反撃
「どういうことだ?」
「つまりオレたちだってあいつらに死を与える…、言いにくいな。そうだな…死なすことができるんじゃないかと思うんだ。」
「なるほど、しかしどうやってだ?死の条件が何なのか分からないぞ。」
「それは、まぁな。」
今までみてきた例は、特に共通点のようなものはなかった。何が死に直結するのか。
「私の考えだけど…。」
静かに聞いていたサラが遠慮がちに口を開いた。
「たくさん血を出すこととか、体が大きく傷つくことが関係してるんじゃないかな?」
「なるほど、この前の鹿、男には共通しているな。可能性はあるか。」
「となると、どうやって傷つけるかだ。」
自分の三倍はある獣だ。素手でやりあうのは不可能だろう。
「石で叩くとか?」
「それはまずいな、近づけばやられる。それに大きな傷はつけれないだろう。」
今晩もやつらの襲撃があるとすれば、時間はあまり残されていない。即興でもいいから何か用意しなくてはならない。
「例えば、包丁ならあの体をきれるだろうか?」
包丁で動物を切ったことはない。レイだけでなく、この世界のすべての人がそうだろう。だが野菜がきれるのだ。動物も切れるのではないか?
「どうだろう、大きな傷になるか?いや、突き刺せばあるいは、しかし長さが…」
トッドはぶつぶつと考え出した。しばらくすると結論が出たようだった。
「木の枝に包丁を縛りつけて長くすれば、やれるかもしれない。」
早速製作に取りかかった。一時間もかからずにそれは完成した。
「上手くいくかな…。」
「練習のしようがない。やってみるしかないな。」
「なぁトッド、今思ったんだけどやっぱり危険だ。相手は集団だ。一匹相手しているうちに他のにやられるぞ。」
「俺もそれは考えた。要するに体を外に出さなければいい。あいつらが扉に体当たりしてきたところを扉の穴から狙おう。失敗しても封鎖する余裕はあるはずだ。」
「なるほど。」
「村の人には教えないの?」
「…実はこれを作っているときに何人かにはなした。」
「どうだった?」
「ダメだ。まぁ、昨日の今日だ無理もない。守りを固めた方が確実だからな。」
「あと少しで夜が来るね…。」
宿屋の主人は自分の部屋に鍵をかけて閉じ籠っている。多分何があっても出てこないだろう。
「やるしかないな。」
三人は覚悟を決めた。
夜がきた。月は出ているが、村の家々に明かりが灯っていないためか暗い。皆物音一つ立てずに過ごしている。
「…来たぞ。」
闇に紛れて獣が入ってきた。やはり集団だ。昨晩と同じく五体いる。
「こっちに来るかな。」
サラは少し震えていた。レイもトッドも内心恐怖していた。一歩間違えれば死はこちらに襲いかかる。しかしやらなければならなかった。
「今明かりがついているのはここだけだ。来るなら最初だろう。」
トッドの予想通り一体がこちらに近づいてくる。襲いかかる時奴らは一体で来る。それで十分だと思っているのだろう。
「いいか、レイ、サラ。合図したら一気につき出すぞ。」
二人は静かに頷いた。トッドは窓から様子を見ている。昼に作った道具、三人はこれを包丁棒と安直に名付けていた。それを扉の隙間にセットしている。つき出せば獣にあたるはずである。
「今だ!」
包丁棒は勢いよくつき出された。何かに当たった手応えがあった。その瞬間、耳を突き刺すような絶叫が上がった。獣の叫びだ。その音に膝が震えた。
「どうだ、トッド!」
「ダメだ、動いている!…いや、逃げていくぞ、効果ありだ!」
引き戻した包丁棒には赤黒いものが付いていた。獣の血だろう。
「やったね二人とも!大成功だよ!」
上手くいった安心感と達成感で、三人は興奮していた。
「あと四体だ、何とかなるかもしれないぞ。」
その時、破裂音と共に周囲が明るくなった。窓の外を見ると家が一軒燃えていた。その炎を嫌ってか獣が森に戻っていった。
「終わったのか?」
レイは突然の出来事に呆気にとられていた。
「それよりは火を消さないと!」
これにはさすがに村の人々も協力してくれた。延焼を恐れたのかもしれない。消火には一時間ほどかかった。家は結局全焼した。住人はかろうじて逃げ出せていたようだ、二階にいたのが救いだった。問題はもう一つの方だった。獣が一体取り残されていた。全身が焼け焦げているが呼吸をしている。こちらに襲いかかる力はすでにないようだった。村の人々の憎々しげな目が向けられている。
「レイ、包丁棒を持ってきてくれ。」
「何故?」
「こいつで試す。死なせる方法を。」
トッドの目は本気であった。実際それは今後のために必要であろう。レイにもそれは理解できた。言われた通り持ってきたものの何故か心苦しいものを感じた。
「ありがとう、それじゃあいくぞ。」
そういうとトッドは両手で包丁棒を握りしめ獣に突き立てていく。足を指し、腹をさした。まだ動いていた。サラはその状況に耐えられなくなったのか、離れていった。村の人々も何人かが嘔吐した。トッドの額には汗が滲み、その顔は青ざめていた。トッドだけにやらせる訳にはいかない、そう思った。
「代わるぞ。」
「…きついぞ。」
何も言わずトッドから包丁棒を受けとる。そして突き刺した。その瞬間レイを今まで感じたことのない嫌悪感が襲った。扉越しに突き刺した時には感じなかったものだ、吐きそうになるのをこらえながら胸の辺りを突き刺した。獣は低いうなり声を上げ、動かなくなった。
「終わったな。」
レイは包丁棒を引き抜き放り投げた。村人がどよめいている。対抗策が見つかった今、村人も閉じ籠ることをやめることにしたようだ。
「すまないレイ、一番きついところを任せてしまったのかもしれない。」
「いいんだ、いつもトッドに任せてちゃ格好つかないからな。」
フッと気取った笑いをしながら言った。トッドもそれに応えるように笑った。
「ごめんなさい、私何もできなかった。」
サラが小さな声で言った。誰も責めることはできない。こんなことは普通耐えれたものではない。トッドもレイも引けなくなったからやっただけなのかもしれない。
「気にしなくていいさ、それよりやつらの弱点が分かった。火と胸の辺りを刺すことが有効らしい。作戦を立てよう。」
「それなら我々も協力させてほしい。」
村長だった。数人の村人も残っていた。
「すまなかった、隠れているだけでは駄目だとようやく気づいた。図々しいとは思うが一緒にやらせてほしい。」
村長は深々と頭を下げた。かえってこちらが申し訳なくなるほどだった。
「謝らないでください。皆で協力して奴らを倒しましょう。」
おそらく明日も奴らは襲ってくる。こちらもこれ以上やられる訳にはいかない。
明日決着をつける。