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第一話の『ことのはじまり』は0話になります。0って付けた方が良いかな?
帰るときも当然のように自室まで一人で歩くレイラに、使用人たちの視線は痛い。
だが、その視線の中に所々怯えのような色が映っていることにレイラは気が付かなかった。
自室のドアを開け、寝台しか座る家具の無い部屋に戻れば空腹以上に疲労を覚え身体を寝台に下ろした。
溜息を一つ零すとやっと息ができるような気がして、必要のない装具を外してはしたないと言われるぎりぎりのところまで寛がせ、また一つ溜息をこぼす。
初めて触れた先刻までの違和感に食堂に残ったパスカルと同じく気もそぞろなレイラは、部屋を出るまでの自分を含む関係者の全ての行動を思い返していた。
いつものようで、いつもと違う朝。
何かが違う。
違う点に気が付いたこともある。
もう家族との関係性の改善など夢にも思わないレイラだったが、この変化に気付いてしまった気持ちの悪さに思考は深く沈んでいった。
部屋での謹慎はもう慣れたものだ。食事を抜かれた以上は誰もこの部屋を訪れる者などいない。邪魔が入ることも無いから思う存分思考の奥底に沈むことができる。
実に悲しい現実だが仕方のない事だ。
下位貴族でもある侍女は生活魔法程度は使える。つまり魔力を持っている。
あの若い侍女も仕えた高位貴族の令嬢が自分の微やかな魔力より劣ることを知れば、例えそれが上位者であっても侮ってしまう。若いほどそれが表に出てしまうのだろう。それ自体は理解し難くとも理解できる。
いじめられた云々はレイラ自身そう訴えられることに驚きを隠せなかったが、あの若い侍女がそう言うのならば信じられてしまう下地があるのだからそれは諦めるしかない。
侍女長も理由は分からないが代替わりしてから一度もレイラに会おうとしない。真相を尋ねたとしてもあの神経質そうな眼差しで見つめられるとレイラには引き下がることしかできないだろう。
「よろしいでしょうかお嬢様」
軽いノックの後、珍しいことに自分を『お嬢様』と呼び掛ける声がする。
ハッと顔を上げて扉を見遣るが空耳かもしれないと凝視する。
「お嬢様?お戻りではなかったのでしょうか?」
これは筆頭執事の声だったろうか?
普段から忙しいらしく侯爵家の内向きから表向きの事までを差配する彼に遭遇することは、レイラを避けている節がある侍女長並みに難しく、その声音に自信が無かった。
「お嬢様?」
「お、居りますわ。開いているのでどうぞ入って」
物はないが自身で掃除をしているので見苦しくは無いだろう。少なくとも埃や汚れは無い。
それしかないので座っていた寝台から身を起こし居住まいを正し、筆頭執事を招き入れる。
静かに開けられる扉から果たして本物が現れたことにレイラは強く動揺を覚えた。
「お・・嬢様。これは・・・・」
入ってきた筆頭執事は型通りの挨拶をしようと部屋に立ち入った瞬間、視界に飛び込んできた部屋の状況に絶句した。
彼が見た物は、高位貴族令嬢の部屋としては存在する事すら許されない有様だった。
部屋の広さは次期当主である継嗣のパスカルとは比べようが無いが、双子であるセイラと変わりはない。それなのにセイラの部屋の倍はあろうかというくらい広く感じた。
年頃らしく華やかな家具やファブリックで揃えられたセイラの部屋とは違い、レイラの部屋には何もなかったのだ。
年代物のカーペットは価値のあるものではあってもその経年劣化により傷み、埃焼けはしていないが煤けて部屋を実際以上にに暗くしている。
据えられた家具と言えば古い大きいだけのクローゼットと据え付けの飾り棚。中央に骨董物の寝台があり、お世辞にも高貴な身分の者が使う物では無い。廃棄処分が適当な代物ばかりだった。
寛ぐためのソファも無ければファブリック一つ一つが足りないか古びた物ばかり。
主一家の女性の部屋は慣例として全て侍女長の管理の元整えられている。
セイラの部屋には侍女長と共に季節毎の模様替えに侯爵夫人から相談に乗るようにと命じられ入ったことがあるが、思えばレイラの部屋に関してはそんな話は一切なかったと思い返す。
これでは貧困に喘ぐ下級貴族の家の様ではないか。そう思い至り筆頭執事の背に汗が伝った。
