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「次なる目標」

 ジルがキスでもしそうな勢いで顔を寄せてきた。

「あっちゃんしかいない!」

「だ、だめ……」

「あっちゃん!」

 いつになく押しの強いジルに、晶子はついに折れちゃうのか!(さあね)


 ジルは家でしょぼんとしていた。

 ミサはテーブルに向かってうつむいているジルの後ろ姿を見て、どう言葉をかけていいか考えていた。

「おかえり、ミサ……」

「ただいま……」

 ミサが歩み寄ると、ジルはテーブルの上にクロウを置いて、スナック菓子をやっているところだった。

 ジルがお菓子を手にしてクロウの方にやると、くちばしを開いてお菓子を食べてしまった。

 ミサが黙って見ていると、ジルはそれを三度繰り返してから振り向いてくれた。

「おかえり、ミサ」

「ジル……みんなが心配してましたよ」

「ウソばっかり、どうせ操ちゃんだけなんだ」

「……」

 ジルはお菓子をクロウの開かれたくちばしに入れた。

「ぼくは、どうしてこんななんだろう……」

 ジルはため息をつくと、

「ぼくもミサみたいに、何でも出来るといいのに……」

 ミサはジルの向かいに座ると、テーブルの上のクロウを胸に抱いた。

「私はジルがうらやましいです」

「え?」

 ジルは笑うと、

「またまた、ぼくはミサと違って失敗ばっかりだし、計算だってあっちゃんより遅いんだよ」

「でも……ジルは自分で笑ったり、泣いたりします」

「ミサだって笑ってるよ!」

「私が笑うのは、皆さんの反応を見てプログラムがそうさせてるだけです」

「……」

「ジルは自分の為に泣いたり、面白かったら笑ったり、怒ったりします」

 ミサがいつもみんなの前でするように微笑み、

「ジルは自分の為に、いろいろ考えたり、行動したりします」

「ミサは……違うの?」

「私はプログラムなんです」

「わ、わかんないよ……」

 ジルが唇を歪めるのを見て、ミサは瞳を閉じてから、

「ジルは何も言われなくても、まさとさんを喜ばせる為に料理を勉強しましたね?」

「う、うん……」

「私は……まさとさんや長崎先生から命令されない限り、何もしません、出来ません」

 ジルはミサを見て首を傾げた。

 目の前のミサは、クロウの喉元を撫でたりして、操や響子・晶子達と何ら変る事のない女の子のように見えた。

「命令されたから、やってるの?」

「はい」

「クーちゃん撫でるのもそうなの?」

「はい……ジルのを見て、まねているだけです」

 ジルは表情を歪め、腕を組むと考え込んでしまった。

「ぼく、よくわかんないよ……」

「ふふ……」

 そうしている間にも、ミサは研究所のコンピューターに接続し、ジルのデータを解析していた。

 ジルの行動を見、データとプログラムを重ねながら、ミサの人工知能は人間生活への行動パターンを蓄積し続けていた。

「ミサも食べる?」

 ジルは手にしていたスナック菓子の袋を差し出した。

「おいしいよ」

「……」

 微笑みかけるジルの顔を見、データとプログラムを重ね合わせたミサは、即座にそれを自らの人工知能に取り込んでいた。

 ミサはきょとんとし、菓子を一つまみして口に運ぶと、

「おいしいですね」

「横綱あられはぼくの好物なんだ~」

 ジルに表情がぱっと明るくなった。

「お薦めを喜んでもらうと嬉しいよね」

 ミサの電子頭脳はいつになく熱を発していた。


 長崎はマグカップを二つ持って研究室に入って来た。

 部屋の中は閑散としていて、一つのコンピューターだけが稼動していた。

 モニターの前に座っているのはさえだった。

「どう?」

「……」

 長崎はキーボード脇にマグカップの一つを置くと画面を覗き込んだ。

 その瞬間さえの手が動き、画面が切り変った。

「あー!ゲームでもしてるの!」

「そ、そんなんじゃ……」

 長崎は手を出すと、さえが変えた画面を呼び出した。

 数字の羅列が並んでいる画面。

 数字の意味を示す文字。

