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「ジルとじじうさ」

 飼育小屋でニワトリやウサギを世話をする事になったジル。

 ニワトリにはつつかれて……

 白いウサギは動いて抱けず……

 でも、黒いウサギは捕まえる事が出来た!

 だが、その黒ウサギの顔にジルは凍った。


 昼休み、操はホッとしていた。

 ジルが飼育係りをやるという事は、ドッチに行かないという事だった。

「今日は掃除や餌のあげ方を実践します」

「はーい!」

 操はほうきにちりとりを手に、ジルは野菜の切れ端や鳥の餌の入ったダンボールを抱えて飼育小屋の前に立っていた。

「一人がほうきで糞や食べ散らかした餌をちりとりに集めます」

「はい」

「もう一人が水を汲んで来ます」

「はい」

 操は中に入ってから、ジルにほうきを差し出した。

「じゃ、ジルくんが出来るかテストします」

「え、テテテテスト!」

「うん、ジルくんが出来るかどうか……私はその間、水を汲んで来るね」

 ジルが箱を置いてほうきを握るのに、操はニワトリ小屋とウサギ小屋の水入れを手にすると、さっさと出て行ってしまった。

「ああ……操ちゃん行っちゃいました~」

 校舎の方に行ってしまう操を見ていたジルは、ほうきを動かしながら歩き回っているニワトリに目をやった。

 三羽いるニワトリは二羽が白で残り一羽が茶色だった。

 ジルはさっさと床を掃除してしまうと、ちりとりに取ったところで息を呑んだ。

 ニワトリは首を前後に揺すりながら歩いている。

 ジルが掃除をして後を追う時はちょっと歩くスピードを上げたが、ジルが足を止めるとニワトリの動きはゆっくりしたものになった。

「操ちゃん……」

 ジルが校舎の方に目を向けても、操の姿は見えなかった。

「来ませんね……」

 ジルはほうきを金網に立てかけると、ゆっくりとニワトリ達の方に歩み寄った。

 じりじりと腰を落していくジル。

 ニワトリの前後に揺すっていた首が、周囲を見回すしぐさにかわった。

 しゃがみ込むジル。

 そのすぐ目の前に、白いニワトリの小さい方がいた。

 ジルの手が、ゆっくりとその小さいニワトリに伸びていく。

 震える指先がニワトリの羽毛に触れた瞬間、ニワトリはジルをにらみつけて鳴いた。

「コケ!」

「うわあ!」

 ニワトリが鳴くのと同時にジルの手が引かれていた。

 ジルがドキドキして小さくなっているのをあざけり笑うように、白いニワトリは悠然と歩き去って行った。

 ジルはさらにもう一羽の白いニワトリに手を伸ばしたが、結果は一緒だった。

「いきなり鳴くと……ちょっとコワイかも」

 ジルが苦笑いしながら言うと、二羽の白いニワトリは木の枝振りをそのまま利用したとまり木に上がってジルの手の届かない所に行ってしまった。

「……」

 下を歩いているニワトリは茶色のやつだけだった。

 ジルはそのしぐさを見つめながら、頭の中で晶子の家のクロウを思い出していた。

「ニワトリさんも、クーちゃんと同じくらいの大きさです!」

 そう自分に言い聞かせながら茶色のニワトリに近寄るとしゃがみ込んだ。

「鳴かないで、鳴かないで」

 ジルの手がさっと伸びる。

「動かない、動かない」

 あとちょっとで指先が触れるというところで、ジルの手が一瞬止る。

「じっとしてて、じっとしてて」

 ジルの手がゆっくりと茶色のニワトリに伸び、触れた。

 しかし、ニワトリは相変わらず首を前後に揺するだけで逃げたり鳴いたりしないように見えた。

 ジルの指が、茶色の羽毛に埋もれていく。

「そのまま、そのまま」

 指先にニワトリの身体の温さが伝わってきた。

 ジルは息を呑むと、両手でしっかりとニワトリの身体を捕まえた。

「やっ……」

 言いながらニワトリを持ち上げた。

 ニワトリの体重がジルの手に感じられた。

 言葉を言い終える前に、ニワトリの首がジルの方に向いた。

「コケ!」

「あ!」

 ニワトリの鳴き声と同時に、くちばしがジルの手を襲った。

