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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第109話 想いを夜空に

 それから、俺たちは近くのベンチへと少しだけ場所を移した。


 ガルベラが俺らを真似て階段に座ろうとしたのだが、トレチアさんが盛大にそれを止めたからだ。マナー違反だけは阻止したい、という理由でだ。


 ベンチにロゼリスとガルベラ、そしてトレチアさんが座り、残りの俺ら三人はすぐ隣の段差へと腰をかける。ペルシカリアさんはベンチに座らなくていいのか、ナタムに尋ねると「水族は偉い人ほど低い所に座るから」と教えてくれた。



 ベンチの中央に座ったガルベラは、目を輝かせていた。どうやら今日を楽しみにしていて、何としてでも都合をつけて参加しようとしていたらしい。


「それでクヨウとはどんな事をするんだ? 私は見ていればいいのか?」



 うん、とりあえず見ていてね。と俺は広場の方へと身体を向けた。

 パン、と音を立てて手を合わせる。皆が俺に視線を向ける中、俺はそのまま目を閉じた。



「殺してしまって、ごめんなさい。あなたの命は、絶対に無駄にしません。どうか、安らかに眠ってください」


 言葉を述べる。


 ずっと思っていたこと。そしてこれからも想い続けたいこと。それを言葉に、そして形にして届けたい。



 目を開けて彼らの方へと向き直す。皆は変わらず俺に視線を向けている。



「ガルベラとロゼは見てて」



 そう説明して俺は皆の前でしゃがんだ。


 俺が用意した供養の方法は、火魔法を使う。だから火魔法を持たないガルベラとロゼリスは見学だけの参加だ。ペルシカリアさんも、もちろん同様に。

 元々は今日は俺とナタムあたりが出来ればいいと思っていたから、今回はそこは許してほしいと思う。



「トレチアさんは、火球は打てますか?」


「はい……火魔法1級のものでしたら、できますわ」



 ガルベラとロゼリスの付き添いも兼ねて参加する、という心構えだったからか、トレチアさんは驚いた顔をする。まさか王子王女の二人が見学をし、自分が実践する側になるとは思っていなかったのだろう。


 だが彼女は5大魔法が全て使える世にも珍しい全能型だ。火魔法が使えるのなら、是非彼女にも一緒にやってほしいと思う。



「これをどうぞ」


 用意していた袋を開けると、中から小さなカケラを取り出し彼女の手のひらへと置いた。カケラがキラキラと光る。


「これは、砂ですか?」


 彼女に渡したのは、白い砂粒だ。


 それからナタムには茶色い砂粒を渡し、俺は袋から黒い砂粒を取り出す。


「説明します。あの時の竜を燃やした後に、実は灰の中から天然石が見つかりました。この砂はその石を細かくしたものです。


 トレチアさん、ナタム。


 この砂粒を中心にして火球を作ってみてください」



「は、はい。火を着ければ良いのですね?」


 

 トレチアさんとナタムが手のひらを上に向けた。

 俺も同様に手のひらを上に向けると火球を作る。



 すると俺の手のひらには緑色の火球が作られた。


 ナタムの手のひらには青い火球が、トレチアさんの手のひらには黄色い火球が作られる。



「どうして……?」

「色が……! 変わりましたわ!」



 火を着けた途端に二人が驚きの声を上げた。

 俺の視界には揺れる緑色の炎と、それを不思議そうに見つめるロゼリスが写った。



「説明は後でするから」


 今は俺の殺めた魔物たちへの供養が先だ。


 上がれ。そう心の中で唱えると、手から火が離れていく。


 俺の手元の火を見た二人は、戸惑いながらも真似をして空に向けてゆっくりと火の玉を上げた。



「「わぁ……」」



 三色の火の玉。


 ロゼリスとガルベラが声にならない感嘆の声を上げ、その横ではトレチアさんも眼を丸くして空を見上げている。


 ナタムとペルシカリアさんは二人でじっと上がる火の玉を見つめていた。


 火はゆっくりと上がり、城の屋根を越えそうな高さへと昇っていく。



「タクミ。何で僕たち火魔法1が、練習もした事ないのに違う色の火を出せたの?」


 空を見上げたまま問うナタム。トレチアさんも頷いていた。


「あの青い炎を使った後、日本で教わった事を思い出したんだ。

 世の中には燃やすと赤い火の色が他の色へと変わるものがあって。もしかしたらと試したらこの天然石もそうだったんだ」


「それは他の天然石も燃やしたら皆同じように色が変わるということか?」



 すかさず次の質問をしてきたのはガルベラだ。

 流石は地科学研究所に頻繁に顔を出すほどだ。石への興味がよく伝わってくる。



 あの日、俺は青い炎が出せることが分かって、それは俺の意識だけで炎の色が変えられることも分かって。それからこの天然石たちを燃やすと意識とは関係なく炎の色が変わることに気がついて。



