には居なかった。


 もちろん国の中には一人で暮らす者も少なくは無い。十年前の戦いで家族を亡くしたままの人もいるのだけれど。

 それでも彼らは生まれ育った故郷で生きているのだ。顔馴染みの多い故郷の空気が寂しさを癒す事もあるだろう。

 だが、彼は。知らない街、知らない国、知らない世界で毎日を一生懸命に生きる日々。辛く心細い日の孤独感や疎外感は、きっと私たちが想像するよりも、遥かに大きなものだと思われる。


 そんな中、一緒に暮らすことになった異世界の鳥の雪花は、彼にとって大切な存在になっていたはずだ。

 それを考えずに、軽々と言葉を口にした自分。言った言葉は取り消せないと分かっても、無かったことにしたい程に、あの時の彼は寂しそうな顔をしていた。




「ロゼリス。近いうちにタクミと婚約して、早めに結婚するか?」


「拓巳くんと結婚? それは……」

「まさかする気が無いのに付き合っているのか」

「そんなわけないでしょう」



 腕を組んで話を聞いていたガルベラが口を開く。まさか結婚についての話題になるとは思わず。私は崩していた姿勢を正した。


「トレチアは、まだ学園卒業までは一年ある。一通り学業を終えてから、という理由なら延期理由も十分だろう。私が大陸国への視察から帰国した後でも構わないだろうから、ロゼリスたちと順番が入れ替わった所で大差ないと思う。


 彼に家族を与えたいのなら、早めるのも一つの手だろう」


 ガルベラとトレチアは一昨年の秋に婚約発表をしていて、今年中には式を挙げようかと話が出ているところだった。同じ年に王族が二人も結婚するのは、色々と大変になる。だから私たちの結婚の順番を入れ替えようか、という提案だ。


 その提案には素直に賛成はできない。まず私たちはまだお付き合いしていることすら、公にしていないのだ。それなのにその次の結婚までもを早める?


「拓巳くんと結婚するのが夢だよ。早まるのは嬉しい事だけど、でも寂しさを埋める為の結婚は、嫌」


 彼に家族を与えるのであれば、そうするのが一番だと分かっていても、だ。



「それはそうだな」


「でもせめて公くらいには早々にしたいところ」


「なんだ。そこまでは考えているんじゃないか」


 二人で顔を見合わせて笑うと、隣のベッドから僅かに声が聞こえた。黒髪の彼が少しだけ身動いでいる。


 起こしちゃったかしら、とそっと腰を上げて覗き込むように顔を向けると、『ロゼ……ごめん……』故郷の言葉で、彼が私に謝った。




「早く仲直りしろよ」


 ガルベラが立ち上がり、近侍と共に部屋を出て行く。その背中を目で追う。ガルベラは彼の話す日本語が分かったのだろうか。不思議に思いながらも再び彼のほうへと向きを直した。



(仲直り。それは以前と同じようになるんじゃなくて、新しい私たちの関係になる、って事よね)


 以前と同じように戻るだけなら、きっとまた私たちはこんな風に仲違いをしてしまうだろうから。


(彼が辛い思いをしないようにする為に、新しい関係を作っていかなきゃいけない)


 それがこれからも彼を守る為に、必要なこと。


(拓巳くん。頬が腫れている…)


 瞼にかかる黒髪をそっと撫でると、それまで隠れていた頬が赤くなっている事に気が付いた。ペルシカリアが彼に喝を入れたとガルベラから聞いたが、これはその名残りだろうか。近づいて手を伸ばし彼の頬へと手を添え、もう片方の手は、彼の腕の中で眠る小さな身体へと添える。

 ふぅ、と息を吐いてからゆっくり吸い込むと、ふわりと胸の奥から柔らかな力が湧き上がり、手の指先へと流れていくのを感じる。


(雪花が行ってしまうのは、明後日の朝)


 きっと私が今やらなきゃいけないのは、雪花への想いを彼から聴くこと。そして一緒に行動することだと思う。


(それまでに何か、二人にできる事はないかしら)



 そう思いながらベッドを見つめると、ロゼリスはそっと履いていた靴へと手をかけた。

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