死んだ
「ここは、何処だ?」
起き上がり辺りを見渡すとそこは何もない真っ白な空間だった。何もないというとすこし語弊がある。そこには小さなログハウスが建っていた。すると男を認識したようで扉がゆっくり開き始めた。
「ーー入れか。随分と勝手な人だな」
男はこの空間の主であろう者に対し〝勝手な人間〟と評価した。果たして人間なのかどうかすらも怪しい。
しかし男自身はこの空間が死後の世界だと認識していた。
西洋において死後の世界は、白い空間に扉と言われている。死後の世界に対する解釈は違うことが多い。そしてこの世界は男の物かそれともここの主の物なのか。それは分からない。
ログハウスの中に入ると、一人の女性が椅子に座り、紅茶をすすっていた。
「ようやく、来たね」
「お前が呼んだのか」
「間違って殺したのが正しいね。私の部下が貴方の連れを殺すのが正しい運命だったのだけれども、貴方がそれを覆した」
ソーサーの上にカップを置き、男の方に体を向けた女性。まるでアルビノのように色素が抜け落ち儚くもあり、かのモナ・リザのような美しさを持ち合わせた灰色の髪。寒く、暗くもありどこか優しさが宿る赤い瞳。
女性が言う連れ。男の連れは後にも先にもあの子供しか居ない。殺人鬼事の才能があることを見抜き、何処かのナポレオンみたく英才教育を叩き込んだ。それを間違ってなかったと言うつもりはないが、もう少し別の道を用意できたのではないかと今になって後悔の波が押し寄せる。
あれは決して親の男から離れる事は無く、カルガモの子供のようについてきた。
「そうか、あれが死ぬのを防いだのか」
「おや、意外だね。貴方の性格上、馬鹿にするのかと思っていたがーー」
「あれは俺の子供だ。怒ることはあれど、馬鹿にするつもりはない」
あれは十二分に大人と言える年齢だが、子供の意識が抜ける事は無く仕事でも子供らしいヘマが多かった。
女性の言葉を遮り、言葉を強め怒りを露わにする。拾った子供とはいえ愛した者なのだ。それをわからず、ただ目先の情報のみで語る女性に嫌気が差す。
「--失礼。貴方のことを見誤ったようだ」
「別にーーで?間違って殺したからここによんだのか」
両手を上に上げ、反省の表情を浮かべる女性。
さして、気分を害された訳でもなく素っ気無く返す男。そして、この空間に連れてこられた理由を女性に問いただす。
「そうだ、そのことについて言わないとね。有り体に言えば、転生の機会を与えられた」
何とも突拍子も無い話にポカンと口を開け、良く分かってない男。男は考古学や民俗学、神話等のちょっとしたマニアである。神話の中でも〝輪廻〟というワードが出てくるがこの世に限定された物だ。
輪廻と転生はその概念が重なることも多い。
その点だけは男は理解できた。
「え、ヤダ」
「そんなことを言わないで。本来、貴方は老衰で死ぬのが運命だったの!それが貴方が覆したからこんなめんーー事をしているんだから」
自分の気持ちを隠すことすらもはやめんどくさいのか、本音が漏れかかった女性。
さすがにそこまでツッコミを入れれば、藪蛇を突くようなものなので頑張って自制する。男からすれば老衰だろうが銃殺だろうが、先人の墓を荒らしそれを食い物をしていたのだ。
そんな男が今さら、転生などと甘い話に乗れるはずもない。
だが、変な意地を張りこのまま同じ問答を繰り返すのはめんどくさいに尽きる。
「ーー分かった。その提案をうけよう」
「ヨシ、コレデオコラレナイーーさて、やりましょう」
しぶしぶその提案を認める男。お人よしと男の生前からの仲間と馬鹿にされてきた。それでも変えない男にだんだんと人が集まるようになった。
小声で何かをささやいたような気もするが、男の耳には届かず、何かの準備をしているようだった。
「転生かーー概念としては知っていたが実際に体験するとなると怖いな」
「あんな異名があるのに?」
「俺はあの名前を自称したことはない。何が最善の魔王、救済者に歴史を動かす者だ。やっていたことは悪魔だからな」
などと男は言っているが彼の行った副産物として、内戦などが起こっていた地域で収まるなどと様々なことが起こっている。それが人伝に脚色されていき、救済者などの異名がついたのだ。
「----」
女性は男の中にある後悔に似た何かがあるのに気付いた。それが何なのかまでは分からなかった。自分でも気づかないほどに心の奥に仕舞われた感情。
それが気になった。生前の彼という男は誠実、まともな青年であった。確かに墓荒らしや殺しなど倫理的なもんだいがあることを平然とやってきている。そいうことは確かに問題なのだろう。彼は人が歩んできた道という歴史に興味があっただけの事。
私からすれば何が問題だというのだろうかといいたい。歴史なぞ、暴いてこその歴史だろう。紀元前にあったとされるオーパーツと呼ばれるもの。悪魔の兵器と謳われたギリシア火薬などそれを知るのが悪だど言うのならば間違っていると思うのは正しいのだろうか。
「さぁ、行くよ。特典物はあっちで見れるようにしとくよ」
「分かった。ありがとうな」
お礼の言葉だけを彼は私に告げて、異世界へと出かけた。私が殺したと言うのに彼は何も言わなかった。人を間違って殺した《・・・・・・・》のは今回が初めてだった。
もっと言えば殺す者の因果律を捻じ曲げられる彼が特異だ。そこは魔王や救済者と言われる所以なのだろう。
彼は花崎充なのだ