自分の職域ではないが、この館の全てを預かっている身で何故このことを知り得なったのか、知ろうとしなかったのか。そこまで思い至り、ハッと筆頭執事は顔を上げる。
「お嬢様失礼いたしますこちらを見せていただいても?」
浴室に続くドアを示されレイラはカッと赤くなるが『諾』と返事をする。
(なんだろう?またお父様に怒られるような事が?今度こそ餓死するかもしれませんわ・・・)
父に傅く彼しか見たことのないレイラにはその行動に内心びくびくし通しだった。
この常に姿勢が良く姿の良い筆頭執事は、侍女長が交代する時期を前後してその職位に就いているため、レイラには馴染みが薄い。当然その行動の意味を図りかねていたが、父の意思に忠実な彼に逆らう事は父自身に逆らう事だという理解でいた。レイラの境遇は関係なく『只の高位貴族の娘』という無位無官の人間でしかない令嬢は当主の意を代行する彼に対して否やは言えないのだ。
「失礼いたします」
遠慮も無くその扉を開け更に絶句するその姿に、再びカッと頬の熱くなるレイラがいた。
浴室には自分で洗った下着やシーツが干されていたのだ。
ぎりぎり筆頭執事の視線からは手前にほしたシーツの為に下着は見え辛いはずだが、何が干してあるかは判別できるだろう。
果たして固まっていた筆頭執事が油の切れた機械の如く軋むように振り返るまでの時間、レイラは存分に羞恥心で悶えることとなってしまった。
(ぎゃあ・・・神様なんてやっぱりいないのですわあ)
もういっそ倒れてやろうかと思いながらもレイラは耐えた。
「お嬢様。この状態はいつからの事でございましょうか」
若干青褪めた顔色で問いかけてくる筆頭執事に(そういえば彼の名前も聞いてなかったわ)、どう答えた物か逡巡したレイラだったが、目の前の男に嘘など通じないと分かっているので答えるしかなかった。朝からずっと使用人たちの恨みを買いそうな出来事ばかりが続き、流石に明日の朝日が拝めるだろうかと不安にはなったが仕方が無かった。
「3年前ぐらいからですわ」
渋々と言った態でレイラが答えるその答えに、筆頭執事はめまいを起こした。
確かに、どんなに居室だけ整えていても常に美しく保たねばならない浴室を見れば使用人の力量や仕事に対する熱意などは測れると言われ、定期的にチェックするのも彼の業務だ。
だが、女性の部屋は其の限りに非ず。侍女長に一任されその報告を受けるのみだった。
清掃に関する不備どころか、これでは何の手も入れられていないこの部屋の管理を部屋の主自身が成しているとしか思えないし、実際そうであることがはっきりしている。一目瞭然だ。
こんな大胆過ぎる不正はその長絡みでなければ不可能だ。
それにしても3年間?レイラの言葉が正しければそんな長い間この侯爵家の令嬢がこのような境遇を押し付けられてきたというのか。しかも使用人から。
ふつふつと湧き上がる怒りを抑え、冷静になろうと息をゆっくり吐きだす。
何故か無表情で感情を出さないレイラがびくりと震えたようだが、気にする余裕などない。
「お嬢様の指示でもないという事ですね?」
自分でも有り得ないと分かっていての質問だったが、これには流石のレイラも呆れたような表情を隠しもしなかった。
「自分で起きて自分で身支度をし、肌・・に身に着ける物は自分で洗濯をする。時間があれば掃除もし、寛ぐだけの最低限の家具も無い只寝るだけの空間を望んでいると思われるのは、正直・・困りますわ」
多分と想像していたよりもひどい状況に声も無い筆頭執事はぐらつく視界を踏ん張りレイラに叩頭する。
「申し訳ございません。私の管理不行き届きにございます。
私の処分に関しては事の始末をお館様にご報告の後、ご裁可いただいた後に甘んじてお受けいたします。
只今は、お呼びに参りました案件につき・・・急ぎお戻りいただくよう申し付かっておりますので、後程になりますが構いませんでしょうか?」
(つまり、事の重大さの順位が呼びに来た用事の方が上という事ですわね?お父様がお呼びなら仕方ないでしょうし。・・・このまま見なかったという事にならないかしら。このことが露見したら、更に迫害を受けそうな予感がします)
「構いません。お父様が御呼びというのならば急ぎましょう」
筆頭執事さんのお名前は次話待て!です。
なんか海賊サイトが盛り上がって(?)ますね。まあ、極極貧相な身分のワタクシ。被害などありゃしないし、目も付けられることも無いしね(自爆!)
読んでいただき感謝感激!!