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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第115話 小さな花を咲かせて

 学校は授業が終わり、冬休みが始まった。

 その数日後、今度は王宮内の各団体も仕事納めとなり、植物園の再建作業も同様に休みとなっていた。


 そんな中、俺は午後一番で王宮内の各施設を訪れていた。この国に来てからお世話になった人たちに挨拶をする為だ。


 王様やお后様、トネアス王子らはまだ仕事があるとの事で会えなかったが、ランタナ王子には挨拶ができた。

 それから各団や研究所のトップの方々に会って。ちょうど騎士団本部に来ていたマスターにも挨拶ができた。



 今は城の中庭へと来ている。俺の隣にはガルベラとロゼリスがいて、二人が一緒だからと入れたのだ。


 暖かかったはずの外は、今はもう陽が沈みかけている為か、辺りも冷えはじめてきていた。



 吐く息が白い。



「今年も、もうすぐ終わりか」


 ガルベラが呟く。そう、彼の言う通り、実はあと数日で大晦日なのだ。

 ジラーフラにも、日本の大晦日や元旦と似たような呼び方があると知ったのは、今月に入ってからだった。


 一年の終わりと年度の終わりが違うのも日本と同じだった。この国では人間たちの一年は4月始まりで、一月が新年という考えは精霊たちの習慣に基づく暦なのだという。



「ジラーフラは年越しは何をするんだ?」


「えー……城では特に催しものも何も無いな。国民も、恐らく家でゆっくり過ごすはずだ」


「何も無い?」

「無いな」


 

 先日、俺はナタムから誘いを受けた。ジラーフラでは年末年始は家族で過ごすのが普通だから、年越しを彼の兄夫婦の民宿で一緒に過ごさないか、というものだ。

 王宮学園の寮も年末年始は閉めてしまうというので、お言葉に甘えて明日から俺は彼と一緒にアメルアへ向かう予定となっている。


 家族で過ごすのが普通だと言うなら。

 てっきり各家庭で行われるイベントが何かしらあると思っていたのだが。ないらしい。


「そっかー、ないのか」



 俺は日本だと何があっただろうと思い出した。

 年末といえばクリスマスまではイルミネーションやら煌びやかな装飾が街中を彩っていて、それが終われば一気に正月和風モードへ変わっていたが。

 宗教も世界も違うこのジラーフラでは勿論そういったイベントも無さそうだった。



「日本は何かするの?」


 ガルベラよりも俺の近くに並んで立つロゼリス。俺の顔を覗き込む彼女は、先日会った時よりも更に顔色が良くなっていた。楽しそうな表情で質問してくる様子は、大怪我をする前と変わらない気がする。



「俺が日本でしてた事か……」


 何をしていただろう。日本での高校や大学時代の冬休みの過ごし方を順に追うと。冬休みが始まって、俺は早々に宿題を終わらせる派で……。



「家中の掃除。墓参り。大晦日に伝統的な日本の料理を食べる。酒も飲む。元旦も食べる。近所の神殿にお祈りにいく。占いする。あとは……」


「もの凄くやる事の多い日々だな」

「そう言われるとそうかもしれない」



 でもこれでも少ない方だと思う。緋村家の年末年始には無かったが、日本の伝統的な年末年始となればもっと色々あるだろうから。ぼんやりと過去の記憶を懐かしみつつ、同時にこの国の事を考えた。



『なんでジラーフラは何も無いんだ』


 精霊たちの暦とは関係なく、昔からこの時期は十日ほどの連休があるそうだ。それなら何らかの風習があっても良い気がするのだが。



「それは、雪が降って身動きできなくなるからじゃない?」


 そうか、雪が降る、ねぇ。


「雪が降るの……ん? 毎年必ず降るのか?」



 ロゼリスの言葉に一度は納得してしまったものの、すぐに疑問が生まれた。雪が降るから何も無いって、どういうことだ。



 俺の頭が疑問符でいっぱいになったのを見たガルベラとロゼリスは。



「ああそうか……ジラーフラの「「一年」」

「な、何なの」


 二人で顔を見合わせると、急に口を揃って何かを語り始めた。



「『ジラーフラの冬。


 寒い日が続き水が凍る日もあるでしょう。晴れの日が続きますが、稀に雨が降るでしょう。


 小晦日は必ず曇り、大晦日は沢山の雪が空から降るでしょう。皆が静かに眠る中、雪は積もって道は塞がり、それから三日三晩は国中が銀世界。


 四日目に、ようやく出てきた太陽が全ての雪を溶かしたら、土の中に眠る草木の種が、春を迎える為に動き始めるでしょう』」


「……ってお決まりの文があるくらい毎年四日間だけ雪が降るのよ」



 な、なんだ。いきなり。


 一字一句違わずにガルベラとロゼリスが暗唱したことと、その語り内容に驚いて呆けていれば、彼女はくすりと笑う。



「あのね、これはこの国の人なら中等部で必ず誰もが暗記させられる、ジラーフラの一年の季節や天気についての文章なの」


 暗記。って、物語とかじゃなくて実際の話?

 大晦日から大雪になるって事?



 毎年、必ず?



『いや待て待て。雪が降るのって。それ年末年始だけ限定で降るのか?

 むしろそれ以外では雪が降らない? 一気に一年分?


