宝物庫(?)の宝物(?) その2
前回のあらすじ:
お嬢様は、屋敷の北側の通路の最奥にある宝物庫のテーブルで、青い宝石のペンダントを見つけました。
さっそく、それを身につけて、ご自分の部屋へと戻っていかれました。
<少女視点>
私は、宝物庫から自分の部屋へと戻ってくると、部屋に備え付けの白いテーブルに着き、部屋付きのメイドに声をかけた。
「メアリー、お茶をお願い」
「かしこまりました。お嬢様」
メアリーと呼ばれたメイドが、慣れた手つきで、紅茶の準備を始める。
しばらくして、テーブルの上には、香り高い紅茶と小さな焼き菓子が並ぶ。
「あら、お嬢様。そのペンダントは?」
私は、彼女の質問に対して、ペンダントを手で持ち上げて見せながら答えた。
「これが、今回の戦利品よ。うす暗い宝物庫にわざわざ行ってきた甲斐があったわ」
「青い宝石のペンダント……。まさか、先々代の……」
ペンダントを離して、さっそく紅茶と焼き菓子に手を伸ばして頂こうとしたが、彼女のつぶやきが気になり、質問した。
「何か知っているの?」
「いえ、詳しくは。ただ、先々代の所有していたというペンダントの色と形状が、似ているのではないかと思っただけです」
「私のひいおじい様になるのかしら? 同じペンダントを?」
「確か、執事のアルフレッドさんが言っていたことです。この家には家宝があり、当主の証でもある。青のペンダントと呼ばれているが、先々代がお隠しになられて、それからは誰も見ていない、とか」
「爺やが? でも、これについては、宝物庫では何も言っていなかったけど?」
「先々代の遺言書に残っていたお言葉になるそうですが、
『青のペンダントが見つからない間は、子供の中から好きに次期当主を選んでよい』
『青のペンダントを手に入れたものがいたら、必ずその者を次期当主に任命すること』
というお言葉があったそうです。
つまり、それが本物の場合は、お嬢様が次期当主になられるということです。
重要なことなので、旦那様に確認してから、と思ったのでしょう」
「まあ、そんなことが」
紅茶と焼き菓子を頂きながら、関連しそうな話が他にないかと思い、しばらくの間はメアリーとおしゃべりしていたが、特にこれといった補足事項はないようだ。
面倒そうだなあ、と思ったのは内緒だ。当主の娘ならつつしんで受けねばなるまい。
そもそも、年の離れた今年やっと3歳になる弟が一人いるだけだから、このままいけば、そうなる可能性が高かったし。
もっとも、あの子がすごく優秀に育ってくれたら、周辺の貴族や領民の中から、「領主さまと言えば恰幅のいい男性の方が良いのでは?」などという声が上がることも、全く考えられないことではないが。
ただ、入り婿さんをもらって領地経営はお任せできると思っていたが、「当主の証が自分から出てきて私を選んだ」などという、いかにもな逸話まで広まったら、完全に私が領主として扱われ、他の者にお任せにして本人は顔も見せない、などという楽はできないだろう。
「もうすぐ、夕食になります。旦那様には、アルフレッドさんが伝えているでしょうから、その席で、そのお話が出るのではないでしょうか」
「そうね。大体のところはわかったわ。いろいろと教えてくれてありがとう。あと、ごちそうさま。いつもおいしいお茶をありがとう」
「どういたしまして」
紅茶のお礼をメアリーに言うと、にっこりと微笑み、手早く片づけを始めた。
私は、夕食の時間まで、読みかけの本を出してきて、読書をして過ごした。
「お嬢様、そろそろ食堂に移動してください」
「そう? わかったわ。うん、ペンダントは食事の邪魔かしらね。ここに置いておきましょ」
私は、テーブルの上に、読みかけの本と一緒に、青のペンダント……本物かどうかまだわからないけど、それを置いておいた。
そして、メアリーに先導されて食堂へと向かった。
***
<執事視点>
執務室の机の前に立ち、私は旦那様に宝物庫であったことをお伝えしていました。
旦那様は、書類の確認とサインを入れるスピードが少し落ちた感じでしたが、手は止めることなく、お聞きになられておられました。
「……ということがありまして、お嬢様は、青のペンダントと思われるものをそのままお手に取られ、ご自分で首におかけになられました」
「まるで、青のペンダントの方から出てきたようだな」
「まさに、その通りでございます」