 長崎は赤く反転する数字のグループを指差してから、

「ミサのデータね?」

 長崎は腕を組むと

「ここのミサの目の映像出る?」

「……」

 さえはキーボードを叩きながら、長崎の言っている部分の時間を確かめて、ミサから送られてくる目から入って来た映像を画面に出した。

 ジルがアップで出てきた。

 お菓子の袋を差し出して唇がぱくぱくと動いた。

 ミサの手がお菓子をつまんだところで画像は終わった。

 長崎はミサのモニターを見ながら言った。

「プログラムの更新状況はどうなってるのかしら?」

「……」

 答えないさえに、長崎は口元に笑みを浮かべると、

「あらかた、ジルのプログラムに書き換えられてるんじゃないの?」

 今度はさえが笑みを浮かべた。

「先生……それはないです」

「!!」

「プログラムの書き換えは八割を越えています」

「そう……」

「でも、ジルのプログラムをそのままってわけじゃないです」

 さえはキーボードを叩くと、今まで更新されたところと書き換えの起っていないところを色違いで表示した。

「ま、ジルとミサとでは電子頭脳の性能自体ピンキリだからね」

「お兄ちゃんがハードも設計したって聞いてますけど?」

「そうよ、十年くらい前のパソコン使ってるわ」

 長崎はミサがジルのデータを取り込んでいく様子を画面で見ながら、

「ミサは最新の部品を使ってるから、ジルの百倍なんてもんじゃない容量を持ってる」

「お兄ちゃんは……こんな厳しい条件で人工知能を作っていたんですね」

「そうね……」

 ミサのメモリーがまた書き換えられた。

「ミサも……大分くんの研究の成果がなければできなかったわ」

「電子頭脳の基本部分は、お兄ちゃんのデータだったんですよね」

 長崎はキーボードを操作しているさえの姿を見守った。

「私がいくら研究しても……それはお兄ちゃんの土台の上」

 さえのキーボードを叩く指が止った。

「そしてミサも、ジルの人工知能を吸収して成長している」

「さえちゃん……」

 さえは息を呑むと、マグカップに手を伸ばした。

「お兄ちゃんは、すごかったんですね」

 長崎はさえの態度に目を丸くしていたが、とびきりの笑顔を作ると言った。

「私が惚れるのも、わかるでしょ」


 まさとは居間のテーブルに食事を並べながら、

「今日は学校、どうだった?」

 何となく言った言葉だったが、まさとは表情をこわばらせた。

 ジルの頭の上にはカラスが乗っていた。

(何かあったんだよな~)

 するとジルは頬を膨らませて、

「今日は学校でテストがあったんです!」

「ああ……」

 ジルは延々としゃべり続けた。

 算数のテストで散々だった事。

 クラスメイトの晶子にも負けてしまった事。

 ドッチで負けた事。

 晶子の家でミサとリモコン勝負をした事。

 クラスメイトの響子がリモコンがわかるのに自分はわからない事。

 思わずカラスのクーちゃんを連れてきてしまった事。

「まさとさん……」

「あん?」

「ぼくはスクラップになっちゃうんでしょうか?」

「はあ?」

「何でも勝負に負けたら人工知能の交換だそうです」

(そ、そんな話聞いてねー!)

 まさとは座るとジルとミサに目をやった。

 二人が手を合わせていただきますを済ませたところで、

「ぼくはミサに何も勝てませんよ」

「そ、そうか……」

 ジルは皿からトンカツをつまむと最初は自分が食べ、次の一切れは脇でじっと見つめているカラスの口に入れた。

「勝負に負けたら何かあるんですよね?」

 まさとはジルの言葉に箸を止めると、ジルの隣で黙々とごはんを食べているミサの瞳を見つめた。

 ミサは最初まさとの視線に気付かないでいたが、目と目が合うと箸を止めた。

 まさとはミサの青い瞳を見ながら、初めて会った時の姿を重ねていた。

 ミサの目は、あの頃の瞳とは全然違うように感じられた。

 ついつい見とれていたまさとが我に返っておかずの皿に手をのばしながら、

(ミサがジルの情報を吸い上げているなら……)

