ことのはじまり
突如降りてきまして・・・なお話になると思いますがよろしくお願いいたします。
ふと瞼を開ければ手に持っていた筈の書付が赤黒く染まっていた。
まだ生きていたのか。
意外と遅い。遅効性を持たせるためにエリカの実を加えたのか。
胸から騒がしい音がする。口中にせり上がってくる苦みの中に清涼感があるのはドクヌマガエルの特徴だ。神経系に働くこの毒は呼吸不全を長引かせる。
熱が出たために意識は朦朧とし関節が痛む。一気に年を取ったような感覚は、まるで床が底なし沼のようにその身をずぶずぶと沈めてゆく。
空を掻く手が掴んだのは愛用の杖。握りにカドゥの実を付けたこの杖は媒体になる魔法石を持たない。
万年に一度しか実を付けないカドゥの樹は魔力を長年吸い込んでそれを実と根に溜めている。
気の遠くなるような行程を経て実は稚い枝に取り付けられ杖となるが、杖職人に可成りの熟練と魔力が無ければ杖を作るどころか実にその『生命の雫』を吸い上げられ骨も残らないという。
この杖には多くの危機を救ってもらった。
吾が白の大魔導士などという恥ずかしい二つ名を得ることができたのも、制御が難しい吾の魔力を十全に制御する媒体として在ってくれたからだ。これを作った職人はもういない。吾を嫉視する者たちの姦計にはまり横死したと聞いている。だから、この杖はこの世界にたった一つしか存在しない。
・・・・・・
・・・・・・・ ・・・
吾がこのまま死んだとする。この杖が、吾の収めた研究が、残された者の手に渡ったとして果たしてどのような『事』が起こり得るだろうか?
翳む思考の中、下手な王立図書館よりも多い蔵書を納めた書棚を見上げる。
3階分に相当する高い天井まで四方の壁全てが書棚となっている。明り取りの小さな窓から差し込む光の帯が乱反射するように部屋の中にあるのは書架台と書き物机。その上の山積みになった書付。
身を返すことも儘ならぬ。
慌てて身を起こそうにも水中を足搔くように力が入らなかった。
だが!
弱ってゆく身体に引き摺られもうどうでも良くなっていた今世への未練も、今際の際で思い止まる案件に思い至った。
不味い。その一言だ。
吾の様々な研究は今世のあらゆる魔法や魔導を伴う事象に大いに貢献してきたと自負するが、はっきり言うとシャレでは済まない隠し玉の方が多い。それが吾の死後明らかになったり悪い方面の手に渡れば…
本気で不味いぞ。大人しく暗殺されている場合では無かった。
震える指を叱咤し、杖を精いっぱい振る。常からマジックワードは必要ないがやや制御が不安なために杖を使用している。声は出なくても魔法陣は展開された。
七色の輝きを放つそれは、吾の書斎に在った一切の書物から小さな書付に至るまで消し去った。消滅ではなく無次元倉庫に保管したのだ。
倉庫は通常なら吾が死ねばその力を失い中身を吐き出してしまうが、吾は魔法陣に条件のワードを刻んだ。
これで後は吾の記録を刻むものを・・・そうだこれにしよう。
何も無くなった書斎で唯一残ったこの小さな『器に』吾を刻もう。吾の肉は果てようともこの『器』があれば記録は残される。これを持ち得る者の『血』と資質を条件に不壊と隠匿の条件付け、もう後は無いか?キーワードはどうする?ああ、もう目が見えない。
キーワードは・・・キーワ―・・・・・・・・・
「許されない・・・こんなことは許されない!」
項垂れる人々の列は白の大魔導士と呼ばれた一人の老人の墓石がある丘まで続いていた。
人々の手には故人が愛した白い小さな花弁を持つ花が握られている。
魔導士が仕えた王国は彼がその功績を隠して死んだことを糾弾し、死体に鞭打ち野に曝したが、彼に助けられ敬い慕った人々が手に手に石を持ち、魔導士が愛した花が咲く丘へとその無残な体を抱え上げ行進した。
国王は激怒しその者らを捕縛し刑に処す勅を出したが、兵らもまたその列に並ぶのだった。
「白の魔導士に安らぎを」
そう謳い行進はしずしずと連なってゆく。
人々の足が地を均し道を作る。
人々の手にした石は王国に向くことはなく、墓標の礎となった。
王国中の民が貴族がその列に並んだ。
隣国からも使者が来てその列に並んだ。
遠国からも使者が来てその列に並んだ。
王子たちがその列に並んだ。
王女たちもその列に並んだ。
王妃がその列に並んだ。
国王が王冠をその頭から下ろし、かつて魔導士に命を救われた王太子がその跡を継いだ。
白の魔導士の物語は風になり人々の胸に染み入った。
人が生まれ、子を成し孫を得るほどの昔の話。
どうでしょうか?あらすじで何となく展開は読めるでしょうが、それをいい意味で裏切ることができるよう頑張ります。
読んでいただき感謝感激