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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第105話 ロゼリスは涙を堪える

 風が頬を掠めて目が覚めた。

 視線を動かすとレースのカーテン越しに太陽の光が差している。



 朝……。


「おはようございます、ロゼリス様」

「おはようヨギさん……」


「どうなさいましたか」



 どうやら小さくついたため息は、彼女には聞こえていたらしい。


「また嫌な夢を見てしまったわ」



 声を掛けられた先、部屋の一角では侍女のヨギさんがお茶を入れているところだった。


 彼女がいるということは、トレチアは授業があるのだろう。昨日も授業があるということで、トレチアが顔を見せたのは夕方になってからだったから。



 ゆっくりと身体を起こし、ベッドの頭側へと寄りかかる。あれから一ヶ月ほど経ち、私の背中の酷い火傷は少しずつ良くなって、足の大きな傷も良くなっていた。もちろん動かすとまだ痛みがあるものの、何とかベッドの上で身体を起こせるようにまでにはなっていた。

 それもあって、トレチアは本業の学校の授業へと向かい、その間は今まで通り私の担当侍女、ヨギさんが私の世話をしてくれている。



 ヨギさんが私の肩へそっと上着を掛けてくれた。

 少し肌寒いと感じていたから、ちょうどいい感じだ。



「どのような夢か、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 彼女はいつもと変わらず、穏やかな笑みを私に浮かべる。


 侍女のヨギさん。周りには私の専属の侍女と言っているが、その正体は第二騎士団の副長さんだ。


 彼女はもともと母の侍女をしていた方で。

 母が亡くなった後はただの騎士団の一人に戻ったのだが、私の成人を機に再び専属の侍女になりたいと名乗り出た。


 今でもよく覚えている。彼女が周りの反対を押し切ってまで、私のところへ来てくれた日のことを。



“ルピナス様をお護り出来なかったくせに”

“今度はロゼリス様の専属になりたいだなんて恥知らずだ”


 彼女が母ルピナスを護れなかったと責め立てる貴族たち。彼らの視線を浴びる中、平民出身の彼女は、その頃すでに人目を避けて過ごしていた私の元へと駆け寄って。「ルピナス様の大切な宝物の貴女を、どうかお側で護らせてはくださいませんか」と言ってくれたことを。

 嘘がなくて正直で、それがとても暖かくて。嬉しかったことを。



 元々は母の侍女だったのだ。私も幼い頃からとても懐いていた事もあり、彼女には心を開いていた、

 それに彼女は歳も母とあまり変わらないためか、スミン様と同じくらい母親のように慕っていた。




 だからよく、話を聞いてもらっていた。

 不安な時、辛い時、そして悩んだ時。


 中々言い出せない私に気づくと、彼女からこうして聞いてきてくれる事も多かった。



「私で宜しければ、お聞きします」


「あのね。最近どうしてか眠る度に、何度も同じ夢を繰り返し見るの。お母様とお父様が死んだ、あの日の夢。でもね、最後に……彼が……」



 あの赤い夢の中で、彼が夢の終わりに必ず消えてしまうのだ。それも私の知らない場所で。


 ジラーフラにも、そして大陸国にも、今までに訪れた場所とは全く似つかない場所。そこを行き交う見慣れぬ格好の人の波。空を覆い尽くすほどの高い建物たちと、赤い灯りが並ぶ道。


 あれは一体どこだろうか。



 そのお方は、タクミ様の事で宜しいですか、と確認してきたヨギさんは。私の机の上からとあるものを手に取り私に見せてくる。


 赤い封筒だ。



「ちょうど昨晩、そのタクミ様から手紙をお預かりしましたよ」


「拓巳くんからお手紙?!」



 拓巳くんが、私に手紙をくれたの?


