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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第1章 点火
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第11話 泥棒

〝見て見てぇ あの黄色い石 ガル様のだ〟


〝見慣れない珍しい色の髪と瞳をしているわ〟


〝ガル様の石を なんであの人が持っているのかしらぁ〟


〝もしかして……あのふたり……〟



 

 きん、と耳鳴りがして俺は思わず顔をしかめた。

 不快な、音。



「タクミさん、大丈夫ですか?」

「すみません、大丈夫です」


 薬草学の先生が心配そうに声を掛けてくる。

 はっとして姿勢を正すと、耳鳴りはピタリと治った。


 空気が違うからか、耳がおかしくなったのか? 首を傾げながらも先生の話を聞く。



 ガルベラとナタム、そして俺の三人は植物園に到着してすぐ、先生と合流するとさっそく補習授業が始まった。


 園内を歩きながら、目の前の植物の種類や効果を先生が説明していく。メモを取りながら話を聞く俺の横でガルベラも一緒に先生の話を聞いていた。


 彼は時々質問もしていて、そこで改めて彼との知識量の差を知る。博学だ。

 異世界人の俺とこの国の王子とを比べたら、そんな事、解りきっている事だけど。それでも凄いものは凄いと思う。


 俺も詳しくまではいかなくとも、せめて主流の薬草くらいは分かるようになりたい、そう思いながらメモを取り続けた。



 ナタムはというと、少し離れたところで花を見ながら「綺麗だねぇ」と言ったり、蝶々を追いかけたりしている。

 つまり彼は、根っから薬草学に興味が無さそうだ。


 蝶々追いかける青い髪の青年は、まるで頭の中までファンタジーな雰囲気を醸し出していた。一体彼は何のために一緒に来たのだろう。


 ナタムの事は忘れて授業に集中する。



 薬草学はざっくりと言えば漢方薬のようなものだった。粉にして飲んだり、湯で沸かして塗ると効くとか、料理の香辛料としても使われるとか、説明を聞く限り、使い方はあらかた想像ができるものばかりだった。葉と茎、そして根。実。その辺りの違いを覚えるのは大変そうだが、説明されたものはどれも日常的によく見るものだという。


 暮らしの中で覚えていくものなのかもしれない。



 時間にして一時間もしない頃。


「タクミさんの理解が早いので、少し時間が余りそうですね。このまま自由時間にして少し好きに園内を周ってみましょうか」


 何か所か場所を移動し、一通りの説明を受け終わったタイミングで、先生が自由時間をくれた。


 どうやら全ての薬草を見終わったらしい。


 つまりここまで見てきた植物がこの国の主流の薬草というわけか。向こうのでも知識もあったから、覚えさえすれば、なんとか薬草学は身に付きそうだ。



 側にあったベンチに腰掛け、とっていたメモをざっと見返したが、思っていたよりは少ない情報量だった。


 薬草。実装されているものもあるとは言うが、まだまだ研究段階のものが多いという。ということはこの国ではあまり薬草は出回っていないのだろうか? 風邪や怪我の時はどうやって治すのだろう。



 それに今、薬草として説明を受けた植物はごく一部で。他にも薬として育てているものはあるとしても、この植物園にある全てが薬草だとは思わない。だって明らかに花を咲かせた植物が多いから。



 本当に精霊を集めるためだけに育てている?


 だとしたらこの国の精霊の立ち位置はかなり高いものになる。薬よりも遥かに力が上回る存在、花の精霊。一体彼らはどんな存在なんだろう。



(駄目だ、次から次へと疑問が出てくる)



 ならば先生に質問をしてみようか。先生は植物の研究をしている方だ、精霊にもきっと詳しいだろう。そうぱっと周りを見渡すと、先生だけではなくガルベラの姿もどこにも見えなくなっていた。


 ナタムは少し前からいなくなっていたが。



「あれ……皆、行くの早くないか」


 俺の声だけその場に響いて消えていく。



 考え込んでいて俺には皆の声が聞こえなかったのだろうか? まあ、自由時間だし皆もあまり気にせずに行動しただけかもしれない。


 質問はまた改めて先生に聞くとして。



 それなら俺も好きなところに行ってみよう。


 実は俺。さっき一度、皆で通り過ぎたけれど、気になったところがあったんだよね。



 ベンチから立ち上がり、俺は記憶を頼りに来た道を戻っていく。



「……あったあった、バラ園」



 植物園の中央あたり、大きく開けた場所。


 そこには大小様々の赤やピンク、黄色のバラの花がいくつも咲いていた。


 植物園に咲いていた花々は、どれも初めて形や色の植物でその珍しさに凄く感動を覚えたのだが、ここのバラを目にした時、俺はその懐かしさと美しさに目を奪われていた。



「本当、綺麗に咲いてる。手入れもしっかりしているんだろうな」



 背を屈めて花を一つ一つ、眺めていく。どれも活気良く花を咲かせている。


 綺麗だ。

 そして、懐かしい。



 この世界で、はじめて、日本と同じ種類の花を見つけた。


 それがなんだかとても嬉しくて。同時に切なくなった。


 本当に俺は別の世界に来てしまったんだ、と実感する。不思議な力を手に入れて、使いこなせるか分からない。これからどうなるんだろう。そう思うと不安な気持ちでいっぱいになる。


 大丈夫、俺はきっと大丈夫だから……言い聞かせながらバラ園を歩いていると、その中で一際目立つ、真っ白な花の株へとたどり着いた。



 白いバラだ。


(なんだろう、凄くこの花に惹かれる…)



