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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第7章 新しい春の為に
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第122話 雨の中の待ち時間

 今日は朝から久しぶりに大雨が降っていた。

 傘のないこの国では、雨の日はレインコートを羽織るため、先程からパタパタと雨を弾く音が耳に響く。



「おかえりなさいませ、ロゼリス様」

「ただいま戻りました、あら、雪花はどうしたの?」


 授業終わりにロゼリスとガルベラと三人で城へと向かうと、西門の前にはロゼリスの侍女ヨギさんとガルベラの近侍さんが立っていた。だが預けていたはずの雪花がいない。



「雪花はデンドロン様とスミン様のところにおりますよ」


 すかさずヨギさんが説明をしてくれる。


 今朝ヨギさんに預けた雪花は、第二騎士団の一人の城内の仕事について回っており、それを目にした王様たちが雪花に興味を持ち、先程から交流をしているのだという。



「しばらく時間が掛かるかな。一度寮に戻るか、どうしようか」


 王様たちとの交流が、一体どの程度時間を要すか予測がつかない。今日は植物園の方の仕事は休みなので予定もないが、雨の中、寮までの往復時間を考えると、この場で少し待たせてもらう方がいいのかな、と思う。


 更に冷たい風が吹いて、思わず肩をすくめた。火魔法で身体を暖めながらどこか屋根のある場所を借りて待とうか、そう思いヨギさん達の方へと顔を上げた時だった。



 隣から腕を軽くトントンとされて振り向く。


「……拓巳くん、これから何か用事はある?」


「ないけど?」



       *



 カチャリ…と音を立てて扉が閉まる。

 連れてこられたのは、城の中の、彼女の部屋だった。


 彼女の提案で許可が降り、雪花が戻るまで彼女の部屋で待たせてもらうことになった俺。一緒に部屋の前まで来たガルベラも誘ったが、彼は研究所に用事があると言って足早に自室へと姿を消してしまって。


 窓辺に置かれた椅子へと案内され、腰を下ろす。



「……………」



 この部屋に来るのはこれで二度目だ。初めて来たのは、彼女ロゼリスが大怪我をした、あの日の朝。


 あの時はぼんやりとしか見ることが出来なかった為、改めて彼女の部屋をぐるりと眺めてみる。

 花のモチーフの家具や装飾が多いが、控えめな色が使われているため、全体的に落ち着いた雰囲気の部屋だ。



「何か気になるものがあった?」


 そう問いながら向かいの椅子へとロゼリスが座る。丁度二人で勉強するのに良さそうな大きさのテーブルを挟んだ俺たちは、共に彼女の部屋を見渡していた。


「広い部屋だとは思うけれど、俺が想像していたお姫様の部屋と比べると狭いな、と思って」


 そう、部屋に入って感じたのは、この部屋の広さについてだった。想像していたのは高級ホテルのスイートルーム級だったのだが、彼女の部屋は少し広めのリビングといった程度の広さだ。


 広過ぎなくて俺としては過ごしやすい部屋だと思う。そう思いながら彼女を見れば、彼女は手にしていたノートをテーブルへと置き、真面目な顔をする。



「ジラーフラは小さな島国だからね。使える土地の広さにも限りがある。今よりも自然を破壊してまで人間の居住地を広げようとは思わないし。だから大陸国の建物と比べると、この国の建物はどこも狭いわ。

 …流石に国の中心部だから、王宮やお城の外観は大きくしているけれどね。


 限られた敷地の中で、工夫して生きていく。それが大昔からあるこの国の生き方で。襲撃を経験して、更にその意識は高まったんじゃないかな。皆、欲張りすぎてはいけないって…」



 ぽつりぽつりと語りながらノートを開くと、文字へと視線を落としはじめるロゼリス。

 彼女の言葉を頭の中で咀嚼しながら、俺も鞄からノートを取り出した。


 この国の生活にはだいぶ慣れてきたが、まだまだ知らないことが沢山ある。

 卒業したら異世界に関連した仕事をすることが決まっているけれど、このまま王宮内での生活を続けていって、果たして俺はこの国の事をちゃんと把握できるようになるのだろうか、と疑問を持った。