 私から彼に手紙を書いたことはあるけれど、彼から届いたのは始めてだ。思わず興奮して急に大きな声を出してしまい、ゴホゴホと咳が出てしまう。


 お茶の前にどうぞ、と彼女がお水を用意してくれて、それを飲めば喉が潤った。



「私がお読み致しましょうか?」

「うん、お願い」



 ヨギさんが封を切る手元を目で追う。


 彼から届いた手紙は、鮮やかな赤色の封筒だ。その色が先程も見た夢の中の、見知らぬ街の明かりの色に近い気がするのだが、気のせいだろうか。


 ベッドの横へと置かれたその赤い封筒を手に取れば、裏側にはジラーフラと日本の両方の文字で彼の名前が書かれていた。日本では封筒に差出人の名前を書く風習があるのかしら。彼の名前を見つめながら手紙の中身へと耳を傾ける。



 ヨギさんが手紙を読みはじめた。

 が、所々で読む声を詰まらせた。



(あ、言葉が少し変ね)



 彼の文章は、まだこの国の言葉に慣れていないからか、少したどたどしいところもあって、文法や言葉選びも惜しかったりもする。


 でも暖かい言葉でいっぱいで。


 思いの込められた言葉は、こんなにも嬉しいのね。



 だが口角が少し上がり、口元に手を当てようとしたところで、彼女の読む言葉に私は息をのんだ。


 衝撃的な内容だったからだ。



「え、ルーブベルが……死んだ?」


 死んだって。

 ヨギさん、間違って読んだりしていないよね? だが彼女の顔は少し困ったような表情を見せただけで、特別変わったような感じはない。


 いくら言葉がまだ苦手な拓巳くんでも、そこを間違えて書くようなことは、ない。


 つまりこれは本当に、ルーブベルが死んだということだ。

 


「申し訳ございません、ロゼリス様。私は特にそのような報告は受けていませんでしたので。この方はどなたでしょうか?」


「花の精霊たちの、代表をしていて……そっか。まだ私、花魔法が回復してないから」



 怪我から何日か経ったある日、私は気付いた。

 精霊たちの存在が、分からないことに。


 どうやら私は花魔法を使い切ってしまうと、精霊たちとの会話も、そして姿を見ることも出来なくなるらしい。


 今まで経験したことがなかったから、そんな風になるだなんて考えもしなかった。


 そして皆が無事だという周りの人たちの言葉に安心していて、まさか精霊の中から死者が出たとは思いもしていなかった。



「ええっと……“精霊たちが救助を求めるので、俺はルーブベルを見送りしました。ロゼリスからもよろしくです”……だそうです」


「拓巳くんが代わりに手伝ってくれたのね」



 手紙の内容からして、精霊たちはルーブベルの花葬をするために、彼に助けを求めたのだろう。


 精霊とのやりとりは私が全ての責任者だ。

 その責任者とやり取りが出来なくなっては、精霊たちにもそして彼にも迷惑を掛けてしまったと反省する。


 彼にはまたお礼をして。

 亡くなったルーブベルには、彼が好きだった花を改めて送ろうと思う。




 止まってしまった手紙。気持ちを切り替えてヨギさんに続きを読んでもらう。ヨギさんは手紙の二枚目をめくった。


「“ロゼリスは今、食事は食べる事が出来ていますか。俺は故郷の食事を知っていて、マスターに教えました”」


 ルーブベルの死の手紙の続きは、なぜか急に話題が変わり食事の話となった。私が不思議そうな顔をしていたのか、ヨギさんがこちらを向くと笑いながら箱を持ってきて目の前で開けてくれた。



「ロゼリス様。そのタクミ様からの食事の差し入れも届いておりますよ」


 彼女の開けた箱の中には四種類のガラスの器が入っていて。


「これ……確か、ゼリーだ。しかも花びらが入ってる」


 その中には赤、黄、青、白の甘味が並んでいた。


 ヨギさんは私から見えやすいように、と箱の位置を低くしてくれる。太陽の光を浴びて、甘味の表面がキラキラと反射した。

 