 ジルが怒って言った。

「あっちゃんはひどいんですよ!」

「……」

「分解した方がいいなんて言うんですよ!」

「そうか……」

 まさとはちょっと噴き出した。

 今日、仕事を終えて帰って来る時、下のコンビニで晶子と会っていた。

 リモコンでいじわるをしたのを教えてくれたのだ。

 まさとはおさげの女の子が表情を曇らせて告白する姿を思い出しながら、テーブルの隅に追いやられたテレビのリモコンを引き寄せた。

 ジルに向けて言った。

「なーんだ」

「!!」

 途端にジルの表情がこわばり、ミサも動きを止めた。

 ジルの怒ったような顔をそっちのけで、まさとはミサが目を丸くしているのを見て心の中で唸っていた。

 ミサの目が次第に厳しくなり、まさとをたしなめるような、怒ったような目になる。

 そんな目を見てまさとは唇を歪めた。

「で、ジルくん、何でしょう?」

「ま、まさとさんまで……」

「さっきお前の好きなあっちゃんに会ったんだ」

「あっちゃんですか!」

「カラス返せって言ってた」

「それはごめんなさいです~」

 ジルは一瞬すまなさそうな顔になったが、すぐに表情をこわばらせると、

「5……ですか?」

 途端にミサが驚いたような口調で、

「え?12じゃないんです?」

「5……だけど」

 まさとが目を丸くした。

(ミサが間違った?)

「ぼくが勝ちましたよ!」

 ジルがガッツポーズするのに、まさとはぽかんとしたままミサを見つめた。

「間違えました~」

 自分で頭をコツンするミサを見てまさとは息を呑んだ。

(こいつウソついてやがる!)


