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「サイバーテロの話」

「私はよく覚えているよ」

「ふええ……えーっと……」

「噴水のハンカチ」

 ジルの出会ったパジャマ姿のおじさんは、用務員の唯野さん。

 透析治療中の唯野さんがトラブルに!


 長崎は渋い顔で手術台に横になっているジルの顔に薬を塗っていた。

「まったく……」

「ごめんなさいです~」

「ジルじゃないのよ!」

「ふええ、ごめんなさいです~」

 研究所の時計は六時を回ったところだった。

 手術台の脇にはミサと晶子が立っていた。

 ミサも肩や腕にあざがあったけれども、ひどいのは指だった。

 親指以外の指が、固い物でも叩いて裂けたようになっていた。

 晶子はそんなミサを手当していた。

「一体どうしたの?」

「ごめんなさいです~」

「ジルは黙ってて……」

「……」

 長崎はミサをにらむと、

「誰がこんな事したの?」

 ミサは小さく頷くと、

「公園で乱暴されました……お金を要求されました」

 それを聞いて長崎は頷くと、

「ミサ、画像は保存してるわね」

「はい……転送しておきます」

「お金を要求されただけ?」

「はい、お金と……私を狙っていたようです」

「……」

 長崎は唸ると、薬ビンを手にした。

 消毒液をたっぷり綿にしみ込ませてジルの顔に塗りまくると、ジルの身体が手術台の上でのたうちまわった。

「し、死ぬ~」

「死なない死なない……で、ミサ、ミサを狙っていたって?」

「身体を狙っていたようです」

 長崎は難しい顔をすると、側にあったノートパソコンを手術台の上で開いた。

 画面にミサが捕えた画像と、その時の会話が再生される。

 それを聞いて長崎の表情が落ち着きを取り戻した。

「てっきり電子頭脳を奪いに来たエージェントか何かかと思ったわ……」

「……」

「単なるロリコンね」

 長崎はノートパソコンを畳むと、ジルの背中を起した。

「これからは注意すんのよ」

「はーい」

「せっかくかわいく作ったんだから、怪我しないでよ」

「は~い」

 それから長崎はミサをにらんで言った。

「力加減覚えなさいよ」

「すみません」

「連中が警察に駆け込んでも誰も相手にしないとは思うけど……人を殺しちゃうような事になったら大事よ」

「はい……だから腕や脚を折るだけに」

「折るな折るな」

 長崎はあきれ顔で言うとミサの頭にゲンコツを投下した。

「ともかく帰りはあっちゃんに守ってもらうから、明日から注意する事」

「はーい」

「ジルは明日からしばらくここに通う事……病院には行けないんだから」

「はーい」

「ミサは非常用プログラムの様子を見るから、一緒に来る事」

「はい」

 長崎はしゅんとしている二人を見て笑みを浮かべると、

「でも、大体合格点よ、よくやったわ」

「ふええ……誉めてもらいました」

 傷だらけの顔で無気味な笑顔になるジルに、長崎は一度視線を天井にやってから、

「さっき謝っていたのは何?」

「ふえ?」

「薬塗ってる時、やたら謝ってたけど?」

「あ、ああ、はいはい」

「?」

「てっきりミサを守れなかったから、怒られてるって思いました」

「はあ?」

 ジルは胸を叩くと、

「ぼくはミサのお兄さんだから、妹を守るのは当然です!」

 それを聞いて長崎は目を潤ませ、ジルの頭を抱きしめた。

「あんたって子は!」

 髪をくしゃくしゃにされ、抱きしめられるのにジルはもがいていた。


 ミサの怪我は目立たなかったし、ジルの怪我は階段を転げ落ちた事で事件を知る者の間では口裏を合わせる事になった。

 クラスメイトも担任の吉田も、学校でそれをとやかく言う者はいなかった。

 ジルにミサ、晶子は大学の並木道を研究所に向かっていた。

「あんなこわかったのは初めてでした~」

「うーん、晶子は不良に絡まれた事ないから、わかんないや」

「そうですか、こわかったですよ」

「でも、本当に気をつけないとね……コンビニの前ガラの悪いのがいつも座ってるし、テレビは通り魔の話題とかね」

「ふえ~」

 ジルが表情をこわばらせているのを見ていた晶子は、コンビニの前を出発した時からジルがダンボールを抱えているのを聞いた。

「これはじじうさを連れて帰る為の箱です」

「ああ、なるほど!」

「じじうさは連れて帰っていいって事になってるんですよ~」

「よかったね」

「えへへ~」

 ジルは笑っていたが、その顔も最後の方は引きつって、

「でも、治療に毎日来ないといけません」

「ふーん、ジルは長崎先生好きかと思ってた」

「長崎先生は好きですよ」

「じゃあ、いいじゃない」

「でも、治療は痛いから嫌です」

 ジルの返事に晶子もミサも笑った。

 そんなジルの言葉もあって、三人はまず飼育小屋に向かった。

「あれ?」

 飼育小屋の前に、一人のパジャマ姿の男が立っていた。

 男は持っていた買い物袋からニンジンを出すと、しゃがみ込んでしまった。

 ジルがびっくりして駆け寄るのに、パジャマの男はゆっくりと振り向いた。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 男は笑顔だったけれども、ジルは緊張していた。

