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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第1章 点火
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第13話 御手紙


「僕が…・・…から、…・・して…・ね」

「それはナタムが・・…だろう?」



 教室でナタムとガルベラが話している。その側で、俺はペンダントを机の上に置いていた。


 そのため彼らの会話はほとんど理解できない。


 もちろん意図してペンダントを外しているのだが。



 先日の植物園の出来事から、少しでもこの国の言葉を話せるようになりたいと思った俺は、次の日から休み時間の間だけでも……と、この国の言葉を聞く時間を設け始めた。


 もちろんまだ会話という会話はできない。周りとの会話に参加する時はペンダントの使用が必須だ。だが音を聞き流すくらいなら、短い休み時間でできると考えた。


 考えたなら、すぐ実行だ。俺は首からペンダントを外した。



 今の時間は、図書館で借りてきた児童書を読んでいる。前に借りた建国神話ではない。完全なる児童書だ。


『まちには……は、はなが…街には花が、たくさん…咲いて…』



 教室でブツブツと呟きながら児童書を読み上げると、最初はクラスメイトに怪訝な顔をされた。

 皆は俺の正体を殆ど知らず、どこか遠方の国から来た留学生というくらいの認識だからだ。


 だがそれでも彼らは高等部まで進学してくるくらいの人たちの集まり。知識も推理力も高そうで、実は薄々俺の正体に気づいているんじゃないかと思うくらい、自然と助けてくれる。


 頑張れと声をかけられ、その後は誰かが時々そっと分からないところを教えてくれるようになっていて。


 気付けばクラスメイトが俺の勉強を見守るようになっていた。



 優しいのに、一定の距離を保って深入りはしてこないクラスメイトの彼ら。


 ナタムいわく、俺の側にガルベラ第三王子がいるからだという。下手に関わって面倒事に巻き込まれるのは避けた、というものだろうか。


 そういう意味でも改めて身分の強さを感じる。強いな、王族の親友って。



「タクミ! ・・…で先生が…・よ」


 トントンとナタムに机をノックされ、顔を上げると教室の入り口で担任の先生が手招きしていた。ペンダントを持って駆け寄れば、先生からあとで職員室に寄ってほしいと伝えられる。


 なんだろう。


 学校に関するものなら、教室で用が済むだろうに。

 それか別の用だろうか、と疑問に思いつつ、俺はその日の授業を終えると職員室へと向かった。



 失礼します、と職員室の扉を開ける。担任の先生の机は職員室の奥の方のため、俺は他の先生に会釈をしながら歩みを進める。


 ここにいる先生たちは、俺の事を知っている。


 俺が、異世界人だという事を。


 俺と歳の近そうな先生もいる為か「元気にやってるか」と声を掛けられたりもした。




「君の部屋の番号が分からなかったから、と庭師の方から手紙を預かっているよ」



 先生から渡されたのは一通の手紙だった。


 日本のものより、ひとまわり大きなサイズの手紙。


 深緑色の封筒に、白いバラの絵が描かれている。誰からだろう、と封筒を裏返し差出人を確認したが、封筒には名前は書かれていなかった。この国では名を書かないのが主流なのか? とりあえず先生にお礼を伝え、封筒を鞄にしまった。



