第113話 再建のはじまり
冷たい乾いた風が肌を刺す。
季節は完全に冬だ。
この国では雪は降るのだろうかと空を見渡すが、頭上に広がるのは雲一つない、どこまでも青い青い空だった。
「作業お疲れ様です。何か困っていることはないですか?」
「今のところは大丈夫です!」
「ありがとうございます!」
「タクミ殿、確認したい箇所があります」
目の前の人たちから様々な返事をされ、俺はそれに応えて回る。
俺は今、紙の束を手に持ち植物園の敷地内を歩いていた。
その紙には大量の文字や図が並び、俺は手元と目の前とを交互に見ている。
遡ること数週間前。
俺の出した温室とそして使用済みの魔法石を使ったガラス板擬きの案は。あの幹部たちの集まりで発表したところ、反対意見もなく全員一致で案が決定していた。
そこまでは順調だったのだが。
それからが大変で。
「基礎は伝統的なジラーフラの建築様式だ。土や石を扱うなら指揮は地科学研究所が行うで良いだろう」
「いいえ、今回の植物園再建は術の工程が遥かに多くなります。ここは魔法学研究所が指揮を取ります」
「それを言うなら、そもそも植物園は庭師団の本拠地ですよ? うちが指揮を取って当然ですよね」
どこが植物園再建プロジェクトのリーダーを務めるかという件で、揉めはじめてしまったのだ。植物園の再建とはいえ、これは王宮の一部を建設するプロジェクト。研究所の者からすれば、日頃の研究から得た技術をフル活用できる場でもある。
(自分たちが指揮を取りたくなる気持ちも、分からなくはないけど)
目の前で始まったいい大人たち同士の取り合いに、俺はどうしたらいいのか分からず、肩を縮めていて。「地科学と魔法学の奴らの取り合いはいつものことだ」と呆れ顔のマスターから耳打ちされる。いやいや、いつものことって…….今はそれに庭師団も加わってんじゃん。
言いたい事を言い合い、沈黙が生まれたところで痺れを切らしたのか、間に挟まれていたランタナ王子が溜息をついた。
「指揮はこのまま私が取る。再建に伴う役割や仕事については振り分けをする。それに従っていただきたい」と。
で、その場に一緒にいた俺はその後何をしたのかというと、その“振り分け”をしたのだ。参加希望メンバーの所属先や魔法の型といった特徴をリストアップし、また建物が完成に至るまでの手順も書き出し、誰が何をいつまでにどうすればスムーズに事が動くかを考え、分かりやすくまとめたのだ。
ランタナ王子がなぜやらなかったかって? それはもちろん彼が他のことでも忙しいからだった。決して仕事を投げられたとか、そういうものではない。
(それに……むしろ、こういう仕事はもともと向こうの世界でもやってたからな)
たったの数ヶ月の間だったけれど。新人ながら先輩たちに着いていきながら学んだことだ。
相手先の生産力やマンパワーを考慮して取引先に売り込んでいく、そのやり方と今回の件が似ていて。だから自分からやってみたいと名乗り出た。
正直こんなぽっと出の男が名乗り出るなんて反対されるかと思いきや、マスターと学園長が俺のフォローをしてくれたおかげで、各団体の長もすんなり賛成してくれたのだ。
それで俺は振り分けをしたのだが。
(いや……久しぶりに日本が恋しくなった)
正確には、あの世界の技術に、だ。
この世界では、日本とは仕事の環境も、もちろん設備も異なる。パソコン作業と良好なネット環境でのやり取りが中心だったあの世界とは違い、連絡手段が手紙くらいしかないこの国。
一つの事を決めるだけでも時間がかかる分、中々作業が進まずにもどかしく思う事も多かった。
でも、同時に良いこともあった。
話し相手と面と向かってやりとりすることで、俺の話を真剣に聞いてアドバイスをくれたり、各研究所からもっと手伝いたいと名を上げてくれた人も多く、俺自身のやる気が増したのも事実だった。
それにナタムや学園の仲間たちにも色々と協力をしてもらったりして。それで何とか作り上げた計画書。
その計画が本日スタートを切ったのだ。