 天気が固定されてんの? どうなってんだ?』



 元旦は天気がどうだとか初日の出がどうとか、毎年テレビでやってるのに、それもないのか? 雪が降るから。ここに来てまた新たなジラーフラの事を知ったけれど、それって何で? 何で毎年必ず雪が降るんだ?



 考え出したら止まらないじゃん、もう。



「タクミが日本語で喋りだした、分からん」

「だめ、私も早すぎて聞き取れなかった」


 二人が何か言ってるけれど疑問で頭の中がいっぱいの俺には聞こえず。



(ああ……マスターだったら『何故起こるのかは分からぬが、起こるのだから仕方ないだろう』とか言いそう。そうだ、今はそれで完結させておこう)


 なんとか自分に言い聞かせた。



 その後、ロゼリスが「ジラーフラの一年」という物語のような文を春の所から全て暗唱してくれた。春から秋にかけては俺も一度経験していたから、特別驚くような事は無かったけれど。再び聞くこととなった年末年始の雪のくだりは、未だ信じられなかった。



 俺らが話終わるタイミングを見計らって、ガルベラがポケットから包みを取り出した。


「タクミ。これを見てくれないか」


 彼が取り出したのは光を反射した何かだ。



「これは使用済みの魔法石と、黒曜石?」

「そうだ」


 手に取って確認をすれば、一つは透明な小さな魔法石で、もう一つは俺の呼び名にされている黒曜石だった。だがこの石がどうかしたのだろうか。そう思って彼を見れば、今度はロゼリスが手にしていた包みの中から小さな木の棒を取り出す。


 こちらは白い細長い木の棒だ。



「見ていてね、拓巳くん」

「そう。これをこうやって……」


 ロゼリスが差し出した棒の先で、カチンと石同士をぶつける。するとぱっと火花が散り、棒の端に小さく火が着いた。



 パチン…パチパチパチ……


 金色の小さな火花を散らして、木が燃えていく。耳を澄ませないと聞こえないほどの、小さな小さな音を立てながら少しずつ燃えていく花。


 それは確実に見覚えのあるものだった。


「花火だ」

「やっぱりこれも花火って言うのね?」


「線香花火って言うんだ」

「センコゥ…ハナビ?」


「打ち上げ花火と分けて言うなら、手持ち花火とも言うかな。手持ち花火はもっと火の勢いの強い物が多いんだけど、俺はこの線香花火みたいな静かに燃えるのを観るのが結構好きで」



 記憶にある線香花火よりも更に小さな小さな花火だ。拳よりも小さな金色の花がパチパチと燃えていく。


「でもこれはどこで?」



 この国にも手持ち花火というものが存在していたのだろうか。それならば花火の作り方を是非聞いてみたいと思うところだけれど。



「植物園が焼けた時の状況を聞いて回った時の事だ。

 燃えやすい植物と燃えにくい植物とを分別する為に“燃え方”だけの情報を集めたところ、不思議な燃え方をする種類があった事を知った」


「火花を散らして燃えていくものがあったって。今まで意図的に植物を燃やすことなんてあまり無かったから……誰も知らなかったの」


 この木の枝が植物園に植えられていた植物?

 


「ハクニムの木。これは大陸国の火山付近に群生する植物の枝だ。小さな花をつけるというが、ジラーフラの土壌では育ちが悪く、ほぼ栽培展開されなかった種類だった」



 そうか。こんなに花の栽培が盛んなこの国でも、広まらない花もあるのか。


 目の前でパチパチと燃える火は、時折、火の形を変えて色々な花へと変わっていった。枝の中の成分がそうさせるのだろうか、中々の綺麗な花を咲かせていく。


「黒曜石は、古の時代より火種を作る際に使われてきたものだが、使用済みの魔法石と合わせると更に火が大きくなる事が分かった。


 この枝の先は、火がつきやすいよう加工がしてある。だがハクニム自体はゆっくり燃える性質があって、今こんな風に燃えている」



 棒を持つロゼリスを見れば「私たち、大発見したんだよ」と笑う。そして、「これなら、火魔法無しの私たちも一緒に花火が出来るよな」とガルベラが一緒に笑った。


 未だに燃える花をロゼリスが俺の近くへと寄せる。



「花火は、灯す者の数だけ意味を持つ、だったよね」


「うん」


「ならばこれは、タクミとの出会いへの感謝の灯火だ。ありがとう、来年も宜しくな」


「宜しくね、拓巳くん」



 二人の笑顔が眩しい。

 まさかこんなサプライズが用意されているなんて、思いもしなかった俺は、驚きの色を隠せない。



 一年前の冬休み。

 無音の家で一人、泣いていた。


 写真の中で笑う母さんと、隣の小さな箱に収まってしまった父さん。目に映るたび、涙が溢れた。


 会いたい、会えない。もう二度と。


 それは今も変わらない。でも今は一人じゃないんだ。恩人ができたよ。親友もできた。師匠もできて、頼れる人ができて、二人に負けないくらい俺の事を愛してくれる人もできたよ。


 だからもう、心配しないで。俺はもう、ちゃんとここで生きていけるから。



「ありがとう。新しい年が、楽しみだね!」



 中庭に俺の声が響く。

 目の前の花はパチンと音を立てると、今まで以上に明るく輝きはじめた。

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