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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第100話 選色

 久しぶりに城下町へと来た。



 街の中はザワザワと騒がしく、大通りは魔物の出現や火事の事など全く無かったかのような、いい意味で変わらない賑わいだった。



 俺は手にしたメモを頼りに道を進む。

 ナタムに聞いた便箋の買える場所だ。


 言われた通りの店へと行ってみると、そこにはいわゆる文房具店があった。建物はお馴染みの赤土色のレンガ調。店内には、思っていたよりも大量の色の封筒と便箋が並んでいた。



 手紙のやり取り。日本では、俺はほぼ仕事の中でしかやらなかった。しかも封筒といえば茶封筒一択だったから。


 だからそもそも文房具屋に来る事自体が久しぶりで、更にこの国にこんなにも沢山の色があることに、正直今もの凄く驚いている。



 あまりの多さにどれを選べばいいのか分からなくなる。

 ならばこういう時はその道のプロに聞こう。



「あの。王族宛に手紙を出したいのですが、何かお勧めのものはありますか」


 店の人に声を掛ければ、その人は丁寧に対応してくれた。少し腰が曲がっているその人は、雰囲気的に、この店の店主さんのようだ。



「王族宛でしたら、差出人が分かるよう、自分を象徴する色を使われる方が多いですね。お客様の色ですと……。

 おや、お客様。……もしかして黒曜様で間違いないでしょうか?」


「あ、なんか俺はそう呼ばれているみたいですね」



 じっと俺の姿を見て口を開いた店主さん。すると何故か頭を下げられて、俺も咄嗟に頭を下げた。


 黒曜様か。

 その呼び名で久しぶりに呼ばれた気がする。だけど初対面の店主さんが俺の呼び名を知っているということは、やはりこの王都では結構俺の名前は通っているのかもしれない。



「黒曜様でしたら……この国では黒の封筒はお作りしていませんので、魔力の種類でお決めになってはいかがでしょうか」


「じゃあ赤系で選びます」



 そうだよな、黒は無いよな。この国の色の感覚は分からないけれど、日本の感覚からすれば見舞いの手紙に黒の封筒はないよなーと思う。ならば赤系がいい。


 

 赤い封筒を見ようとすると、近くにいた店員さんが棚から赤系の封筒を一式取り出して、机に並べて見せてくれた。店主さんと一緒に封筒を見る。


 赤系といってもピンクや赤紫、茶色に近い色まであるから、結構な量だ。


 迷いそうになる数の色。一通り色を見たものの、俺は早くに色を決めた。



「この色かな」


 手に取ったのは、ややオレンジ色寄りの赤色だ。


「赤なのはやはり貴方様が火魔法特化だからでしょうか」

「え?」


「先日の王宮での様子は、この店からもよく見えました。

 私は生まれて初めて目にする炎の色でして、もしかしたらあの炎のような青系を選ばれるかと、思いました」


「あー……それもそれで有りかもしれませんね」



 先日の魔物を燃やしたあの青い炎。跡形も無くなってしまった魔物との記憶だからこそ、夢だったのかもしれないと思うこともあるけれど。


 こうして街の人から話を聞くと、あの記憶は夢じゃなかったんだな、と実感する。


 魔法で色を決めるなら青もありかもしれないけど。でも赤色を選んだのは、そもそも俺が火魔法使いだからとか、そういう理由じゃない。



 なんとなく、店主さんにこのまま話がしたくなった。店が特別忙しそうな感じではなかったので、俺はそのまま口を開く。



「祖国では緋色っていう色なんです」

「ヒイロ?」


「この色を表す文字が、俺の家名に使われているんです。確かに火魔法が使えますけど、何となく俺は家名の色にしたくて」


「なるほど、そういう選び方をされたのですか。

 世の中には面白い言語があるんですね」


「そうなんですよ。複雑な言語を使う国でして」



 それから店主さんに、俺は改めて名を名乗った。そこから漢字の話が始まる。



 漢字の話をする傍ら、俺は思い出す。


 ああ、彼女に名前を教えた日が、もう懐かしい。早く早く、会いたい。


 店主さんはというと、終始俺の話を興味深そうに聞いていた。




 封筒と便箋を購入し、次に寄ったのはマスターのお店だ。今日は店にいると聞いていたのだ。



 カラン……


 ドアベルが小さく鳴り、俺は店内へと足を踏み入れる。


 店内は窓際にお客さんが二人。静かに話をしていて、カウンターの奥からマスターが出てきた。


 

