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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第112話 二度目の謁見

「タクミ・ヒムラ。

 貴殿にはこの度の魔物討伐に伴い、英雄の称号を授ける」


「ありがたく頂戴いたします」



 謁見の間に王様の凛とした声が響いた。


 以前の謁見時と変わらず、床や壁に山吹色の布で装飾がされた部屋の中央に、俺は立っていて。


 正面には王様とお后様、トネアス王子とシザン妃、ランタナ王子とイアラ妃、そしてガルベラが並んで立っている。


 ロゼリスの席は空席だ。



 王様たちとの謁見は、俺以外の人もいるから最後の人が終わるまでは結構な時間が掛かる。長い時間、他人の話を聴くというのはそれなりに疲れるもので。それにお后様たち女性陣の服装は重そうなドレス姿だ。ロゼリスの今の体力を考えると謁見は難しかったのだろう。


(昨日は、会えてよかった)



 もし、もし昨日彼女と再会できていなかったら、俺はあの空いた席をどんな気持ちで見つめたのだろう。悔しさや哀しさ、恋しい気持ちで謁見どころでは無くなっていたかもしれない。

 ロゼリスが供養に飛び入り参加できるよう、彼女に話をしてくれたガルベラには本当に感謝だ。



 視線を動かすとガルベラと目が合う。いつも隣にいる親友が今は壇上から俺を見下ろしているのは、やっぱり変な感覚だ。



(それにここ数ヶ月の間にランタナ王子とは頻繁に顔を合わせていたし、トネアス王子とも会ったりしていたから、こうやってここで顔を合わせるのがイレギュラーな感じになってきたよな)


 当たり前なのだが皆が揃いに揃って俺を見るものだから、緊張というよりは羞恥心のほうが大きかった。


 さあ、と俺は王様の方へと向き、言葉を待った。



 今日の俺は新しい黒いスーツを身に纏っている。

 胸の前では赤いネクタイが揺れる。中央にはピンクゴールドのピン。腕には黒い腕章も付けて。


 自分でも異端な身なりだと思う。



 この広間ですら、誰もが煌びやかな格好をする中で俺だけ黒いのだから。



「また新たな国の研究所として異世界研究所を設立し、貴殿をその一員に任命する」


「ありがたくお引き受けいたします」



 王様から告げられて俺は頭を下げた。

 

 すると王座の横から俺の目の前へと歩いてきた学園長が、俺に二つのバッチを差し出した。見ていいのか? 学園長に視線を送ると“どうぞ見てください”と促される。

 

 バッチだ。ひとつはジラーフラの国旗の下に金の花がぶら下がるいわゆる勲章で、もう一つは国旗に描かれた花の形をした黒い石だった。


 俺のスーツの胸元につけられた火魔法5の赤星バッチ。それに視線を送る学園長がそっと言葉をくれる。



「その徽章に負けない物を貰いましたね。おめでとうございます。こちらの勲章は金、こちらの徽章は黒曜石で作られておりますよ」


「金に黒曜石ですか」


 なんとも高級そうなものだな、と思わずもう一度バッチを覗き込んだ。



 謁見が終わりましたらまたお渡しします、と学園長が深々とお辞儀をし、元いた王座の横、部屋の隅へと離れていった。

 頭を下げてからその様子を目で追っていると、四方からも深々とお辞儀された事に気がついて、慌てて俺も周りにお辞儀を返した。



 お辞儀。


 この国でのお辞儀は、王家など高位の者へにしか基本行わないとされる行為だ。


 俺は日本にいた頃からの癖で何かとペコペコと頭を下げていたから、この世界に来てからもガルベラやロゼリス、ナタムたちにしていて。彼らは俺を真似て時々頭を下げることはあったのだが。


 この謁見の間という場で深いお辞儀をするという事は、もちろん俺の故郷の習慣を真似たものではない。これは俺が高位の人間になったという事を示しているのだ。


 とはいえど、今この謁見の間にいる騎士さんたちは、結構顔馴染みだったりする。


 王座の横に立つ学園長をはじめとした第一騎士団、その横に並ぶ侍女さんたちの中には、ロゼリスの専任侍女さんもいた。扉の前に立つ隊員さん達も、今までにもガルベラやランタナ王子とのやりとりの間でお世話になったり、歳も近そうな人が多い為か時々話をしたりしたことがあった人たちだ。



「ありがとうございます」


 俺も周りを見ながら最後にもう一度お辞儀をすれば、明らかに皆の口角がやんわりと上がったのが分かった。



 静かな空間の中で、ズッと布の擦れる音だけが聞こえる。王様が椅子の前で歩きはじめたからだ。



「本当は、もっと大勢の……それこそ民衆の前で行いたかったのだ。君はこの国の英雄だからな。


 だがな。それでは君が嫌がるのではないかと、息子たちに指摘されてな」


 俺の様子をしばらくの間じっと見ていた王様が話しはじめた。視線を彼に向ければ彼からも穏やかな笑みを返された。



(やっぱり沢山の人の前でするつもりだったのかーー)



