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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第102話 黒曜石の名

 お店の中の店員さんが一斉に俺たちの方を見る。


「こんにちは。予約をしております、ヒムラです」


「ヒムラ様。お待ちしておりました」



 軽く頭を下げると直ぐに店長らしきおじいさんが「こちらへどうぞ」と店の奥のソファーへと案内してくれた。



 ここは、城下町の中でも一等地に建てられた仕立屋だ。


「ガルベラ様から話を伺っております。今回、謁見に着られるような冬物のお召し物を作りたいそうですね」


「そうなんですよ」



 先日、また王様たちとの謁見があるとガルベラから聞いた俺は。


 日本から唯一持ってきたとも言えるスーツの事を考えた。あの日が真夏だったため、もちろんスーツも夏用で。


 最近は本格的に寒くなり始めたこの時期に、流石に夏用スーツを公の場で着ていくのはどうかと思った。


 もちろん夏用のスーツを故郷では冬も着ていた、と言ってしまえばこの国の人たちはそうなのか、と思うだろう。本当の事が分かるのは俺だけなのだから。



(でもやっぱり冬は冬の服装がいい)



 ならばスーツを新調したい。そう思いガルベラに教えてもらったこの店へと来たのだ。もちろん宣言していた通り、ナタムも一緒である。



 壁紙の貼られた店内には色とりどりの生地や服が並んでいる。その中には騎士団の隊服など、よく見る制服も並んでいて、この店が王宮御用達のいい店だという事が見てとれた。



 俺は持っていた袋を開ける。


「夏に着ていたものを一式持ってきたので、見てもらっていいですか?」


 実物を見せるのが一番早い、そうガルベラからアドバイスを受けて、スーツからワイシャツ、ネクタイに革靴にベルトまで、上から下までを全て店に持ってきていたのだ。


 目の前のテーブルへとスーツ一式を置けば、側から「凄いな」と声が聞こえた。



「……初めて見ます、こんなに綺麗な仕立ては」


 顔を上げれば、店長さんが目を丸くしてジャケットを手に取っている。

 周りにいた店員さんたちも揃って店長さんの横から覗いては、驚きや感動といった反応をしていた。



(こういう反応って、新鮮だな)



 彼らだってこの仕事のプロなわけで。そんな彼らが凄いと褒めるのだから、向こうの世界の技術の高さが凄かったんだなと実感する。


 ナタムたちも俺のスーツを褒めていたけれど、改めてこうしてプロからそう言われると、本当に上物なんだと感じざるを得なくなる。


 装飾が無いのに上品だ、と誰かの声が聞こえた。


 どうせ作るのだから要望は遠慮なく言え。そう言っていたガルベラのアドバイスを思い出し、前もって考えていた要望を店長さんへと伝える。


「あまりこの国の流行りのような派手なものが好きではなくて。出来ればこれと同じような型で同じような落ち着きのあるものを、厚手の生地で作ってほしいです」


 すると先程からじっとジャケットを見つめていた店長さんが、少し困ったような表情で俺の方を見た。



「色は、どうなさいますか」

「色ですか」



 スーツの色? ああ、それはあまり考えていなかった。何故かって店内で生地を見てから決めようと思っていたから。派手なのは嫌だから、とデザインをシンプルにしてほしいと伝える事ばかり考えていた。


 俺の持ってきた夏用スーツはチャコールグレー。


 冬用はもう少し暗めのグレーや黒でも良いかもしれない。


 だが店長さんの表情は、それが難しそうだという風にも見えなくもなかった。



「ヒムラ様。こちらの生地の色は恐らく・**がないものですね」

「……?」


 聞きなれない言葉に首を傾げ、ナタムの方へと向ける。彼も俺の横で話を聞いていて、俺の動きから察したのか、俺の説明の為に言葉を探しているようだった。


「えーっと、その・**はつまり青とか赤とか、色味が無いって事だよ」


「それって『無彩色』の意味か」

「ムサイショク?」


 お互いに顔を見合わせた。こういう事は時々あるからもう驚かない。俺にはまだこの国の知らない言葉がいっぱいあって、ナタムはその度にこうして教えてくれるのだ。


 無彩色か。

 ナタムの説明から店長さんの言葉を理解する。


 つまりだ、俺が着ていたこのチャコールグレーのスーツは、大きな括りでは灰色なのだが。その中でもいわゆる無彩色というもので。


 逆に赤混じりの灰色や緑混じりの灰色は、グレーに近くても分類としては有彩色になるらしい。


 更に詳しく話を聞けば、この国では布や服を染めるときは、植物か鉱物のどちらかでしか染色をしない。というか今はその技術しかないそうだ。


 日本のような化学染料が無い、というのは何となく想像ができる。


 その中で、鮮やかな服を好むジラーフラの国民にとって馴染みのない色。植物と鉱物のどちらを駆使しても出せない色。それが無彩色なのだそうだ。



「自然界で見つかっているものは皆、何らかの有彩な色素を持っています。もしかしたら未だ発見されていないだけで、無彩色の色素を持つ鉱物などがあるのかもしれませんが。

 今のこの国の技術では配合で近い色にする事は可能ですが、完全に同じ色にするのは難しいかと思われます」


「そうなんですね」



 仕立屋の店長さんの説明を聞いていて、俺は文房具屋での事を思い出した。


 ロゼリスに手紙を出そうと封筒を探しに出かけた際、店では黒の封筒は扱っていないと言っていた。


 てっきり封筒が黒では文字が読めなくなるからと思っていたけれど、そもそも紙を染めるインクの中で作れない色だから、という意味だったのかもしれない。


 となると普段使っているペンのインクも黒に見えるけれど、あれって実はよく見てみたらそうじゃないのかもしれないな。



(気にしたことも無かった)