 ジルは自分の手が攻撃されるのを、目を白黒させて見ているだけだった。

 ようやく我に返ってニワトリを放すと、ジルの手はつつかれた跡が赤くなっていた。

「うう……」

 所々血がにじんでいるのを見て、ジルの目に涙が溜まっていった。

「ジルくん……大丈夫?」

 戻ってきた操がジルを見てびっくりした。

 操は水入れを置くと、ジルの隣にしゃがんで、背中を撫でてくれた。

「うう……操ちゃん」

「大丈夫?」

「つつかれました~」

 ジルは手を見せるのに、操は傷だらけの白い肌を撫でながら、

「痛い?」

「もう平気です……」

 ジルが鼻をすすると、一筋の涙が頬を濡らした。

「クーちゃんは抱けたのに……」

「クーちゃんは慣れてるから……」

「そうなんですか……」

 操は立ち上がると、茶色のニワトリをさっと捕まえて、

「茶色のニワトリは一番気が荒いんだよ」

 もがくニワトリを操はしっかりと捕まえていると、次第におとなしくなっていった。

「抱く?」

「……」

 操が差し出す茶色ニワトリ。

 ジルは「一番荒い」ニワトリを操が平気な顔をして捕まえているのに唇を歪めた。

 一度はニワトリに手を伸ばしたものの、ジルの手をニワトリは容赦しなかった。

 再びつつかれてジルが手を引っ込めるのを見て、操はニワトリを放してしまった。

「うう……ぼくは好かれてないみたいです」

「また、ね……ウサギの方に行こうよ」

 しょぼんとしているジルの手を引いて、操は隣のウサギ小屋に入った。


 ウサギ小屋には三羽のウサギがモソモソと動いていた。

 操とジルが小屋に入って来ると、餌がもらえると思って二羽のウサギが近寄って来た。

「うわあ!」

 操の手を握るジルの手に力がこもった。

 そんなジルの手の感触に操が振り返ると、ジルの顔がふやけていた。

「操ちゃん!」

「うん?」

「ウサギさん、かわいいですねぇ~」

 ジルはすぐにしゃがみ込むと、寄って来たウサギに手を伸ばした。

 そんなジルの動きにそれまで倒れていたウサギの耳がピンと立つと、ジルはびっくりして手を引いてしまった。

 それでもジルの指が動いていると、一羽のウサギが立ち上がって真っ赤な目でジル達を見つめていた。

「ふえ、ウサギさん立ってますよ!」

「だね……」

 ゆるみっぱなしのジルの横で、操はちょっと引きつった笑みを浮かべていた。

 操は隣の小屋からダンボールを持って来ると、野菜の切れ端をジルに渡して頷いた。

 ウサギはジルが差し出す野菜の切れ端に鼻先をひくつかせ、モソモソ食べ始めた。

「うわ、食べてますよ~」

「うん、そうだね」

 ジルが箱から野菜を出すと、ウサギはさらに背中を波うたせた。

「かわいいですね~」

「……」

 ジルの手が再び白ウサギに伸びていくのを見ながら、操はしゃがんで見守った。

 ジルの手はウサギのすぐ近くまで行くけれど、ウサギが顔を上げたり耳を立てたりするとジルの手は引っ込んでしまった。

「……」

 操は無言で一羽のウサギを捕まえると、抱きかかえた。

 ジルが見ていると操がそのウサギを差し出してくれる。

「え、いいんですか!」

 操が頷くのを見て、ジルの手が一瞬動いた。

「どうしたの?」

「う、うん……」

 ジルは真剣な表情で操を見、それから操の差し出したウサギを見た。

 白い、真っ赤な目のウサギ。

 前足で野菜を持つようにして食べている。

 ジルは操に目を戻すと、喉を上下させた。

「?」

 操は真剣な、ちょっとこわい感じのするジルの表情に首を傾げた。

 ジルはもう一羽の餌を食べているウサギに目をやった。

 さっと手を伸ばし、捕まえようとするとウサギは暴れて逃げてしまった。

「あ……」

 ジルは唇を歪ませると、さっきから全然近寄ってこない一羽のウサギに目を向けた。

 ウサギ小屋には三羽のウサギがいた。

 二羽は白くて真っ赤な目のウサギ。

 一羽は真っ黒でさっきから小屋の隅でうずくまってジル達に背を向けている。

 ジルは立ち上がるとその黒ウサギに向かった。

