第121話 隣の席の子
昼休み。学園内の食堂にて。
目立たぬよう端の方へと座った俺たちの目の前では、ナタムとガルベラが揃いに揃って笑いを堪えていた。
「二人とも、笑い過ぎだから」
そう口にすれば同時に声を上げて笑い始める。
二人が笑っているのは、今朝の俺たち…俺とロゼリスが授業開始のギリギリのところで教室に滑り込んだ件についてだ。
*
学校に向かって走り出して気付いた。
「…………」
地面を蹴る感触がない。
(多分これは浮いてる)
鐘の音と共に一目散に走り出した俺だったが、すぐさまロゼリスの身体が前に出た。そこで引かれた腕の勢いから思い出した、彼女の足が早い事を。
彼女と目が合って。俺が後ろに下がってしまったことに気がついたロゼリスは、謎の白い光を自分と俺の身体へと纏わせると、更に加速した。
地面を蹴っていたはずの両足がふわりと浮いて、僅かながらも宙に浮いた俺は、まるで連れ去られるような形でロゼリスに腕を引かれ、早々に教室に着く。
「「おはよう…ございます……」」
教室の扉を開けた時のクラスメイトの驚きの視線と、爆笑しはじめるナタムにガルベラ。そして更には横を向いて堪えきれずに笑い始めた先生の顔を見て、俺たちは赤かった顔を更に赤くした。
「お久しぶりですね、ロゼリス王女。そしておはようございます、タクミ殿。
仲睦まじいご様子で、皆安心しております」
「「す、すみませんでした……」」
「いえ、授業には間に合っておりますよ」
*
「いや…タクミが遅刻しそうになったのも初めてだけど、まさかロゼ様がタクミを引き連れて来るとは誰も思っていなかったから」
笑いすぎて半泣きのナタム。その横でガルベラはクククっと再び堪えるような笑いをし始めた。
「先生と皆とで予想していたのさ。タクミがどんな形相で教室に来るのかと。
そうしたら何故かこちらに向かってくる足音が二つして、先に入ってきたのがロゼリスだったのには、もう笑った」
「あの時のタクミの歩き方、相当酷かったよ?何というか、息吹きかけたら飛ばされそうなくらい弱々しかった」
「あーロゼの加速が予想以上で息の仕方忘れたんだよ」
昔から遊園地の絶叫系のアトラクションは苦手な方だった。だから彼女が一緒に飛ぶぞ、という時はその都度ちゃんと覚悟を決めてから飛んでいた。大概は彼女が突然飛びはじめるので覚悟が決まらない場合が殆どなのだが。
だから彼女と一緒に走ったら、まさか地面スレスレの所を高速で動く羽目になるとは思いもしていなくて。おかげで学校に着く頃には俺のHPはほぼ無くなっていた。
「結局午前の授業は、なーんにも頭に入らなかったな」
食堂でお茶を一口飲んでから、ふぅとため息をつく。
授業に集中出来なかったのは、もちろん俺のせいで隣にいる彼女のせいだとは思いたくない……が、今までずっといなかった人が隣にいるだけでも気になるっていうのに、それが自分の好きな人だったら?俺は無理だ、そのうち慣れるとしても、初日は流石に無理。
「そしたら一緒に復習しよう?私、ちゃんと聞いてたから」
「流石です、お願いします……」
隣から柔らかな声色で優等生らしい返事がされる。視線を向ければ、ロゼリスが柔かな表情を見せていて。
(何でそんな余裕そうなんだよ)
俺の方が歳上なのに。彼女をじっと見つめてから、俺は目の前の食事をぱくりと口の中へ放り込んだ。
「それでロゼ様、久しぶりの学校はどう?楽しい?」
ナタムたちが話す様子を横目に、食事を進めていく。
「うん、楽しい!…中等部の頃は、学校に行くのが少し億劫だったけれど、今日は素直に楽しいわ」
鑑定花によって彼女が特殊能力を持つと判明したのは、彼女が十歳の時。周りの目が気になりはじめる頃に判明したのか。そう思うと中学時代の学校生活は、窮屈なものだったのかもしれない、と想像できる。
「今日は拓巳が一緒だし、余計に楽しいのかもね〜」
「……っぐ、…う」
ナタムの発言に軽くむせてしまった。
完全に気を抜いていた。
ナタムやガルベラから、たまにロゼリスとの間柄を揶揄われる時はある。だがそれは男三人でいる時だけだ。
彼女と一緒にいる時に、こうして目の前で直接言われるとは思ってもいなくて。いや、今のナタムの言葉は俺たちを揶揄ったのではなく、彼女を心配していたからこそ出た言葉だと思うけれど。
慌ててお茶を飲み、どうにかむせは治まったが、それに気付いたロゼリスがとんとん、と背中をさすってくれる。うう、優しい……。
「授業は今日だけにするのか?それとも明日以降も来るのか?」
俺が落ち着いたタイミングでガルベラが口を開く。
「明日からも、来ようかな。駄目?」
「もちろんいいと思うけど……」
彼女だってここの学生だ、在籍している以上、授業を受ける権利がある。俺がどうこう言うものではない、そう顔を向ければ、伺うように上目線で俺に問いている彼女と目が合った。
うわ何その目線。
駄目だ、可愛すぎる。可愛すぎて触りたくなる。人前でその表情はやめていただきたい。
無意識に伸ばしかけた手を引っ込めて、俺ははっとして顔を覆った。
「けど、どうかしたのか?」
声色を低くしたガルベラ。
ナタムも食事の手を止めて、二人揃って俺の返事を待っている。
「授業中の、俺の集中力が足りなくなりそう。卒業が危うくなる」
「「………」」
その後はというと、ナタムとガルベラに相当揶揄われた。そのお陰なのか、羞恥心の限界を超えたせいなのか。不思議と午後は授業に集中でき、何とか無事に学校生活一日を終えることができた。
もちろん二人に感謝はしていない。