 ジルとミサ・晶子で研究所のじじうさの世話に来ていた。

「あっちゃんは何で研究所に?」

「うん、ちょっとね~」

「前から思ってたんですけど?」

「何?」

「あっちゃん達は何で研究所に出入りしてるんです?」

 ジルは飼育小屋の床をほうきではわきながら、

「あっちゃんは人間ですよね?」

「あたりまえじゃん!」

 晶子はちりとりを持って来ると、

「女の秘密をあれこれ聞かない!」

「ふえ!」

 ジルはそんな言葉に晶子の姿をじっと見つめたが、晶子のどこに「秘密」があるのか全然わからないでいた。

「うー」

「何悩んでるの?」

「あっちゃんの秘密を考えてるんです!」

 ジルは思いついたような顔をすると、

「クーちゃんはロボットですね!」

「はぁ?」

「カラスはあんなにしゃべりませんよ」

 ジルは両手を広げて上下させると、

「普通は『カ~』と鳴きます」

 晶子は微笑むと、

「そうだね……クーちゃんはちょっと関係あるかも」

「操ちゃんや響ちゃんは何でしょうね~」

 ジルは晶子が返事をしないのにあきらめると、

「そうそう!」

 ミサが抱き上げているじじうさをジルは撫でながら、

「明日にでもじじうさを連れて帰っていいそうです~」

「そうだね、大分元気になったもんね」

 ジルはミサからじじうさを受け取ると、

「これから毎日学校で会えます~」

「よかったね」

「ぼくが投げたから、ちょっと心配だったんですよ~」

 晶子は事の発端を思い出しながらしゅんとしたが、

「でも、おかげでぼくはニワトリもウサギも完全制覇です~」

「そうなの?」

「だって学校の飼育小屋にはじじうさいませんから」

「もしもあの事件がなかったら、ぼくはじじうさを投げなかったと思います」

「そして、あそこにじじうさがいたら、じじうさしか抱けなかったと思います」

「あの日、あっちゃんがニワトリさんをみんなのペットって言ってました」

「ぼくもそんな事を言ってたけど……じじうさ以外は抱けなかったです」

 ジルは晶子に向かって微笑むと、

「ぼくはあの日から、もうびっくりしないように頑張りました」

 ガッツポーズをして、

「もう、へっちゃらです!」

「そう言ってくれると晶子もホッとするよ~」

「あっちゃんにはお世話になりっぱなしです~」

「そう?」

 ジルは真顔に戻って腕を組むと、

「うーん、あっちゃんはぼくの命の恩人かも」

「それは……おおげさじゃない?」

「スクラップはなくなったんですよ」

 ジルは小屋を出ると、

「ぼくが毎日ウサギの世話をしたり、じじうさを看に来たりするからだそうです」

「そ、それは晶子と全然関係ないんじゃない?」

「うーん、ぼくがペット欲しいって思ったの、クーちゃん抱いてからです」

「そ、そうなの……」

 晶子はニヤニヤして、

「操ちゃんじゃなくて残念だったね」

「……」

 ジルは真っ赤になって晶子をにらんだ。

「ともかく、あっちゃんのおかげが多いです~」

「?」

「ラーメンを作ったのも、ポイント高かったそうですし!」

「ラーメン?」

「まさとさんは喜んでくれました~」

 ジルはニコニコ顔で、

「あっちゃんのおかげです!」

「そ、そう……」

 ジルは視線を青い空に向けると、

「あっちゃん……」

「何?」

 ジルは急に晶子の手を握ると、一つトーンを落した声で、

「ぼく……ケーキに挑戦したいんです!」

「!!」

「お店のケースに並んでる大きなケーキを見たんですよ」

 晶子の額にどっと汗が吹き出した。

「あの丸いのね」

「そーです、ショートケーキは実はあれを切ったヤツだったんです!」

「……」

「ぼくはあれを一つ食べてみたいんです!」

 晶子の手を握るジルの手に力がこもった。

「晶子師匠!」

 顔面蒼白になる晶子。

 ジルがキスでもしそうな勢いで顔を寄せてきた。

「あっちゃんしかいない!」

「だ、だめ……」

「あっちゃん!」

「晶子じゃ、ジルの力になれないよ」

「そ、そんな……」

「ごめん」

 がっくりと肩を落すジルを見て晶子は引きつった。

「晶子……料理全然なんだよ」

「でも、ラーメンはあんなに上手に作れました!」

「うーん、焼きそば焼き飯、冷蔵庫の中を片付けるようなモノなら、何でもござれなんだけどね……」

 晶子は力なく笑うと、

「バレンタインにチョコなんか作ると、みんな目を回しちゃうよ」

「そ、そうなんですか……」

 失望に肩を落すジル。

 晶子はあわてて、

「響ちゃんや操ちゃんにお願いしたら?」

「響ちゃんも料理ダメって言ってました」

「じゃ、操ちゃんがいるじゃん!」

「操ちゃんにびっくりさせようと思ってたんです」

(こ、こいつ……)

「あっちゃんしかいなかったのに……」

 晶子はため息をつくと、

「ジル、操ちゃんと一緒に作りなよ」

「え? でも……」

「操ちゃんと一緒にいられるよ」

 晶子はミサの横に来て目で合図を送った。

「ミサを見る!」

「?」

「ミサは黒目で黒い髪と思う!」

「……」

 ジルは真剣な顔でミサを見つめた。

「そして、一緒にケーキを作ってるところを想像する!」

 晶子はミサの耳元でささやく。

 ミサは一瞬目を丸くして、

「ジルくん一緒にケーキ作ろうね」

 操ボイスを発するミサに、ジルはパッと表情が明るくなった。

「ぼく、操ちゃんと一緒に作るよ~」

 ジルはミサの手をとって何度も上下させた。

 晶子はそんなジルを見、操ボイスを出したミサを見て悪魔の微笑みを浮かべた。

 再びミサの耳元でささやくと、ミサは指示通りに、

「ジルくん、好き……」

 途端にジルの動きが止り、耳まで真っ赤になった。

 眼鏡の奥の瞳が熱っぽく揺れている。

 一歩踏み出して、ジルとミサの唇から唇十センチに迫った。

「操ちゃん……」

 瞳を閉じてキスの態勢に入ったジルにミサは言った。

「私はミサです……」

「あ!」

 ミサの淡々とした言葉に我に返って、真っ赤を通り越して真っ黒になるジル。

(面白れー!)

 晶子はゾクゾクしながらジルを見つめていた。


 まさとは研究所に駆け込んでいた。

 ジルとミサのデータを早く見たい……そしてジルの事やミサの事を早く話したいと思っていた。

 しかし、研究室には長崎の姿はなかった。

 かわりにさえが白衣のポケットに手を突っ込んで立っていた。

「さえ……」

「お兄ちゃん……」

 まさとはすぐに目を逸らしてしまった。

 最後に会った、ミサを託された時のさえの顔が頭の中でちらついていた。

 帰ろうと背を向けるまさとに、

「お兄ちゃん!」

 さえの声に足が止った。

「何だ?」

「お兄ちゃん、ジルのデータ、見に来たんじゃないの?」

「……」

「ミサのデータも見る?」

 まさとはそんな言葉を聞いて、さえの顔をじっと見つめた。

「準備、出来てるけど?」

「あ、ああ……」

 さえの顔には、この間のような憎しみのオーラが感じられなかった。

 どことなく元気がなく思えるさえの後に続くと、まさとは二台のコンピューターの前に案内された。

「右がジルで、左がミサのモニタ」

「あ、ああ……」

 まさとが腰かけてキーボードを叩き始めると、

「私、コーヒー入れてくる」

「あ、ああ……」

 行ってしまうさえの背中をまさとは黙って見送った。

(どうしたんだ?)

