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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第7章 新しい春の為に
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第117話 黒の家族

「どうしたタクミ。大丈夫か」


「ははは……大丈夫、です」



 城の一室、ランタナ王子の第一声だ。


 いつもよりラフな格好をしていた彼が、挨拶よりも先に俺の身を案じてくれたのは、きっと俺が今、もの凄い青い顔をして床にしゃがみ込んでいるからだと思う。


 奥の部屋には彼の奥さん、イアラ妃と彼らの子ども達もいて、心配そうにこちらを覗いている。


 プライベートなオフの時間にお邪魔しているだけでも申し訳ないのに、心配までかけて本当にすみません……という感じだ。



 ロゼリスが俺の背中を摩った。


「あのね、雪道が大変だったから一気に城まで飛んできちゃったの。拓巳くんはそれが怖かったみたい」


「だ、大丈夫だからロゼ……」

「説得力のない顔だぞ」



 しょんぼりする彼女を慰めようとするも、王子からピシャリと言い返されてしまった。



 いや、だって。


 急にロゼリスが俺とペンギンを抱えて飛ぶんだもん。俺、高いところ苦手なんだもん。


 足元は一面銀世界の王宮。もの凄い綺麗な眺めだったけど。落ちても雪の上なら、少し軽い怪我で済むかなとも思ったけど。


 ……でもやっぱり怖いものは怖い!!



『お、お前も大丈夫か? ペンギン』


 俺の隣にちょこんと立つペンギンへと声を掛けた。


 このペンギンが俺の知っているあの世界のペンギンと同じならば、おそらくこの子も初めて空を飛んだはずだ。


 怖くなかったのだろうか、と見つめると明るく「ピューイ」と返事があった。



「おお、人みたいな鳥だな」


 いつもは冷静なランタナ王子が、今はその場にしゃがみ、目を見開いてペンギンを見ている。声色もいつもよりテンションが高めだ。


 それに驚き方がロゼリスと似ている。流石は同じ家族。揃ってペンギンを見つめる彼女と彼とを見比べると遠い血縁者とはいえ、本当の兄妹のようで微笑ましく感じた。



「あのね。さっき学園の寮の前で、この子が雪の山の中から出てきたの。雪の上には黒の魔法陣が現れていたわ」


「だがここに連れてきたということは、危険性はほぼないということか」


「うん」



 あ、いけない。俺が責任持って彼に報告しないといけないのに、彼女に報告をさせてしまった、と慌てて立ち上がる。



「この子、俺の言葉は分かるみたいですが、言葉は話せないみたいです」

「ピュー……」



 うむ、と考え始めるランタナ王子の横で、ペンギンが力なく答える。



『今の俺たちの会話は聞き取れたか?』

「ピュー……」


 念のため、先程までの俺たちの会話が理解できていたかどうか確認するも、結果はノー。


「ジラーフラの言葉は分からないようですね」

「ふむ」



 そして逆を返せば、”日本語は通じる”という事だった。



『もしかして、日本人に育てられたのか?』

「ピューイ?」



 一方的に言葉が通じるだけでは、細かい内容の会話は難しい。動物と会話ができないなんて、そんなの日本では当たり前だったはずなのに、どうにか出来ないのかと考えてしまうのは、この国の魔法ありきの世界に慣れてきた証かもしれない。


 ……翻訳魔法か。



「あの、以前ガルベラから貸してもらっていた翻訳の魔法具は使えないのでしょうか?」


 元々、他国の人との交流時に、言語の差を無くす為に作られたという翻訳の魔法具。人ではなく動物相手でも可能で、使えるかもしれない。



「いや、以前私の愛馬に試してみたが、効果が無かった」



 発案の先から駄目でした。

 ならば今のまま、この子とはコミュニケーションを取っていくしか方法が無いのだろう。今まで動物を飼ったことは無いから、どの程度コミュニケーションが取れるようになるのか未知数だけど。



「そうだな……タクミ。しばらくの間、その子の世話を君に任せてもいいか? 私から見ても危害を加えてきそうなものではないと思うが、様子を見るのも仕事の一つとして、お願いしたい」


「分かりました」


 ランタナ王子からの要望は、特に驚かなかった。ここに連れてきた時から、おそらくきっとこの子の事は俺が世話をするのだろうと思っていたからだ。


 俺はそのままペンギンの方へと向き直した。

 俺と同じ、黒い瞳と見つめ合う。



『しばらく俺と一緒に暮らそうか。一人じゃ寂しいだろ?』

「ピューイ」


『俺は拓巳。彼がランタナ王子で、彼女がロゼリス王女。彼らはこの国の王たちだ』

「ピュー」



 俺が二人の方に身体を向けて紹介すると、ペンギンはじっと二人の方を見つめる。ランタナ王子とロゼリス王女だよ、ともう一度名前を伝えた。



「お休みの所をお時間いただきありがとうございました。また随時報告させていただきます」


「よろしく頼んだ」



 イレギュラーな報告とはいえ、彼のプライベートな時間を貰ったのだ。ランタナ王子に頭を下げて挨拶をすると、その様子を見ていたペンギンが、俺と同じように頭を下げた。



「「あ、挨拶をした……!?」」


 声を揃えて驚く王子とロゼリス。

 お、俺を真似た?



