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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第106話 新しい黒

 俺とナタムは、再び城下町へと来ていた。

 完成した冬用スーツを受け取りに行く為だ。


 何故かオーダーした俺よりも、隣で歩くナタムの方が楽しそうにしている。まあ、楽しそうならいいんだけど。


 ドアベルを鳴らし店の中へと入ると、店の奥にはお目当てのものらしき服が一式置かれていた。



「こんにちは。ヒムラ様」

「お世話になっております」


 前回同様、店長のおじいさんが迎えてくれて。そして来て早々に彼が見せてくれたのは、やはり店の奥に置かれていたその服だった。


 店の奥へと足を進める。



「こちらが完成した冬用のお召し物になります」



 店の入り口からはなんとなくでしか見えなかった、新しいスーツ。


 黒いスーツだ。

 周りの服とは違い派手な装飾が全く無いのに、明らかに存在感がある。


 シンプルイズベストってやつだろう。


 赤系だと言っていたスーツは。俺にはその赤色の見分けがつかない程、そのスーツは綺麗な黒いスーツだった。

 シルエットも綺麗で、日本にあったものと殆ど変わらない、本当にクオリティの高い出来栄えで。



「凄いじゃないですか! 形もいいですね」



 受け取ったスーツのジャケットとパンツ。促されるまま着替えてみれば、サイズも見事なジャストフィットだった。


 はじめてのオーダーメイド。


 異世界の、しかもその服の中でも質の差が出やすいであろうスーツ。流石に少しは日本のものより衰えるかも、なんて思っていたから、完成品が期待以上のもので思わず興奮してしまう。



『凄いな。流石プロだな』


「それは褒め言葉と捉えてよろしいでしょうか?」


「もちろんです! 職人の技術だなと思います!」


「ありがとうございます」



 感情が昂ると日本語が出てしまうのは許してほしい。そのくらい感動しているのだから。


 率直な感想を伝えれば店長さんも気を良くしたのか、にこにこと笑いながら縫い目や裏地など、細かな部分のこだわりを説明をしてくれた。



「留め具は全てギュリの木を加工して作らせていただきました。これは割れにくい木として有名ですからね。

 あとはこちら。依頼されておりました襟締の色違いのものですね」


 一通り説明を終えた店長さんは、隣に並べてあった箱を俺に開いてみせた。


 ニ枚のネクタイだ。

 色は落ち着いた黄色のものと青色のものだった。



 この国にも、襟締という首に巻くものはある。だがそれがスーツに使えるネクタイかというと、それはどれも不似合いな物だった。だから俺は今回、ネクタイもオーダーメイドしていた。


「これも、綺麗です」



 用意してもらったネクタイも、俺が向こうから持ってきたものと同じ形で作られている。


 実は前回この店に来た時、俺が赤色のネクタイしか持っていないことを伝えると「色違いのものをお作りしましょうか?」と彼は聞いてきたのだ。


 流石は商売人。やり取りが上手いなんて思ったが、色違いがあるとスーツを着ていく先の雰囲気などに合わせやすいかも? と思って。


 ネクタイは季節関係なく使えるし、三種類あれば困らないだろう、という考えだ。



「黄色はジラーフラ国と王家グランディーンを象徴する色です。謁見時や王家の方々と私的にお会いになる時などに使われたら良いかと思い、今回選ばせていただきました」



 そう。この国では自分を表す色を決める風習があって、それは個人だけでなくお店や団体でも決めているという。それは国レベルでも同様で、この国ジラーフラの色は山吹色という名の、つまり黄色系となっていた。


 おそらく王様がこの黄色を自分の色に選んでいて、その彼が治めている国だからという感じなのだろう。


 先日のトネアス王子からの封筒も黄色。だがその封筒を見てガルベラが「誰からだ」と聞いたということは、王族の中に黄色を使う人は複数いるということを示していた。


 だから王族の誰かにお呼ばれした時や王族のお祝いなどの時は、元々の赤よりも黄色のネクタイをしていく方が、いいのかもしれない。

 ネクタイの色のチョイスは店長さんにお任せしていたのだが、こうして使い道の事を考えて選んでくれるあたりもプロだな、と感心する。


 隣のもう一つのネクタイへと視線を移す。



「青は何か意味があるんですか?」


「そちらは、ヒムラ様に似合うと思い選ばせていただきました」


「……ありがとうございます」



 聞かなきゃよかった。


 これは俺に似合う、というよりは。俺が隣にいてほしいと思うあの子が、水魔法の特化型だという事を知ってのチョイスのような気がする。

 つまりは一緒に過ごす時に、相手の色に合わせられるように、という感じだ。


 しかもその青いネクタイをよくみれば、青い生地の中に緑色とピンクの糸を使った花柄の刺繍もされていて。


(これはわざとだ。絶対に分かっていて選んでる)


