ヒロイン絶賛思考中
「イリーナ、落ち着いた??大丈夫??まだどこか具合悪いの??随分と荒れてたけど……。」
セレナはイリーナに恐る恐る体調を伺った。他の居合わせた2名も半ば不安そうに彼女を見つめる。
「あははは、大丈夫よ!ちょっとびっくりしただけだから。ホントよ!!だからみんなしてそんな顔しないで、ね?」
「ま…まあ、そう言うならお父さん達は安心だが。朝、中々部屋から出てこないと思って様子を見に行ったら蹲って気を失っていたから慌ててここに連れてきたんだよ。ついにお前も魔力に目覚めたんだな!」
「そうよ、神官様が急に魔力に目覚めたから身体が耐えられなかったのだろうって。そうですよね、神官様?」
セレナがそう言って後ろを振り向く、そこには神官服を纏った20半ばの物腰の柔らかそうな男が立っていた。
その男、神官がセレナの問にゆっくり頷き澄んだ声で3人に話した。
「はい、そのとおりですお母様。本来、平民でしたら平均10歳前後で魔力に目覚めるのです。その時はまだ魔力が少ないのであまり身体に負担はありません。それでも2、3日熱で寝込む程の異変はあります。ですがあなた方の娘さんの場合、他の子どもより遅かったためその分魔力が蓄積され目覚める際により身体に負担がかかったのでしょう。」
「……なんていい声、まさにイケボね。王道RPGに居たわねお姫様にゾッコンの神官くん。それにそっくりだわ。」
神官の声に惚れたのかイリーナは心の声を呟いた。
「いけぼ??初めて聞く単語ですが……?」
「いえ、知り合いに似てると言う意味です。知り合いの方が若干若いかなぁ。」
「イリーナ、気を失う前から様子が変だぞ。やっぱりどこか具合が悪いんじゃ……」
「大丈夫!!むしろ元気が有り余ってるわ!」
イリーナは思わずガイの言葉を遮った。
「まああなた、イリーナがこう言ってるんだしあまり心配しすぎるのも良くないわ。それよりも、診断よ診断。そのためにここ神殿に連れてきたんだから。」
セレナはそう言うと立ち上がりイリーナをベッドから降ろし軽く身支度を整え神官に案内するよう促した。なかなかの手際、流石母親である。
◇◇◇
「こちらでございます。今、貴族のご子息が診断してますので少しお時間いただきます。」
神官が3人を診断室の隣の部屋で待つよう促した。
「貴族様のお子さんって確か5歳で診断するのですよね?」
「よくご存知ですね、イリーナさん。そうです。貴族の方々はここで魔力を幼少期に強制的に目覚めさせるのです。」
「しんどくないんですか??」
「無いものを無理矢理目覚めさせるのですから当然身体に負担がかかります。ですが倒れる程ではありません。そのお子さんの属性によって違いがあります。」
イリーナは食い入る様に神官を見つめ先を促した。
「例えば、水属性でしたら魔力に目覚めると同時に全身がずぶ濡れになったり、火属性でしたら衣服が全て燃えてしまったりします。」
神官は苦笑いでそれに答える。
「ですので、ほとんどの貴族のご両親は着換えを持ってきていますね。」
「それは、確かに負担がかかるわね……。でも、目覚める前の方が後より軽いじゃないどうして私達平民は目覚めるまで診断しないの?」
そういうと神官は気まずい雰囲気になり、その場にいた2人もその様子に不思議に思った。
「平民の方々でも診断は可能です。ですが、それなりの寄付が必要なのです。」
神官は拳を握りしめ、続ける。
「教会の幹部らが決めた事なので私には何もできなく歯がゆく思っております。」
神官が言うには属性を調べるのは簡単な事なので無料で診断が出来るが、魔力を目覚めさせるのは特別な魔法陣や魔具を用いるためどうしても費用がかかるらしい。しかし、費用がかかると言っても微々たるもので膨大な寄付が必要ではない。しかし、取れる所からは取るという上からの命令で寄付という名の利用料をせしめているだと言う。