(だったら意識をしなくても、火魔法さえ扱えれば、この石を使って他の人も同じようにカラフルな火が作れると思ったんだよな)



 ただ俺は、知識としてあったのは特定の物資に対して炎の色が変わるというものだけだ。具体的に何を燃やせば何色になるのかや、そもそもこの石が何から出来ているのかまでは、今の俺には分からないのが現状だった。



「そこはまだ分からない。色が変わるものもあれば、そうじゃないものもあると思う。そこは一つずつ調べていかないと分からないかな」


「そうか。それは……研究所が賑わいそうな案件だな」



 そう答えた彼の眼は楽しそうだった。



 魔法の存在する世界とはいえ、魔法以外の研究も少しずつ進んでいるこの国。いつの日かこの石が何なのか、化学的に解明する時が来ると信じたい。



 未来を信じて火を灯せば、新たな色の火が空へと浮かんでいく。火はふわりふわりと高く昇っていく。



「ガルベラたちは火魔法が使えないから、今日は見せるだけになっちゃったけど。


 いつか火魔法がない人でも、自分で上げられるようなものを作るから」



 火魔法が使えなくても、誰でもできる。

 たった今、俺の中に生まれた小さな夢だ。


 いつか、この三人にも火の玉を空へと打ち上げる経験をさせてあげたい。そう思う。



「タクミがやりたかったのはこれか?」

「うん」


「確かこれは花火と言ったな。花火は、クヨウだけが目的なのか?」



 はじまりはそうだったのかもしれないけれど。


「ううん、色々な意味で打ち上げられるよ。例えばね……


 どこかで見守ってくれていますように


 大事な人が元気になりますように

 無事でありますように


 悪いことが起こりませんように

 良いことがありますように



 打ち上げたいと思う人の数の分だけ、目的も思いも意味もあると思う」



 俺がこうしてあの竜に謝ったように。



 少しだけ沈黙が流れた。


 空に向かって上がっていった火球は、とっくに城の屋根を越え、もう肉眼では確認が出来なくなっていて、頭上には真っ暗な空が広がっている。



「そうか。ならば祈りでもいいのだな。

 トレチア、火を」


「はい」


「タクミ。黄色のものを再びいいか」



 ガルベラが手を差し出す。先程と同じ砂を渡せば、彼は砂をこぼさないようゆっくりと手を合わせて眼を閉じた。



「ジラーフラの更なる発展を、祈る」


 彼がトレチアさんへと砂を渡すと、彼女の手から黄色い火球が浮かんだ。鮮やかな黄色い火の光が空へと昇っていく。



 すると今度はペルシカリアさんが手を差し出してきた。「青のをほしい」と。

 彼女の手のひらへ砂を置くと、彼女も同じように手を合わせ目を閉じ、それからナタムが彼女の手に重ねて手を合わせた。



「どうか、僕らが互いの種族との架け橋になれますように」 



 青い光が昇っていく。


 黄色と青色の光が、空を、そして辺りを照らしながら上がっていく。



 俺は立ち上がってそれを見上げていると、隣からマントが引かれた。視線を向けるとピンクゴールドの髪の間から覗いた瞳と目が合った。


 彼女も何か求めるものがあるのだろう。



「ロゼは、何色がいい?」


「赤と白。二つの色は一緒にできる?」



 赤と白? なんだろう。

 もちろん一緒にできるさ。


 ここは火魔法特化の俺。色違いの火球を幾つも同時に宙で咲かせるくらい練習済みで容易いものだ。

 袋から二色の砂を手にとれば、火はヒュルヒュルと音を立てて昇り、城の屋根を越えた辺りで大きく花開いた。



 赤い花と白い花。


 二つの花は、夜空に散っていく。



「おお、見事な花だ。綺麗だな。

 赤と白は、あれはタクミとロゼの色か?」


「いや……あれは、彼岸花の色だよ」



 空に咲いた花を見て。連想したものを口にすれば隣でこくりと彼女が頷いた。そして彼女は更に新たな砂を求めてくる。色は、一緒だ。