「おや、タクミ。変わりはないか」



 カウンターへと座り珈琲を注文する。最近はこの店に来ていなかったから、珈琲を飲むのも久しぶりだった。


 豆の香りが、とても落ち着く。


「それで、今日はどうした。植物園の件かい?」


「いえ。ロゼに、ゼリーを届けたいんです」


「ほう」



 マスターが俺の隣に座り、早速本題を伝える。

 俺が彼に依頼したのは彼女への差し入れだった。



 彼女へ手紙を書こうと決めた時、他にも何かできないかと考えた。その時に思ったのだ。別に俺が直接できなくても、間接的にでも彼女の元へ何かが届けばいいな、と。


 ぱっと浮かんだのはゼリーのレシピだ。


 一度はマスターに修行のお礼として渡したレシピという情報。

 そして、食材や作り方などレシピを城内の調理師さんへと渡せば、それを元に作ってくれるだろうという情報を手に入れたからだ。



 俺からでは駄目でも、喫茶店を開くマスターもとい第三騎士団団長から調理師さんにお願いしたら、スムーズにいくんじゃないかという見解。


 予想通り「それなら私から調理師長に直接話をするよ」と言ってくれたマスターは。


 とても楽しそうな顔をした。



「姫様にお渡ししたいゼリーはどんなものがいいか、希望はあるか?」


「希望は、えーっと、赤と青と‥…黄色と白で」


「ははは。まさかの味じゃなくて色指定か。面白いな、分かったぞ」



 彼女へのゼリーの差し入れ。本当ならば味の指定をしたいところだが、俺はこの国の食べ物を知り尽くしたわけではないから。ならばと色指定をしてみた。


 面白かったのか、マスターはしばらくの間、笑い続けていた。



 マスターと差し入れする日を決めながら珈琲を再び貰う。するとマスターがメモをしていた手を止めた。



「タクミ。素朴な疑問なんだが、どうしてゼリーなんだ。祖国の物を渡したいからか?

 正直なところ、他の菓子屋に行けば可愛らしい焼菓子などもある。他の物でもいいと思うのだが……」



 確かに。まだマスターしか作れないゼリーよりも、一般的な、街中で人気のものを差し入れるという案も考えた。


 でも、今の彼女にはこれがいいと思ったんだ。


「俺の母さんは、身体が少しずつ動かせなくなる病で。段々と物も食べられなくなりました。

 その中で他の物は食べられない時でも、ゼリーだけは平気だったんですよ。口の中で溶けるから、飲みやすいらしいです。


 彼女の今の身体を考えると、食べやすくて、水がよく採れるもの。そう考えたらゼリーだよな、って思ったんです。


 それに、マスター。

 そろそろお城にゼリーの存在を教えたいと思っているでしょう」



「ははは。バレたか」



 寮や職員食堂の調理師さんたちに色々聞いたのだ。城のお食事事情を。

 高級レストランのイメージしかない城の食事だが、そこは意外にも庶民的なところもあって、新しいレシピが民間から報告されれば、調理師さんたちが試食から始めるという。


 そこで高評価が得られると。城でまず出されるようになり、次に食堂のメニューにも載るようになり、メニューの開発元は誰だ、とグルメ好きの中で話題になるというのだ。


 それをこのマスターが知らない筈がない。



「分かった。明日一番で厨房に行ってくるから。


 腕に自信はある。任せなさい、タクミ」



 マスターが胸を張って返事をした。あれ、この人確か、騎士団の団長だったよな?



 マスターに見送られ店を出ると、外はもう真っ暗で、随分と日の沈むのが早くなったと感じた。



 そこからは寄り道せずに寮へとまっすぐ戻る。



「さてと……」


 夕飯を済ませると、机に向かった俺は買ってきた便箋を取り出した。



 こういう個人的な手紙なんていつぶりに書くんだ。


 それだけでも難しいのに、手紙の相手は大怪我を負った王女様だから。



 体調を気遣う言葉、回復を願う言葉。


 相手が相手である以上、出来るだけ丁寧な言葉を使って文章を書いていく。言葉遣いは間違えていないだろうか。頭をフル回転させながら筆を進めた。



 ルーブベルの死についてはどうしようか。もう流石に精霊から聞いて知っているか? 悩んだが、彼を送ったのは俺だ。花の精霊の担当を彼女がしている以上、これは伝えるべきだと思い、彼のことも書き加えた。



「……お堅い手紙すぎるか?」



 一通り書いた内容を読み直す。丁寧な言葉で文章を書いているのだから、堅く感じるのは仕方がないのかもしれないが。



 机の前にと置かれた、深緑色の封筒。それを手に取る。


 彼女から貰った手紙だ。


 この時はまだ仲良くなったばかりで、だからか彼女の言葉も大分丁寧だ。そして改めて読んでみれば、庭師の中に王女様感がやや隠せていない感じがあって、思わず笑ってしまった。懐かしい。



 この国の言葉で書かれた手紙と、最後に日本語で書かれた俺と彼女の名前。



「……そうだ」


 俺も、と手紙の最後へと目を向けて、再び筆を動かす。



 今一番、彼女に伝えたいことは何だろう、そう思うと自然に言葉が浮かんだ。 

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