「これは、ぼくのウサギ?」

「じじうさですよ」

「じじうさっていうの?」

「ですです~」

 パジャマの男は、白髪頭で髭は剃り忘れたのがちょっと伸びている様子だった。

 最初はちょっとびびっていたジルも、男がニコニコしながらじじうさにニンジンをやるのに、隣にしゃがみ込むようになっていた。

「じじうさは、すごい怪我をしてるみたいだけど?」

「ですです、昔犬とケンカしたそうです」

「そう、その時の傷」

「ぼくとおそろいなんですよ」

 そんな言葉に男はジルの顔を見て、低い声で笑った。

 ジルは白髪の男をじっと見つめながら首を傾げた。

「おじいさん、どこかで会いましたよ?」

「ふふふ……覚えてないかい?」

「どこでしたっけ?」

 ジルは目をしかめ、晶子やミサにも目をやった。

 そんなジルの視線に二人は首を横に振った。

「私はよく覚えているよ」

「ふええ……えーっと……」

「噴水のハンカチ」

「あ!」

 作業着のおじいさんの顔が目の前のおじいさんと重なった。

「あの時の!」

「そう、思い出した?」

「はい、はい!」

 返事はしたものの、ジルの表情はすぐに曇ってしまった。

「でも、今日はパジャマですよ?」

「あ、ああ、ちょっと病気でね」

「ふええ!」

「透析って知ってるかな?」

 ジルが首を横に振るのに、白髪の男は頷くと、

「その治療で、ちょっとここに世話になってるの」

「そうなんですか」

「まだ治療までちょっと時間あるから、ここでウサギ……じじうさに餌でもってね」

 パジャマの袖をまくると、時計を見て男は立ち上がった。

「何日か治療する事になってるから……明日もじじうさに餌を上げていいかな?」

「ふえ、何日もかかるんです?」

「長崎先生の話だと、三日くらい連続してって言ってたから……」

「今日は何日目です?」

「今日が初めて」

「ふええ!」

 男は持っていた袋をジルに渡した。

 袋の中にはまだ一本ニンジンが残っていた。

「じゃあ、もう行かないと」

「ふええ、ぼくも治療で毎日来ますよ!」

 傷だらけのジルの顔を見て、白髪の男は頷いた。

「毎日、じじうさの所に来てもいいかな?」

 ジルは抱えたダンボールに一瞬目を向けてから、顔を上げた。

「いいですよ!」

 それを聞いてパジャマの男は微笑むと、研究所の方に行ってしまった。

「ジル、知り合いの人?」

「ここの用務員さんですよ」

「ふーん」

「ぼくにとって大切な人です」

 ジルは晶子の顔を見てニコニコすると、もらったニンジンを手に飼育小屋に入った。

 じじうさを抱きかかえると、ジルはその身体の温もりを感じながらつぶやいた。

「おじいさん楽しそうだったから……もうちょっといようね」

 そんな言葉にじじうさは鼻をニンジンに押し付けてヒクヒクさせていた。


 まさとはバイトのシフトを見て唸っていた。

 アパート一階の店舗はなんとか回りそうだった。

 しかし別の店舗のバイトは夜勤がガラ空きだった。

「困った……」

 まさとはジルが襲われた事と、もう一方の店のバイトがつながっているような気がしてならなかった。

 テレビや新聞でひったくりにコンビニ強盗の話は日常茶飯事だ。

「どうしたんですか、先輩」

「あ、ああ、この間ジルが襲われて……」

「あ、聞いてますよ、前を通る時顔怪我してますね」

「何で君が知ってるの?」

 まさとはこわい顔をして目の細いバイトを見つめた。

「あっちゃんから聞きましたよ……秘密なのは知ってます」

「そう、あっちゃんねえ」

 まさとは晶子とバイトの憲史がお隣なのを思い出しながら嫌そうな顔をした。

「あっちゃんの話だと、極秘捜査の都合で秘密だそうですね」

「まぁ、そんなところだ」

