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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第101話 公の知らせ

 王宮の内の並木道が赤や黄色へと染まった。


 あの魔物退治から今日でほぼ一ヶ月が経っていた。



 俺は先生から渡されたものを席へと持ち帰る。

 すると金と青い髪が俺の手元を覗いた。


 もう慣れた光景だった。



「王家グランディーンの紋章だ」



 俺の手には一通の封筒があって。謁見の時のものよりも少し色の薄い黄色の封筒には、グランディーン家を記す紋章が描かれていた。



「おや、誰からだ?」


 ガルベラがそう言うのであれば、彼以外の誰かなのだろう。送り主が気になり俺はその場で封筒を開けた。中から折り畳まれた紙を取り出し開く。



「えっと、トネアス第一王子からだ。……なんて書いてあるんだ?」



 内容を確認するも、いつもより難しい言葉が並んでいてすぐには読めなかった。結局は二人にも読むのを手伝ってもらいながらになってしまう。


 この国の日常会話や簡単な文章が一年も経たないうちに出来るようになっただけ、まだマシな気がする。


 この国に来た頃は、翻訳の魔法具にお世話になっていたよな。懐かしい。


 と同時にその頃がもうどこかはるか昔の話に思えるのは、俺がこの世界に来てから色々な経験をしたからなのかもしれない。



「貴殿に異世界研究所の所員を命ずる、か。……ってなんでずっとランタナ王子とやりとりしてたのに、トネアス王子から手紙が届いたんだ?」



 相談した相手も、そして共に話し合いをしたのもランタナ王子だ。もちろん彼がトネアス王子とは兄弟である以上、必然的にトネアス王子に俺の話をするだろうとは思っていたけれど。



「公式の任命だからじゃない?」

「その通りだ。裏ではランタナが動いていても、最終的に公のものを出すのはトネアスだ」


「そういうものなんだね」



 ガルベラの説明に素直に頷いた。


 ランタナ王子は自分の仕事は裏の事だと言ってはいたが。なるほど、こうして実際に経験すると分かりやすい。


 この国は王族が政治もしているのだから、本当に色々な仕事があるのだと思う。一人で全てをやりくりするなんて不可能な話で、だからこそある程度は兄弟たちで公務の担当を決めて動いているのかもしれない。