 黒、グレー、と身近にある無彩色の物を順に思い返してみる。


 ぱっと浮かんだのは、日頃自分が着ている黒い服。この世界に来て直ぐの頃にお城で用意してもらった物だったから、それが貴重な色だというのを知らずに着ていたのだが。……でもよく思い返してみれば確かにあの服も少し緑っぽい色だったかもしれない。


 確認してみようと今着ている服をみれば、薄めの赤茶色のニット生地の服で。何で今日に限ってモノトーンの服着てないんだよ、と心の中で苦笑いをする。



 あれ? でも先月にランタナ王子から貰った異世界研究所の腕章は黒で。


 それに確かロゼリスが着ていたワンピースも。両親の命日だからと黒い服を着ていたはずで。


 どちらも結構な黒だったはずなのだが。



 疑問をそのまま店長さんへと伝えれば、ああ、と声を上げて返事をくれた。


「そうですね。以前、ロゼリス様からご依頼をお受けした際には青や緑のものを黒に近づけてお作り致しました。

 それから、ランタナ様からご依頼をお受けした腕章は、赤を黒に近づけてお作り致しました。


 他にも街中等で黒に近いものは売られていますが、どれも若干の色が入っているかと思われます。



 ヒムラ様は、このお持ちいただいたものと同じ色をお求めでしょうか?」



 いやいや。

 元々色のことなど考えていなかった上、チャコールグレーが再現の難しい色だと分かったのだ。流石に同じ色を求める程の拘りもなければ、正直派手でなければ違う色でも全く問題ないと思うくらいだ。



「いえ、そちらの無理のない範囲で近い色にしてもらえれば大丈夫です。


 その、腕章に使われた色はまた使えそうですか? それでしたら他のものと合わせやすいので、助かります」



 腕章はこれから作るスーツに合わせるものなのだから、同じ色味で作って問題はないだろう、そう思い店長さんへその色を依頼した。



「かしこまりました。では、これから採寸をさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


「はい、お願いします」



 色が決まってほっとしたのか、店長さんはにっこりと笑った。


 俺がソファーから立ち上がれば、店員さんも加わり二人がかりで俺の身体のサイズを色々と測っていく。


 言われるがままに身体を動かしながら店の中をぐるりと見渡していると、ソファーに座ったままのナタムと目があった。




「ねえタクミ。タクミって城下では黒曜石って呼ばれてるの知ってるよね?」


「う、うん。それがどうかした?」



 急に出てきたその名前に思わず、一瞬身体の動きを止めてしまった。


 街で浸透しているという俺のあだ名。それにしても最近本当に色々なところで聞く気がする。



「実はこの国では昔から黒色は“不可能を可能にする”って意味があるんだ」


「不可能を可能に?」


「そう。自然界に存在しない色で、人々が研究を進めても完全には作れない色、それが黒。


 派手な色を好むこの国だけど、実は派手から遠い黒色は、結構憧れる色だったりするんだよ。


 だから黒髪黒眼のタクミの容姿に自然と憧れる人は多いんだろうね」


「俺の容姿に憧れる? 変な感覚だな」



 この黒いのが憧れね。分からない。

 俺からすれば、彼のような青い髪や王族たちの見事な金色、青い瞳の方が綺麗だなと思うのに。


 ロゼリスのピンクゴールドの髪なんて、本当に綺麗だし。


 でも、思えば彼女も俺の髪を綺麗だと言っていた。



「人種や文化の違いからくるものかもね。 


 それに土族の言い伝えでは、黒曜石は新しいものを受け入れる、潜在能力を開花させる、なんて力を持つ石らしいよ」



 黒曜石が俺のあだ名になった理由はなんとなく理解できた。が、今また新しい情報が入ってたよな。土族だって?


「この世界って、まさか土の精霊もいるのか?」


「いるよ、僕は見たことないけど。きっと僕たちが知らないだけで火の精霊だって闇の精霊だってどこかにいるはず」


「はあ。そうなのか」



 土族って何だ。頭の中には小人が天然石を発掘しているイメージが浮かぶ。

 向こうでの童話の一部を思い出すけれど、土族が石に集まるというのなら納得できるところもあるから、あながち間違ってはないような気もしてきた。


 土の精霊に火の精霊、闇の精霊か。


 花の精霊たちだったら詳しく知っているだろうか?今度会ったときにでもまた聞いてみよう。



「タクミにぴったりの呼び名だと思うし、色々な意味でもタクミを黒曜石って呼び始めた人は、上手いなーって思う。


 まあ、何が言いたいかっていうと、黒色が似合ってるよって言いたかっただけ」



 そう言うとふいっと顔を背けてしまったナタム。


 これは、異世界研究所の開設や植物園の再建など、新しい事を始めようとしている俺への、彼なりのエールなのか?



「ありがとう。頑張るよ」



 素直にお礼を伝えれば、こちらを向いた彼が少しの間真面目な顔をして、そして出会った時と変わらない軽やかな顔になって、ニコッと笑った。

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