 まさとはジルがロボットな事までは話が行ってないのに胸を撫で下ろした。

 それからシフト表を見て、急に思いついた。

「そうだ、毎日昼出てくれないか?」

「あ?」

「毎日、昼というか、四時十時」

 その言葉に憲史は唇を歪ませた。

「俺、期末試験がある……」

「居村憲史君、君は西和大学の学生だったよね!」

「!!」

 居村憲史、十八歳の本当の学歴は日春高校三年生。

 ここのバイトは高校生不可だったから、インチキ履歴書で入り込んでいた。

「お、俺、大学生ですよ」

「大学の試験は確か夏休み後」

「う……」

 まさとは憲史が高校生なのは以前からお見通しだったし、コンビニのマスターだって百も承知だった。

 バレていない……思っているのは憲史だけだった。

 まさとはニヤニヤしながら続けた。

「俺も西和大学なんだけどな……」

 辞めてるけど……思いながらまさとは言った。

 憲史は頬をヒクヒクさせながら、

「俺、学食の日替わりメニュー毎日言えますよ!」

「ほお!」

「昨日はスブタ、その前はニラレバ、その前は焼肉」

 まさとも研究所に行く事が多かったから、憲史の言うメニューがウソじゃないのは知っていた。

 しかし、西和大学の隣に日春高校が建っていた。

 安い学食を食べにフェンスの穴をくぐってやって来る日春高校の生徒を、大学側は「タヌキ」と呼んでいた。

「ともかくウソはいかん、バイト決定」

「ウソって俺高校生じゃないっすよ!」

「誰も高校生って言ってない、試験がウソって言ってる」

「……」

 憲史が頭を抱えるのを見て、まさとは笑いを堪えていた。

 それから真顔に戻ると、憲史に追い討ちをかけた。

「そうだ、憲史、ジルとミサを預かってくれないか?」

「はあ?」

「俺も別の店で夜勤だし……この間、襲われたばっかりだから子供だけにしとくのは不安だから」

「でもー」

 ブーたれる憲史にまさとは一喝した。

「バラすぞコラ!」

「う……」


 ジルの怪我は気持ちいいように治っていった。

 二日目というのに、かさぶたが落ちて元通りになっている傷もあった。

 反面ミサの方はプログラムの修正にちょっと時間がかかっているようだった。

 研究室でジルと晶子がヘッドホンをはめて実験を受けているミサを見守っていた。

「ミサは何やってるの?」

 晶子が聞くと、ジルは頷いて事件の時の話をした。

 ミサのパンチやキックが人間の骨を折った事。

 ひねった手首が簡単に複雑骨折した事。

「ミサは強いけど、力加減が出来ないそうです」

「そ、そうなんだ……」

「ぼくはボコボコだったのに」

「でも、そんなに強いんだったら、晶子がいっつも一緒にいなくていいじゃない?」

「だから、力加減出来ないんですって」

 ガラスの向こうで、ミサが缶ジュースを持ち上げた。

 次の瞬間缶がひしゃげ、中身がぶちまけられた。

 晶子は引きつりながら、

「ミサのヘッドホンは何なの?」

「あれは通信装置ですよ……なんでもアレでプログラムを書き換えてるそうです」

「ふーん」

「モデムっていうそうです」

 そんな事を話していると、ミサがちらっとジル達を見て手を振った。

 二人はそれにこたえていると、ジルが神妙な顔で、

「そういえば……先生はあっちゃんに守ってもらえって言ってました」

「うん?」

「あっちゃんそんなに強いんですか?」

 晶子は噴き出しそうになりながら、ジルの顔をにらみ返した。

 しかしジルはそんな視線にひるむ事なく言った。

「あっちゃんは何でここに出入りしてるんです?」

「う……」

「前からどうしてかな~って思ってたんですよ!」

「そ、それは……」

「ぼくの秘密を知ってて、あっちゃんが隠しているのは反則です~」

(ど、どこが反則なんだ!)

