死の予感
森は静寂に包まれている。三人の足音だけがはっきりと聞こえてくる。
「歩き慣れた道なのに、何だか不気味に感じるな。」
歩きはじめて結構な時間がたった。村を出てすぐは会話も弾んだか、森の雰囲気に押されて口数も少なくなってきていた。
「そうだな、よく見れば村と同じように変色している木々もある。やはり村だけで異変が起きていた訳ではないらしい。」
さすがにトッドはよく観察しているようだった。
「二人とも少し止まって。…何だか嫌な臭いがしない?」
立ち止まってみると、風に乗って何かの臭いがする。嗅いだことのないような悪臭だ。
「…確かめてみるか?」
トッドの提案に少し躊躇ったが賛成した。サラもやはり気になるようだった。風を辿るように進むと臭いが強くなっていく。そして原因にたどり着いた。
「あれは…鹿か?」
藪に隠れるように鹿が横たわっている。その周囲には血溜まりができていた。
「…近づいてみようか?」
サラが呟くように言った。好奇心と不安感が同時に存在したような表情だった。状況を確かめる必要はある、全員で確認することにした。近づいてみたが鹿は微動だにしない。その腹部は大きくえぐれていた。出血の多くはそこからに思えた。
「これはもしかして-死-なのか?」
「そうなのかもしれない、-死-は人や、植物以外にも現れていたんだ。」
目の前の状況からはそう考えるしかないようだった。
「このお腹の傷はなんだと思う?」
大きく抉れた傷口を見るのは気分のいいものではなかった。よく観察すると何ヵ所かを強い力で破られた様子であった。
「私の気のせいかもしれないけど、これって何だか噛み跡みたいに見えない?」
言われて見ればそのようにも見えた。しかし三人には、これほどまでの噛み跡を残せる動物に心当たりはなかった。また、彼らは植物しか食べない故に、この行為の痕跡に強い恐怖を感じた。
「これをやった何かがいるなら、この森は安全ではないぞ。いざとなれば野宿でもなんて考えていたが、甘かったかもしれない。」
トッドの顔は青ざめていた。誰もが不安だった。
「今ならまだ、引き返せる。」
「でも、戻る時間と次の村までの時間は同じ位だよ。だったら私は進みたい。そこで今後を考えてもいいんじゃないかな?」
最もな意見だと思った。レイ自身成果もなく帰るのは心苦しかった。
「なら進もう、このまま留まっているのも危険だ。」
鹿はそのままにして三人は歩を進めた。歩きながらレイはふと気になった。もし鹿が何か他のものによって死を与えられたなら、同じ事が自分にもできるのではないだろうか?あまりに突飛な考えに二人に話すのはやめておいた。
村についたのは日が沈む直前だった。歩き続けた三人は疲れきっていた。村は静かだった。時間のせいもあるだろうか。とりあえず宿を探すことにした。あまり広い村ではない。宿はすぐ見つかった。しかし何度ノックしても反応はなかった。
「留守なのかな?」
「宿屋が留守とは珍しいな。どうする?」
立ち去ろうとした時ようやく扉が開いた。
「お客さん?」
半開きの扉から男が少し顔を覗かせた。
「あっ、そうです。部屋あいてますか?」
「これは失礼しました。どうぞお入りください。」
先ほどまでの態度が嘘のように愛想よく部屋に案内された。広くはないが綺麗な部屋だった。
「村が静かですが何かあったんですか?」
荷物を運んでもらいながらトッドが質問した。
「いえ、お話しするようなことでは。」
「例えば、誰か動かなくなったとか。」
「なぜそのことを…」
「実は俺たちの村でも同じことが起きているんでる。原因を探るために旅をはじめたところでして。」
「そうでしたか。そちらの村では何人が?」
「把握しているだけでは5人。あとは草木が。」
「うちは二人です。皆怖がって外出を控えているんです。」
「どこも同じみたいですね。」
それ以上のことは分からなかった。しかし異変が他の村でも起きていることは分かった。明日情報を集めることにして眠ることにした。
眠りに落ちてどのくらいたっただろうか?突然の悲鳴に三人の眠りは破られた。着の身着のまま飛び出すと一人の女性が震えていた。
「どうかしたんですか!」
「今、何か大きなものが、彼をつれていった!」
かなり動転している様子だ。声は震え、何をいっているのかよく分からない。地面を見ると何か引きずったような跡がある。それはそのまま森の方まで伸びている。
「サラはこの人をみていてくれ!」
「うん、分かった!気をつけて!」
レイとトッドは跡をたどって森の中に入った。月明かりはあるがほとんど見えないといっていい。少し入ったところで跡はたどれなくなった。
二人の中に嫌な予感が渦巻いていた。道中見た鹿の姿が頭の中をよぎっていた。男を連れ去ったのはあれをやった存在なのでは?それ以上の追跡は断念し、サラの元へ戻った。後ろカラー何か現れないか不安だった。
「どうだった?」
サラは泣きじゃくる女性を慰めるように肩を抱いていた。
「すまない。見つけられなかった。」
それを聞くと女性はさらに泣き出した。
「…とにかく一度宿にもどろう。この人も連れていこう。」
結局、夜が明けるまで話はできなかった。女性が見た大きな何かが気になって眠ることはできなかった。