「大まかに言えばトネアスが表の仕事、ランタナが裏だ。

 卒業後は私が国外との仕事を。ロゼリスが国内の仕事で……そうだ。


 タクミ。ロゼリスが会いたがっていたぞ」



 不意打ちの情報に俺は思わず顔を上げた。


 ロゼリスが俺に会いたがっているなんて。

 そんなの、俺も会いたいに決まってる。


 見舞いに行けないか。


 そう口を開こうとして、でもやめた。ガルベラ王子の権限で見舞いに行くのは違う気がしたからだ。


 それに俺はあの時、彼女と約束した。俺が先に元気になったら、俺は彼女を待つ、と。



 ぐっと言葉を飲み込めば「どうかしたか?」とガルベラから怪訝な顔をされた。



「いやなんでもない。ロゼ、動けるようになった?」


「起き上がれるくらいにはなったぞ。だが少しでも無理をすると体力が足りなくなるらしい。タクミの言ったとおりだったな」


「何が?」


「何日も寝たきりの生活をすると筋力や体力が一気に落ちるから、もとに戻るのは大変だろうという話さ」


「そうだね……」



 この世界には、いわゆる回復魔法が存在する。

 そのため人々はたとえ大きな怪我や病気をしても魔法で治せてしまう。


 だからこの国には病院というものがなく、その代わりになるものとして王宮内や大きな地方の街に治療師が在住している、という程度だ。


 人々が人生で寝たきりの生活を送るのは赤ちゃんの時と老衰で亡くなる直前くらい。


 だからこそ、ロゼリスのように魔法で解決出来ない場合の人が、怪我や病気をして動かずにいたらどうなるかというデータは、皆無だというのだ。



 これは魔物退治をしてすぐの頃、ガルベラと話をしていた時に話題になったことだった。


 ロゼリスがこれからどうなるのかと聞かれた。

 もちろん俺は医者でもなんでもないから、専門的なことはなにも分からない。


 だが、こうなるかもしれないというのは、経験上あった。



 思い出したのは亡くなる直前の母さんだ。日に日に痩せていった母さん。人は自分の力で動けなくなると、こんなにも一気に痩せるのかと衝撃を受けた。


 それに日本にいた頃の自分が高熱風邪で寝込んだ時の事も思い出した。薬を飲んで水を飲んだ。身体を冷やし消化に良いものを食べた……そして体力が落ちた。



 それをガルベラに伝えてみれば「確かに鍛錬を怠るとすぐに落ちるな」とそこは共感してくれた。



 ロゼリス。彼女の怪我の経過は順調だと聞いてはいる。でもきっと痩せてしまっているんじゃないかと思う。


 彼女は細いとはいえ、庭師業務や戦闘時に備えて日頃から鍛えていたというから、それなりに筋肉はついていたはずだが。


「落ちるのはあっという間なのに、つけるのは時間かかるから。若くてもそれなりに大変だと思うんだよね」


「そうだな。


 昨日もロゼリスに会ったんだ。だいぶ顔色が良くなっていて、今日は調子がいいからと仕事のことを一通り話し終わったと思ったら、次に出たのがタクミの話で。……くくくっ」



 真面目な話をしていたと思えば急に笑うガルベラ。

 そしてなぜか俺の顔を見て更に彼は笑い出した。


「え? 今の流れのどこに笑う要素あった?」


「あいつ……殆ど覚えてないんだとさ。タクミたちが助けてくれた後くらいから、意識が朦朧としてたらしい」



 助けたってことは植物園の後から? ってことは、俺が、出会わなければ良かった、なんて言ってしまった事も覚えていないのだろうか。


 俺はちゃんと覚えてる。


 あの時俺の頬に触れた冷たい手は、最初は怒らせてしまったのかと思ったけれど、その裏で悲しみ傷ついていたかもしれないと思うと、今でも申し訳なく思っているから。


「覚えてなかったとしても、俺が酷いことを言って悲しい思いをさせた事に変わりはないよ」


「あ? そうだったのか?」


 重い口を開いて答えれば、予想外の声色が返ってきて、お互い顔を見合わせてしまう。


 抑え気味の声の俺と、惚けたような声のガルベラ。


「違うのか?」

「いやお前らが公衆の面前で接吻したことを……むぐっ」


 俺は思い切り手のひらで彼の口を塞いだ。まだ教室に残っていた何人かのクラスメイトがこっちを向いている。



「ば、馬鹿馬鹿! こんなところで言うなって!」


「なんだ照れたのかタクミ、いい歳の大人なのに」


「あのな。場所を選べ、場所を」



 それから俺たちは一通り騒いで、授業は真面目に受け終えた。


 昼休みに話題となったのは、手紙に書かれていた異世界研究所という名の新部署についてだった。



「任命されたからって、具体的に俺が何をしたらいいのか、何も決まってないのに」


「別にあの黒の魔法陣の事についてだけを調べなくても、異世界に関わる事なら何でも良いんじゃない?」


「まあな。タクミの故郷で得た知識や経験をこの国に持ち込むのも、仕事のうちの一つかもしれないな。

 それなら先の魔法石のガラス擬きの案がいい例じゃないか」



 ぐう。確かにそうです。

 現れた魔物の事とか正直専門知識も何も無くて、俺一人でどうするんだ、と思っていたけれど。


 異世界の事なら何でもと言うのなら。別に日本の事でも良いわけだ。



 抱えかけていた頭を上げると笑うガルベラ。

 そしてなぜか表情を固まらせたナタムがいる。


「ナタム? どうした」


「待って。ガル様、タクミ。そのガラス擬きってなんの話……?」


 あ、そうか。ナタムには実験の話をした事無かったんだった。



「えー?! そんな楽しい実験してたの? 僕も誘ってくれればよかったのに」


「ごめん、まさかナタムがそこまで興味あると思っていなかったから」



 ナタムにガラス擬き実験の出来事を話すと、彼は机に顔面を突っ伏して悔しがる様子を見せていた。「そういう奇想天外なタクミの色々を近くで見たいんだよー!」と嘆かれてしまった。

 ごめんよ、ナタム。



 あの後、俺の依頼した実験は早急に勧められて。結論から言うと、使用済み魔法石で作ったガラス板擬きは、簡易的な術の付与が出来ることが判明していた。



「使用済みの魔法石かぁ。未使用の魔法石では作れなかったの?」


「うん。溶かして魔法が混ざるかも試してみたらしいんだけど、火魔法以外の魔法が全部消えちゃったらしくて」


「ありゃ。植物園に使うのに火魔法が発動しちゃ駄目だもんね」


「うん」



 その後、完成したガラス板擬きをあの幹部会議で披露したところ、あれよあれよといううちに、各研究所や機関に協力依頼が回され、俺の提案した温室建設案はいつのまにか決定案へとなっていた。


 もちろん、各団体の技術をフル活用した上での案だが。


「こんな異世界人の意見、簡単に採用して。この国本当に大丈夫なのかよ」


 あまりにも簡単に事が進んで、大分戸惑いが大きいのが今の気持ちだ。ナタムと同様に俺も机へと顔面を突っ伏せる。


「別にいいじゃん、タクミは異世界人で、でもこの国の英雄なんだもん。もっと権力振るおうと思えばできるような立場なのに、そんな謙虚な態度……」


 隣から聞こえたナタムの声。そう言われて思い出す。


 そうだ、そんな立場になったらしいんだ、俺。


「忘れてた、英雄の扱い」


「ああそうだタクミ。多分、近いうちにまた謁見に呼ばれるぞ」


「はいっ!?」


 謁見? またお城に行ってまた何か問われるのか?

 ガバリと頭を起こしぽかんと口を開けた俺を見て、可笑しかったのかガルベラがまた笑っている。



「魔物退治をしたのはタクミだからな。褒美の話で呼ばれるだろうな」


「……なんと、荷が重い」


「そんなに嫌か?」

「人前に立つのは得意じゃありませーん」



 ここにきてまた謁見か。となれば前回同様、またスーツを着て城に行く必要がある。

 前回は夏だった。だが今は秋の終わり。もうすぐ冬になる。



「冬用のスーツも用意した方がいいよな」


「もしかしてタクミ、街に買い物に行く?! 僕も一緒に行くからね!?」



 今度はナタムが勢いよく顔を上げた。凄い必死な顔をしている。


 余程この一カ月、仲間に入れていなかったことが悔しかったのだろうか。その顔を見て思わず俺も笑ってしまった。



「城下に王宮職員の制服を依頼している商会がある。

 二ホンの服に寄せて作るなら、そこが良いだろう」


 どうやらガルベラがいい仕立ての場所を知っているらしい。


 さて、どんなスーツを依頼しようか、と俺は向こうで着ていたスーツを思い出していた。

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