 晶子がそんな事を思っていると、ジルが肩をつかんで揺すってきた。

「ねーったらねー!」

「あわわ……晶子に秘密なんてないよ!」

「う・そ・つ・き!」

 ジルの顔がアップで迫って来るのに晶子の額に油汗が光っていた。

「ねー!」

「……」

「ねーったらー!」

「わかったよ、ほら、こっちに来て」

 晶子が言うと、ジルはニコニコして耳を寄せた。

 晶子の唇がジルの耳元に寄せられる。

 ジルはワクワクして、晶子の言葉を待った。

「わーっ!」

「!!」

 晶子の大声にジルの目が白黒した。

 尻もちをついてしまったジルに晶子は、

「女の秘密をあれこれ聞かない!」

 ジルは叫ばれた方の耳を押さえながら怒った顔をすると、

「女って誰っ!」

 ジルの頭に晶子のチョップが振り降ろされていた。


 夜、まさとは食事を並べながらジルとミサに話しかけた。

「今日はどうだった?」

「ぼくはたいした事なかったですよ」

「ミサは?」

「プログラムの修正でした」

「?」

 まさとが首を傾げていると、ミサは微笑んで、

「力加減を段階的に出来るようにしているところです」

「力加減?段階的?」

「ミサは缶ジュースを片手でペシャって出来るんですよ~」

「!!」

 ジルの言葉を聞いてまさとは考え込んでしまった。

「そうそう、今日、用務員のおじいさんと話しましたよ」

「用務員?白髪の人?」

「ですです、まさとさん知ってますか?」

「ああ、唯野さんだろ、研究所にいる時いろいろ世話になったから」

「そのおじいさんが、じじうさに餌やってたんです」

「唯野さんがね」

「で、ちょっとお話しました」

「ふうん……」

「唯野のおじいさんは、ぼくとあっちゃんの仲を取り持ってくれました」

「?」

「ぼくが借りていたあっちゃんのハンカチを無くして、唯野のおじいさんが拾ってくれたんですよ~」

「そうか」

「でも、おじいさんパジャマだったんですよ」

「パジャマ?」

「ええ、透析ってのを受けてるそうです」

 まさとはちょっと考えてから、

「長崎先生んところに病院の機械一式あるからな」

「明日まで研究所で治療だそうです~」

「唯野さんがねえ……」

「だから一緒に餌をやるのに、じじうさは研究所です~」

 まさとはジルとミサにごはん茶碗を渡すと頷いた。

「いただきまーす!」

「いだたきます」

 まさとは二人を見て笑みを浮かべると、自らも茶碗を手に取った。

「そう、もう変な人とかいないか?」

 まさとの言葉にジルの箸が止った。

「ん?」

「ちょっと通りで人を見たら、嫌な気持ちになります」

「人って……」

「大きなお兄さんとか?」

 まさとは言われると、店員の憲史を思い出しながら、

「コンビニの店員みたいな?」

「大きさはそうですけど、あの人は寝てるからへっちゃらです」

「寝てる……」

「もうコンビニの前にこわい人はいないけど……他のコンビニの前にはいます」

「まぁ、なぁ」

「みんな襲って来ないか、ちょっとこわいです」

 まさとはミサの方に目をやった。

 ジルと違ってミサは黙々と食事を続け、まさとの視線にも気付かない様子だった。

「ミサは、どうだ?」

「!!」

 まさとはじっとミサの瞳を覗き込んだ。

 そんなまさとのまなざしにミサは一瞬目を泳がせたが、

「はい、私は今、調整に手一杯で」

 微笑んでみせるミサにまさとはゆっくり頷いた。

 ミサが再び箸を動かし始めたのを、まさとは黙って見守っていた。

「あ……」

 ミサの手から箸がこぼれ落ちた。

 拾って落してを何度か繰り返すミサ。

 そんなミサにまさとのみならずジルも目をやった。

「ミサ、大丈夫?」

「ああ、何か調子悪いのか?」

「いえ、大丈夫です」

 ミサはしっかり箸を握ると、今度は落す事なく食べ始めた。

 まさとはそんなしぐさがミサの気持ちを現しているのか、ちょっと考えながら夜勤の事を話し始めた。

「今度夜勤が続く事になったんだ」

「夜勤?」

「ああ、他のお店の店員いなくて」

 ジルとミサが頷くのに、

「襲われたのもあったから、夜は憲史の所に泊まって来る事」

「憲史って?」

「バイトの目の細いの」

 まさとが眼鏡を取って指で目を細くするのを見て、

「ああ、知ってますよ、寝てる人です」

「憲史の所で預かってもらうように話をしてるから、明日からお世話になること」

「え……でも……」

 嫌そうな顔をするジル。

 それを無視するようにまさとは箸を動かしながら、

「夜のアパートに、こわいお兄さん来るかもよ」

「!!」

 ジルの脳裏に薄暗い公園の瞬間が思い出された。

 それ以降黙ってしまうジルだったけれども、どことなく涙ぐんでるように見えた。


「ほらー、布団敷いて!」

「はい」

 ピンクのパジャマ姿のミサは返事をしたけれど、青パジャマのジルは黙ったまま布団を広げていた。

 ジルは布団を敷終えると枕を抱えて固まってしまった。

 そんなジルの目の前を、やはり布団を敷終えたミサは台所に行ってしまう。

「ミサ……」

 ジルは目でミサを追った。

 