 部屋の入り口でヨギさんがお茶を淹れてくれている。部屋の中に良い茶葉の香りが広がっていく。



「卒業課題、進んでる?」

「うん。ロゼは?」

「順調だと思うよ」



 互いにテーブルの上に開いたノートの中身は卒業課題だ。好きなテーマで発表しろというザックリとした課題。大体の生徒は、興味のある分野や卒業後の進路に関係した文を書くらしい。


「拓巳くんは何を標題にするの?」

「日本とジラーフラの相違について。ロゼは?」


「新種の発見と食物連鎖について」

「うわ、難しいもの書いてるな」


 更にテーブルの上に本を広げはじめたロゼリス。実はこの卒業課題、来月クラスメイトの前で発表しなければならない課題なのだ。

 ロゼリスのように、文献を使った考察を交えた発表が出来ればベストなのだが、なんせ俺はジラーフラの言葉をマスターしているわけではない。

 日常会話はまだしも、発表となると言葉の使い方が難しいのが現状だった。


 簡単な言葉でも、聞き手の皆が楽しめそうなテーマはないだろうか。そう考えた時、ロゼリス達と皆で夕食会をした時のことを思い出した。

 日本がどんな国か話をした時の、皆の反応が印象的に残っていたのだ。



 この世界に来て初めて経験した事や、日本との共通点など。思い浮かぶものをノートにどんどん書き出していく作業を、最近はずっとしていた。


 ノートを確認して、手を止める。

 以前自分で印をつけたであろう位置には『ロゼに聞いてみる』とメモ書きがしてあった。



「ねえ、質問していい? 調べても分からなかったんだけど、ジラーフラの子どもの遊びって何?」


「遊び? 子どもの遊び?」


「うん。本当に幼い頃の遊び。

 ナタムたちと時々、夜に遊ぶ事があったんだけど、どれも卓上で行う頭脳戦というか。そういうのばかりだったから、頭脳戦がまだ難しい子どもの頃はどうだったのかな、と思って」


 机のすぐ側、部屋の窓からは植物園の温室が見える。その前の広場では、仕事を終えた庭師や騎士たちが行き来しているのが見えた。


 王宮内は謂わば大人の集まる場所。この国で子どもと称される人たちは、王宮外でしか殆ど見ない。グロリオ副団長とリナリアのように、親の仕事終わりを待つ子どもたちが時々いる程度だ。


 そんな子どもたちは、揃いに揃って静かに過ごしていて。本を読んだり、何かを見て過ごしたり、人と話している場面が多く、城下町ですれ違う子どもたちですら、道で走り回るようなところをあまり見たことがなかった。