「この手紙と共に、キュラス団長を経由してタクミ様から依頼がありました。ロゼリス様に是非差し入れがしたいと。

 団長はその後、城内の調理師たちだけでなく、庭師の子たちも巻き込んで、共に作られたようですわ。


 ロゼリス様、今すぐ召し上がられますか?」


「……うん」



 単純な空腹感というよりは、身体が飢えている、という感じだ。勧められた途端に食欲が湧く。


 四色のゼリー。どれかと聞かれた時に、私は真っ先に赤を選んだ。先程まであれほどに赤い、嫌な夢を見ていたというのに。



(嫌な夢の色だったけど、大好きな色だもん)



 それでも赤を選んでしまったのは、紛れもなく彼の色が赤だと思うからだった。ヨギさんが器ごとお皿へと移してくれる。その間に彼女が「続きをどうぞ」と手紙を渡してくれたので、私は続きに目を通した。



 王女宛の手紙だ、中を他の誰かに見られる可能性もあると考えたのだろう。綺麗な字で書かれていて、個人的な話はさほど書かれていない。それでも嬉しかった。


 読みやすい字。言葉選びはやはり少し変。

 それが愛おしい。


(だってたった半年くらいで、一所懸命、この国の言葉を覚えてくれたんだもん)



 私が精霊たちの言葉を覚えるよりも遥かに早い速度で、この国の言葉を覚えた彼。


 努力家以外の何でもないと思う。



 拓巳くんを見習わなきゃ。そう彼を思いながら最後の1枚を捲ると、手紙の一番最後に日本語が書かれているのに気がついた。


「あ……」



 目を見開いた。

 これだけで、充分伝わる。

 彼からの私に向けた思い。



『まってるから。緋村拓巳』


「………っ」

「ロゼリス様?」



 気付けば泣いていた。涙が手のひらに落ちれば、吸い込むように涙が消えていく。本当だったら、涙を拭いたい。でも少しでも早く治るためにはこの涙ですら、無駄にしない方がいいのだ。


 ボロボロと涙があふれて止まらなくなる。


 夢の中の彼は私の不安が作り出したただの偶像で、現実の彼は、私の事を待っていてくれると言っていた。


 火の中に飛び込んで花を守ろうと、彼の故郷の気持ちも守ろうとして、私だけが必死になってしまっているのではないかと心の中で思っていた。


 でも彼も探しに来てくれた。



 いつかは必ず人は離れ離れになる。どんなに一緒にいても、どんなにお互い好きでいても。それは両親の事を思えばよく分かる。だからこそ、心の奥底では怖かったのかもしれない。このまま一人でいれば、別れる時も辛くない……って。



 目を閉じて大好きな二人に話しかける。


 お母様、お父様、私にも愛する人が出来ました。

 だからお願い、もしも彼が言っていたように、どこかで私のことを見守ってくれているのなら。どうか、私に力をください。と。



「元気になるから……待っていてね」



 何も聞かずに食べる準備を進めてくれた侍女の彼女にお礼を言うと、私はお皿を受け取りスプーンで一口赤いゼリーを掬ってみる。


 甘酸っぱい実の味が口の中に広がった。


 もう一口掬い、添えられていた花びらと共に口に含む。すると口の中から花の香りが広がって、その途端、補えないはずの花の魔力が少しだけ回復したような気持ちになった。



 一日でも早く、彼にまあ会いたい。今はそれを目標に毎日頑張りたい、そう思う。そうとなれば、少しでも起きる時間を増やし、立って歩く練習もしていったほうがいいだろう。


 足の傷を心配しすぎて、怪我をしてからほとんど歩いていない気がする。



「ベッドから降りられるようになるのは、いつかしら」

「そうですね……」 


 彼女が開けてくれていた窓からは涼しい風がふわりと入り、風に乗ってきた赤い葉が床へと落ちる。彼女がそれを拾ったので受け取ると手に取ってくるくると葉を回してみた。



 微かに花の香りがしてまた涙が浮かびそうになる。


 ぐっとこらえてロゼリスは顔を上げる。


 その視線の先には、魔法石で作られたガラス細工を模した花だけがカラリと小さな音を立てて揺れていた。

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