 黒ウサギは丸くなったまま、他の白ウサギのように背中を前後させるような動きは見せなかった。

 ジルはさっとしゃがみ込むと、その真っ黒な毛に指を沈めた。

 その刹那、黒ウサギの耳がピンと立てられた。

「!!」

 ジルは一瞬引きそうになった腕を、必死の思いで我慢した。

 指がどんどん毛の中に埋もれ、温い身体に触れる。

 思い切ってその身体を持ち上げた。

 黒ウサギは一瞬後ろ足をばたつかせたが、あっさりのジルの腕に抱かれてしまった。

 ジルは立ち上がると振り向いて言った。

「操ちゃん!」

「え、あ?」

「ぼく、やりましたよ!一人で抱っこ出来ました!」

 黒ウサギを抱いてこわばった笑みを浮かべるジルに、操も頷いた。

「やったね!」

「ですです~!」

 ジルは抱いている黒ウサギの顔を見つめた。

 その瞬間、ジルの身体が石になってしまった。

 ジルのイメージでは、ウサギは真っ黒だけれども、他は白ウサギと同じだと決め込んでいた。

 が、ジルが抱いた黒ウサギは額に大きな傷があった。

 その傷の延長線上の左目もつぶれ、右目だけがジルを見上げていた。

「あ、あわわ……」

 ジルの身体が動けず、黒ウサギは投げられずに済んでいた。

 しかしジルの身体は震え続けていた。

 ゆっくりとしゃがみ込むジル。

 しかし黒ウサギに見つめられて、その手を放す事が出来なかった。

「そのウサギは『じじうさ』っていうんだよ」

「じ、じじうさ?」

「そう、ここのウサギのお父さんウサギなんだよ」

「お父さんウサギ……」

 操は抱いていた白ウサギを放すとジルの正面にしゃがんで、

「じじうさは、もう大分歳をとってるから、ちょっとおとなしいんだよ」

「そうなんですか……」

「でも、あんまり抱かれるの、好きじゃない筈なんだけど……」

「抱かれるの、好きじゃないんですか?」

「うん、一年生が世話に来ても、じじうさは抱けないみたい」

「ふえ、そうなんですか~」

 ジルは操からじじうさに目を戻した。

 額の傷も隻眼なのも、もう大分慣れていた。

「おじいさんウサギだけど、抱こうとしたら逃げるんだけど……」

「操ちゃんは抱けませんか?」

「ううん、私は慣れちゃったから、大丈夫だけど、大抵暴れるよ」

「そうなんですか」

「顔もこわいから、一年生なんか泣く子もいるよ」

「ふええ……」

 操はジルの手に抱かれているじじうさの額を撫でながら笑みを浮かべると、

「じじうさの怪我は、ここに野犬が入った時に戦った傷なの」

「戦ったんですか」

「うん、あの二匹以外にも子供ウサギいたけど殺されちゃって……お母さんウサギも死んじゃったんだよ」

「そんな事があったんですか」

「じじうさは二匹のウサギを助けて、怪我しちゃったの」

 操の指がじじうさの額を撫でるのに、黒ウサギの目が気持ちよさそうに細められた。

「今まで、こんなにおとなしく抱かれた事なんて、あったのかな?」

 操は顔を上げると、ジルの顔を見つめた。

 その額の傷を見て、

「じじうさとジルくんは額の傷がおそろいだからかもね」

 ジルの目が寄って、自分の額を見ているような顔になった。


 今日もまさとは別のコンビニのヘルプだった。

 薄暗くなって街灯の明かりが灯り始めたくらいにアパートの前に帰り着くと、窓に明かりがついているのを見て胸を撫で下ろした。

 扉を開けると早速ジルが出て来た。

「おかえりなさい~」

「今日はちゃんと帰って来たみたいだな」

「まさとさんには勝ちました……でも、ぼくもちょっと前に帰って来たんです」

「そうか、ごはんすぐ作るからな」

「はーい!」

 ジルはまさとの前を離れなかった。

「まさとさん!」

「うん?」

 まさとは靴を脱ぎながら顔を上げた。

 ジルは先日まさとがやったロボット犬を抱いていた。

「今日は学校で、飼育係りをしたんですよ」

「うん、昨日聞いた、今日も当番だったのか?」

「ええ、今日から本番だったんです!」

 まさとはダイニングのテーブルにもらって来た捨て弁の袋を置くと、流しに立ててあった皿を持ってきた。