 この間会った時は、さえは噛みつきそうな迫力さえ感じていた。

 それが今日は、元気がなく、落ち込んでいるように思えた。

(いかんいかん……)

 まさとはキーボードに向かうと、ジルとミサのデータを確かめ始めた。

 ジルのデータは何度か見ていたし、まさと自身かつて研究でよく見ていた。

 が。ミサのデータ量はジルの比にならなかった。

(電子頭脳の性能、全然違うな……)

 記憶容量だけでも百倍の差があった。

 実行しているプログラムの速度の変化を見ながら、まさとは渋い顔をした。

 ジルの電子頭脳とミサの電子頭脳では、処理能力も桁違いだった。

(いい部品使ってるなぁ)

「どう、お兄ちゃん?」

 さえはマグカップを持って来ると、まさとの隣に座った。

 しかしまさとは、ジルとミサの画面に夢中で返事もしなかった。

「ミサはすごいな……」

「うん?」

「ミサ、すごいなって」

 まさとは画面を指差しながら、

「処理速度が早いから、データをジルの四倍くらいで処理してる」

「そう、うん……」

 まさとはニコニコ顔でさえの方を見ると、

「ここ、見てみなよ、普段は見た情報をたくわえて、四分の一の情報だけ取り込んで処理してるだろ、頭いいなぁ」

「ジルだとどうなの?」

「ジルは遅いから、だいたい手いっぱいかな……」

 まさとは言いながら、さえが持ってきたマグカップに手を伸ばした。

 そんな二人の手と手が触れあった。

「……」

 まさとはさえを、さえはまさとをじっと見つめた。

「私の負け……」

「ん?」

「ミサは確かにジルよりずっといい処理をしてるかもしれない」

「ミサの勝ちだろ?」

 まさとの言葉にさえは首を横に振った。

「これ、見て……」

 さえが指差したのは、ミサの通信プログラムの部分だった。

「メンテナンス用だろ?」

「そう、通信プログラムの部分、ここで格納されたデータが、CPUの空き時間で処理されて人工知能を書き換えていくの」

 さえはミサの記憶全体を表示すると、赤くなっている所を指差して、

「ミサはジルのデータを読み取りながら、結局プログラムのほとんどを書き換えてしまったの」

「……」

「だから、今のミサは、ジルのおかげなの」

 元気のないさえ。

 まさとは笑みを浮かべると、さえの肩を揺すった。

「ジルとミサは、ミサの方が絶対性能いいよ」

「お兄ちゃん……」

「ジルは五年十年前の手法で作ってあるし、部品だってとんでもなく古い」

「そんなジルに、ミサは負けたの……」

 さえの言葉にまさとは首を横に振った。

「ミサはジルの電子頭脳から情報を得る余裕があるから……ジルのデータを読み取って吸収してる」

「ジルだって、ミサと接続して、データを取り込む事が……」

 まさとはまた、首を横に振った。

「いや、ジルは出来ない……」

「そんな、ジルだってバスがあるから出来ない筈が……」

 まさとはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「ジルの性能じゃ、そんな余裕ないんだ」

 まさとの言葉にさえは思わず噴きき出し、背中を丸めて笑い続けた。

「だから、最初から通信機能を使ってジルからデータを取り込んでいたら、ミサはジルのデータを一方的に取り込むって思ったんだ」

「そう……だったんだ」

「でも……」

 まさとは真顔でさえを見つめた。

「でも、初めてミサを見た時、ジルとは全然違うって思ったんだ」

「全然違う?」

「ああ……ジルは長崎先生と一緒に暮らして、一年の間に少なからず人間として暮らしてきた……」

「ミサは生まれてすぐ……」

「ああ……魂みたいなものが、目に感じられなかったんだ」

「魂?」

「そう、何て言ったらいいかわからないけど、魂」

 さえは頷くと、ポツリと言った。

「これからジルは、ミサは、どうなっていくんだろうね?」

 そんな言葉にまさとは遠い目をして言った。

「さあな」

 それを聞いて笑うさえの顔をまさとは見ながら、ジルに初めて会った日の事を思い出していた。

「ジル……さえにちょっと似てないか?」

「うん?」

「ジル……さえに似てない?」

 さえは眉をひそめると、

「ジルはお兄ちゃんの遺伝子情報を元に作られてるのよ、私じゃない」

 二人はお互いの目と目を見つめ合った。