 俺は思わずその場で苦笑いをした。


 王様の言う通り、俺は出来れば沢山の人に注目を浴びるのは避けたいと思っていたからだ。だから謁見の間に足を踏み入れた時、人の少なさにほっとしたのだ。


 いや、ナタムが言っていたように英雄の称号を受け取ってしまったら、どちらにせよ街の中を歩くのは大変になるのかもしれないそうだが。


 おそらくガルベラかランタナ王子あたりが配慮してくれたのだろう。

 そしてそれを受け入れて、こうして実現してくれた王様。本当に優しい、いい国へ来た、と感謝の気持ちでいっぱいになる。こんな他所者に色々と尽くしてくれるんだから。



「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 そう王様に伝えた後、ガルベラとランタナ王子の方へと視線を向ければ彼らの表情が一段と柔らかくなった気がした。




「さて、タクミ殿。今回の称号授与とともに、其方に恩賞を与えたいのだ。

 何か今、欲しいものはあるか? あれば申してみよ」



 穏やかな空気だった広間が再びしんと静まり返り、辺りに緊張感が走った。


 ついにこの質問がきたか、と身を構える。


 話を聞いてから今日まで、恩賞については幾度となく思考を巡らせ考えてきた。

 だがやはり俺には、魔物退治の恩賞というものに見合うようなものが見つからなかった。



 俺は。日本にいた頃は、ゆとりのある生活や高価なものへの憧れも程々に持っていた。


 だがこの世界に来たことでスーツ以外の全財産を手離し、それまで憧れていた物の全てを手に入れられなくなってしまった俺は、打って変わって物欲というものがあまり湧かなくなってしまった。


 現にこの世界に来てから買ったものなど、生活に必要な物以外は殆ど無いに等しかった。



「君は春には王宮学園を卒業するのだったな。ならば新たな住まいでも良い。土地だけでなく家も用意できるぞ」



 新しい住まい。確かにそれも考えた。

 だが俺が新たな住まいに求めたのは住み慣れた部屋の広さと利便性。異世界研究所の一員となる事からも、学園卒業後は王宮勤務員の寮を借りようと考えている。



 随分と長い間、考え込んでしまったからか。



〈タクミ。何か答えてくれ〉


 小声のガルベラの声に意識が元へと戻される。

 そう、今は欲しいものの話だった。



「あの、欲しいものでしたら本当に何でも宜しいのでしょうか」



 ひとつだけ、欲しいもの。ものと言っていいものかとは思うが、欲しいものと言われれば欲しいもので。



「不可能なもの、例えばこの世に存在せぬものや他国の宝などで無ければ構わんよ。この国の物なら………そうだな。王位以外なら何でもいいぞ」


 王位以外なら、と。


「何でもいいんですよね」

「ああ」



 そうと答えれば、自然と視線は空いた彼女の席へと向く。


 本当ならば俺は、彼女との交際を認めてほしい。承認がほしい。まずはこの人たちに。もう既に知っているとかそういうのではなく、公にだ。


 王様は確かになんでもいいと言ったのだ。その言葉の通りだと言うのなら、俺は彼女とのこれからがほしいと願う。



 でも、今じゃない。俺はまず、目の前の目標を達成させたい。植物園の再建をだ。


 色々な人を巻き込んで動きはじめた再建プロジェクト。その始まりは、彼女の働く場所を作り直すという想いだ。


(それが終わるまでは、言えない)



 その事を今は彼に伝えておこう。


「欲しいものが一つだけあります。でも今はまだ言えません。その前に成し遂げたいことがあるんです。


 成し遂げた後の、それからでも構いませんか?」



 ケジメをつけてから、次に進みたい。そう思う。



「もちろんいいだろう。その日を楽しみにしているよ」


 王様は俺を見て、口元を少し手で隠すと確実にニヤリと笑った。それから騎士さんに声を掛けられて、俺が広間から出ようと身体の向きを変えた時。


 壇上の皆の様子がしっかりと見えた。


 お后様はにっこりと笑っていて。トネアス王子とシザン妃は姿勢を正したまま俺の事を揃って目で追っていて。ランタナ王子とイアラ妃は何か二人で話をしていた。


 ガルベラは俺の方に目もくれず、空席のロゼリスの椅子を凝視している。



 他の皆が何を思ったのかは分からないけれど、ガルベラだけはすぐに分かった。ロゼリスと俺との事だと気づいたのだろう。ものすごく分かりやすかった。



 広間から城の廊下へと出た。これからバッチを受け取るため、客室へと移動をする。


(ひとまず、二回目の謁見はこれで終わりだ)



 三回目の謁見。植物園が完成した頃。


 その時に、俺はあの空席に座るであろう彼女が欲しいと、胸を張って王様に言おう。絶対に。



 そう心に誓うと俺は案内された客室へと足を踏み入れた。




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