昼食と返答
商業都市トリスでの身分の確立と資金の確保。人族の中で過ごすうえで大きな課題となる二つを何とか達成する事に成功した秋とリア。だが衣食住の基盤がそろっていないのは問題だ。特に衣食住の衣。今は『黒翼のコート』の着用者に合わせた伸縮機能によってかろうじて服の問題は解決しているが、それでも限界というものがあるだろう。
そして次に情報。これは人間の基盤という意味ではある程度問題にはならないが、この世界の常識や歴史。“地球に帰る”ためへの準備に必要なものや、それに通ずる手掛かりなんかが欲しいところだ。これもまた秋の目的のためにつながる一歩。故に外すことはできないのだ。
「秋。次はどこに?」
「ん?ああ、まずは宿だな、確かギルドに聞いたところだと…」
秋とリアはギルドのあった大通りを来た道とは逆に進み丁度ギルドと城壁入り口前の門の間から半分のところにある住宅街と宿屋が主に軒を連ねる区域。そこから大通りを逸れた先にギルドが紹介してくれた宿屋があった。
「星の輝き亭ね。ここだ」
「ん。確かに」
そこは大通りから離れている場所で、狭い道が入り組み始める端の区域との入り口にもなっている場所だといえる。日光が少し薄暗く、大通りと比べるとその華やかさは半減している。だが決して人がいないわけでもなく。彼らは宿を利用している冒険者だったり、ここらに住んでいる住民だったりしている。
そしていざ中に入ってみると、女将は途轍もなく可愛い…なんてことはなく、普通のおばさんともいうべき女将が出迎えてくれた。
「おお、これはこれは、星の輝き亭へようこそ。ギルドの紹介ですか?」
「ああ、そんな感じだ」
「了解いたしました。それでは朝食付きの一泊で一部屋銀貨四枚。二人部屋で銀貨6枚。湯あみ用のお湯は銅貨2枚。夕食が必要な場合は銅貨5枚を払っていただければうちの主人が作ります」
「ああ、そうだな…んじゃ、こいつと俺の部屋で二部屋。そうだな……」
「ん。二人部屋で大丈夫」
「ん?リア、今なんて言った?」
「二人部屋で大丈夫。」
「お客様、どうされますか?」
「いや、ひと——」
「二人部屋で」
「ええ、了解いたしました。では二人部屋で何泊されますか?」
「……まずは3泊させてくれ、そのあともここに用があるなら追加で払わさせてもらう」
「了解しました。それでは部屋の鍵は…ああ、501の鍵をお使いください」
「ああ、分かった」
「お荷物は自己管理でお願いいたします。当宿は盗難などには一切責任を持ちませんので、ご理解を」
「ああ」
こうして、あらあらとニマニマした表情の女将さんに、笑顔を崩さないリアの横顔を眺めて、心の中でため息をつきながら501号室へと向かうのであった。
◇
異世界の宿。とっても異世界の宿は現代と違い、ただ夜を過ごすためという認識が強い。現代にあるサービスなんてものは1mmも存在しない。だが木造の部屋に二人部屋という事で二人用のシングルベッド二つと机がポンと置いてあるぐらいのものだ。
そしてそのあたりを一通り見渡し、「ま、こんなもんか」納得する秋。日本の宿を基準に考えてしまい、抵抗があるかもしれないと危惧していたが、そんなことはなかったようだ。
「ん、秋。これからどうする?」
ベッドにそっと腰かけながらリアは次に何をするのかを秋に聞いていた。
「ああ、まあさっきも言ったと思うが、そうだな…図書館には行きたいが、その前にリア。お前の服だ。俺はこのコートがあるから大丈夫だが、お前に合う服なんかもあった方がいいだろう。まあ旅の間は俺のスキルでしまっておくが、ああ、あとはバッグとか、冒険に必要なものを改めて買い集める必要があるな」
「ん。私の服?…いらない。秋と一緒がいい」
「いやいや、そういうわけにもいかないだろ?じゃ、今からリアの服買いに行くぞ、それに俺も下着とか、服に関しては少し見ておきたい」
「…ん。じゃあ行く」
こうして取った宿を30分で出て、また商業都市トリスの大通りへと足を運ぶのであった。
◇
「ん。人多い」
「なんか、さっきより人多くなってないか…?」
今の時刻は現代時間で午後2時。この時間ごろが大体ピークを少し過ぎたぐらいの時間で、昼食などを済ませた人々が働いたり動いたりする時間帯だ。
「そうだリア。せっかくならここで昼飯でも食べないか?」
「…ん。賛成」
そう、リアも秋も久しぶりを通り越して初めてのレベルだ。秋に至っては本当に初めての異世界料理というものを一度体験してみたいと思っていたころだ。丁度いいのだろう。
秋が異世界にきて食べていたものといえばそれこそ食べられる魔物の肉や現代から『空間の異箱』で持ち込んでいた食料を食べて何とか食いつないでいたのだ。
そう決まれば善は急げと言わんばかりに、昼食を取るべく大通りを散策し始めた。
「ここがいい」
「んじゃあここにしよう」
そして選んだのが、大通りから横道に逸れたところにあるテラス席がある現代にもあるようなカフェのような店だった。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「ああ、テラス席は空いてるか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
こうしてテラスにリアと向かって座り、メニューを眺めて注文する。秋は香辛料などをふんだんに使った鶏肉のプレートセット。リアはトマトと海鮮のパスタのような麺のような皿を注文していた。
ちなみにだが、この世界では一般的に魔物肉は食されており、牛肉などは高価な部類に入る。豚肉や鶏肉なども食されて入るが、豚肉はほとんど出回らない。だが鶏肉は狩りをされており、よく出回る。だから一般市民は魔物肉や、少し高価な肉の中に鶏肉も入っている。