旦那様は、ご自分のこめかみに手をやり、しばらくゆっくりと揉みほぐしてから、再び、書類作業に戻りつつ、独り言のように、おっしゃいました。
「あの宝物庫だけに気を取られて、第二宝物庫には気が付かなかったということは減点だが、基本的にはあの子は優秀だし、そういうこともありか? ということは、あの子が次期領主か。一人では大変だが、優秀な旦那をどこかから入り婿にできればどうとでもなるか。……いや待て。遺言書には、青のペンダントの入手後にすぐという意味はあったかな? 今すぐにかな? いや、だが、……」
「……さすがに、すぐには無理でございましょう。お嬢様は、まだ十歳です。もうすぐ、学園にも通わねばなりません。とりあえずは、次期当主の候補筆頭ということでよろしいでしょう」
貴族の子女は、十歳から十五歳までの間の一年間は、必ず王都の学園に入って過ごさねばならないことになっています。そのため、各家にいる間に、基本的な読み。書き、計算は習得させねばならないことになっております。学園では、王国の制度や仕組みを中心に、貴族教育の一環として顔つなぎの場の提供という意味合いも帯びています。そこで、周囲とうまくやれない者が出た場合は、その家の当主候補から外すよう言われ、それでも当主にしてしまった場合はその家が重要な地位から降格される可能性もあります。
お嬢様の場合は、すでに基本的な教育については終了しており、いつでも学園に入学できる状態ですが、いくら利発なお嬢様でも、今すぐの当主の代替わりは、余りにも負担が大き過ぎるでしょう。
旦那様も親バカの贔屓目が過ぎるというものです。
「まあ、確かにまだ早いか。だが、候補筆頭ではなく確定だろう? じい様の遺言書では、
『青のペンダントを手に入れたものがいたら、必ずその者を次期当主に任命すること』
ではなかったか?」
「そのお言葉ですが、どのような意図で残されたものか、意味をご存じでしょうか? 例えば、家宝を探し出して当主の座を奪おうとする、能力がない子孫が出た場合のことを、考慮に入れていないように思えます。お付き合いしたのは短期間でしたが、そう浅はかなお方ではなかったと思います」
私が問いかけると、旦那様は、執務机の引き出しから、少し色あせたノートを取り出し、机の上に投げ出しました。表紙には『あれとの付き合い方』とある。
「それは?」
「じい様のメモ書きだ。それによると、青のペンダントを手に入れられる者は、青のペンダントに気に入られるだけの能力がある者だけらしい。なんでも、青のペンダントは、いわゆるインテリジェンス・アイテムであるらしい。人間相手のように、話もできるそうだ」
「アイテムの方が主を選ぶ、とでも言うのですか!」
「そういうことだろうな。つまり、あの子は、青のペンダントに気に入られるだけの能力がある、と判定されたのだ。どのような判定方法かも、気になる所だがね」
私は驚きのあまり、つい声を荒げてしまったが、旦那様はわかっていた、とでもいうようににやりと笑い、静かに続けられた。
「私も、最初にこれを読んだ時には、信じられなかったよ。だが、じい様のことを思い出しているうちに、そんなこともあるかと思えたのだ。
例えば、じい様の周りに人がいないとき、よく独り言を言っているような素ぶりがあっただろう?」
「青のペンダントと話をしていた、ということですか?」
「そうだったとするとしっくりくる、というだけだがね」
旦那様は、私と話しながら処理していた書類を、執務机の脇の方に押しやり、腕を上にあげて伸びをしました。少々お疲れのご様子です。
「ふう、今日の分はここまでにしよう」
そして、立ち上がると、机の上のノートを取り上げて小脇に抱え、ドアの方に向かわれました。
「そろそろ夕食だろう。これからのことは、そこで話すことになるな」
「そのノートは、お嬢様に?」
「表紙にある通り『あれとの付き合い方』を知るため、じい様が自分の後継者のために残したメモ書きだ。これからのあの子に、必要となるだろう」
そこで、言葉を区切ると、旦那様は、いかにも不思議そうに首をかしげながら、このようにお続けになりました。
「ただ、後半部分はよくわからない外国語もしくは暗号のような文字で書かれていて、私は解読できていないのだがね。
もしかしたら、青のペンダントに聞かねば分からない内容なのかもしれないね」
「そのような部分まであるとは、何か秘密めいていますね」
私と旦那様は、連れ立って執務室を出て、食堂に向かいました。