第125話 異世界の花
卒業まで残すことあと三週間。学校では卒業式の話が出はじめた。
誰が観に来るだとか、式が終わったらどうするだとか、いつ王都を離れるのだとか。そんな話題だ。
俺たちいつものメンバーは、卒業後も王宮からは動かない。当たり前だ。四人のうち二人は城に住んでいるのだから。
机の隣を見る。今日は俺とナタムしか座っていない。ガルベラとロゼリスは、公務があるため朝から欠席だ。とは言っても午前のみの授業なので、明日にはまた会える。
「今日はまた植物園に行くんだ?」
「うん」
ナタムはというと、春から入団する騎士団の準備で午後から集まりがあり、別行動の予定だ。
最近の俺はこれまで通り植物園へと向かうが、特に指示を出すことはなく、むしろ手伝える仕事を探す、といった日々を送っている。
『凄い。ジャングルみたい』
雪花を迎えに行ってから足を踏み入れた温室は。八割くらいの植物が指定された箇所へと植え終わっていた。昨日までは土の見えていた所にも、緑の植物や花々が所狭しに植えられている。
こんなに敷き詰めて、植物同士が喧嘩したりしないのかと思う。プロが植えたんだから問題ないんだろうけど。
中では庭師の人たちが忙しそうに動き回っている。深緑色の制服を着た人たち。その中に彼女を探してしまうのは、もう俺のいつもの癖だ。彼女は今日は公務で不在だと分かっていても。
目に留まった木々や花を観ている時だった。
「あの、ヒムラ様」
「はい」
声をかけられ振り向くと、一人の庭師さんが立っていた。麻袋を抱えている。
すると深々と頭を下げられたので、俺も頭を下げて挨拶する。俺の後に頭を上げた庭師さんは、手に持っていた麻袋を俺へと渡した。
「こちら、ロゼリス様からヒムラ様へと。お好きな所に植えてほしいと渡されました」
「球根ですか」
「ヒガンバナという種類だと聞いております」
渡された袋の中を覗くと、小さな球根がいつくか入っていた。葉の伸びた球根もある。
彼岸花。確かあの深森から採ってきた花は四輪のみだ。
それに花は枯れてしまったと彼女は言っていたが、残っているはずの球根の数と袋の中身が一致しない。
明らかに量が多いのだ。
「球根って短期間でこんな一気に増やせるものなんですか」
「いえ、こちらは庭師団のほうで深森から採ってきたものになりますよ」
「え、また採りに行ったんですか?」
詳しく話を聞いてみれば、植物園の再建を進めている間にも、庭師団の人たちは騎士団と協力しながら火災の起きた深森エリアに足を運び、植物の被害状況を確認してきたらしい。
その中にあの彼岸花の群生地もあり、調べた所、地中には沢山の球根が残っていた為、可能な範囲で持ち帰ってきたという。
流石は花の王国ジラーフラ。花の研究の為なら国が動くのか。
『……好きな所か』
周りの花々は、人の手で植えられた為か、並びが綺麗だ。だが彼岸花は、花壇に綺麗に並べて植えるようなものではないと思う。
別に植えても問題はないけれど、やはり、目立つような場所ではなく、気付くとそこに咲いている、という何でもない場所がいい。
『やっぱり水辺かな』
まず目に留まったのは水路に掛かる小さな橋。その側へと球根を植える。少しだけ離れてもう一つ植えた。雪花はその間、水の上を泳いで待っていて。
色々な水路の近くへと植える。
そして気づけば袋の中の球根は残り二つとなった。
どこに植えよう。
キョロキョロと辺りを見渡す。
傾いた陽がガラス窓を通り、緩やかな光が辺りを照らしている。
冬なのに、暖かい。そして明るい。
上手く出来て良かった。そう思いながら近くのベンチへ座る。雪花は側にあった貯水池に飛び込んだ。
暖かな光の中で思い出されるのは、ここまでの日々だ。
植物園の再建。ガラス擬きの実験。そのはじまりはあの日の魔物の登場だった。
火を噴く魔物。他の人たちがどうにも出来ない中、俺のあの炎だけが効果を見せたこと。
そんな都合の良い事があるか?
本当はあの魔物を倒す為だけに、俺はこの国へと飛ばされたんじゃないのか。日本から遠い遠い、この国へ。だとしたら、一体誰が俺を呼んだのだろう。
国のピンチを救う為に俺を呼んだのなら。もの凄い術師が俺を呼んだのか。だが魔術に長けた人は、俺の知る限り皆王宮内に勤めていて、その誰もがあの黒い魔法陣について謎だと言っていた。
それに日頃目にする魔法は、昔から魔法が普及する世界にしては、あまり術のレベルは高くない気がする。俺の勝手なイメージだけど、別世界から英雄を召喚するといった高度な術は存在するとは思えない。だから誰かが故意に呼んだとは考えにくかった。
(あとは表舞台に出ていない人か、それか王様くらいか)
王様くらいって。そう思える程に、俺はこの国の重鎮たちと関わっている気がする。
(それを言えば俺も重要人物になったけどな)
異世界人で、英雄。それに研究所の職員。もうこの国の中心部にどっぷり浸かってしまっている。今回の植物園の再建で更に磨きが掛かったようなものだろう。
もしも。俺があの時、在国を拒否されてしまったらどうなっていたんだろう。言葉も分からず、珍しい身なりのまま大陸国へと送られ、悲惨な日々を過ごしていたのかもしれない。そう思うとこの国で良かったと心から思う。
(まて……本当は全部計算されている?)
俺がこの国に来た理由は別として、未知なる異世界人を他国に渡したら、将来どんな大物になるか分からない。場合によっては自国の脅威になるかもしれないのだ。
ならば俺がこの国に住み着くように誘導した?国の監視下にいればどうにでも出来るから。
「……………」
まあ。もし仮にそうだとしても、これで良いと思える程に俺は今幸せだ。それに、疑うよりも信じたいと思う。俺を受け入れてくれたここの人たちを。
『あれ……?』
視線がふと窓へと移る。上の方にある窓だ。曇りガラスのような半透明の窓の一部が、そこだけ綺麗な透明となっている。
ガラスを作ったのは地科学研究所の人たちや、城下に住む鍛治職人が作ったもの。加工の過程で透明なままの部分が出来たのだろうか、とその部分を更に見つめた。
中心に何かある。
立ち上がり目を凝らすとその何かにピントが合った。
『ロゼの、魔法石……!』
白い小さな花びらが、窓の一部に埋まっている。
あれは間違いなく、彼女の魔法石で、俺が貰った魔法石。あの魔物を倒した時に俺を護ってくれた、俺の誕生日に貰った“御守り”だ。
使い終わった魔法石を、ガラス作りに使ってもらおうと彼女と話して。ガルベラに預けた透明な魔法石。
(ちゃんと使って貰えてた)
俺の魔法石は、どこに使われているのか分からないけれど。でもきっとこの温室のどこかに使われて、太陽の光を植物たちに届けているはず。
ここにしよう。
俺はその場にしゃがみ込むと、壁の側に穴を掘り、二本の球根を植えた。
彼岸花が咲いたら、彼女をここに連れてこよう。そしてその時に教えよう。あの小さな花びらを二人で見上げて。
そう思いながら手を動かしていると、どこからか小さく笑い合う声がしたような気がした。