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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第103話 躊躇いと期待

「それで、お目当てのものは間に合いそうか?」


「うん。なんとか仕上げてくれるって」


「早いよねぇ。

 流石、英雄の依頼品は最優先で作って貰えるんだね」


「単に装飾品が少ないからじゃない?」


「それでも一月以上待つ場合が多いぞ」


「え、そうなのか?」



 週末休みが明けて、学校でガルベラに会う。


 朝一番でスーツの仕立屋を紹介してくれた事へのお礼を伝えれば、そのまま話題はすぐに謁見の話へと移った。


 彼曰く、人生二回目の王様たちとの謁見は来月上旬になるのではないかとの話だった。来月とは、十二月だ。冬用スーツはおそらく謁見にギリギリ間に合うってところ。万が一間に合わなければ夏用で何とか着ていくしかないのだろうけれど。


 だが今の俺にはスーツの完成よりも気になるものがあった。謁見で貰うことになるという、英雄という名の称号についてだ。


 スーツを新調する傍らで考えていたその称号。

 着いてくる感情はただ一つ、躊躇いだ。



「英雄の称号って必ずもらわなきゃ駄目か? 辞退はできない? 俺、せっかくガルベラに身分のない身分を貰ったばっかりなのにさ」



 俺には、日本にいた頃、称号を貰うようなことが無かったから。初めて過ぎて分からないのだ。


 だがそれ以上に落ち着かない気持ちがこうも続くのは、そもそも俺自身がこの国で称号を貰うような事をしたとは思えない部分があるからだった。



 魔物の退治を俺の魔法が成したという事。



「だってあれは、偶然俺の魔法で倒せただけであって、練習すれば他の火魔法使いだって出来るかもしれないのに。それなのに俺だけ英雄って、世の中の英雄ってそんなもの?」


 思うことを素直に述べれば、静かに俺の話を聞いていたガルベラが顔を向ける。



「他の者も出来るかどうかではなく、最初に大きな事を成し得たからこそ、凄いことなんだろう? そういうのはタクミの世界には無かったのか?」


「そりゃ少しはあったけどさ……こう、簡単に貰えるようなものじゃないじゃん」



 なんだろう、例えばだ。


 例えばこれがファンタジーの物語なら、史上最強の魔王を倒したら英雄になるとか、世界を危機から救ったとか、いわゆるそういうレベルな気がするんだよね。


「それだけ凄いことをしちゃったんだよ、タクミは」

「まあ貰っておいて損は無いんじゃないのか?」


「ガルベラ。もしかして、また何か知ってる?」

「いいや、流石に今回は私も知らないな」


 あっさりと返事をする彼。


 もしや前回の謁見のようにガルベラが何か裏事情を知っているのかと問うも、今回の謁見には彼は関わっていないらしい。



「タクミが公に英雄の称号を貰ったら、国からの支援が常にあるような生活は送れるよね。

 もちろん悪いことしたら没収されるだろうけど」


「国からの、支援?」



 ナタムは珍しく朝から隣で本を広げて読んでいたが、どうやら俺たちの話もちゃんと聞いていていたらしい。

 本を閉じて俺の方を向けば、気になるワードを告げた為、聞き返す。


 英雄になると国からの支援があるという話だ。

 今後は仕事をして生活を維持するつもりでいるものの、支援してもらえるのなら良いに越した事はない。



「困った時とかに国の機関が対応してくれる事が多いってことさ。まあ、この国はまだまだ小さいから、国内でどうこうする事はないと思うけれど。


 もしも。今後、仕事で大陸国に出向いた時とか、同じ仕事の内容でも英雄の称号があるだけで、結構話が順調に進んだりするだろうし」



 なるほど。仕事の場合、ただの緋村拓巳より、ジラーフラの英雄・緋村拓巳としての方が有利ということか。


 ガルベラから言われるよりも、平民出身の彼からそう説明されると確かにそうかも、と思えてくる。


 ビジネス面で有利になるなら尚更悪くないかと思う。



「国からの支援。それ以外には何か変わったりするのかな」


 今の話を聞く限り、あまり不安や心配には思わなくてもいいのかもしれない。となれば他に気になるといえば社交的な部分だろうか。

 英雄ともなれば、人付き合いもお偉いさんが多くなるとか、ありそうだし。



 するとナタムとガルベラは顔を見合わせた。


「そうだねぇ。タクミと仲良くなりたくて近づいてくる人は少なからずいるだろうね」


「あとは貴族の御令嬢あたりから見合い話が大量にくる」



 あれ?