 ミサは台所で洗い物と格闘しているまさとの隣に並んだ。

「ミサ……」

 まさとがびっくりした顔で言う。

 ミサは微笑んで、

「私が洗いますから、拭いてください」

「あ、ああ……」

 まさととミサの共同作業。

 ジルは一瞬立ち上がりそうになったが、そんな二人を見て動けなかった。


 まさとが手を拭きながら居間に戻ってみると、布団が二組敷いてあった。

 そんな布団の上に枕を抱きしめて座っていたジルは、

「出来ましたよ」

「ああ……」

 時計の時間は九時だった。

 まだ、ちょっと早いと思ったけれども、まさとは明日からのスケジュールを考えてベットに向かった。

「さ、電気……」

 まさとがリモコンを天井に向けた時、ミサはもう布団に入っていたけれど、ジルは立ってまさとを見つめていた。

「ジル?」

「あ、あの……」

「ん?」

「一緒に寝ていいですか?」

 抱きしめた枕に半分顔を埋めているジルの瞳が揺れていた。

 そんな目にまさとはダメとは言えなかった。

 まさとのベットの横に飛び込んだジルは、リモコンを握るまさとの手を見て言った。

「全部消さないでください……」

「……」

「悪い人が見えます~」

「はいはい……」

 まさとは豆球にすると、タオルケットをかぶった。

「!!」

 いきなりジルが抱きついてきたのに、一瞬悲鳴が出そうになった。

「……」

 まさとは頬を引きつらせて赤っぽい闇の中のブロンドを見つめた。

 一瞬まさとはジルを引き放しそうになったが、

(震えてるのかな?)