タクミ殿、と声を掛けられて振り向けば、ある人がこちらに向かってくる。
「とうとう始まりましたね」
庭師団の団長ナギさんだ。彼はこの植物園再建を機によく話すようになった人の一人だ。
水魔法と土魔法に加えて光魔法を持つというナギさんは、実は治療師も掛け持ちしている。
今まで王宮内で見かけたことがなかった理由を聞けば、日頃は植物園の管理はロゼリスに託し、騎士団の訓練などで負傷した人たちを治しに行ったりしていたらしい。
庭師団を放置して別の仕事をするのか。
それでいいのか、この国は。もう慣れたけど。こんな風に各団体のリーダーが他の名のある仕事と思い切り掛け持ちしてるパターン。
以前マスターにその事を話したら「戦争で長になれるような世代がごっそりいなくなってしまったんだ。掛け持ちでもしないと国が回らなかったのが理由じゃないのか。あと数年もすれば世代交代もして掛け持ちする者も少なるなるさ」と言っていた。
そういうものなのか、と自分に言い聞かせたのは記憶に新しい。
「凄い人ですね。改めて目で見ると人の多さに感動します」
周りを見渡すナギさん。それもそのはずだ。幹部たちで話し合いをしていた時は、王宮の職員たちのみで植物園の再建を進めるつもりだったのだから。
だが目の前の人集りには、王宮外・つまり城下町からも人が集まっている。皆、募集を掛けたところ集まった人たちだ。
「こんなに集まるだなんて、流石は花の国ですね」
俺も紙面上では参加者のことを把握しているとはいえ、こうして実際に集まる人を見るとその数の多さに驚いた。
植物園という国の大事な機関の仕事だから、皆こぞって参加しているのだろうか。
見回りを進めていると、とある集団の中に見慣れた青髪を見つけた。ナタムだ。
仲間たちと煉瓦を運んだり、土魔法で基礎を固めたりして楽しそうに作業をしている。そのまま近づいて彼の様子を観ていたら、彼も俺に気付いたのか、彼は手を止めた。
「ナタム。お疲れ様、問題はない?」
「うん大丈夫」
ナタムのチームは土魔法3の人がリーダーとなり、深く掘られた土の穴の中で作業をするチームだ。
俺が来たタイミングで休憩を取ることになったらしく、ナタムは穴から地上へと出てきた。
「タクミ。ありがとう」
「ん? 何かお礼言われるようなことした?」
「僕みたいな普通の人がこうして参加できるように調整してくれたことだよ」
普通か。
彼のいう普通の人とは、複合型の魔法使いの事を示すのだろう。
「この国は、鑑定花が見つかったことで魔力の形に定義ができた。
この世界の人間は同じ量の魔力しか持てない。その中で何が使えるかが異なるだけ。
そう言われてきたけれど。
でも、やっぱり特化型の人や珍しい種類の組み合わせの人の方が、強い人が多くて。騎士団だって団長も副長も特化よりの人が殆どだし。水3土1火1なんて至って平凡で似たような力の人がゴロゴロいる僕には、こういう作業とは無縁だと思っていたから。
強い人たちだけで解決する事だって出来るのに、タクミはそうしなかったよね。特定の人の魔法の強さに頼るんじゃなくて、皆が出来る限り参加できるようにしてくれた。だからありがとう」
まさかこのタイミングで彼にお礼を言われるとは思ってもいなかった。いやだって俺は普通の人がどうとか考えたつもりが無かったから。
「俺はどちらかと言えば、特定の人ばかりに負担が掛かるのは避けたかったんだ。それと参加したい人が皆で参加できればいいなって思ってたから。
でもナタムがそう思ってくれたなら、よかった」
単に参加したい気持ちがあるのに、能力が無いから駄目、という風にはしたくなかったのだ。
俺がこの国に来て直ぐの頃。庭師の仕事が素敵だと思った後に、庭師に合う魔法が使えないと分かった時の、残念に思ったあの気持ち。もちろん希望すれば庭師になれたのかもしれないが、適性的に厳しいだろうと思ったあの時。
あれを、出来れば他の人には味わってほしくない。俺にも出来ることがあるよって色々な人に思ってほしかった。だからこそ、参加表明をしたメンバーの情報を元に振り分けをしたのだ。