 校舎から寮までは大した距離はない。だがいつもより帰り道が長く、鞄に重みを感じるのは何故だろう。


 それはこの手紙が理由だ。


 俺は足早に部屋へと戻ると、荷物もそのままに急いで封を開けた。



 庭師ということは、恐らく彼女からの手紙。


 そしてこの世界に来てから、初めてもらった手紙。

 しかも彼女からの手紙だ。


 そう思うと何故だか気持ちが昂るのを感じて、自然と笑みが浮かぶ。



 中から折り畳まれた紙を取り出す。広げるとふわりと花の香りがして、この手紙の差出人が俺の中で確定した。


 やっぱり彼女だ。


 ゆっくりと、その中身を確認する。



〝学園生活はどうですか。


 先日は花の精霊たちが、ご迷惑をお掛けしました。本当にすみませんでした。ちゃんと二人のことは私からも叱っておきました。


 盗みの訳を聞きましたが、彼女たちは、ガルベラ王子を凄く慕っていて、どうやら彼の首飾りを持っていた貴方にやきもちを焼いてしまったみたい。


 話をしたら彼女たちも納得していたので、これからは安心して学園生活を楽しんで下さいね。


 そして言葉の勉強は、約束通り一緒に勉強しましょう。楽しみにしています。


 タクミくんに素敵な花の加護がありますように。〟



 丁寧な字で書かれた手紙だ。



「精霊に慕われる王子様ね。ファンタジーだな」


 彼がモテるというのは、日々の学園生活で時々実感しているが、モテるのは人間界だけではないらしい。


 なんだかそれはファンタジー感がかなり強い。その精霊の言葉が聞こえちゃう俺も負けずにファンタジーだし、やきもちを焼かれてしまった俺もファンタジーだけど。



 何度か繰り返し彼女からの手紙を読み直していて気が付いた。



「……? 最後のこれ、何?」



 手紙の最後に違和感を感じた。

 文字が、ぐるぐると小さな渦を描いている。


 モザイクのような焦点の合わない様子に、瞬きをするも変化はみられない。



 もしかして。と思い俺は翻訳機のペンダントを胸ポケットから取り出し机に置いた。



 瞬時に変わる紙面の文字。


 そこには翻訳前と変わらず綺麗な整った彼女の字。


 まだまだ読み書きの出来ない俺ですら、目を凝らさずとも分かるくらいに、彼女は読みやすい字をしている。


 内容はまだ読めないけれど。彼女からのこの手紙も沢山読んで、いつかちゃんと読めるようになりたいと思う。そう思いながら視線は手紙の最後へと移った。




『たくみくんへ。ろぜりすより。』


 最後にはそう書かれていた。



「……………」



 一文、たったの一文だ。それも俺と彼女の名前。


 ぎこちない故郷日本の文字で、俺と彼女の名前が書かれている、ただそれだけなのに。


 なのにどうしてこんなに嬉しいんだろう。



「やばい……これは……」



 椅子に座り机に顔を伏せて、それから横を向き再び手紙の最後を見る。自分でも口角が上がっていくのがよく分かった。



 嬉しい。凄く嬉しい。


 こころのこもった自分の名前が、こんなにも胸を暖かくさせるなんて、もしかしたら生まれて初めての経験かもしれない。


 彼女は、元から日本語が書けたのだろうか。それとも俺のために今回、覚えてくれた?


 どんな想像をしても、嬉しいことに変わりない。


 じんわりと身体に広がる暖かさ。この気持ちに名前をつけるとすれば、幸せというのだろう。



 幸せな気持ちが身体中が満たされる。


 手に持つ紙面の向こうに浮かび上がるのは、ピンクゴールドに瑠璃色の瞳を持つ、太陽のような笑顔の彼女だ。



 ロゼリス。花の国で庭師をしている歳下の女の子。


 花の精霊とやり取りができる、日本語が話せる笑顔が素敵な女の子。



 彼女ともっと話がしたい。彼女の事をもっと知りたい。


 早く、会いたい。


 そう思いながら、俺は何度も何度もその手紙を読み直した。




 久しぶりに故郷、日本の夢を見た。


 父さんと母さんが、俺の手を繋いで歩いている。



 父さんと母さんの手がやけに大きいのは、俺が子どもだから? 見上げる二人の背中は、記憶よりも遥かに大きい。



 夢の中で訪れたのは、自宅から車で走ってすぐのところの、植物園。


 小さな頃に何度か連れていってもらった場所。



 俺たちはその中の薔薇園コーナーへと来ていた。




 見渡すと白い薔薇の花が沢山咲いている。


 すると母さんが花の前でしゃがみ、笑いながら俺に話しかけてきた。



〝花には花言葉っていうのがあるのよ、拓巳。


 ほら例えばこの白薔薇は……純真、尊敬。……ああ、まだタクミにはすこし難しいよね〟



 母さん、俺は母さんの笑顔が好きだ。

 何かを教えてくれる時の母さんは、いつも楽しそうで。


 大人になった今でも、母さんの笑った顔を忘れずにちゃんと覚えているよ。これからも、忘れない。


 そうだ、母さん。つい最近も、母さんに似た笑顔を見た気がするんだよ。


 その子はさ、その白薔薇みたいに……





 目を瞑り、静かに寝息をたてて眠る俺の側で。

 窓からは小さな光が二つ入り込んだ。


 何度かくるくると回った光は、その後、机の上に止まり、再び窓の向こうへ消えていく。



 朝、目が覚めて起きると、机の上に一輪の立派な白バラが置かれていた。貰った記憶が全くない、と俺ははその日、酷く焦っていた。



 とりあえず水を、と花瓶代わりのコップに花を挿して俺はそのバラの花を大事に飾って過ごした。




 後日、ロゼリスにその日の一輪の白バラの話をすると「精霊からのお詫びじゃない?」と、彼女が笑いながら答えていた。


 精霊がお詫びに花をくれる? いやそのパターンは大いにあるのかもしれないけど。見覚えがあったのだ、この立派な白バラは。


 あの時、植物園で見たバラ園の中の、白バラだ。


 絶対に貴重な花だと、俺でも分かるほどの立派なバラが、俺の所に届くなんて。



 スッキリしない、そう首を捻らせていると、彼女が答える。


「あの植物園の花は、持ち出すには王女様か精霊のどちらかの許可が必要よ?」と。



 仮に王女様からのお詫びの品なら、こんなこっそり置いたりしないだろう。そう思った俺は、立派な白いバラは精霊たちからのお詫びの品だと、何度も自分に言い聞かせた。


 

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