ちなみにここで海産物を食べることができるのはこの店が当たりだからというのも十分あるが、この町が商業都市トリスだからだともいえる。物流の中間にあるこの街は、あらゆるものが通る街、そのため海産物や香辛料などが一般の店でも買うことができるのだ。
「…ちょっと素敵」
「何がだ?」
「こうして、秋と向かって座りながら昼食を頼んで、それでこうしてのんびりと過ごしている。なんか、時間がゆっくりになった、感じ?…うまく言い表せない」
うーんうーんと少し考えているリアを見て、今の状況を秋もまた少しづつ整理して、確かにリアの言いたいことが分かるような、分からないような、自分もリアの気持ちを共有できてる気がして、思わず頬が緩む。それを秋自身が自覚した。
「そうだな。俺も今そんな気持ちだよ」
「……ん。私も今、とっても幸せ。秋とこうして向かいに座って、顔を眺めて。今が幸せ」
「そうか…俺も、そんなストレートに好意を伝えてくれる人なんて、なかなかいなかったよ。だから新鮮だ。とても新鮮で心地がいい」
「ん…。私の事。好き?」
「ああ、好きだよ」と言おうとした矢先に、言葉を言葉で遮られた。邪魔が入ったのだ。
「おっ、可愛い子いるじゃ~ん!どう?俺らと遊ばない!?そんな地味~な奴なんて置いといて、この俺とさぁ!」
秋とリアの前に現れてきたのは、皮と鉄の防具を着込んでいる冒険者風のパーティーだろうか。そのパーティーは3人いた。全員男で、3人6つの目線がリアを向いている。一人の暴走というわけでなく、3人がリアの事を狙っていた。
(はぁ。こういうやつは異世界でも現在でもいるのか…)
秋は心の中で大きなため息をついた。完全に絡まれている。面倒にもほどがある。これを異世界のイベントなどと思えれば世話はないのだが、生憎そんな頭は持ってはいなかった。
(あ、でも。一人喜びそうなやつを知っているな…)
何を隠そう陽の事だ。陽ならこの状況を楽しみつくすことができるだろうとしみじみ思いながらふと今の状況を思い出してリアの方を覗いてみると。
————怒っていた。ものすごく。
あの冒険者パーティーを殺さんとする勢いでその眼光が冒険者3人組を貫いていた。仮にも軍隊を壊滅まで追い込める『魔導姫』の本気の眼光を食らって、平然としていられるのは強いからなのか、それともバカだからなのだろうか…
『マスター。まあ馬鹿だからでしょうかね。ちなみにですがリア様は魔力が感情に誘発されて暴発しかかってます。仮にも『魔導姫』。暴走魔力すら支配していますがこのままだと魔力を解放させかねません…もちろん故意にですが』
アルタからのまさかの宣言。そこまで怒っていたのかと秋は改めて今起こっている事態が重いのかを再認識した。
「————おい!おい!聞いてんのか!てめえ俺たちの事を舐めてるんじゃねえだろうな!?」
「ん?どうした」
秋は思わず素でそう返してしまった。秋は瞬間の記憶を再生する。リアを狙った馬鹿3人衆は秋の態度にイラついてそのまま絡んできていると、しかも完全にさっきの回想で3人の事を忘れていたため、思わず素で返してしまったのだ。
「てめえぇ……」
「ん?ああ、そうだ思い出した。まあ今すぐ回れ右して帰ることをお勧めする」
主に魔術で爆撃まがいの事をされたくなければ。と後ろに心の中で付け加える。
ちなみにテラス席で絡まれているため、店員は料理を出し渋っており、通りを通る人もみなテラス席から少し離れたところを歩いて我関せずの状態が形成されていた。
だからテラス席から直径2m前後は、まったく人のいない石作りの地面が見えていた。普段この街ではそんなこと起こりえないというのにだ。
「あまり俺たちの事を舐めすぎない方がいいぜあんた…早くその娘を俺たちに渡してあんたはとっとと消えな!それが身のためだぜぇ~?」
その言葉に二人が笑いながら同意を付け加える。
(ま、これぐらいでいいだろ)
その瞬間。バッ!と椅子から立ち上がり、3人組の方を見つめる。
「お?」
リーダー格の男が秋を威圧するように声を出す。だがもう遅いのだ。いつの間にか襲っていた音速の拳は、その冒険者を圧倒するには十分すぎたのだ。
「ぐはぁぁぁっ!!」
リーダー格の男が、秋の拳を腹にもろで食らって体がくの字に曲がる。
そこから先は10秒もかからなかった。
「てめえ!」
「おい!」
その瞬間。拳や足が自分の体を打ち付けた。打ち付けられた足や拳は間違いなく秋のものだった。
「ぐへぇぇ!!」
「ぐはっ!!」
取り巻きの男はたった一言秋に言葉を投げかけた瞬間に飛び回し蹴りを頬に食らってダウン。そして最後の一人は掌底を食らってそのまま地面へと倒れた。
「て、てめえ…」
「絡む相手を間違えたのが悪いんだよ。三下」
そうして、最後に意識を取り戻したリーダー格の男の頬に向かって、まるでサッカーボールでも蹴るかのように頬を蹴り、腹這いになっていたリーダー格の男を仰向けにさせる程の威力で蹴り飛ばして3人を処理したのだ。
テラス席の周りでは大男が伸びきっており、秋は何気にすることなく料理を待つ。リアも何一つ気にする様子はなかった。二人とも神経が太いのかもしれない。
「そういえばリアの返答。まだ返してなかったな」
「え?」
「ああ、好きだよ」
そういうとリアは、今までで見たこともないような笑みを浮かべて秋を見つめてくれていた。秋もまた笑顔で返した。
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