第85 不思議な男
ピチョン・・
水滴が垂れる音が響く
ピチョン・・・・
また落ちた
賭は目をゆっくりと開けた
するとそこは見覚えのない場所だった
辺りを見回すと石の柱が立っている
それを見てわかったことはここがどうやら自然にできた場所ではなくここは人工的に作られた場所という事だけは確かと言う事だ
しかし自分は何故ここにいるんだろう
「確か・・僕は千雷鬼と戦って・・それで・・」
ハッとなりポケットに入ったカードを取り出す
カードは灰色になっていた
「そうか・・僕千雷鬼に負けて能力を奪われたんだ・・・」
カードを見ながら自分が負けたことをそして能力を失ったことを改めて認識した
賭はカードをギュッと握りながらうつむいた
考えてないわけではなかった
アニメや漫画の能力を自分に付与する力
そんな力が存在することができるなら、またそれを奪う力があるのではないかと
いろんな二次元作品で能力系の物語ではそんな奴が必ずいる
でも出てくるとしたらもっと後だ
それがまさかこんな早くくるなんて思わなかった
そう・・能力をとられた自分はビックサイドで神子さんから力をもらう前の一般人よりは少し強くてケガしてもすぐ回復するただの人間だ
「これから僕はどうしたらいいのだろう・・・」
カードに問いかけても返事があるわけでもないのにつぶやいた
すると後方からカツンと何かが落ちる音がした
その音に反応してバッと振り返るとそこには一人の男が立っていた
すぐに距離をとりカードを構えようとする
だがすぐハッとなった
今はカードに力はない
それを見て男はニヤリと笑った
「習慣とは怖いもんだね~まだそこまで日が立っていないとはいえそうやって身体に行動を染みつかせちゃうんだからさ」
男はすぐそこにあったくぼみに腰を掛けて笑う
賭はカードをポケットにしまい拳を構える
能力が無くても拳で戦えるそう思っていると
「力が無くなってもまだ戦えると思ってるのか?甘い甘い本当に甘くて笑いが止まらないねお前は」
男は座りながら指をさしてきた
「お前はもうわかっているはずだ、千雷鬼に拳をふるい避けられ敗北を教えられたことをその後お前は倒れたんだ。つまり今のお前じゃもう役に立たねえって事をな」
ニヤニヤ笑いながらそう言って痛いところをついてくる
拳を握りながら歯を食いしばる
思い出した
最後に攻撃を仕掛け避けられ自分の無力を教えられたことをそして目の前が歪んで倒れたことを
だが何故それをこの男は知っている?
あの場には僕を含め
雷龍・シルフ・リーク・千雷鬼そしてストーリア王しかいなかったはず
目の前にいる男はいなかったはず
なのに何故こいつは僕が負けたことを知っているんだ?と不思議になった
すると男は立ち上がり
「まっそれを思い出しても尚そうやって構えを解かないのを見る限り、まだ完全に絶望もしていないし心も折れていないってわけかひとまず合格ギリギリだな・・よしついてこい」
そう言ってきびすを返して男は歩き出す
今なら背中ががら空きで攻撃できると踏み込もうとしたがすぐにやめた
すると男は振り返りもせずに
「今のは賢明な判断だな。そして大した反応判断力だと思うぜ~まぁ俺はお前の敵じゃないからよ~大人しくついてきな」
男はそう言いながら歩いていく
その男の背中を見ながら身体の震えを止める
男ががら空きにした背中に攻撃をしようと思った瞬間隙だらけだと思った
だが実際は違う事を踏み出そうとした一瞬で悟ることができた
能力を使えない自分でさえ気づくことができるほどの実際には隙のない背中
もしあの時何も考えず攻撃をしていたとしたら
おそらく地面に伏していただろう
そう思うとゾッとする
ここは大人しくついていく事を決め男を追い歩き始める
時間にして10分くらい歩いただろうか
男を追いながら歩きつづけているとしばらくして大きな空間に一本の橋が続いていた
その少し先を男はスタスタと歩いていく
それに続いて賭渡ろうと橋に足を踏みだした瞬間
ズンと身体が重くなった
「なっ!?」
思わず声を上げたが時すでに遅し
身体が今までにないくらい重くなりその場に伏せるような形になった
それにわざとらしく気づき男は振り返り手をポンと叩いて
「おっと言い忘れていたよ!ここは精神と重力の橋っていってね。地球の重力より二倍くらいかな重くなっていてね余程の精神力がないと歩くことはおろか立つこともできないんだよ。どうやら君はギリギリ合格だったから立つこともできないようだね」
「精神と重力の橋・・・だと・・」
クスクスと笑いながら賭の方に近寄ってくる
男はまるで重さを感じていないように普通に歩いている
そして賭の前で止まり
「そう精神と重力の橋、でも喋れるだけでもすごいことだよやはり君は素質があるのかもしれないね」
「素質?なんの・・事だ」
「ん?あぁあこちらの話だ気にすることはない。それよりも時間が惜しいので早くついてきてもらえないだろうか?俺も暇ではないのでね」
そう言って踵を返して向こう岸に渡る
そして男が指をパチンと鳴らすとそこにテーブルとイスそしてティーセットがでてきた
男はそれに座りながら賭を見る
そして目の前に砂時計を出した
それをテーブルに置き
「この砂が落ちきるまでに俺の前にたどり着きなさい。じゃなければ俺は君を置いて先に行くいいね?」
そう言って男は紅茶を飲み始めた
賭は砂時計を見つめる
見た所砂時計は一時間ほどに設定されているように見える