「目覚めてからは貴族のお子さんだとすぐに使いこなせる様にと魔法の教師が教会から出してくれますが、平民は最低限の知識を教えるのみです。そのため、手探りで魔法を使い大怪我を負ってしまうお子さんもいます。それで、魔法が怖くなり二度と使わないお子さんが多数います。」
神官は喋り終えたあと一呼吸をおいて。3人に向かい膝をつきイリーナの右手を両手で握った。
「私が出来る事は少ないですがその中でもイリーナさんが魔法を怖がらず怪我を負わない様に協力します。ので、教会の待遇を許していただけないでしょうか?」
「そんな、大丈夫よ。だってここまであなたが親切にしてくれてるだけでもありがたいのにその後も面倒見てくれるって、ほんとに嬉しいわ。お父さんもお母さんもそうでしょ?」
「まあ、今までそれで疑問も不満も抱かないで暮らしてきたから改めて許して欲しいって言われても、なあ?」
「そうですわ神官様。私達は怒っていません。娘が眠っている間ずっと付き添って頂いてたんですよ?むしろ感謝します。」
おのおの神官に感謝の言葉を述べた後、扉が開いた。どうやら順番が回ってきた様だ。
「あ、私の番みたい早くいこ?」
イリーナは椅子から立ち上がり行こうとしたが順番を知らせに来た別の神官が両親に事前説明があるらしくガイとセシルが先に出ていった。そこでポンッとスクリーンが映し出された。
-攻略対象『神官クリストファード』との出会いイベント終了。ヒロイン補正で攻略調整、好感度調整を行ってください。-
「…………は?」
イリーナは映し出された文字を読み困惑した。しかし、先程の事やあの夜の事もあり心の内のみで叫び散らした。
(攻略対象って何??神官とイチャラブするの??宗教的にアウトじゃない??え、禁断の恋とかそういうの??えぇ、ないわーー。)
「あの、イリーナさん??」
「え、ああ!ごめんなさい!!まさか、私だけ残されると思わなかったから。あはは。」
そう、ごまかしているとまたスクリーンが変わった。
-スキル ヒロイン補正
クリストファード 好感度50%
攻略 する·しない (後から変更可能)-
(ふーん、後から変えてもいけるなら試しに『する』を選択してみるか。)
イリーナは心配そうに見つめる神官をよそに『する』の文字をタップした。
-『する』を選択しました。これより攻略を始めます。よってヒロイン補正がかかり様々なイベントが発生、攻略の手助けをします。『しない』に変更しない限り、スキルは発動し続けます。-
(なるほどなるほどね。)
「イリーナさん、座りませんか?」
いきなり神官ことクリストファードがイリーナに問いかけた。
「え、あ、そうですね?座りましょ!」
そう言われ近くにあった椅子お互い腰掛けた。テーブル越しに向かい合ってる状態だ。
イリーナは改めてクリストファードの事を見つめた。
「イケボな上にイケメンか、流石ね。」
確かに、肩より少し長い水色の髪を後ろでまとめており、宝石と思わせる様なエメラルドグリーンの色をしたタレ目気味の瞳。神官服がよく似合っている。微笑みかけられたら世のご婦人は堕ちるだろう。それにしてもイリーナは独り言も多いが思った事もよく声に出す少女(26)の様だ。
「いけ、めん??先程から聞いたことのない言葉を使ってますが、最近の若い者の間で流行っている言葉なのでしょうか?」
「………そんなカンジね。」
(声に出てたの?!気をつけなきゃ。)
そんなイリーナをよそにクリストファードは頬を指で掻き少し照れながら話し出す。
「急にこんなこと言うのは気が引けるのですが、あなたといるととても落ち着きますしお喋りになってしまいます。先程もつい色々とあなたに話してしまいました。おかしいですよね??」
(あ、これよく乙女ゲームや少女漫画にあるやつだわ。ええっと、こういう時は…。)
「おかしくないよ、私もあなたの前だと気が休まるし色々話したくなっちゃうわ。おんなじね?」
(共感して似たもの同士と思わせたらいいのよね!)
