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意思と意思

秋が眠りについても、まだ戦いは終わってない。ノワールの戦いは、秋が休息する時間と同じ時間から始まっていった。


「父さん……どうして?秋の力は確かなもので、3千ものスタンビートを一撃で倒せる力もある!邪龍を倒せるのはもう彼しかいないのよ!?」


「万に一つも倒せるという保証がないだろう!仮にもし倒せるとしても、邪龍の毒の霧が100%こちらに来ないという保証はないのだ!彼らは大丈夫かもしれないが、戦火が拡大した結果我々が死んでしまっては意味がないのだ!」


「だからって…だからってこのまま何もしないのが一番悪手でしょう!いつ邪龍が動き出して私たちのところに来てもおかしくはないでしょう!?」


「だからと言って、無策のまま動いてこれ以上死者を増やすわけにはいかん!」


「じゃあ何か策はあるの!?」


こうしてひたすらに言い争いを続ける父と娘だが、いよいよ決着はつきそうにない。秋との約束を頭の中で反復しながら、何とかして行動に移すための下準備を整えようと努力する娘と、邪龍の恐怖を知った父との口論は終わらない。


「……ない…ないが、それでも、お前の策は認めることはできん!私は彼らの力を知らないが、邪龍の力なら知っている!お前は、お前は知らんだろう…邪龍の力を…」


「それは……そうだけど…」


父ガルビートを止める心の中には、邪龍は何事よりも強い災害としてその心に大きく刻み込まれている。


「私は見たっ……我らの同胞が瘴気に侵されて溶けていく様を…もしも今邪龍を刺激して、あの光景がここで繰り広げられると思うと……私は……私は……」


ガルビートもまた、他の集落の人間を逃がすために邪龍に槍を向けた一人だった。そして圧倒的な力を前にし、立ち向かった竜人の死をその目で見た数少ない一人だったのだ。

だからこそわかる。目の前で瘴気に侵されて体が溶けていった同胞を、時間を稼ぐためと突撃し気を引こうと試みるも、それらが一蹴され何の意味を見いだせずに消えてなくなった同胞を、その景色が今もフラッシュバックする中で、族長としての使命を全うするべく邪龍の前から逃がされたことを。


族長としてガルビートは使命を全うしようとしている。相まみえ朽ちた竜人の中には家族を持ち、今もここで過ごしている者もいる。族長として皆をまとめていくことが生き残された私の責務とガルビートはそれらを背負い責務を全うしようとしているのだ。


ノワールの目には、確かに苦悶するガルビートの姿を見て、なお強く物を言う事に躊躇いを覚えてしまった。そしてそのまま夜は過ぎていく。今は時間が必要だ。砂金のように貴重な時間だが、それでも今は消費し浪費するしかない。そうノワールは苦悶するガルビートを見て、自分を抑えつけた。







あれから時間は過ぎて、もう日が落ち夜へとその姿を変えていた。恵みの雨で竜人の皆は笑顔で夜を迎えていたが、ノワールとガルビートだけはそうはいかなかった。父と娘の喧嘩。だけで済めば何倍もよかったのだが、互いが互いを憂い、その上で衝突しているこの状況は、もはや第三者が介入できる程甘い問題ではなかった。


こうして集落の族長として与えられた少し豪華なテントは、少しの部屋が用意されており、それらが物理的にノワールとガルビートをシャットアウトしていた。だがノワールはいつかそれを拭いもう一度父と向かい合わなければならない。秋から言い渡されたタイムリミットは残り僅かしかないのだから。