 俺は人付き合いの話をしてたはずだけど。


 見合い、結婚ってこと?



「は? 見合い話?」


 驚いてナタムを見れば彼はいつもの笑顔で笑い始めた。



「ガル様は婚約発表しちゃったからね。ロゼ様はそもそも門前払いで有名だし。


 ならば王族の次に狙うは国の英雄! そりゃあ過去にも英雄称号を貰った人はいるけどさ、皆まあまあ歳をとってるし、伴侶もいるし。


 それに比べてタクミは、僕たちより年上だけどまだ若さもあれば独身だからねぇ。ガル様狙いだった上級や中級貴族辺りから一気に狙われるかもよ」


「あー、結構粘り強い方々もいるからな」



 どこか遠い目をし始めたガルベラ。そういえばパレードの時、彼には黄色い歓声が上がっていた事を思い出す。


 あれ、確か初めて彼に出会った時も彼の周りには女性が沢山いて。別の日にはロゼリスが取り巻きとの間に入ったとか……俺ですら思い出せるエピソードがあるくらいだ。彼は相当その事で苦労をしてきたのだろう。



 それより、俺が結婚だって?


 吃驚して喋るのをやめた俺に、ナタムが話を続ける。


「僕は幸せは結婚が全てじゃないと思うけどさ。

 でも誰かと一緒に家族になって、自分の子どもとか次の世を担う子らを一緒に育てられたら、それはやっぱり幸せだろうなぁって思うよね」



 頭の中がいっぱい。


 机に顔を突っ伏して一つずつ頭の中を整理していく。この世界にきてまだ一年も経っていないのに、まさかこんなに早く結婚の話をするとは思っていなくて。


 結婚? 俺が、誰と。


 そう思えば、心の中でふわりと風が吹き、脳裏にふわりと彼女の顔が浮かんで微笑んだ。



 うん、一緒に生きるなら彼女がいい。他の人とは、いやというか、彼女と一緒にいるところ以外は想像が出来ないと言った方が正しいのかもしれない。


 でも、冷静に考えてみよう。彼女はこの国のお姫様で、反して俺は。



「ガルベラはさ、トレチアさんとの婚約は政略結婚なの?」

「いいや、恋愛結婚さ」



 無意識に俺は横に座った彼へと質問した。


 第三王子にして婚約者のいる彼。王族の彼が貴族のトレチアさんと婚約していると知って、勝手に政略結婚だと思っていたのだが、意外にも恋愛結婚だったようで思わず顔を上げた。



「恋愛なんだ。それってどっちから婚約しようって言った?」

「どちらからというか、付き合う時点でお互いそのつもりでいたからな」

「あ、そうだったんだ」



 またまたサラリと返されてしまった。

 彼の立場がそうさせるのかもしれないけど。


 いや、彼だけじゃない。トレチアさんもナタムも、そしてロゼリスも。この国の人たちって皆大人びてるよな? 見た目もそうだけど、内面が年齢と一致しないくらい、結構大人な人が多いと思う。恋愛とか結婚とか、その類の考え方がさ。


 え、っていうか。

 この国のお付き合いって当然のように結婚前提になるんだ? いやロゼリスとの付き合いが真剣じゃないとか、そういうものではないけれど。


 でも、……でも彼女は。そのつもりで俺と付き合い始めていたのだろうか。



「タクミ。英雄の称号は、タクミが意図してなかった先の称号かもしれない。

 それでも前回の謁見の時とは違い、今回はタクミの行いが評価された上で、贈られる称号だからな。もっと自分に自信を持ってもいいんじゃないか?


 色々と考えてしまうことが多いのは分かる。だが私は、出来れば今後のためにも貰ってほしいと思うところだ」


「うん、そうだよね」



 この世界に来てからずっと俺の近くにいてくれた二人がそう言うのなら。やはり称号は貰うべきなのだろう。


 彼女についても、考えても答えが出ないのは、その答えが彼女本人に聞かない限りは分からないものだからだ。彼女がどう考えているのか。分からないものは聞けばいい。


 彼女と再会したときに、何か答えになるものが聞けたらいいなと思い、これ以上思い悩むのはやめよう。


(それにずっとこの事ばかりで悩んでいられない。やりたい事もあるから、早めに色々行動しないとだ)



 そう思いカバンを開いた。


 始業の鐘が鳴り、先生が部屋へと入ってくる。

 授業が終わり次第、次の事がすぐ出来るように、今は授業に集中するべきだと、気持ちを切り替えて拓巳はノートを開いた。

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