「初めてジルに会った時……目がさえに似てるって思ったんだ」

「……」

 さえはちょっと考えてから、まさとの目をじっと見つめた。

「ジルは、やっぱり、お兄ちゃん似よ」

 二人は一度唸ると、

「兄妹だから……」

 はもったのに、二人は笑った


 学校の昼休み。

 教室で給食の後片付けをしていた晶子は、めずらしく操がジルと一緒に行っていないのに声をかけた。

「操ちゃん、ジルと一緒に行かなくていいの?」

「うん、もう私が一緒に行かなくていいの」

「ど、どうして?」

 晶子の言葉に操は窓辺に行くと、運動場の方を指差した。

 運動場の隅の飼育小屋。

 その前にブロンドの二人が立っていた。

「ミサがいるから、もう私は一緒に行かなくていいの」

「そ、そうなの……」

 晶子はかっぽう着を脱いで机の上に投げると、操の横に並んで運動場に目をやった。

「あ、ジルが何か言ってるよ」

 晶子が言うのに操も頷いた。

 飼育小屋の扉の前で、ジルはほうきを手に語り続けていた。


 飼育小屋の前。

 ジルはミサに掃除のし方や餌のやり方を語っていた。

「ほうきではわいて、ちりとりで取ります」

「はい」

「それから水をかえてやって、餌をやります」

「はい」

 ジルは飼育小屋の鍵を開けながら、

「それからぼくの指示には従う事!」

「はい!」

「ミサは平で、ぼくは係長なんですから!」

「はい」

 二人は小屋に入ると、早速ニワトリ小屋の掃除にとりかかった。

 ミサはジルのデータを解析してメモリーしていたから、言われるまでもなく簡単に仕事をこなしていった。

 水をかえ、餌をやって一段落つくと、ジルは白いニワトリを捕まえた。

「ミサ、捕まえられる?」

 ジルの言葉に頷くと、ミサは足元を首を前後に揺らしながら歩いている白いニワトリに手を伸ばした。

 しかしニワトリはミサの前から足早に逃げてしまうと、さらにジャンプしてとまり木をつたって一番高い所まで逃げてしまった。

 ミサは改めて目を足元にやると、茶色のニワトリに目標を定めた。

 さっきよりもすばやくミサの手が伸びたが、茶色ニワトリはもっと早く逃げた。

 さらにミサが追うと、茶色ニワトリは小屋の隅に追い込まれてしまった。

 ミサは両腕を広げ、茶色ニワトリとの間合いを詰めていく。

 逃げないニワトリを、ミサの手がさっと捕まえた。

 次の瞬間、ミサの白い手にニワトリのくちばしが襲いかかった。

 くちばしがつついた所が赤くなっていった。

「……」

 ミサは結局手を放し、後ずさってしまった。

 茶色ニワトリが悠然と歩き去るのを、ミサはポカンとして見ていた。

「大丈夫ミサ?」

「つつかれました」

「茶色のニワトリさんは一番気が荒いんだ」

 ジルは抱いていたニワトリを放すと、ミサの手を握り、さすった。

「痛い?」

「いいえ、何も感じませんでした」

 しかし、ミサの右手親指の付け根付近は血が珠になって噴き出していた。

「血が出てるよ」

 ジルはミサの傷口を吸った。

「ジル……」

 ミサが呼んでも、ジルは傷口を吸うのに一生懸命で返事はなかった。

「ジル……」

 ミサが腕を引こうとすると、ジルの目が向けられた。

「何?ミサ」

「くすぐったいですよ」

 ミサが微笑みながら言うのに、ジルの顔は瞬時で真っ赤になった。

 ジルが手を放してくれると、ミサはさっきまでジルが吸っていた傷口を撫でながら、

「ありがとう、ジル」

「ううん、いいんだ、ミサはぼくのかわいい妹だから!」

 ジルは唇を横一文字にすると、ミサの手を握って歩き出した。

 黙って飼育小屋から出るジルの背中に、ふらふらしながらミサは続いた。

「ジル、ジル!」

 ジルはミサの手を引いたまま歩き続けた。

 見向きもしないで、ジルは言った。

「保健室に行くよ」

「そんなにしなくても……」

「消毒しないと」

「……」

「ぼくが不用意にあんな事言ったからいけないんだ」

「ジル……」

「大体初めて飼育係りするミサが、ニワトリなんてつかまえられる筈がないんだ」

 それからは、ジルは黙々と歩き続けた。

 ミサはそんな後ろ姿を見つめて微笑むと、ジルの手をしっかりと握り返した。

 ジルはそんなミサの手の温もりを改めて感じると、耳まで真っ赤になっていた。

(ミサ、操ちゃんそっくりだし……)