「私が小さい頃の、子ども同士の遊びって事? 花摘みや天然石探し、海辺だと貝殻集めとかしら。それを加工したり……、ねえヨギさんはどうだった?」


 うーん、と首を傾げた彼女は、お茶を運んできてくれた侍女さんへと声を掛けた。


「私が小さい頃ですか? そうですね、私の頃も同じような遊びでしたよ。自然の物で遊ぶか、もしくは魔法の練習をするかのどちらかでしたね」


「そうよ、魔法の練習はよくしていたわ」


 彼女の言葉を聞いてぱっと顔を上げるロゼリス。


「鑑定花が出来る前にも魔法を巧みに使える子は多かったわ。私もガルベラも魔法を使って遊んでいたし」


 詳しく話を聞けば、この国では物心がつく前から、魔法を使い出す子もいるらしく、気付いた時には大人の真似をして術を発動して遊ぶそうだ。


「ガルベラはよく近侍から逃げていたわ。彼は土魔法で壁や屋根を難なく登ってしまうから、中々捕まらないって皆が嘆いていたけれど。本人は遊び感覚だったみたい」


 昔を思い出しているのだろう、クスリと笑った彼女はとても楽しそうだ。


「そういうロゼリス様も、よく飛んでは何処かへ逃げておりましたよ」

「ちょっと、ヨギさんったら!」


 すると隣に立っていたヨギさんが口を開いた。顔を赤らめて彼女と話すロゼリス。

 小さい頃の話をするのはそんなに恥ずかしいものだろうか?俺としては彼女の事を知れるから、もっと聞いていたいのに。



 ふふふ、と笑いながらヨギさんが部屋を後にした。雪花が戻るタイミングでまた声を掛けてくれるらしい。


 パタンと扉が閉まり、部屋の中は俺たち二人だけになる。俺は視線を手元のノートへと戻すと今の会話で得た情報を書き込んでいった。


「ジラーフラは、一人や少人数で遊ぶのが一般的だった? 大勢で身体を動かす遊びって、無いんだね」


 子どもは外で元気に遊ぶもの、そう思っていたがそれもどうやら日本とこの国の大きな違いの一つのようだった。


「身体を動かす?例えばどんな?」


「鬼ごっこかな」


「オニ? 真似をする遊びなの? オニって何?」


 答えてみてから、そうか鬼も架空の存在だったか、と気づく。説明しないとダメな遊びだ。思考を巡らせる。



「鬼は、架空の生物だな。

 大男なんだけど頭に角が生えていて、口には牙が生えていて。肌が赤かったり青かったりして、虎の皮の服を着ていて、鉄の棒を持っているんだ。人に危害を加えたり、人を食べてしまうなんて言われていて。魔物みたいな感じ。


 悪い事をすると鬼が追ってくるなんて言いながら、物事の善し悪しを子どもに教えるために生まれた架空の生き物だと思う」


 鬼の説明なんて生まれて初めてしたかもしれない。だって日本にいた頃は、誰もが知っている当たり前の存在だったから、説明する事など無かったし。


「うんうん…それでそのオニの真似をするの?」


 彼女は俺の言葉を聞きながら色々な想像をしているようだ。


「鬼が人を追う、っていうのをそのまま遊びにするんだ。鬼担当が人を追って、追いつかれて捕まったら今度はその人が鬼。大人数で遊ぶ時は鬼の数を増やしたり、時には逃げ方を変えたりしながら遊ぶんだよ」


「ナタムたちと昔何度か遊んだ……隠れ探しと似た感じかしら」

「そうそう、そういうのもあるね」


 宙に視線を向けたまま、未だに何かを想像している様子の彼女。


 ふと思った。頭の回転が早い彼女は、こうして新たな話を聞いた今、どんな事を考えるのだろう、と。そして何を話すだろうか、と彼女をじっと見つめる。


 するとゆっくりと視線が降りてきて「見られていたの気づかなかった」と彼女が笑った。



「オニのお祭りはあったりする?」


 祭? どういう思考展開で祭が出てきたのだろう。


「前に日本には沢山のお祭りがあるって言ってたじゃない。もしかしたら、凶暴な魔物を鎮めるために行うような、そういうお祭りもあるのかな…と思って」



 言ったかもしれない。


「鬼の祭? ……えー、国中探したら有るのかもしれないけれど、俺は見た事は無いかな。


 あ! でも鬼に関連した行事ならある! 節分だ」


「………?」



 彼女が首を傾げた。無理もない。この国に存在しない言葉だから。



 異世界に飛ばされてもうすぐ一年。


 文明が日本よりは遥かに劣るジラーフラでは、電話やパソコンが恋しくなる時や、電車や車があればと思う事が時々あった。だがそれは最初の頃だけで、次第にこの国の文明レベルに慣れてしまった。


 日本からこの世界へと一緒に飛ばされたのが、父さんのスーツ一式だった事は、凄く良かったと思う。


 だが、今だけはこう思う。



「国語の辞書が欲しい…」


 違う国、いや違う世界に住む人に、祖国の文化や習慣を説明をするのは、正直言って言葉を覚える以上に難しい…と拓巳は頭を唸らせた。

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