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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第114話 庭師の帰還

 温室を含む植物園再建の作業から二週目。地下まで深く掘られた土の中で行われていた基礎作りは、まずまずの進行具合だった。


 俺は午前中に授業が終わり、それから昼食を簡単に済ませると、植物園へと向かった。ナタムは用事があるため今日は手伝いは不参加で、ガルベラも公務があるとのことで、俺は一人だ。



 作業の輪の中にとある人影を見つける。


「お、タクミ!」


 赤いマントを羽織る青年、ホックだ。深森へ彼岸花の調査へ行った時に世話になった第三騎士団の一人。彼は俺の姿を見つけるなり、重そうな剣を腰元で揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。



「午前中に終わった箇所には印を付けた。確認してほしい」


 そう言われて紙の束を渡された。植物園再建の為の指示書だ。

 こうして俺が授業で植物園にいられない間は、庭師や研究員など誰かが代わりに現場の指示を出してくれている。騎士団が担当することはあまり無いのだが、今日は珍しく彼だったようだ。



「うん。大丈夫そうだね。ありがとう」


 彼から渡された指示書を一通り確認すると、彼は俺をずっと目で追っていた。


「ホック?」

「すまん。久しぶりに会えたタクミが元気そうで良かったと思って」


 俺の声にハッとした彼は慌てて表情を緩めた。俺が元気そう、か。確かに彼とは深森から帰った後、倒れかけていた俺を寮まで送ってくれた時と、それと魔物退治をした時に少しだけ声を掛けてもらった程度しか関わりがない。


「うん。あの時は色々疲れてたみたい。今は元気だから、大丈夫」



 突然異世界に来てしまった事も、そこで色々な経験を立て続けにした事も、確かに堪えたけれど。

 それ以上にあの魔物退治とロゼリスの大怪我は俺を奮い立たせるような大事だったのだろう。


「心配させたな、ありがとう」


 彼はニッと笑った。彼のように普段はあまり交流がなくても、それでも俺の事を心配してくれていた人がいたのだと知って。俺の心は暖かくなった。



 仕事の引き継ぎを終えた彼は植物園を後にした。


 


 それから、どのくらい時間が経っただろう。指示や進行状況の把握に回っていた俺は、ふと植物園の入り口付近がやけに賑やかなことに気がついた。


 四人の人影だ。


 確認のために近づけば、近侍さん侍女さんを連れたガルベラとロゼリスの姿が目に入る。


「ガルベラ。ロゼリス」



 名前を呼ぶとすぐさま二人は俺の方へと振り向いた。


 彼らは作業中の現場に来ることを前提にしていたのだろう。ガルベラはシャツの上に白衣らしきものを羽織り、ロゼリスは深緑色のワンピース、つまり庭師の格好をしていた。


 彼女と会うのは、あの供養をした日以来だ。それに庭師の制服姿を見るのは、いつぶりだろう。



(よかった。だいぶ元気になったみたいだな)


 相変わらず彼女は細い身体だが、以前引きずっていた足は、今はしっかりと土を踏んでいる。



「来るなら前もって言ってくれれば良かったのに」


 ガルベラは学校の時点では特に来るようなことは言っていなかったはずだからだ。


「すまない。急遽時間が出来て、視察に行かないかという話になったのだ」

「ごめんね。私もどんな感じなのか知りたかったの」



 まあ、急な訪問とはいえここは彼らの国で、この植物園も彼らのものだから。いつ訪れたって問題は無いのだけれど。


「俺は構わないけれど、他の人は結構びっくりしているかも」


 そう。俺は構わない。二人は普段から一緒にいる仲だから。だからこそ忘れそうになるが、この二人はこの国の王子と王女なのだ。生まれた時から偉い人なのである。


 学園や研究所で過ごすことが多いガルベラ王子と、庭師をするロゼリス王女。王宮勤務の者からすればこの二人との関わりは少なくはないが、普段城下町で働く人々にとっては、中々お目にかかれる存在ではないらしい。


 そのためか二人の登場に驚いた人たちを中心に、辺りがザワザワとしていた。



 だが皆、これといって二人に話し掛けようとする様子もない。遠巻きに見ている感じだ。


(これがこの国の普通なんだろうな)


 王族とそうじゃない人たちの距離。あの世界と同じ感覚で難なく二人に声を掛けた俺も、周りからしたらある意味でイレギュラーな存在なのかもしれない。


 とはいえ今は、周りに合わせて二人と再び距離を取るものおかしい。このまま二人と一緒に行動しても問題は無いだろう。


「一通り園内を見て回る? 今なら俺が案内するよ」

「うん、見てみたい」



 もともとこれから見回りしながら指示を出していくところだったのだ。ついでに彼らも案内すれば良いだろう。


 植物園の入り口から時計回りに動き始める。

 足場が悪いから転ばないように、と所々でロゼリスの手を引きながら歩いた。彼女の侍女さんは俺たちの事を一歩後ろから見ているだけだったから、これも問題ないと思って続けた。



