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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第6章 乱れ咲
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第99話 ロゼリスは彷徨う

「ロゼ様?」



 私の名を呼ぶ声がして目を開ければ、銀色の長い髪に赤い目をした彼女が顔を覗かせた。



「トレ……ァ…」

「無理には喋らないでくださいね。ロゼ様、大怪我をされているのですから」



 彼女がストローを差し出す。子どもの頃、よく飲んでいた方法だ。



「お水です。飲めますでしょうか」

「……ん」


 口をつけて息を吸えば、口の中に水が入った。

 人肌程度に温められた白湯だ。何度か繰り返し飲み込めば体の中心からじんわりと身体が潤っていくのが分かる。


 喉の渇きが治まれば、他の事が気になりだすのが人というもの。起き上がろうと身体を動かすと、治まっていたはずの痛みが再び全身に走った。



「動け……な……」



 トレチアがそっと背中に手をかざした。魔法ではない。痛まない程度の優しい力で私のことを宥めてくれているのだ。視線を彼女へと送る。


 言わなくても私の聞きたいことが分かったのか、目の前に椅子を置いて腰を下ろし口を開いた。



「ロゼ様。ロゼ様は今、足に大きな切傷がございます。そして背中や腕、足にかけてひどい火傷もございます。腫れが出て、一部は水脹れが出来ております。


 今はとにかく自らは動かずにいてください。お身体を動かしたいときは、私たちが全てお手伝いしますから」



 そう言われて思い出した。

 そうだ、私は怪我をしたのだ。血が流れていた記憶がある。火傷もした記憶があるけれど、そんなに張れるほどの酷い火傷だったのか、と自分でもびっくりする。



「ね、魔物は、どうなった、の?」


「えっと……殺処分となりましたが、ロゼ様は覚えていらっしゃらないのですか?」


「……うん」


 覚えていない。花を取りに行ってからの、その後は……。




「魔物が出たのは三日前の事です。それからずっと貴女は眠られていましたよ」

「ナタムと、拓巳くんが、小屋に来た所までしか……」



 確かそこで彼が私を見て、怒っていた気がする。


(でも、彼が泣いていた記憶もある)


 一瞬だけ、彼が涙を流していた景色が脳裏に浮かんだ。あれはどこの記憶だろう?


 そして彼は無事なんだろうか?



「皆さん、無事ですし、殆どもう元の生活に戻られています。ロゼ様も早くお怪我を治して、皆さんに会いに行きましょう?」



 無事なら安心した。ほっとして大きく深呼吸をする。背中がピリッと痛み、喉も痛んだ。大きな息をするだけでこんなにも痛むのか、と少し気分が重くなった。


「うん……」


 気持ちを切り替えようと視線を彼女から部屋の方へと移すと、青い花びらに深緑の葉をつけた硝子細工らしき花が何本も飾られているのが目に入る。前までは無かったはずのものだ。



「花が沢山」


「最近、貴族の間で人気のものだそうです。

 術ではなく魔力そのもので作った魔法石を、加工して組み合わせて花にするそうです」


「魔法石……買ったの?」


 結構高そうなものなのに、と思い彼女に視線を送れば、彼女は少し笑いながら首を振った。


「いいえ、貴女を心配して各団から送られてきましたよ。青い花ばかりなのは、皆さん、貴女の事をよく分かっているからだと思います」



 私自身に光魔法が使えないことを、幹部の人たちは皆知っている。十年前のお父様の死を、皆間近で見てきた人たちだからだ。


 改めて花へと視線を送る。太陽の光を浴びてキラキラと輝く青い花は、とても綺麗だ。



「一本、使ってもいいかな」

「ええ、お取りしますね」


 トレチアが花瓶から一本花を手に取ると、私の手にそっと持たせてくれる。花びらに似せて薄く加工はされているものの、一本使われている魔法石の量は結構多い。


 花から強い魔力を感じ、手先に意識を移すと小さく光りながら青い花びらは色を薄くしていった。



「凄い。透明な花になっちゃった。でもやっぱり光魔法は上手く吸収出来ないのね」



 茎や葉を模した部分は緑色の石のままだった。ここは光魔法の石なのだろう。

 術は効かなくても魔法石だったら、と思ってくれた人も居たようだが、残念ながらそれも無理だったようだ。残った分は彼女や他の治療師さんなど、光魔法の使い手に使ってもらえばいいだろう。



「魔力の回復具合はいかがですか?」


「水だけ2……いや1かな、光と花は0のまま。取り込んでもすぐに身体の中で水魔法が使われてる気がするの」


「怪我や火傷の範囲が広いですからね。そちらに全て使われているのでしょうね」



 身体が熱い。そして痛い。喉がまた乾いて、また水を飲んだ。


「頭がぼんやりする」


「休みましょう。今は治すことが一番ですから」


 彼女の手のひらで目を覆われる。更に意識がぼんやりとしてきた。感覚的にこれからまた眠るのだろうと思う。



 意識が完全に途切れる前に、となんとか目を開けて彼女の方を向いた。


「……トレチア」

「なんでしょうか?」



「ありがとう」


 眠りにつく直前「親友でしょう? 当然よ」と優しい声がした気がした。





 しばらくしてまた目が覚めた。ゆっくりと視線だけ動かすが、部屋には誰もいない。


「誰か、いる……?」


 声を掛けるも一切返事はなかった。用で部屋の外に出ているのだろうか。


 今はいつだろう。部屋の灯りはまだ着けられていないが、窓から見える空は日が沈み、あと数分後には夜の空へと代わりそうな藍色をしている。



「……?」


 すると窓の外に小さな光が昇るのが見えた。白い光と赤い光だ。


 精霊の光? 白と赤の光の子は誰だったか……思い出そうとするが中々思い出せない。私の部屋に入っては来ないのだろうか。しばらく窓を見つめるも、光は姿を見せなかった。



(まだ、咲いているよね)


