第100話 選色
久しぶりに城下町へと来た。
街の中はザワザワと騒がしく、大通りは魔物の出現や火事の事など全く無かったかのような、いい意味で変わらない賑わいだった。
俺は手にしたメモを頼りに道を進む。
ナタムに聞いた便箋の買える場所だ。
言われた通りの店へと行ってみると、そこにはいわゆる文房具店があった。建物はお馴染みの赤土色のレンガ調。店内には、思っていたよりも大量の色の封筒と便箋が並んでいた。
手紙のやり取り。日本では、俺はほぼ仕事の中でしかやらなかった。しかも封筒といえば茶封筒一択だったから。
だからそもそも文房具屋に来る事自体が久しぶりで、更にこの国にこんなにも沢山の色があることに、正直今もの凄く驚いている。
あまりの多さにどれを選べばいいのか分からなくなる。
ならばこういう時はその道のプロに聞こう。
「あの。王族宛に手紙を出したいのですが、何かお勧めのものはありますか」
店の人に声を掛ければ、その人は丁寧に対応してくれた。少し腰が曲がっているその人は、雰囲気的に、この店の店主さんのようだ。
「王族宛でしたら、差出人が分かるよう、自分を象徴する色を使われる方が多いですね。お客様の色ですと……。
おや、お客様。……もしかして黒曜様で間違いないでしょうか?」
「あ、なんか俺はそう呼ばれているみたいですね」
じっと俺の姿を見て口を開いた店主さん。すると何故か頭を下げられて、俺も咄嗟に頭を下げた。
黒曜様か。
その呼び名で久しぶりに呼ばれた気がする。だけど初対面の店主さんが俺の呼び名を知っているということは、やはりこの王都では結構俺の名前は通っているのかもしれない。
「黒曜様でしたら……この国では黒の封筒はお作りしていませんので、魔力の種類でお決めになってはいかがでしょうか」
「じゃあ赤系で選びます」
そうだよな、黒は無いよな。この国の色の感覚は分からないけれど、日本の感覚からすれば見舞いの手紙に黒の封筒はないよなーと思う。ならば赤系がいい。
赤い封筒を見ようとすると、近くにいた店員さんが棚から赤系の封筒を一式取り出して、机に並べて見せてくれた。店主さんと一緒に封筒を見る。
赤系といってもピンクや赤紫、茶色に近い色まであるから、結構な量だ。
迷いそうになる数の色。一通り色を見たものの、俺は早くに色を決めた。
「この色かな」
手に取ったのは、ややオレンジ色寄りの赤色だ。
「赤なのはやはり貴方様が火魔法特化だからでしょうか」
「え?」
「先日の王宮での様子は、この店からもよく見えました。
私は生まれて初めて目にする炎の色でして、もしかしたらあの炎のような青系を選ばれるかと、思いました」
「あー……それもそれで有りかもしれませんね」
先日の魔物を燃やしたあの青い炎。跡形も無くなってしまった魔物との記憶だからこそ、夢だったのかもしれないと思うこともあるけれど。
こうして街の人から話を聞くと、あの記憶は夢じゃなかったんだな、と実感する。
魔法で色を決めるなら青もありかもしれないけど。でも赤色を選んだのは、そもそも俺が火魔法使いだからとか、そういう理由じゃない。
なんとなく、店主さんにこのまま話がしたくなった。店が特別忙しそうな感じではなかったので、俺はそのまま口を開く。
「祖国では緋色っていう色なんです」
「ヒイロ?」
「この色を表す文字が、俺の家名に使われているんです。確かに火魔法が使えますけど、何となく俺は家名の色にしたくて」
「なるほど、そういう選び方をされたのですか。
世の中には面白い言語があるんですね」
「そうなんですよ。複雑な言語を使う国でして」
それから店主さんに、俺は改めて名を名乗った。そこから漢字の話が始まる。
漢字の話をする傍ら、俺は思い出す。
ああ、彼女に名前を教えた日が、もう懐かしい。早く早く、会いたい。
店主さんはというと、終始俺の話を興味深そうに聞いていた。
封筒と便箋を購入し、次に寄ったのはマスターのお店だ。今日は店にいると聞いていたのだ。
カラン……
ドアベルが小さく鳴り、俺は店内へと足を踏み入れる。
店内は窓際にお客さんが二人。静かに話をしていて、カウンターの奥からマスターが出てきた。
「おや、タクミ。変わりはないか」
カウンターへと座り珈琲を注文する。最近はこの店に来ていなかったから、珈琲を飲むのも久しぶりだった。
豆の香りが、とても落ち着く。
「それで、今日はどうした。植物園の件かい?」
「いえ。ロゼに、ゼリーを届けたいんです」
「ほう」