 元々のペンギンの知能がどの程度かは分からないけれど。この子に関しては結構知能が高いかもしれない。コミュニケーションが取れるのなら、何か色々と覚えさせたり出来るだろうか。


 そんな事を考えながら俺は彼の部屋を後にした。




       *




 辺りの除雪をし、ベンチへと座る。


 ここはロゼリスの専用庭。

 小さな池へと入って泳ぎはじめたペンギンを、俺とロゼリスはぼんやりと見ていた。


 そしてペンギンを呼びかけようとして気付いた。呼び名がないのだ。



『お前は、名前はあるか?』

「ピューイ……」



 今日から俺が世話をするというのに、呼び名がペンギンのままでは呼びにくい。


「名前は無さそうね」


 隣でロゼリスが呟く。名前が無いのなら、俺が名を付けてもいいだろうか。


「名前ねぇ」


 雪の中から現れたペンギン。

 そしてここは花の国、ジラーフラか。



 雪に、花。


「んー、そしたら……雪花はどうだろう」

「せっか?」


『雪に花。繋げて雪花。どうかな?』

「ピューイ!」



 高い鳴き声をあげたペンギンは水中へと潜り込んだ。どうやら名前は合格が貰えたらしい。


 雪花、我ながら良さそうな名前だ。今日からよろしく、と視線を送る。



「雪の花?」


 隣に座るロゼリスが、なぜか側に積もっていた雪を手に取ると、そのまま手で形を変えていった。出来上がったのはおそらく何かの花のようだ。



「こういう花が日本にあるの?」


 どうやら彼女は雪花という名から、実際の花を想像して作ったらしい。


 俺が頭に浮かべたのは雪の結晶の事だ。顕微鏡で見ると花のような形をしていたのを思い出したからだ。


「花じゃなくて雪の事さ。

 降りたての雪って、よく見てみると花みたいな形してるんだよ。そこから雪の花が降る、って言ったりして」


「そうなのね。ジラーフラの雪も同じなのかな。

 来年の雪の時は、じっくり見てみるね」



 そう彼女が見上げる空は、雲ひとつない青空だ。

 雪など降りそうな気配が全くない。


 年末年始にしか雪が降らないというジラーフラ。

 日本じゃ一月、二月なんて一番積雪が多そうなのに。こういう違いが面白いなと思うと同時に、本当に違う世界に来てしまったんだな、とも実感する。


 そういう思いは、これからも何度も経験するのだろう。


「来年の雪は……一緒に見られるかな?」

「うん、見たいね」



 白い息を吐く彼女。来年の雪を一緒見る、それは一緒に年越しを過ごせる仲になるという意味があるのかもしれない。そう思うと背筋が伸びる。



「拓巳くん、明日も会える?」

「会えるよ」



 今を一緒に過ごせること。次の約束ができること。これからの話ができること。


 幸せだな、と思いながら俺は彼女の頭を撫でた。



 まだ彼女と一緒にいたいが、そろそろいい時間だ。冬の日の入りは早いから。


 ベンチから立ち上がり池の方へと歩く。



『よし、雪花。一緒に帰るか』

「ピューイ」



 すると勢いよく池から上がってきた雪花が、パタパタと羽を動かした。やはり俺の言葉を理解しているようだ。



「……え、何?」

「ピューイ!」



 そのまま俺の側に来るかと思いきや、雪花は未だベンチに座るロゼリスの方へと行ってしまった。

 彼女の前で再び大きく羽をパタパタさせる雪花。 



 不思議そうに雪花を見つめるロゼリス。

 

 少しだけ、沈黙が続いて。



「もしかして、……飛びたいの?」

「ピューイ!」



 すると、ぱあっと顔を明るくした彼女の背中から、白い大きな羽が広がった。同時にピョンと彼女の腕の中に飛び込んだ雪花。二人が揃って俺の方を見てくる。


 目を輝かせた二人が、こわい。



「え、ちょっと、まって。心の準備をさせて、お願い飛ばないでロゼっ」


「足場悪いからね、送っていくね」


「ーーー!!!」



 身体能力の高い彼女から逃げられるはずもなくすぐさま捕まった俺は、本日二度目の声にならない絶叫を青空の下で叫んだ。




 ロゼリスの飛行で瞬時に寮へと戻ってきた俺と雪花。部屋に入り部屋の暖炉に火を灯すと、少しずつ部屋が暖まりはじめた。



『はい、雪花これあげる』

「ピューイ?」



 クローゼットから取り出し、雪花の首元に巻いたのは赤色のハンカチだ。火魔法で濡れた手を乾かす事はできるのだが、日本の頃の習慣として手を拭くために持っていたハンカチ。


(俺は、雪花の飼い主……でいいのかな)



 この国でも日本と同じように、動物をペットとして飼う習慣はあるそうだから。ならばこれから雪花を連れ歩いた時に、雪花の飼い主が俺だというのを判るようにしておいた方がいいと思い、今すぐに用意できるものとしてハンカチを選んだ。

 赤色のハンカチには黒糸で俺の名前を刺繍してある。仮に雪花が迷子になったとしても、俺を知る人ならば気付いてくれるかもしない。



『これからよろしくな、雪花』

「ピューイ!」



『魚があるんだ。一緒に食おうぜ』

「ピューイ!」



 ナタムから貰った土産を広げれば、新しい家族からの元気な返事。これから楽しい日々がはじまる、そう思うと心が踊った。


 今日、帰寮した学生は俺だけだ。

 だが俺の部屋からは、その夜、とても賑やかな声が寮中に響き渡っていた。

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