 手のひらへと砂粒を置くと、砂をそっと包むかのように手を合わせ、ゆっくりと目を伏せる彼女。



「どうか、拓巳くんのお父様が、安らかに眠ってくださいますように」


 そう呟いてから俺の掌へと砂を乗せた。



「……………」



 上空に何輪もの花が咲いて、燃えて、そして消えていく。


 六人がそれぞれ空を見上げる中、冷たい風が小さく吹いていった。



「なんだか少し悲しい気持ちになりますね」


「本当に、一瞬で無くなるな」


「一気に咲いて、散って……本当に花というか、火なのにまるで生きているみたい」


「不思議だ」


「こんなに高度な魔法や技術が使われているのに、見えるのは一瞬なんだね」


「でもきっと、花火は一瞬だからこそ美しいんだ」



 しんみりとした雰囲気の中、それぞれが思うままに言葉を述べる。


 一体その言葉の裏には、どんな気持ちが込められているのだろう。

 誰もここではその胸の内を話そうとはしないが、きっとそれは悲しみや苦しみ、そしてそこから生まれる希望や願い、祈りなんじゃないかと思う。



 それはどれも、強くて儚くて。

 空で咲いては消えていく花火も、強くて儚い。



(でも、それだけじゃないんだ)


 俺はこの気持ちだけを知ってほしいわけじゃなくて。花火の楽しさだって、俺は彼らに教えたい。



 少し空気を変えようと、明るい声で皆に声を掛けた。


「まだ他の色もあるからさ、皆で好きなように打ち上げようぜ」



 袋の中から沢山の種類の砂を取り出し、適当に皆に配る。


「元々は供養の為のものだった花火も、時の流れと共に色々な目的で使われるようになったんだ。

 単純に、仲間たちで花火そのものを楽しむ為に上げることもあるんだ」



 すると表情を明るくした其々が、好きなタイミングで火を打ち上げはじめた。


 流石はナタムとトレチアさんだ、火球のスピードを変えてゆっくり上げたり、はたまた勢いよく打ち上げたりしている。中々の上手さだ。



「ナタム、何か願い事をしてみたら」



 目を輝かせて空を見上げている彼に声を掛ければ、「いつか騎士団の団長になれますようにーー!」と大声を出した。勢いよく火が上がり、それを見て皆が笑った。


 その後も色々な願い事や想いが、次々と空へと打ち上げられて。


 紫や黄緑、オレンジや水色といった色とりどりの火球が夜の王宮の空へ浮かんでいった。



 俺はというと、先程から口を閉じずっと空を見上げているロゼリスの隣に再び立つ。彼女は一瞬視線を俺に向けるも、また空へと顔を向けた。



「何かロゼもお願い事しようよ」


 そう問えば、彼女はローブから手を出し、俺の手を下から添えた。



「こうしていても火球は打てるの?」

「うん。できるよ」


 砂粒を乗せて火球を作ればピンク色の光が手元を照らしはじめて。彼女の手が俺の手を持ち上げるように押せば、ふわりと光が上へと浮かびはじめる。



「異世界から、危険な魔物がもう現れませんように」

「また元気な植物園が、帰ってきますように」


「みんなでこれからも、笑って過ごせますように」



 小さな声で、彼女が口にした言葉。

 それはまさに俺が願っていたことと、同じで。


 視界がぼんやりと滲んだ。


 さっきからずっと堪えていたんだ。

 彼女が赤と白の花を選んだ時から。涙が溢れそうになるのを。



「ロゼリス、あのね。実は父さんが死んだのが、ちょうど一年前のこのくらいの寒い時期だったんだ。


 さっき、父さんの事を一番最初に祈ってくれて嬉しかった。ありがとう」



 空に向かって彼女にお礼を言えば、添えられたままになっていた手から指が絡められ、ぎゅっと握られる。


 ぽたり


 堪えきれずに零れ落ちた涙は、ちょうどその時真下にあった彼女の手に落ちると、すっと静かに消えていった。

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