昔話
清々しい朝だった。すっきりとした目覚めは三人にとって久しぶりだった。階下からは、何かの良い香りが漂ってくる。朝食を作ってくれたらしい。急いで下に降りていく。
「よく眠れたかな?」
「はい。久しぶりに落ち着いて眠れました。」
「それは良かった。さぁ、食事にしよう。」
目の前に用意された食事の中に見慣れない食べ物があった。やや赤みがかった茶色をしている。
「これは何ですか?」
「分からないだろうな。食べてみるといい。」
三人は顔を見合わせた。初めて見る物だ。口にするのは勇気が必要だった。レイが思いきって食べてみた。
「うまい…。」
未知の味だった。野菜や木の実とは違う、複雑だがクセになりそうな味。歯ごたえがあり、噛み締める度に旨味が溢れてくる。レイの表情を見て二人も口にした。二人ともレイと同じ感想のようだった。味を確かめた後改めて質問した。
「結局、これは何なんですか?」
「これは鹿だよ。」
「鹿!?食べられたんですか?」
「今は食べることが出来る。死が現れた今だけは。」
「…どういうことです?」
「鹿を食べようと思ったのは前回の死が現れた時だ。植物が死にだして仕方なくな。しかし、死が消えてから食べることができなくなった。」
「何故?」
「食事が終わったら説明しよう。上手くできるかわからんが。」
30分程で食事を終えた。外に出るとマッシュが説明をはじめた。手には何かを持っている。
「君たちもすでに獣に襲われたらしいな。その棒はその時に作ったのだろう。」
マッシュが包丁棒を指差しながら言った。
「我々の頃はそれを槍と呼んでいた。そしてその先の物を作った。それがこの弓だ。」
トッドは弓を受け取るとまじまじと観察した。しなりのある木材に弦を張った物のようだ。
「何かを飛ばす物に見えますが。」
「その通り。小さめの槍を飛ばす。矢と呼んでいるがね。これで相手に近づく危険をおかさなくてよくなった。」
これで、簡単に鹿を倒せるようになった、とマッシュは語った。
「それで前は食べることができなかったのはどうして?」
「消えるんだよ。恐らくだがね。打とうとしたことはなんとなく覚えている。しかし気がつくと矢だけが地面に刺さっている。」
「消えるというのは?」
「そうだな、サラ君。」
「はい!」
突然名前を呼ばれたサラはビクッとしながら返事をした。
「君の家に鳥かごはあるかね。」
「あったと思います。」
「鳥を飼ったことは?」
「…ない、と思います。」
「では。何故鳥かごだけがある?」
「さぁ?」
「恐らく、鳥は飼っていたのだよ。しかし死んだ事で鳥に関する記憶が失われた。…君たちの村にいたはずの前村長のように。」
短い沈黙が訪れた。が、トッドがそれを破る。
「しかし、今まで見てきた死は形が残っていました。記憶もあります。」
「その点について私たちも前回の時に考えた。そして一つの仮説にたどり着いた。…死はずっと前からいたのではないか?」
「ずっと前から…、では今の死は姿を変えただけだと?」
「仮説だがね。」
「あの、私からも一つ質問していいですか?どうしてそんなに死に詳しいんですか?」
確かにそうであった。前回の死を経験しているとはいえ、あの本以上のことをマッシュは知っていた。何か理由があるはずだ。
「君たちと同じだよ。私も仲間と旅をした。途中までだがね。」
「何かあったんですか?」
「詳しいことは言えん。私は途中で旅を続けられなくなった。しばらくすると死は姿を消した。彼らが何かしたのかもしれない。」
「その、旅の仲間は?」
「帰ってこなかったよ。誰一人な。ここも昔はもっと人がいたんだが私一人になってしまった。」
「そういえば、前回の死はいつ頃現れたんですか?」
「100年近くたつ。その間に前回を知るものはいなくなった。私が消えないのは、死に近づきすぎたせいかもしれないな。」
皮肉なものだな、とマッシュは笑った。その目には寂しそうな色が浮かんでいた。