「本番って?」

「今日から掃除をしたり、餌をやったりしたんです」

「昨日はやらなかったの?」

「昨日は見てるだけっぽかったですよ」

 まさとは頷きながら、皿の上にコンビニ弁当の中身を盛り付け始めた。

 ごはんは別の皿に盛って、それぞれを電子レンジに入れるとタイマーをひねった。

「それで今日からちゃんと仕事をやったわけ?」

「ええ、ですです」

 ジルは抱いていたロボット犬をテーブルの上に置くと、

「掃除はすぐに終わっちゃうから、ニワトリを抱こうとしました」

「ニワトリ?」

「ええ、白いのと茶色のがいます……でも、結局抱けませんでした」

 ジルは自分の手をまさとに見せながら、

「つつかれて赤くなりました、血もちょっと出たんですよ!」

「そう……」

 レンジが鳴るのにまさとはレンジを開けて皿を出した。

 再び料理の盛り付けられた皿を入れてから、

「でも、なんだか嬉しそう」

「ですです!」

 ジルはロボット犬を抱えると、

「ウサギさんも三匹いて、その中のじじうさを抱く事が出来ました!」

「じじうさ?」

「です、じじうさは黒うさぎで、このわんちゃんとちょっと似てます」

「ちゃんと……抱けたの?」

「ええ、じじうさはおじいさんウサギであんまり動きませんでした」

「じゃ、ジルでも捕まえられた?」

「ええ……」

 ジルはちょっと視線を泳がせると、

「でも、操ちゃんの話だと、初めての人にはなつかないみたいなんです」

「ふうん、よくジルが抱っこ出来たな」

「ですです、話を聞いてちょっとびっくりでした~」

「話?」

「はい、じじうさはですね、昔野犬と戦ったらしいんです」

 まさとはレンジが鳴るのに皿を出すと、テーブルに並べた。

 いつもは居間にテーブルを出して食べるところだったけれど、ジルが話に熱中している様子だったのでここで食べる事にした。

 まさとが目で合図するのに、ジルは椅子に座ると手を合わせた。

「昔、自分の子供を守る為に戦って、額に怪我をしちゃったんです」

「うん……」

「ぼくは最初じじうさの顔を見た時はびっくりしました」

 ジルはロボット犬の額の所を指差しながら、

「額に傷跡があって、片目もつぶれてしまってます」

 まさとはジルが指で示すのを見ながら表情をこわばらせた。

「そ、それはこわそうだ」

「ですです、顔はすごくこわいです」

 ジルはようやく箸を握ると、

「でも、操ちゃんが言うんです、『ジルくんの額の傷とおそろいだ』って」

「!!」

「それを聞いたら、なんだかすごく嬉しくなりました~」

「そ、そうか……」

「ぼくはこれからも飼育係り頑張ります!」

 ジルはガッツポーズをしてみせると、ようやく食事に箸をつけた。

 まさとはそんなジルの額を見つめていた。


 翌朝、ジルが晶子と学校に行ったのを見計らってまさとは研究所に向かった。

 連絡をしないで出かけたけれども、まさとが研究室に入ると長崎が不機嫌そうな顔をして待っていた。

「先生……」

「カード通したらセキュリティでわかるのよ」

「ええ、知ってます、寝てなかったんです?」

「徹夜で機嫌悪いんだから、用はさっさと済ませてよね!」

 長崎は言うと、自分の席について脇にある冷蔵庫から缶コーヒーを出した。

 まさとはそんな長崎の向かいに座ると、

「昨日、ジルが寝てからファイルに目を通し直したんです」

「うん、それがどうしたの?」

「ジルは……俺が設計したって事になってます」

「ええ、そうよ、だいたいそのままね」

「ウソでしょう?」

 まさとがじっと見つめているのに、長崎は目を細めた。

「どうして?」

「どうしても何も……」

「私がウソをついても、何も得はしないじゃない」

 長崎が缶コーヒーをあおるのを見て、まさとは伏せ目がちになると、

「俺が設計した電子頭脳が、あんな動きをするのかなって……」

「はあ?」

「物事を記憶して、使わないものや不必要なものは忘れて、少ないメモリーを活用させるのが原点だったと思います……俺の設計は」