「タクミは火魔法特化の事でずっも悩んでいたから、他の人の気持ちも考えられるんだろうなぁ」
「今は火魔法特化で良かったかも、って良い方に捉えられるくらいにはなったけどな」
コロンと転がった石を掴んで、山へと戻す。
そう、俺が異世界人で火魔法特化だったから。
こうして魔法以外の場所での、皆をプロデュースするような裏方の仕事を選べたのかもしれない。
この世界に来たことだけではなく、この魔法を使えることにも何か意味があるのだとしたら。今回の仕事に大きな影響を与えているんだと、そう感じる。
「なら僕も普通の魔法型で良かったー! そうじゃなきゃ今のこの楽しい気持ち、味わえなかったかもしれないからね」
土のついた手を払いながらナタムが満面の笑みを浮かべた。楽しい、そう思ってくれたのなら、俺は嬉しい。
「でもナタムはもう普通の平民じゃないよな」
「えー?」
「だってお前、王子と英雄に挟まれて学園生活おくっているじゃないか」
「十分普通じゃないよな」
「彼女はあの水族だろ?」
「えー? まだまだ普通でしょー?」
ナタムと共に作業する仲間たちが彼をいじりはじめた。微笑ましい。その様子を一歩引いた場所から眺めはじめると、同じように彼らを眺めていた青年が俺に話しかけてきた。
「タクミさん、ナタムの言ってた事は世辞はなく、結構皆同じように思っていますよ」
「そうなんですか?」
「たとえ魔法量が1あったとしても、それだけを前に出しては仕事は出来ないのが現実です。だから今回みたいに土魔法の有無どころか、魔力の型を問わずに参加出来るっていうのは、王宮関係の仕事だと初なんじゃないですか」
「確かに街じゃ下請け作業ならあるけれど、王宮は聞いたことすら無かったからな」
俺たちの話に興味を持ったのか他の人たちも話に加わり、皆が城下や他の町での仕事の事を教えてくれた。
そうなのか。新しいことを知ったぞ。
ナタムのように基本魔法のうちいずれかが3である場合はまだマシで、魔法を活かした仕事で安定した生活ができるという。だが魔力配分が221といった複合型の場合、たとえ複合魔法が得意でも単体魔法が得意でないと、雇ってもらえない事もあったり、その分賃金が減るといった差があるらしい。
(仕事の能力か高い人に高い給料が支払われるのは、当然だ。でも、魔法の型だけでその人の持つ能力が決まるかといったらそうじゃない……と思う)
知識や技術、それに人柄だって、きっと大事な能力のひとつだ。それが評価されないのは、やはりこの世界が魔法ありきの世界だからなのかもしれないが。
(この国のこと、まだまだ何も分かってない。これから知っていかないと、本当の意味でこの国の平和と発展には貢献できない)
こらから異世界研究所がどんな仕事をしていくのか、まだ決まっていないことの方が殆どだけど、それとは別に緋村拓巳個人として、この国のことをちゃんと知っていかなきゃいけないな、と心に刻む。
「植物園が王宮の管轄とはいえど、やっぱりこの国のものなんだからこの国の人皆で力合わせて作りたいよね」
「タ、タクミ」
ぽつりと独り言のつもりで呟いたが、どうやら皆にしっかり聞こえていたらしい。作業を再開していた皆の手が再び止まり、ナタムは腕を広げて近づいてくる。
「タクミってばもう、本物の王子様みたい! タクミ、大好きだからねー!」
「分かった、でも土まみれのその手で近づくのはやめてほしい」
「うわ! 急に態度が冷たくなったぁ!」
ナタムから逃げるように「何かあれば相談してください」と声を掛けて次の作業グループのところを目指し歩きはじめる。少し離れてから振り返れば、賑やかな雰囲気の中でナタムが手を振ってきたので俺も振り返した。
「あの方が英雄で、白薔薇様のところに婿入り候補か。思っていたよりも遥かに感じが良かったな」
「王族になってもあの姿勢、変えないでほしいよな」
皆がそう話していた声は、俺には聞こえていなかった。