 ジルの脳裏では、この間ミサが操のマネをした時が思い出されていた。

『ジル、好き……』

 ミサの言葉がジルの脳裏で繰り返されていた。

 頭が熱くなるのに、ジルは首を大きく左右に振った。


 放課後、ジルとミサは一度家に向かっていた。

 荷物を置いたらすぐにじじうさを迎えに研究所に行くつもりでいた。

 ジルは一階のコンビニに顔を出したが、今日はここで仕事の筈のまさとの姿が見られなかった。

「あれ、大分先輩の弟」

「こんにちわー」

 ジルは店員の目の細い男を見上げて聞いた。

「あの、まさとさんは?」

「ああ、先輩、別のお店で人がいなくて、そっちに行ってるよ」

「ふええ……そうなんですか」

「何か用?」

「いいえ、ただいまを言いに」

「そう、夕方には帰ってくるよ」

「わかりました」

 ジルはペコリと頭を垂れると、コンビニを後にした。

 駐車場でジルが出て来るのを待っていたミサは、一緒になって部屋に上がった。

 コンビニの中では目の細い店員がそんなジルを見守っていた。

 そしてまた、駐車場の車止めのブロックに座って魂の抜けたような目でジル達を見つめている男達がいた。

「ミサ、早く早く」

「はい、ちょっと待ってください」

 半袖半ズボンのジルと水色のワンピース姿のミサがアパートから出てきた。

 そんな二人が行ってしまうのを見て駐車場の一人が立ち上がった。

 他の仲間が言った。

「何だよ、あいつらをやるのか?」

「何だよ、文句あるのか?」

「子供もいいところだぜ」

「それが?」

「金、持ってないんじゃ?」

「……」

 行こうとしていた男の口元が歪んだ。

 煙草を吸っている仲間が、

「金がいるなら、コンビニを襲った方が早い」

 男達が、カウンターでぼんやりとしている目の細い店員に一瞬目をやった。

「ガキの方が簡単に金が入る」

「おいおい……」

「煙草銭が欲しいだけだ」

「しょうがないなー」

 男達は立ち上がると、ジルとミサの後を追って歩き始めた。

 コンビニの店員はそんな男達の動きに不安を感じたが、他に店員のいない今、店を離れる事が出来なかった。


 ジルとミサが公園横の道を歩いていると、二人の肩を誰かが叩いた。

「?」

 二人が振り向くと、そこには五人の男がジル達を見下ろしていた。

「何ですか?」

「ちょっと、いい?」

 ジルとミサは男達に手をつかまれて、公園に入った。

 男達が二人を茂みに連れ込もうとした時、公園に一匹の犬が見えた。

 赤い首輪の犬は、鎖もなければ飼い主も見当たらなかった。

「わんちゃんです~!」

 ジルはそんな犬に思わず駆け出していた。

 いきなり手を振り払って飛び出したジルに、男が大きな声を上げた。

「コラッ!」

「!!」

「どこ行ってやがるっ!」

 いきなり怒鳴られて凍りついたように動けなくなったジルは、再び腕をつかまれ、公園の茂みに連れ込まれてしまった。

「お金、貸してくれないかな!」

 薄暗い茂みの中で、ジルの視界一杯に男の顔が迫っていた。

「ふえ……」

「金、出しなよ!」

「!!」

 ジルは何も出来なかった。

 目の前の男の目つきがジルの身体を震えあがらせていた。

 ガタガタと震えるジルの頬を男の平手が張った。

 ジルはその痛みを感じる事もなく、往復ビンタを食らってその場に倒れた。

「早く出せば、痛い思いしないって」

 男がカッターナイフを出した。

 ジルの目の前でキラキラと光る刃。

 そこでジルの目から涙があふれた。

 ジルはミサを探したけれど、ミサは男の背後で別の男達に囲まれていた。

 ワンピースの胸元が切り裂かれながらもじっと立っているミサ。

 次の瞬間、男の平手がミサの頬を叩いた。

「!!」

 ジルの涙が瞬時で止った。

 刃にかまわず前に出た。

 男をかわしてミサを助けに行こうとジルは飛び出していた。

