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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第7章 新しい春の為に
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第123話 種蒔き

 卒業課題の発表を無事に終えたその日、俺は植物園の近くへと来ていた。


「よーしっ! 種まきするぞー!」


 先を歩くナタムの気合いの一声が響く。


 彼の声を聞いて同じく気合いを入れはじめるクラスメイトたち。そう、植物園の近くへと来たのは俺だけではない。王宮学園のクラスメイトと先生も一緒だった。



「本当は“豆撒き”って言うんでしょう?」

「うん」


 クスクスと笑いながら聞いてきたのはロゼリスだ。隣にはガルベラも並んでいて、その表情は共に明るく、二人ともこれから行われるイベントにワクワクしているようだった。


 卒業課題として日本とジラーフラの相違について発表した俺は。そのオマケとして日本の文化を体験しないかと提案したところ、なんとクラスメイト皆が参加したいと言ってくれたのだ。


(全く同じには出来ないけれど、雰囲気は伝わるといいな)


 今、俺たちの手元にはそれぞれ小袋がある。その中には花の種が多量に入っていた。


 先日、ロゼリスと節分の話題になったのだ。新しい春を迎える準備として、鬼を追い出すために豆を撒く。説明を聞いたロゼリスが、体験してみたいと言ったのがきっかけだ。


 本来の豆撒きは大豆を使うのだが、この国には大豆やそれに似たようなものがない。その為、今回は花の種を豆の代わりに使うことにした。



「よろしくお願いします、ありがとうございます」


 挨拶の声が聞こえて視線を送れば、先生が庭師団長ナギさんと話をしていた。


「ナギさん、ありがとうございます。こんなに沢山の種を貰って本当に大丈夫でしたか?」


「いいのですよ、タクミさん。元々庭師たちで適当に蒔く予定のものでしたから。


 こちらの種はこの国の国花。花の精霊たちの古の言葉で『独立』を表す『ジラーフラ』という名の花の種なんですよ。


 小さな花ですが、どんな土地でも強く育つ花です。皆さんで気にせずに、好きなように蒔いてやってください」


 焦茶色の小さな種。サイズは大豆よりも少し小さいこの種は、この国の花というものらしい。国の花……? 一体どんな花になるのかと尋ねると「拓巳くん、絶対に見たことあると思う」と隣でロゼリスが小さく笑った。


 今の季節はあまり見ないというが、春から秋にかけては本当によく目にする花だという。はて、どの花だと記憶を辿るもそれらしき花は頭に浮かばず、まあ春になれば分かるか、とナギさんたちの話を聞いた。


「ジラーフラの実には、魔除けの力を持つとも言われているの。その辺りは結構ダイズに似ているでしょう」

「似てると思う。いい種が貰えて良かった」


 クラスメイト全員が小袋いっぱいの種を蒔くとなると、一体春にはどれだけ王宮の周りが花だらけになるのだろう。想像すると自然と笑みが溢れてきた。


(花が咲くのが嬉しいなんて、俺も少しはこの国の住民らしくなってきたのかな)



 王宮をぐるりと囲む赤土色の塀。西口の階段下には城下町が広がり、遠くには深森が見える。


 春になってこの種が無事に花を咲かせたら、まだ知らない街や深森への調査にも行ってみたい。そんな期待も込めて俺は種を掴み取ると、力いっぱい腕を振った。


「オニワァソト!」「フクワーチ!」


 俺の豆撒きならぬ種蒔きを真似て、クラスメイトが王宮の内外に種を撒き始める。

 通りすがりの街の人たちや王宮関係者が、足を止めてこちらを見ている。この国では祝事に花を撒く習慣はあっても、こうして種を賑やかに蒔く習慣はないから。足を止めてしまうのも頷けた。


 皆がそれぞれのタイミングで種を蒔くのを眺める。

 この一年間の学園生活で知ったのは、この国には修学旅行も卒業旅行もなければ、体育祭もなく、唯一あったといえばあの魔法石を皆で作った自主参加型の行事しかなかった。


 青春真っ只中のはずの高校生がそれで良いのか…? と今更ながら思うが、ここはジラーフラだ。日本での普通が存在しない場所だから仕方ない。


(少しは、皆の思い出作りに手助けできたかな)


 春になって、皆それぞれの道に進んだ時、この蒔いた花を見て懐かしい気持ちになってくれたら。そう思う。



 パチパチパチ……と身体中が小さく痛んで、ハッとする。

 足元にパラパラと落ちた種を見て顔を上げれば、目の前でニヤニヤと笑ったナタムが、その手に握っていた種を再び俺へと、思い切り投げつけてきた。


「へへーんだ、今からタクミがオニ役ねぇ」

「それを言うならお前が鬼だーっ!」


 なんだよ、折角いい事考えていた所だったのに…!

 だが、鬼役に向かって豆を撒くという話をしたのは俺だ。絶対にナタムはそれを真似するだろうと思っていたけれど。考え事をしていたら、すっかりその事を忘れていた。


 俺も掴んだ種をナタムに向かって放てば、笑いながら痛がる彼を見たクラスメイトの男性陣が一斉に加わる。

 男たちで騒いでいるのを女性陣が笑いながら見ていると、その集団の中からパチパチと種が飛んできた。



「いたっ……ロゼまで?!」


 にんまりと笑う彼女。いつもは愛おしさを感じる瑠璃色の瞳が、何だか今は少し怖い。


 周りの女の子たちからは彼女の行動に少し驚くような様子が見られたが、私たちも……と皆、俺に向かって種を投げてきた。


 流石に女の子たちには、と手加減しながら投げ返した俺がいけなかった。そのあとは女性陣からの総攻撃を受けた。



「だって、あはは……っ、って痛ーいっ!」


 笑うロゼリスの声が響き、バラバラと蒔かれるジラーフラの種。

 クラスメイトの笑い声も途切れることが無く、西からスタートした種蒔きは、北門、東門と回り、南大門の前へと来た。



 タイミングよく、城から雪花と第二騎士団の騎士さんたちが出てきたので、彼らも種蒔きに誘う。


 俺がロゼリスに向かって種を放った途端、彼らの顔がサーッと青くなったのだが、それに気付いたロゼリスが今度は彼らへと種を放ち、それを見たガルベラがロゼリスに種を放ち。彼らが状況を理解する前に、花の種は無くなった。



「あー……疲れた」


 広場の芝生にゴロリと寝転がり大の字になる。隣に雪花が寄ってきて、ちょこんと座った。


「楽しかったねぇ」


 ナタムとガルベラ、そしてロゼリスが側で同じように芝生に腰を下ろして、息を切らしながらも笑い声を上げている。


「また種蒔き……いや豆撒きしようね、タクミ」


 身体を起こしてナタムへと顔を向ければ、にこにこと笑った彼と目が合った。


 春から騎士団に所属するナタム。彼の騎士団としての仕事は最初は王都内から始まるそうだが、郊外での仕事も勿論あるだろうし、将来的には彼は仕事の拠点をアメルアへと移すかもしれない。


 するとこうしていつものメンバーで集まる機会は減ってしまうのだろう。


 そう思うと少しだけ寂しい。

 でも、それもきっと今日蒔いた種の花を見たら、それ以上に楽しかった思い出で懐かしくなるのだろう。皆への思い出作りとして提案したこのイベントは、結局俺の大切な思い出の一つになりそうだ、と拓巳は思い切り息を吸い込んだ。



 新しい春の香りがする。

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