 店長さんと目が合えば、彼はにこりと微笑んでいた。



 ありがとうございました、と深々とお辞儀をされお見送りされた仕立屋を後にする。



「間に合って良かったね」


「本当だな。もしかしたら謁見までに間に合わなかったかもしれなかったから」



 ナタムと共に帰り道の街を歩く中で、話題はやはり受け取ったばかりのスーツについてとなった。


 実は国から謁見のお知らせの手紙が届いたのが一昨日。

 既に話は聞いていたので予測していた分、驚きはしなかったが、今日こうしてスーツを受け取り、三日後には謁見があるということを思うと、結構ギリギリなスケジュールで準備が進んだように思える。



「謁見の時は何色の襟締をするの?」


「悩ましい選択だよな」


 そうなのだ。呼ばれたのは異世界研究所の俺、緋村拓巳で、そこだけ見れば火魔法特化のイメージに合うもともとの赤いネクタイがいいだろう。


 だが俺を呼んだ相手は、この国の一番偉い人だ。目上の人に合わせるのがやはり上品なマナー、というのならば黄色いネクタイの方がいいのか?



「どっちがいいんだ。ナタムだったらどうする?」

「僕? 僕なら絶対に黄色だね!」


 参考程度に……と彼に質問をしてみたら、返事が即答で驚いた。


「それはなんで?」


「だって僕はガル様に忠誠を誓ってるもん。ガル様って事はグランディーン家だしジラーフラ国だからさ。

 その意思表示のためにも黄色を選ぶよ」


「そっか。自分の意思表示のための使い分けも出来るのか」


 となると、やはりここは黄色のネクタイが妥当か?

 でもやっぱり火魔法を使った英雄なら赤?

 それとも、青い炎が魔物を倒したから青?



 分からない。



「了解。ありがとう」


 まだ日はある。ゆっくり考えよう。

 お礼を言えばナタムは楽しそうに笑っていた。



 髪がなびく。

 冷たい風が強く吹いて少し頬が痛い。


 早く寮に戻って何か暖かいものが飲みたいな、と思い自然と歩く足は早くなる。


(とりあえずスーツが出来たから謁見の準備はいいとして……)



「ナタム、週末ってこっちにいる?」

「いるよ? どうかしたの?」


「もしいるならナタムも一緒にどうかな、って思うことがあるんだ」

「ペルシカが王都に来るから、彼女も一緒にいい?」



 明後日の金曜日の夜、実行しようとしている供養。やる事は全然派手なものとかではないけれど、一緒にやってくれる人がいるのなら誘おうと思っていたのだ。


(ガルベラはタイミングが合えば来てくれるって言ってたし)


 勿論一人でも実行する予定ではあったけれど、一緒にやってくれる人がいるとやはり心強い。



 頭の中で想像する。

 城の西門前、広場の前だ。


 向かいには焼けてしまった植物園。


 階段にでも腰掛けて、俺が教えながら火を空へと打ち上げる。やる事はただそれだけだ。


 だけど、城の中や近くにいる人が気付いた時に、打ち上がる火の球を観てどう思うのか。不思議だとか綺麗だとか思ってもらえればいいのだが、火事の焼け跡前で不謹慎だと思われないか、と少し心配でもある。



 だから仲間がいてくれるのは安心する。



(あとは、当日準備すれば大丈夫かな)



 寮へと着いて部屋へと戻ると、俺はクローゼットへと新しいスーツを掛けた。隣に両親の形見でもある夏用スーツを並べて掛ける。


 並んだ新しいスーツ。こうして並べるとやはり夏用スーツの方が馴染みがあって、それがなんだか二人が「頑張れよ」と言ってくれているような気がして。



 ハンガーに掛けた赤いネクタイが揺れ、その下に置いたピンクゴールドのネクタイピンが光った。



 改めて思う。この世界に来た時、このスーツを着ていてよかったな、と。


「また今度、父さんたちの為にも火をあげるから。それまで待っててね」



 もう向こうの墓参りには行けないから、せめてこちらでそれに変わる何かがまたできればいい。墓参りに変わる、何かをだ。



 拓巳は、ゆっくりとクローゼットの扉を閉めた。


 それから机の引き出しの奥にしまっていた小さな袋を取り出すと、開けて中身を静かに覗いた。

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