 そんなジルの身体が、男の手からカッターナイフを弾き飛ばしていた。

「こいつ!」

 ジルをカッターで脅していた男がジルを捕まえた。

 もう一人の男がジルの顔にパンチを叩き込む。

 それでもジルはミサに向かおうと身体をくねらせた。

 服が破れて、ジルは倒れ込むようにミサを取り囲む三人の背後に突っ込んだ。

「ミサ!」

「何だこいつ!」

 避ける三人。

 ジルはミサに覆いかぶさるように倒れ込んだ。

「ミサ!」

「ジル!」

「大丈夫だった?」

 鼻血を出しながら笑ってみせるジル。

 ミサはそんなジルの顔に手をやろうとしたが、すぐにジルがしがみついて、腕が動かせなくなっていた。

「ミサ、じっとしてて!」

「?」

 ミサを抱きしめるジルの腕に力がこもった。

 男達がやって来て、ジルの髪を引っ張り、服を破り、殴り、蹴った。

「ジル……」

 ミサが話かけても、ジルは固くまぶたを閉じてミサを抱きしめるだけだった。

 そんなジルの身体に、男達の攻撃は容赦がなかった。

「おらぁっ!」

 男の蹴りの一撃がジルの横腹にくい込んだ。

 ミサを抱きしめる腕の力が弱まった。

 もう一人の蹴りが、ジルの頭部を蹴り上げた。

 銀縁眼鏡がキラキラしながら宙に舞った。

 大きく見開かれたミサの目。

 その白い頬に、ジルの顔から噴き出た血が滴った。

『ごめん』

 ミサの頭にジルの頭から直接声がした。

 男達に捕えられ、リンチに合うジルの姿がスローモーションのようにミサの電子頭脳の

中に記憶された。

 ミサのプログラムが切り変った。

 それまでぼんやりとシーンを切り取っていた瞳孔が激しく動いた。

 五人の男を個別に記憶すると、ミサはゆっくり立ち上がった。

「やめなさい」

 いつになく低いトーンのミサ。

 三人の男がニヤニヤしながらミサを取り囲んだ。

 一人が卑下た笑みを浮かべながらミサの腕を掴んだ。

 煙草を吸っている男が笑いながら言った。

「お前ロリコンかよ」

「いいだろ、外人なんだし」

 もう一人がナイフをちらつかせながら、

「どこがいいんだか」

 男の手がミサのワンピースを完全に剥ぎ取った瞬間だった。

 横に払ったミサの腕が、男の腕を不自然な形に折っていた。

「!!」

 もう片方の腕が、煙草を吸っている男の腰を横から叩いていた。

 口から煙草をこぼしながら倒れる男。

「な!」

 ナイフをちらつかせていた男の前に、すでにミサは移動していた。

 裸で直立しているミサ。

 一瞬腰を落したかと思うと、ミサの脚が男の脚を払っていた。

 鈍い音と共に倒れた男の脚は、あらぬ方向に向いていた。

 ジルを囲んでいる男達。

 拳を振り上げていた男が、背後からミサの一撃を食らってダウンした。

 ジルを捕まえ、カッターを突き付けていた男は異変に気付いた。

 振り向けばミサが魂の抜けたような目で見つめていた。

「!!」

 ミサの手がさっと男の手首を捕まえた。

 ゆっくりひねっていくミサの手。

 子供の手なのに、男は逃れられなかった。

 激痛に男がカッターを離しても、ミサの手は止らなかった。

 男が悲鳴を上げると同時に、その手首が重い音を立てて砕かれた。

 膝をついて、折れた腕を見て男は叫び続けた。

 ミサの目が元に戻った。

「ジル」

 ボロボロになったジルを抱き上げると、ミサはアパートに向かって駆け出した。



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「ミサ、画像は保存してるわね」

「はい……転送しておきます」

「お金を要求されただけ?」

「はい、お金と……私を狙っていたようです」

「……」


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