 しがみつくジルの手や身体が震えているのがわかって、まさとはまぶたを閉じた。


 ジルとミサ、そして晶子・操・響子で研究所に来ていた。

「じゃあ、ジルくん、もう行くよ」

「唯野さん、よくなるといいですね!」

「うん、今日が最後だし、じゃあ、ね」

 行ってしまう唯野を五人は手を振って見送った。

 ジルはじじうさをダンボールに入れると抱えて、

「唯野のおじさんがいるから、じじうさを今日まで置いてました~」

「そうだったの」

 操はジルと一緒にダンボールを抱えながら微笑んだ。

「ジルも今日が最後なんじゃないの?」

「ぼくはへっちゃらですけど、ミサの方が大変みたいです」

「ふーん、ミサがね……」

 五人はそのまま長崎の研究室に向かい、ミサは診察台に横になり、サングラスのような物とヘッドホンをされた。

 長崎は四人を見ながら、

「今日はプログラムのチェックだけ、五分もしたら終わるわ」

 長崎がウィンクしながら言うのに、四人はミサを見守るようにして診察台の横の長椅子に腰を下ろした。

 四人が見守る中、長崎の指先がキーボードをカタカタ鳴らした。

 コンピューターの画面に次々に文字が現れ流れ始める。

 ミサのしているサングラスのような物が点滅した。

「ミサはジルと違って飲み込みが早くていいわ」

 長崎の言葉にジルが膨れていると、いきなりコンピューターの画面の隅に新たなウィンドウが開かれた。

 それまで笑っていた長崎の顔に影が差した。

「誰か、ミサの機械外して!」

 長崎が叫ぶよりも先に部屋の明かりが落ちてしまった。

 真っ暗な中、非常灯の明かりだけがぼんやりと光っていた。

「あわわ……」

「ちょ、ジル、抱きつかない!」

 ジルは晶子に、操は響子と抱き合っていた。

 長崎はミサのサングラスのコードを外すとノートパソコンを出して、

「ウイルスが入ったわ」

「え?」

「コンピューターウイルス、知ってる?」

 長崎の言葉に三少女は頷いた。

 ジルだけが首を傾げ、忙しくキーボードを叩く長崎を見つめていた。

「何です?」

「コンピューター狂わせるのよ」

「狂わせるんですか?」

 ジルは晶子から離れると長崎の元に向かった。

 ノートパソコンの明かりに照らされた長崎の表情は険しかった。

「一瞬画面に表示があったわ、ミサにも……入っちゃったみたいね」

「ウイルスさんが来ると、電気が消えるんですか?」

「よくわかんないけど、配電システムに入り込んで悪さしたのよ、多分」

「こわいですね……」

 長崎は手を止めると椅子を引き寄せ、腰を下ろした。

「電気が落ちたのはびっくりしたけど、おかげで汚染は免れたみたいね」

「先生、いつまで暗いままなんでしょう?」

 ジルが白衣の袖を引っ張って言うのに長崎はちょっと考えて、

「いや、すぐに復旧する筈なんだけど……どうしちゃったのかな?」

 長崎は携帯を出すとすぐに呼び掛けた。

 すぐにつながったらしく、長崎と電話の向こうの会話を四人はずっと見守った。

「どうなっちゃうのかな?」

「さあ、晶子にはわかんないよ」

「ぼくは暗いのは嫌です~」

 ジルは晶子にしがみついて震えた。

「公園で襲われたのを思い出します」

「あ、ああ……」

 嫌そうな顔をする晶子に、操が携帯を出しながら言った。

「携帯電話のアンテナは出てる」

 響子が隣で画面を覗きながら、

「あ、地下なのに本当だ」

 四人は部屋の隅の天井に目を向けた。

 そこには赤い小さな光があった。

 アンテナの動作ランプだった。

「携帯が使えるって事は、外は停電してないんだね」

「みたい」

 響子の言葉に操がこたえると、それまで横たわっていたミサが身体を起した。

「ミサ!」

 みんなの声に長崎は目を向けると、携帯電話を畳んだ。

「さて、電気が止ってしまいました」

 長崎の言葉に、そこにいた全員が注目した。

「ウイルスの攻撃で大学の電気がしばらく使えません」

「ふええ……」

「回線を使ってウイルスのアタックは続いているので、出所に逆襲する事にしました」

 長崎の顔がジルとミサに向けられた。

「え?」

「ジルとミサを使って逆襲します」

 ミサは平然としていたが、ジルの方は目を白黒させていた。

 長崎はジルの頭を撫でながら、

「研究所に悪さをしている連中に、ジルとミサを使って逆にウイルス流します」

「ふええ、大丈夫なんですか?」

「よくわからなけど、研究所も大学も、電気がないから予備のパソコンしか動かない状態なのよ」

 みんなの目がノートパソコンに注がれた。

 長崎は手術台を軽く叩くと、

「ジルとミサはコンピューターと回線がセットになってるようなものだから、今、連中に攻撃するにはちょうどいいのよ」

「そうなんですか?」

「さ、これを……」

 長崎がヘッドホンを渡すのをジルは受け取ると、早速耳にはめた。

 FAXの動作音のようなものを、ジルは黙って一分ほど聞いていた。

「聞きましたよ」

「はい、ミサ」

 ミサは受け取ると、一瞬はめてすぐに長崎に返した。

「終わりました」

 それを見ていた三人は、

(ミサ早!)