 先程の中庭でも感じた不思議な感覚。

 吸い込まれそうな花の力。


 きっと花にも何かがあるのだろう。


 ならばもう少し近くで見たい、そう足を進めた時。



 きん、と

 また耳鳴りがした。


 

 途端に首筋に違和感を感じて。


 プツンと首回りで何かが音を立てたと思ったら、ガルベラから借りたペンダントがするりと動いて、宙に浮いた。


「え? な、なんで?! ……ちょっと……」



 浮いたペンダントが、離れていく。

 俺の身体から離れていって。


『だってぇ。ガル様の石持っているなんてズルいじゃなぁい』


『これはわたしたちからガル様にお返ししておくわねぇ』


『あはははは。どうせ聞こえていないでしょうけどぉ』


 そう、宙に浮かびながら離れていくペンダント。


 ものすごく、ゆっくりのペースだけど。



 ペンダントの方向からは二つの甲高い声がした。内容もばっちり聞こえていて、その声は明らかに俺が気付いていないような会話をしている。


 いやいや、聞こえているからね? 無視しないでよね? 君たちの姿は見えないけどさ。


 不思議な事に、時に人は目の前で可笑しな事が起こると、例えそれがどんなに予想外な出来事であったとしても、冷静に対応してしまう生き物なのかもしれない。



 そう、俺の頭もこの時冷静に回転して。一瞬にして理解した。


 これ分かったぞ。

 ロゼリスが言っていた、花の精霊って奴らだ。



「聞こえているし、人の物勝手に盗るなよ。ほら返しな」



 腕を伸ばしペンダントを掴むと僅かな抵抗を感じたが、ペンダントは手の中へと収まった。




 が、それと同時にまた耳鳴りが起こった。


「……っ!!」



 今度は先程よりも酷い耳鳴りだ。



「なんなんだよっ!」


 思わず手を放して俯き、耳を塞いでしまった。

 途端にペンダントが宙を舞う。



『『やったぁっ、逃げよう!!』』



 耳鳴りが治まり顔を上げると、今度は先ほどよりも遥かに早い勢いでペンダントが離れていった。



 バラの花の垣根を超え、どんどん離れていくペンダント。一度ぐらついた身体を震わせ必死に走ったが、結局そのまま追いつくことが出来ず、俺はすぐにその標的を見失ってしまった。



「えぇーー、どっか行っちゃった」


 耳をすますも、先程の声たちは全く聞こえない。




 まずいことになった。

 自分でも顔が青ざめていくのが分かる。


 今俺は、大事な物を無くしたのだ。



「どうしよう。いや先ずガルベラに会って、何とか説明して、謝ろう」



 奪われたのは、翻訳の魔法のペンダント。つまり今の俺にはこの国の言葉が分からないのだ。


 言葉が通じないことにはどうしようもない。


 ペンダントは貴重なものだと言っていたし、それにあれには彼の魔法石もついている。早く取り返さないと、どこでどう悪用されるか分からない。



 え? この国の言葉を話せないのかって?

 いやいや。単語を少し覚えたくらいで、強いて言うならあなたと私が言える程度。


 全くもって会話レベルには達していない。そんな状況でガルベラに状況説明が出来るだろうか。難しい気がする。



 あっという間の出来事に唖然とし、しばらくその場で立ち止まってしまっていたが、とりあえず今は動こう。



 と、周りを見ると俺よりも背丈の高い植物が並んでいた。



「まて……どの辺りだ、ここは」



 思わず独り言を言ってしまうが、その声も吸い込まれてしまうほどに、辺りには沢山の植物が生い茂っていて。

 向こう側が見えないほどに並ぶ植物たちに、俺は行き先を見失う。



 これは迷子だ。


 適当に角を曲がりながら歩いていく。だが覚えのある道に辿り着かない。



 言葉も通じない上に、迷子になるなんて情けない。そして心細い。


 そう思わずにはいられなくて、俺はため息をついた。




「………?」


 するとどこからか、微かに話し声が聞こえてきた。


 誰の声かは分からないけれど、もしかしたら、もしかしたら何とか道くらいは聞けるかもしれない。


 運良ければ、俺の事を知っている人かもしれないし。


 頼む、誰か手を貸してくれ。


 そう願いながら俺は声のする方へ歩みを進めた。



『今日は白薔薇様がお手入れしてくれたから、花が一段と元気だねぇ』


『こんなに素敵な毎日が送れるのも白薔薇様のお陰よねぇ』




「……あれ?」


 だんだんとハッキリとした会話が聞こえてきた。


 そしてある違和感に気がついた。


 何故か、日本語が聞こえる?


 俺、今ペンダントしていないのに、何で言葉が分かるんだ?



 まさか、この植物園に、日本語を話す人が、日本人がいる?!



 その途端、俺は走った。

 すれ違いたくない、出会いたい。


 お願いだ、遠くに行かないでくれ。




「・・**?!……タクミ‥・・?」

「って、うわ!」



 声のした方へ走り、角を曲がったところで、勢いよく何かとぶつかった。というよりは俺の胸辺りに何かが飛び込むような形でぶつかった。



 人だ。誰かとぶつかったようだ。

 結構なスピードを出していたから、相手に怪我は無いかと慌てる。


 相手は俺より背が低い。


 視線を下ろすと、そこには見覚えのあるピンクゴールドの髪が揺れている。それに気付いた俺は、思わず手が震えた。



 俺から身体を離したその人は、その髪の間から覗いたおでこに手を当てていて。


 不思議そうな顔をした女の子、庭師のロゼリスがこちらをじっと見上げていた。

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