イリーナの思惑に肯定するようにクリストファードは目を光らせこちらを見つめる。
「ほんとですか??イリーナさんもなんですね、嬉しいなぁ。」
そういうとクリストファードはニコリと少し怪しげに微笑んだ。
(あ、このお兄さん言動間違えたらダメなやつ。いわゆるヤンデレってやつだわ。)
イリーナは直感した。
(こういう表の顔ではとても優しい人だけど裏の顔はとんでもないのがほとんどだから気をつけなきゃ、後で色々調べて攻略しないでおこうかなぁ。)
うんうんと悩んでいるとセレナが入ってきた。
「イリーナおまたせ。さぁ、行きましょ。」
「はーい。」
「それでは私はここで失礼させていただきますね。」
そう言ってクリストファードは立ち去ろうとするが。
「あの神官様、無理を承知なのですが。診断してる最中も付き添ってあげてほしいんですが………。」
セレナが引き止めた。イリーナはどうしてと思ったがすぐに理解した。
(ヒロイン補正か、なるほどね。)
そう納得しているとクリストファードは先程見せた怪しい笑顔にさらに目をこれでもかと開きギラギラとこちらを見つめてきた。
「いいのですか?確か娘さんが気があうと私に話してくださったのです。そうですよね、イリーナさん??」
そうイリーナに問いかけ終わるか否かで
(攻略一旦中止!!)
-攻略『しない』に変更しました。スキルの発動を中止します。-
スキル選択の変更のちクリストファードからギラギラした笑顔が消え最初に見せた優しい神官の顔になった。
「あ、すみません。急用を思い出してしまったので付き添いは出来そうにありません。では、私はこれで。」
そういうと今度こそその場から立ち去った。
「あっぶなかったぁー。」
「何が危なかったの??」
「……んーと、ほら魔力診断でびしょ濡れになったり服が燃えたりするって聞いたから…。」
そういうとセレナはあーそれでと呟いたあとイリーナに話した。
「その心配はないわ、魔力を強制的に目覚めさせる時だけだって。詳しい事はよくわからなかったけど何でも水晶に手を置くだけでいいそうよ。」
「へぇ、そうなの??意外に地味なのね。」
「そうらしいわ、お父さんや他の神官様も待ってるから早く向かいましょ?」
「はーい。」
イリーナ達は診断室に向かった。
◇◇◇
「それでは診断を始めます。」
そう年配の神官がイリーナに話しかけた。
診断室はよくある学校の教室程度の広さで真ん中にポツンとテーブルがあり、その上に水晶が置いてある。
「魔力に目覚めし者イリーナ、水晶の前に。そして、両手を水晶に置きなさい。」
神官が誘導しイリーナがそれに従う。
(ヤバい、緊張してきた。)
イリーナの手が緊張で震えてるのを察して神官がなだめる。
「安心しなさい。ただ属性を調べるだけじゃ。気を失うような事にはならんよ。」
そう神官が笑いかけられ自然とイリーナの緊張がほぐれる。後ろで両親が心配そうにそれを見守るなか始まった。
神官が手にしている自身の背丈程の杖を前に差し出し呪文を唱えた。すると手元の水晶が光だしイリーナのまわりに何かが漂い始めた。
「………シャボン玉??」
イリーナがそう認識するやいなや神官が呪文を唱えるのを辞め驚いた様子でそれを見ていた。後ろの2人も同じである。
イリーナただ一人だけが冷静だった。
(無属性ってこうなるのね。風属性だとつむじ風でも吹くのかしら。)
そう心で冗談めいていると神官が口を開いた。
「まさか、こんなことが……。この少女が幻の属性…無属性の使い手だというのか!?」
「え、幻??そんなに珍しいの??」
「珍しいってもんじゃないわい!!ここ数百年で一人として診断されたことがないんじゃ!!」