そしてノワールはもう一度、テントの中央のテーブルで座り項垂れているガルビートの対面に座った。


「……もう一度、話をしに来ると思った…、先ほどは、すまなかったな…取り乱してしまって……」


ガルビートはこの展開を予想していたようで、待っていたという事はガルビートもまたこの話に決着をつけようとしていたという事だ。


「ええ……」


「だが、私の意見は変わらない。今は刺激するべきはない。彼らは邪龍を倒せるかもしれない。だが彼らが邪龍を倒せるとはいっても、彼らにここまで戦火を拡大させるな、ここまで霧の毒を持ってこずに戦えというのは無理な話だろう。ここは今や第二の拠点なのだ。ここがまたしても霧の毒に侵されたとき、我々は今度こそ死に絶える。それが毒かその他かというだけの話だ」


「彼は……私にこう言ってきたわ、“明日までに話をまとめろ”と。だから私は、このチャンスを棒に振ることは何よりも損失だと思っているわ————今ここで戦うしかないの、今彼らを見逃したら、今度こそ邪龍は倒せない。その時、気まぐれに邪龍がこちらに向かってきた時点で死んでしまうわ。私たち諸共、ね」


「むむむ……」


「次、なんてないの。私たちには邪龍は倒せない。私たちでなくてもあの邪龍に勝てる生き物はそうそういない。いたとして私たちのために命を懸けて倒してくれる心優しい善人なんていない。だからこそ今なのよ。次はないの。今しかないのよ………」


「……彼らは、何で邪龍討伐に協力してくれるんだ…?」


「【星王龍】よ。彼らは異世界人。異世界から勇者として召喚された。だからこそこの世界から帰還する方法を知るべく、かの龍に会いたいそうよ」


「————なるほど、であれば、あの強さにも納得だ……」


(まあ、たかが勇者であっても、秋みたいに強くはないと思うけど…)


ノワールはふっと出てきたその思いをスッとしまい込むと、次に説得する言葉を並べ始める。


「だからこそよ。次はない。私たちが支払うものは星王龍への案内だけ、ここで賭けないと未来はないのよ父さん!故郷を取り戻せるのは今しかないのよ!」


「……………故郷は、取り戻さなくてもいいと考えている」


「—————!!!」


「大事なのは今の暮らしだ。私は族長としての責任がある。邪龍から逃げる時間稼ぎをするべく私と同胞の戦士たちが立ち向かった。多くが死んだ。邪龍の毒で苦しみながら肉が溶け死んでいく同胞を見た。ただの一撃も入れられずに死んでいく戦士を見た。私は逃がされたよ。“族長だから”とな。皆を守っていく責任があると言われた。邪龍から時間稼ぎをするつもりが、私が逃げるための時間稼ぎをして死んでいった者もおった」


「————私は、彼らの意思を背負い生きるのだ。彼らが死を受け入れたのは生きてほしいと願う者たちのためだ。彼らは家族を守るために身をささげたのだ。だからこそ、その家族を少しでも危険にさらす行為を、今は認めるわけにはいかないっ………!!!」


それはガルビートの誓いだった。ガルビートが生かされた意味を、全うしようとしている父をノワールは見た。それは確固たるものだった。いかなる槍でも貫くことができない厚い巌を感じさせた。だが、ここで引くわけにはいかないのだ。ノワールもまたこの度で覚悟を身に着けたのだ。


「……そう、父さんの意思は分かった。けど、私の意思も変わらない。私は私だけでも戦う。秋と一緒に、この集落の許可がなくとも、協力がなくとも私は私の意思で戦うわ———それだけ伝えられたらもう十分。父さんの意思も分かったし、私の意思も変わらない。交わらないならそれぞれ歩むしかない。これは———私がここを出て学んだこと。父さん、朝まで待つわ」


こうしてノワールは席を立ち、ガルビートは何も言わずにただもう一度項垂れた。


「……まったく、強くなったな……」


ノワールが自室に戻ったしばらくした後、その声が空しく響いた…かのように思えたのだ。






———ガルビートが異変に気付いてハッと見上げた。そこはテントなどではなく、数々の星が煌々と光り輝く宇宙と、そして中央に佇む黄金だった。





お読みいただきありがとうございます。

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