 視界の角に入ってきた、棚に飾られたヒガンバナは未だ健在だ。水を吸い、生き生きと咲いているように見える。



「…………っ」



 身体を動かして、全身に激痛が走った。


 痛い。熱い。

 上手く息が出来ない。苦しい。この苦しみから解放されたい。早く、早く。



「拓巳くん、会いたいよ……」



 必死に絞り出した声は、夜の空に消えていく。

 薄れていく意識の中で再び見上げた窓の外には、なぜかヒガンバナの花に似た、赤と白の花が咲いたような気がした。





 気付くと真っ白な空間にいた。私、怪我で寝込んでいるはずなのに、どうしてここに?


 周りを見渡すもすべてが白い、何もない空間である。


「ここはどこ?」

 思うままに呟くも、自分の声だけが響いて、消えていった。



「ロゼリス」

「え?」


 声がして振り向けばお父様とお母様がいた。私とお揃いの、青い目をしたお母様が、私に声をかける。



「ロゼリス、母様は皆と共に闘ってくるわ」

 いやだ、行かないで。


 私とお揃いの、ピンクゴールドの髪をしたお父様が、私に声をかける。


「母様が怪我をしたらしい。行ってくるから待っていなさい」

 いやだいやだ、お父様まで行かないで。

 私を置いていかないで。



 目の前からお母様が消え、お父様が消えて、真っ白だった空間が真っ暗な空間へと変わった。



 暗闇の中、一人立ち尽くす。


「ロゼリス、落ち着いて聞いてくれる?」

 女王陛下、スミン様が私の事を抱きしめた。


 私を抱きしめる身体が震えている、泣いている、どうして?

 目の前に現れたのは、横たわるのは、お母様とお父様だ。


「お母様、お父様」


 スミン様と一緒に足を進める。

 城を出た時、二人ともこんな色の服を着ていただろうか、と手を伸ばす。



 赤黒い服、それを纏った身体を揺するも、閉じられた目は開くことが無くて。


「ママ? パパ? なんで眠ってるの? 目を開けてよ」



 スミン様の抱きしめる腕が更に強くなった。

 二人へと放った魔力は、全て跳ね返ってきてしまって、その時に悟った。


 やっぱりそうなんだ、二人は死んだんだ、と。



「パパはママの事、治しに行ったんじゃ無かったの?


 どうしてパパの事は、誰も治してくれないの?」



 手を離すとぬるりとした感覚がした。手を広げると赤い血が手から床へと落ち始める。


「ひっ……いやだ、置いていかないで」



 咄嗟に瞑る。


 そして目を再び開ければ、辺り一面が赤い世界に変わっていた。私を抱きしめていたスミン様はいなくなっていて。


 血だ。血でいっぱいの世界。

 お母様とお父様だけじゃなかった。

 城の外は本当に沢山の人が血を流して倒れていて。


 皆、真っ赤だ。お世話をしてくれたあの人も、よく遊んでくれたこの人も、皆とお別れをしなくちゃいけない。皆、そのままじゃ駄目だから、と火がつけられて燃えていく。



 赤い血が全て火に変わった。周りは火の海だ。



 目を凝らすと火の中に沢山の赤い花が咲いている。あれは深森で見たヒガンバナの群生だろうか。


「誰……?」


 中央に座り込む人影が見える。近寄ろうとするも火が強くて中々近づけない。それでも何とか前に進むと、座る人物の姿が見えてきた。



「拓巳くん」


 座り込んだ彼がこちらを向いた。


 黒髪に黒い服を着た、彼だ。どうしてか顔ははっきりと見えないが、頬に光るものが見える。


 ねえ、なんで泣いてるの? どうして何も言わないの? 私、足が動かせない。上手く飛べない。身体が進まない。


 ぼんやりとして彼の顔が見えない。泣いてるの? それとも笑っている?



 バチバチと音を立てて炎が消えると、真っ黒な空と不思議な街並みに景色が変わった。


 鮮やかな赤い光が連なって並び、鮮やかな色の看板がその下にずらりと並んでいる。行き交う人々は皆見慣れぬ花柄の恰好をしていて、いつの間にか立ち上がっていた彼は、先へと歩いていってしまった。




「待って、拓巳くんまで置いていかないで!」


 手を伸ばすも彼は振り向く事もなく、どんどん離れていく。何処に行っちゃうの? この建物はどこ? ガヤガヤとした人の声や周りの音にかき消され、私の声は彼に届かない。



「いやだ……ひとりぼっちにしないでっ!」

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