マスターが俺の隣に座り、早速本題を伝える。
俺が彼に依頼したのは彼女への差し入れだった。
彼女へ手紙を書こうと決めた時、他にも何かできないかと考えた。その時に思ったのだ。別に俺が直接できなくても、間接的にでも彼女の元へ何かが届けばいいな、と。
ぱっと浮かんだのはゼリーのレシピだ。
一度はマスターに修行のお礼として渡したレシピという情報。
そして、食材や作り方などレシピを城内の調理師さんへと渡せば、それを元に作ってくれるだろうという情報を手に入れたからだ。
俺からでは駄目でも、喫茶店を開くマスターもとい第三騎士団団長から調理師さんにお願いしたら、スムーズにいくんじゃないかという見解。
予想通り「それなら私から調理師長に直接話をするよ」と言ってくれたマスターは。
とても楽しそうな顔をした。
「姫様にお渡ししたいゼリーはどんなものがいいか、希望はあるか?」
「希望は、えーっと、赤と青と‥…黄色と白で」
「ははは。まさかの味じゃなくて色指定か。面白いな、分かったぞ」
彼女へのゼリーの差し入れ。本当ならば味の指定をしたいところだが、俺はこの国の食べ物を知り尽くしたわけではないから。ならばと色指定をしてみた。
面白かったのか、マスターはしばらくの間、笑い続けていた。
マスターと差し入れする日を決めながら珈琲を再び貰う。するとマスターがメモをしていた手を止めた。
「タクミ。素朴な疑問なんだが、どうしてゼリーなんだ。祖国の物を渡したいからか?
正直なところ、他の菓子屋に行けば可愛らしい焼菓子などもある。他の物でもいいと思うのだが……」
確かに。まだマスターしか作れないゼリーよりも、一般的な、街中で人気のものを差し入れるという案も考えた。
でも、今の彼女にはこれがいいと思ったんだ。
「俺の母さんは、身体が少しずつ動かせなくなる病で。段々と物も食べられなくなりました。
その中で他の物は食べられない時でも、ゼリーだけは平気だったんですよ。口の中で溶けるから、飲みやすいらしいです。
彼女の今の身体を考えると、食べやすくて、水がよく採れるもの。そう考えたらゼリーだよな、って思ったんです。
それに、マスター。
そろそろお城にゼリーの存在を教えたいと思っているでしょう」
「ははは。バレたか」
寮や職員食堂の調理師さんたちに色々聞いたのだ。城のお食事事情を。
高級レストランのイメージしかない城の食事だが、そこは意外にも庶民的なところもあって、新しいレシピが民間から報告されれば、調理師さんたちが試食から始めるという。
そこで高評価が得られると。城でまず出されるようになり、次に食堂のメニューにも載るようになり、メニューの開発元は誰だ、とグルメ好きの中で話題になるというのだ。
それをこのマスターが知らない筈がない。
「分かった。明日一番で厨房に行ってくるから。
腕に自信はある。任せなさい、タクミ」
マスターが胸を張って返事をした。あれ、この人確か、騎士団の団長だったよな?
マスターに見送られ店を出ると、外はもう真っ暗で、随分と日の沈むのが早くなったと感じた。
そこからは寄り道せずに寮へとまっすぐ戻る。
「さてと……」
夕飯を済ませると、机に向かった俺は買ってきた便箋を取り出した。
こういう個人的な手紙なんていつぶりに書くんだ。
それだけでも難しいのに、手紙の相手は大怪我を負った王女様だから。
体調を気遣う言葉、回復を願う言葉。
相手が相手である以上、出来るだけ丁寧な言葉を使って文章を書いていく。言葉遣いは間違えていないだろうか。頭をフル回転させながら筆を進めた。
ルーブベルの死についてはどうしようか。もう流石に精霊から聞いて知っているか? 悩んだが、彼を送ったのは俺だ。花の精霊の担当を彼女がしている以上、これは伝えるべきだと思い、彼のことも書き加えた。
「……お堅い手紙すぎるか?」
一通り書いた内容を読み直す。丁寧な言葉で文章を書いているのだから、堅く感じるのは仕方がないのかもしれないが。
机の前にと置かれた、深緑色の封筒。それを手に取る。
彼女から貰った手紙だ。
この時はまだ仲良くなったばかりで、だからか彼女の言葉も大分丁寧だ。そして改めて読んでみれば、庭師の中に王女様感がやや隠せていない感じがあって、思わず笑ってしまった。懐かしい。
この国の言葉で書かれた手紙と、最後に日本語で書かれた俺と彼女の名前。
「……そうだ」
俺も、と手紙の最後へと目を向けて、再び筆を動かす。
今一番、彼女に伝えたいことは何だろう、そう思うと自然に言葉が浮かんだ。