その間に自分はあの男の前まで行かなくてはいかない
いきなり課せられた試練のようなもの
なんで自分がと思いつつも泣き言なんて言ってられないと身体に力を入れる
少し重力に慣れたのか指が動かせるくらいはできた
なので指に力を入れ橋を押す
すると腕を少しだけ持ち上げることができた
よし!と思い腕を支えに起き上がろうとする
だが身体が思った以上に重い
ならばと作戦を変え手でゆっくりと押し前に進もうとする
いわゆるほふく前進と言うやつだ
ゆっくりと腕を移動させズッと身体を引きずり前に行こうとする
すると少しではあるが前に進むことができた
(よし!!いける)
そう思った瞬間一瞬だが身体が軽くなったような気がした
だが、その感覚はすぐに無くなった
それを見て男は「ふ~ん」と小さく声を出した
その声を聞き男が満足していないことを悟った
でもそれが何故だかはわからない
今はひたすら前に進むしかない
そう思い腕を一歩また一歩進ませる
はいずりながらゆっくりではあるがどんどん前に進む
しばらく同じことを繰り返して途中で止まり呼吸を整えながら男のいる方をみる
見ると男は本を読み始めていた
若干イラっとしながら砂時計を見ると砂時計がいつの間にか半分以上落ちていた
そういつの間にか30分以上たっていたのだ
だが男のいるところまではまだ距離があるし今丁度橋の真ん中だ
時間計算しても到底間に合わないことを悟った
その瞬間身体が重くなり先ほどより腕が重くなった
「ぐっ!!なんで・・お前・・何をした」
その声に気づき男は本を閉じこちらをみる
「おや・・ずいぶん進んできましたね大したものですね。ですが砂時計を見るところその状態じゃ間に合いませんね・・それに俺は何もしていませんよ、あなたがしたんですよ」
「僕が??」
重力に逆らいながら男の方を見る
男は頷き
「そうあなたが知っているのです。その予兆はあったはずですよ」
手を振り上げ天を仰いだ
なんかムカっとする行動だがこの気持ちは置いとくとしようと思った時気づく
「気持ち?」
そう思った瞬間先ほどの事を思い出した
自分が腕を動かせていけると思った時かすかにだが軽くなったような感覚があった
逆に今砂時計が半分以上落ちこのままではもう間に合わないと悟ったとき身体が一気に重くなった
「ということはまさか・・精神と重力の橋って」
そう思い目を瞑り暗い中深呼吸をする
ゆっくり息を吐いて吸うまた吐いてゆっくり吸う
それを繰り返してゆっくりと目を開ける
そして腕を前に出す
すると先ほどまで重かった腕が完全に持ち上がるほど上げることができた
今度はゆっくりとそばにある壁に手を伸ばし引くと身体が起き上り立ち上がることができた
まだ完全に身体が軽くなったわけではないが先ほどまでより動くことが容易にできる
賭はゆっくりと歩を進める
それを見て男は拍手をし始め
「excellent!!!時間はかかりましたが気づくことができたようですね!俺は嬉しい!!」
男は声を上げて喜んだ
賭はそれをみて軽く悔しかった
あの時この男の言葉がなかったらこそ気づくことができなかった
この橋が自分の精神状態で重さが変わることを
先ほど重くなったのは自分が諦めかけたからだ
多分今まだこの身体に重力の負荷があるのはその悔しさと、自分がまだ無力だとわかっているからだろう
一歩一歩踏みしめながらそれを受け入れていく
そしてようやく橋を抜けるとすぐに身体が軽くなった
膝をつき息を大きく吐いた
男は隣で立ち拍手をしている
「congratulation!よく頑張りましたね!そして気づきまだすべてではないですが受け入れようとしている大きな前進ですね」
男はそう言い手を差し出す
賭は男の手を借り立ち上がり
「正直ここがなんなのかわかんないけれど、僕に何かを気づかせたいって事だけはわかったお前もなんかムカつくけど悪いやつじゃないって事は認識できた」
そう言い男の手を放しそっぽを向く
男はフーと一息吐き
「今はそれだけでもいいのです・・さて先に進みましょうか・・時間がありませんのでね」
そう言って懐中時計を取り出し時間を確認して道を進み始める
「あっ待てよ!!」
そう言って賭も後を追い歩き始める
この先何があるかはわからない
だけど今からやることは自分にとって必要なことなのかもしれない
そう思いながら男の背中を追うのだった
ギイっという音と共に扉が開いた
「雷龍様」
そこには雷龍が立っていた
シルフが雷龍に気づき近づく
「夢見間は目覚めぬのか?」
「ええ・・・」
シルフはうつむきながら少し先の方のベッドを見る
その方向を見て雷龍は歩き近づく
そのベッドの上には賭が眠っていた
「あの戦いのダメージなどは魔法で回復させたのですが・・目を覚まさないのです」
シルフがうつむきながら雷龍に言う
すると雷龍が賭の手に触れ
「今はそれでよい・・・ゆっくり身体を休ませてやるのじゃ、起きたらまたきっとこいつは戦いに行こうとするはずだからなこいつはそういうやつだ・・」
そう言って手を放し立ち上がる
「行かれるのですか?」
シルフが問いかけると雷龍はゆっくりと頷く
「わしもやらねばならぬことがあるのでな・・でわの」
そう言って雷龍は部屋から出て行った
シルフはお辞儀をし顔を上げると賭をみた
「早く起きてくださいね・・じゃないと・・・」
言いかけた言葉を飲み込みシルフも部屋を後にした




