不審
日が昇る頃になって、ようやく彼女も落ち着いた様子だった。名前はエレナというらしかった。
なるべく刺激しないように言葉を選びながらトッドが質問した。
「昨晩は何があったんですか?」
エレナは再び涙を浮かべながら答えた。
「村でおかしなことが起こるようになって、不安だったの。皆家からでなくなったし。だからお互い励まし合うつもりで夜あっていたの。」
「そしたら?」
「大きな何かが彼に飛び付いて、そのまま引きずって行ったの。」
その時のことを思い出してエレナは震えていた。彼女にもそれ以上のことは分からないらしかった。疲れたのか気絶するように眠ってしまったエレナをベットに寝かせ、三人は外に出た。
「…悲鳴が聞こえたとき、私達以外誰も出てこなかったね。」
「仕方ないのかもしれない。皆怖いんだ。」
「連れ去られた人はどうなったんだろう?」
「確かめに行くか?」
「本気か、レイ?俺たちも襲われるかもしれない。」
「少し跡をたどってみるだけさ。危なくなったらすぐ戻る。それに襲った何かも今は眠っているんじゃないかな?」
「根拠はあるのかよ。」
あきれたように首をふりながらトッドがいった。
しかし結局サラが賛成したことで少しだけ森に入ることになった。
夜はよく見えなかったが、今は引きずられた跡が見えた。村の人々は彼らの様子を不審そうに眺めていた。
「…なんか、みられてない?」
「こんな時期に旅人だ。気になるのも無理はないさ。」
「そういえば連れ去られた男の家族がいるはずだけど、どうして騒ぎにならないんだ?」
「分からんな、それも後で確かめよう。」
森の入り口付近までは分かりやすく跡がついていた。恐らくは手で引っ掻きながら引きずられたのだろう。その跡も途中でなくなっていた。
「どうするレイ、もう跡は分からないぞ。」
「もう少しだけ調べて見よう。」
何かの痕跡を探るため周囲を探った。
「二人ともこっちに来て!」
木の影を見ていたサラが呼んだ。何かを発見したらしく、少し興奮している様子だった。
「これ見て。」
サラが指差す先には布のようなものが引っ掛かっていた。どうやら服の一部のようだった。
「ここを引きずられたということかな。」
「ここに来る途中に見た鹿は薮の中にあったな。今考えるとあれは、隠してあったんじゃないか?」
三人は辺りを見回した。近くに怪しい場所がないか探した。そして見つけた。布きれが見つかった場所からそう離れていない。男がいた。あちこちの肉が欠損している。三人とも驚きのあまり立ち尽くした。確かめることもなく死が訪れている事を理解した。驚きから回復するにつれて恐怖がわいてきた。男を襲った存在が近くにいるかもしれない。
「…この人どうする?連れて帰る?」
「これを?冗談だろ!連れて帰って何になるんだよ。」
「そうだけど、エレナさんのことを考えたら…」
「こんなの連れて帰っても、余計に悲しいだろ!」
トッドが珍しく声をあらげた。レイとしてはトッドの考えに賛成だった。自分から探しに来ることを提案したのだか、今はこの森から脱出した方がいいだろう。
「村の人に相談しよう。今はここを離れた方がよさそうだ。」
そう決めると三人は走って森を出た。後ろから何かが追ってこないか、それだけが気がかりだった。
村はやはり静かだった。人々は最低限の外出しかしていないようだった。これでは誰に相談していいか分からない。三人はひとまず村人であるエレナに相談することにした。森で見たことについては黙っておくことにした。
「そうか、そんなことが。」
三人はエレナから聞いた村長の家に相談にきていた。昨日の晩の出来事から森の中で見たこと、そして自分達の村で起きていることを話した。特に本に記されていた内容については慎重に話した。
「…君たちは村を出なさい。」
話しを黙って聞いていた村長は少し考えた後答えた。三人にとっては予想外の答えだった。
「何故です?」
「私達はこの異変を黙って耐えることを選んだ。無駄な騒ぎは避けたいのだよ。」
「いつ終わるかも分からないのに、ですか?」
「そうだ。」
それ以上はトッドも何も言わなかった。レイもサラも何も言えなかった。何も言わせない雰囲気がそこにはあった。
「…今日はもう遅い、荷物をまとめて明日には出ていきなさい。」
話は終わった。