そう興奮気味に神官がイリーナに話すと、年なのか少し咳き込んだ。
「えぇ…ヒロインどこまで珍しい存在なのよ…。」
◇◇◇
あの診断の後、あれよあれよと事が進み物語通り来年学園に進学することになった。
その夜、イリーナは自室でスクリーンと睨み合ってた。
「あのヤンデレ神官の好感度高すぎない、80%って?!あの短い会話で30%も上がったの!!そりゃギラギラ見てくるわ。気安く使っちゃダメねこのヒロイン補正。」
神殿で出会った攻略対象者の詳細を確認しているらしい。
「ヒロイン補正ってのはなんとなくわかったわ、あとは魅了ね。次はしっかり調べてから使わないと、名前からしてろくなスキルじゃないのは確かだからね。」
そう魅了のスキルをしっかり読み始めた。
「ええと、異性にのみ効果がって目があってないといけないのね。目があってる時間が長いほどより私に惚れるって訳ね。…まるで悪女のスキルだわ、ヒロインが使っていいのこれ。」
イリーナは一人ツッコむ
「それにてもあのあとまさか王太子様と出会うとは思わなかったなぁー。こいつ(スクリーン)には名前しか出なかったし。」
そう、遡ること診断が終わり進学が進められ神殿を出る所だった。両親は共用馬車の手続きをしているためイリーナは独りで神殿の入口前に立っていた。
「殿下、早く城に戻りましょう。民衆に気づかれてしまいます。」
イリーナはその言葉を聞こえた方を見ると騎士の様な男2人を控えさせた少年がこちらを睨んでいた。
(何?ものすんごいイケメンな男の子にものすんごい顔で睨まれてるんだけど。)
男の子と言ってもイリーナと歳が変わらない見た目をしている。見た目が少女でも中身が成人した女性だとどうしても子ども扱いしてしまうのだろう。
お互いが見つめている(片方は睨んでいる)中スクリーンの画面がまた変わった
-攻略対象『王太子アレキセンド·グランドール』-
「え、マジ??」
イリーナは驚いた。まさか二人目の攻略対象者しかもこの国の次期国王に会うとは思わなかった。
王太子はゆっくりイリーナに近づき遂にはおでこが付くんじゃないかというくらいにまで歩み寄ってきた。思わずのけぞるイリーナ。
「お前の思い通りにはさせない。ヴァイオレットは僕が守る。」
そう王太子はイリーナに告げるとそのまま立ち去った。
「………は?」
イリーナの思考が停止した。
そして今に至る。
「王太子めっちゃ睨んでなかった??何、初めは仲悪いけど最後はラブラブになるやつ??それにしてもあの言葉は何だったんだろう…。」
少し考えたあとイリーナは言った。
「とにかく、王太子は少しだけ好感度を上げておこう。あれ、絶対マイナスよね?このまま好感度マイナスだったら私が断罪されてしまうわ!……いや待てよ、まさか!!」
イリーナはふと1つの仮説が浮かび上がった。
「だから、私にあんな事を言ったのかも。次に会ったら聞いてみよう。もしそうなら目標達成に一気に近づくわ!!」
思わず笑顔が溢れる。
「今日は色々あったなぁ、疲れたから寝よう。……どうやったらこれ消えるんだろう。」
そうスクリーンをまた睨む。そう、転生した最初の夜は閉じる間もなく倒れしまい、今日も閉じ方がわからずずっとスクリーンがそばにあった状態である。便利ではあるが流石に四六時中は邪魔である。
「スクリーンの出し方、閉じ方。これか!」
そういうとそれを読み始めイリーナは試してみた。
「要は、念じながらそれっぽい言葉を言えばいいのね。じゃあ、閉じろ!」
そういうとスクリーンは跡形もなく消えた。
「おぉ!!…出てこい!」
ポンッ
「出てきた。何だ、簡単じゃん。さて、寝よ寝よ。」
こうして本日の反省会兼独り言大会は終了した。