 思いながらジルに目を向けた。

「メンテナンス用の回線を開くと、多分連中のアタックが始ると思うから、今のソフトを使って連中の居場所をつきとめる事」

「つきとめたら、どうするんですか?」

 ジルが意味もわからずニコニコして言うのに、

「そしたらさっき聞いたプログラムをそのまま送ればいいのよ」

 長崎の言葉にジルが難しそうな顔をした。

 しかし、みんなが注目するのに、ジルは愛想笑いを浮かべてごまかした。

「ともかく、ジルもミサも、通信回線開いて!」

「はーい」

 ジルが返事をし、ミサが頷いて瞳を閉じた。

 二人の電子頭脳に早速大量な情報が送られて来た。

 ミサは無表情だったけれど、ジルはニコニコ顔でそれを受け止めていた。

 そんな二人の姿を見守っていた長崎だったが、携帯が震えるのに顔を上げた。

 電話からの話は、長崎の表情をこわばらせていた。

 長崎は何度か小さく頷くと、ジルとミサを見守っている三人に目をやった。

 話を聞き終えた長崎は短く返事をすると、電話を畳んで言った。

「あっちゃん達、あなた達も仕事よ」

「え?」

 暗闇の中、三少女の顔が戸惑っていた。


 長崎に連れられて、晶子・響子・操は地下最下層のフロアに連れてこられていた。

「先生、何があったの?」

「電気が止って、復旧するのに一時間かかるらしいの」

 長崎は懐中電灯で辺りを照らしながら進んだ。

 三人もそれぞれ手渡された懐中電灯を手に長崎の後に続いていた。

 鉄の扉が開かれる。

 カビくさい、粉っぽい匂いの中に青いペンキで塗られた何かがあった。

「非常用の自家発電なの……」

 長崎の言葉に操が真っ先に言った。

「でも、動いてませんよ」

「そうよ、操ちゃん、燃料が来ないの」

「……」

「燃料来ないから、発電機が回らないの」

「……」

 三人の少女は嫌そうな顔をして長崎を見つめた。

「発電機を回せば電気が出来るから、よろしくね」

「よろしくね……って」

 嫌そうに言う晶子を前に長崎が目を細めた。

「たまたま透析患者がいて、どうしても電気がいるのよ」

 長崎の懐中電灯が闇に向けられる。

 そこには発電機のシャフトに自転車が取り付けてあった。

「こんな事もあるかと思って、作っといたの」

「機械のチェックをこまめにやっていれば……」

 操の言葉に長崎のチョップが振り降ろされた。

「人の命がかかってんだから、黙って発電機回す!」

「えー」

 三人がブーたれるのに長崎は低いトーンで、

「バラすわよ……写真、ばらまくわよ?」

「!!」

「魔法の力でチャチャッと発電機回してくれればいいのよ」

「……」

 長崎は手をヒラヒラさせながら三人に背を向けた。

「発電機管理しているシステムが起動すれば発電機用の燃料が来る筈だから、もう漕がなくていいわよ」

 そして、長崎は闇の中に姿を消してしまった。

 残された三少女はお互いの懐中電灯で顔を照らしながら、

「しかたないね……チャチャッと変身して、チャチャッと片付けちゃおう」

 晶子の言葉に操と響子は無反応だった。

「どうしたの?」

「あたし、ペンライト持ってきてないよ」

「私もアイテム、持ってきてない」

 響子と操が言うのに晶子が目を丸くした。

「あ、晶子も……」

 響子は晶子のポケットに手を突っ込むと、バットの形をしたキーホルダーを出して見せた。

「あっちゃんいつも持ってるじゃん!」

「う……」

「あっちゃんしかいないよ!」

 操の言葉に晶子は唇を歪ませながら、

「もう、晶子ばっかり!」

 晶子はバットのキーホルダを握りしめると目を閉じた。

 握りしめられた手の中で大きくなり、普通の大きさになる赤いプラバット。

「マジカルチェンジ!」

 晶子のトリプルスピン。

 一回転目で晶子の身体が虹色の光に包まれる。

 二回転目で着ていた服が光の粒子になって飛び散った。

 三回転目で飛び散った粒子が再び集まり、チャイナドレスになった。

 着地を決めるアキコ。

 ワインレッドのチャイナドレス。

 おさげは、お団子頭になっていた。

 身長も百二十センチから二割五分増しの百五十センチだ。

 スリーサイズの変動は少なかった。

 でも、胸はプロテクターで上げ底だ。

「魔法少女、はいぱーアっちゃん!ただいま……」

「アっちゃんそんなのどーでもいいから早くっ!」

 響子に腕を掴まれ、アキコは早速自転車に乗せられていた。

 アキコはペダルに足をかけ、響子や操を見て膨れた。

「アキコ、パワーだけなんだよ!」

「だから?」

「響ちゃんや操ちゃんの方が、魔法の力で簡単に回せるのに」

 ハンドルを握るアキコの手に操の手が重ねられた。

「今はアっちゃんしかいないの!」

 響子も手を重ねた。

「アっちゃんガンバ!」

 アキコは膨れながら、ペダルを漕ぎ始めた。

 最初は重々しく動いていたペダルも、次第にスピードを増していった。

 アキコの目つきが変った。

 同時にそれまで暗かった部屋に明かりが灯った。

 ペダルを漕ぐ音がリズミカルに続いた。

 自転車と発電機を繋ぐチェーンが唸りを上げてペダルの力を伝えていた。

 研究所の部屋に明かりが次々と灯る。

 唯野の横についてた看護婦が透析機が復活したのに胸を撫で下ろしていた。


 ジルとミサは回線からウイルスが侵入してくるのをじっと受け止めていた。

 そんな二人の部屋に明かりが戻った。

 ミサの電子頭脳では受信したファイルを処理する反面、その送信元を必死になって探していた。

 ミサの電子頭脳が普段はなかなか使わないパーセンテージで稼動する。

 頭の中に収められた基盤が熱を発し、冷却する為の血液の流れが激しくなっていた。

 心拍数が上がるのにあわせて、ミサの呼吸も激しくなっていった。

 一方のジルは、受信はしていたが、搭載されている通信機が弱くてミサの半分にも満たないスピードで仕事をしていた。

(ふにゃー、何かいっぱい着ますねぇ)