 あるところでガルベラが足を止めた。

 そこはひと足先に壁が作られたエリアだった。


 彼の視線の先には、数枚のガラスがはめ込まれた壁。

それを食い入るように見つめては、手を伸ばしてガラス窓の強度を確かめはじめた。



 コンコン、と彼が窓を叩く。


「思っていたより良いものが出来たな」


「こちらが魔法石で作ったというガラス板でしょうか」


 後ろに立っていたガルベラの近侍さんが、彼の言葉にすぐさま答えた。二人とも非常に楽しそうな表情をしている。きっと普段からもこうして楽しそうに話をする中なのだろう。


「ちゃんとしたガラス板は初めて見たんだよな」

「ああ」



 そう、ガルベラには最初のガラス開発の実験には協力してもらったものの、その後の研究で実用化となったガラス板はまだ見せた事がなかったのだ。


 彼が言った通り。目の前の壁は思ったよりも良いものが出来ている。それは日頃から石の研究や加工に詳しいプロの人たちが、ガラス板の製作に力を貸してくれたからだ。


 俺も彼らと並んで壁を見つめていれば、隣でぽつりと小さな声が耳に入る。



「……魔法石?」


 ロゼリスだ。彼女はガラスの壁をじっと見つめていたが俺へと視線を移し、疑問の眼差しを向けてきた。


 彼女は今日までにも少しずつ庭師の仕事にも復帰していて、それはデスクワークが主で、その中で植物園の設計図の確認もしてもらっている。だが確かガラス板はガラス板としか表記していなかった為か、彼女は恐らくこの世界に普及している、天然石で作られたガラスを想像していたのだろう。



「どういうこと?」

「ロゼにはまだ話してなかったな。

 これはね、使い切った空の魔法石を溶かして作ったものなんだ。軽いし加工もしやすいし強度もまずまず。そして簡単な魔法の付与ならできる。

 これに定期的に防御系の魔法付与をしていけば、光を取り入れながらも建物を守ることができるって」


「空の魔法石……」



 簡単にだが説明をすると。彼女は視線を俺の目から少し下へと移し、じっとして動かなくなってしまった。


「ロゼ、もしかしてまだ体調悪い? 休もうか」



 やはり病み上がりでどこか具合が悪いのか。植物園はとにかく敷地が広いから、それなりに歩くし疲れるはずだ。それとも単に考え事をしている? かなり判断しにくい微妙な表情だ。前者なら休ませたい。心配になり声を掛ければ、再び視線が合わさった。


「ううん、体調は問題ないよ。あの、拓巳くん」


 どうやら後者の方だったらしい。


「魔法石ってまだ持ってる?」


「ロゼがくれたの? 持ってるよ、今もほら」



 どうやら先程の視線は俺の胸元を見ていたらしい。ゴソゴソと紐を手繰り寄せれば、誕生日に彼女から貰った、花びら入りの透明な魔法石が顔を出す。


 彼女の白い手が伸びて魔法石に触れると、彼女はもう片方の手で深緑色のワンピースの襟元から透明な魔法石のペンダントを取り出した。俺の魔法石だ。


 二つの魔法石を交互に見る彼女。



「もし拓巳くんがいいのなら。私たちの魔法石もガラス板として使ってほしいなって思ったの。


 駄目かな?」


「いいよ。むしろ俺はもともと使いたかったけど、ロゼに確認してからがいいと思ってたし。御守りとしてくれた物を、勝手に使うわけにもいかないからさ」



 魔法石を彼女の手ごと包むように握る。


「良かった。そしたら一緒に使ってもらおう?」


 するとふわりとした笑顔が返ってきた。


(なんだ、彼女も同じことを思ってくれたんだ)


 その事に気がついたところで、ぐっと胸が熱くなる。大好きな人と、同じ気持ちでいられる事の幸せ。

 ただただ、その幸せが愛しくてたまらなくなる。大切にしたい。これからもこの幸せを感じていたい。それを伝えたくて重ねた手に力を込めようとしたところで、ガッと肩が重くなった。



 にやりと笑うガルベラと目が合った。

 そして状況を思い出した。そうだ、今は仕事中で、ここは絶賛作業中の植物園だ。目の前のロゼリスも顔を赤らめている。


 少し離れたところからガルベラの近侍さんとロゼリスの侍女さんが、これまた微笑ましく俺たちを見守っていた。いや、二人は俺がロゼリスの手を引いて歩きはじめた時から既にそうだった。


 さらに視線を周りに移せば、作業中の人たちと目が合った。うわ、めちゃくちゃ恥ずかしい。いかんいかん。


 それにしてもガルベラの余裕そうな顔。だけどこいつ、ロゼリスの前ではシレっとしているけれど、恋愛系の話となると結構初心な感じだったよな。


 内心は御乱心でも女の前では余裕あるように見せたい、そんな所だろうか。まあそれは分かるけどさ。


 俺に弟がいたらこんな感じだったかもな、そう思いながら心の中は彼をからかいたい気持ちがじわじわと湧いてくる。毎回やられっぱなしだと思うなよ、王子。


「どうかしたか? タクミ」


 未だに俺の肩に手を乗せる彼。俺もと肩を組めばニヤリと笑い返し「だったら公の場以外で遠慮なくいただきます」と囁いた。


 同時に隣から咳き込む声が聞こえた。



 先頭で笑いながら足早に進む俺と、顔を赤らめて俺を追う王子と王女。それを追いかける近侍侍女の二人の構図。



 謎の構図はその日の建設現場の大きな話題になったという。

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