 ジルは送られてくるファイルを受信し、たくわえてはいた。

 しかし、すぐに飽きて、送られて来るのを片っ端から忘れていた。

 そんな二人の前に長崎が戻って来た。

「どう、相手の場所、わかった?」

 ミサは瞳を閉じたまま額に汗をしていた。

 ジルはミサと長崎を見ながら微笑むと、

「まだちょっとわかりません」

 言いながら、内心、

(どうせミサがやってくれますよ~)

 なんて思って、やはり送られて来るのを捨てていた。

 長崎はジルとミサの顔を覗き込むと頷いて、携帯電話をかけ始めた。

 ジルは近くの机に積まれた本の中から昆虫図鑑を見つけると、早速手にしてペラペラとページをめくり始めた。

 長崎はそんなジルを見て目をこすると、コンピューターの画面を見ようとした。

 しかしノートパソコンの回線は塞がっていてジルをモニター出来なかった。

 他のコンピューターもウイルスでダウンし、使い物にならなかった。

「ジル、ちゃんとやってる?」

 長崎は頬をピクピクさせながら聞いた。

 ジルは膨れると、

「先生、ぼくを信じてませんね!」

「だって本読んでるし……」

「今、データを受信中なんです!」

「そ、そう……」

 ジルは長崎を一度にらむと、ゆっくりと本に向き直った。

 ジルはクワガタやカブトムシのページを眺めながら、

(でも、何かやってる振りはしないといけません~)

 ジルはチラッとミサに目をやった。

 ミサは額に汗して悩んでいるみたいな顔をしていた。

 ジルもゆっくりと本を閉じ、ミサをまねた。

「ね、ジル、本当にやってる?」

 長崎が引きつった笑みを浮かべて言うのに、ジルは気合の入ったにらみでこたえた。

「先生、気が散ります!」

「……」

 ジルは腕を組んで、考えてる振りをした。

 ついついごまかす事をあれこれ考えて、通信が一度滞ってしまった。

 通信元からの信号に、ジルはパッと明るくなった。

(そうです、もう一回送り直してもらえばいいんですよ~)

 ジルはニコニコして、通信元から送られて来る確認の信号に返事をした。

(通信に失敗したらか、また送り直してね!)

 何度も何度も、ジルは言い続けた。

(あー、通信ミスですよ、また送ってね!)

(もうちょっとゆっくり送信してくれないと、聞き取れませんねえ~)

(たくさん受信するのは、面倒くさいなぁ~)

 ジルは段々面白くなって、どんどん返事を送り続けた。

(不正な処理をしたから、とまっちゃおうかな~)

(あーあ、ぼくはじじうさと遊びたいのに~)

(あっちゃんをけしかけますよ~)

 ジルはどんどんメッセージを送った。

 いつしか、相手は沈黙していた。


 研究所や大学への不正アクセスはジルのおかげで収まっていた。

 システムも復旧し、各棟に電気が供給されていた。

 ジルはじじうさの入ったダンボールを抱え、操はミサを、響子は晶子を背負って並木道を歩いていた。

 そんなジル達の前に、杖をついた唯野が現れた。

「あ、唯野さんです~」

「こんにちわ」

「退院ですね!」

「うん、じじうさも退院かな?」

 唯野は箱の中のじじうさの頭を撫でた。

「ですです、これからは学校で暮らします~」

「そう……」

 唯野がじじうさの頭を黙って撫でるのを、ジルはじっと見つめていた。

「どうしました?」

「いや、じじうさに餌をやっていたら、自分と一緒って思えてね」

「ふえ……」

「私も頑張らなくちゃって思えた……元気や勇気を分けてもらえた気がする」

「ふえ、そうですか~」

「ありがとう」

 唯野は嬉しそうに言うと、手を振って行ってしまった。

 ジルは「ありがとう」と言った時の唯野の笑顔が目に焼きついていた。



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「じじうさが戻ってきてよかったね」

「ですです~」

「でも、ミサはまだダメなの?」

「昨日のウイルス騒ぎで、まだ頭が痛いみたいです~」

「家で寝てるの?」


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