「……」

「でも、ジルを見ていると、人間と変らないって思ったりするんです」

「そう……」

「ついつい、人間って思っちゃう……でも、ジルは電子頭脳を載んだロボット」

「……」

「コンピューターは命令がないと、動作したりしないでしょ?」

「そりゃ、そうだけど」

「コンピューターは自分で問題を見つけてきたりしない」

「まぁ、電卓は人間が数字入れないとね」

「ジルは……それを自分で見つけて、あれこれやってるように見えるんです」

「……」

「俺の設計した電子頭脳は、そこまで出来たのかなって……」

「本当に、大分くんのなんだけど……」

 今度はまさとが目を細めた。

 疑いのまなざしに、長崎の喉が一度上下した。

「先生、ウソつかないでいいですよ」

「本当だってば……」

「ジルは……さえの設計じゃないんですか?」

 まさとが妹の名前を出した。

 それを聞いて長崎の表情が曇った。

「そりゃ、さえちゃんの方がプログラムセンスなんかいいんだけどね」

「……」

「でも、ジルの人工知能も、電子頭脳も全部大分くんのよ」

 長崎は机にジルのファイルを広げると、

「大分くんの電子頭脳は、大分くんの研究のデータがたくさん残っていたし、電子頭脳も大分くんの設計だったから、それなりにバランスがよかったの」

「さえのプログラムでは、バランスがよくなかった?」

「そう、だから余計な事はしないで、大分くんのでいったのよ」

「そうなんですか……」

 しかし、まさとの表情は晴れなかった。

「でも、俺がやっているときは、自分で問題を見つけたりなんて……」

「問題を見つけるって?」

「ペットを欲しがったりするんです」

 長崎は腕を組んで唸ると、

「大分くんのプログラムは、メモリーとか、すごく少なかったわよね」

「ええ……昔の仕様の部品で作ってましたから」

「メモリーで使わないものを忘れたり、序列を変えたり、圧縮したりするのよね」

 まさとが頷くと、長崎は手元にあったパソコンのモニターを見せて、

「メモリーの……記憶の並べ変え書き換えだけじゃなくて、プログラムの方も書き換えるように出来てなかった?」

 まさとの画面を見ていた目が止った。

「書き換え出来るようになってたけど……そこまでプログラムが動かせなかったから」

「そう……」

 長崎はペンでモニターを指しながら、

「データの更新は大分くんでもあたりまえって思うだろうけど、一年前にジルを動かし始めた時から見て、人工知能のプログラム自体書き変ってる」

「この色違い、全部?」

「そう、ほとんどね」

「……」

 長崎は椅子の背もたれに身体を預けると、

「つまり、もう、大分くんの知ってるジルじゃないの」

 長崎の言葉にまさとは動けないでいた。


 まさとが帰った後、長崎はさえがやって来たのにうんざりしていた。

 白衣を着た三つ編みに眼鏡の女が、長崎の前に立っていた。

「先生、何でお兄ちゃんのプログラムを採用したんです!」

「……」

 長崎は出来るだけ目を合わせまいとしていたが、さえの手が机に叩き付けられたのに顔を上げた。

「どうしてお兄ちゃんのなんです!」

「そりゃ、大分くんのプログラムの方が優れてるからよ」

「そんな筈ないです!」

「……」

「導入前のテストでも、私のプログラムの方がずっと優れた成績でした」

「……」

 確かにジルの電子頭脳導入選定では、さえの方のプログラムが良い成績だった。

「先生お兄ちゃんが好きなんでしょう?」

 ニヤニヤしながら言うさえ。

 三つ編みがゆれ、黒縁眼鏡の奥の瞳が卑しい光を放っていた。

「先生、お兄ちゃんが好きだから……お兄ちゃんのプログラムを?」

「……」

「先生、お兄ちゃんと一緒にいる時、すごく楽しそうだから」

「あのねぇ……さっき大分くんが来てたの、知ってる?」

 長崎の遮るような言葉にさえは一瞬肩を震わせると、

「ええ、知ってました」

「じゃ、聞いてた?」

「……」

 さえが口をつぐむのに、長崎は鼻で笑うと、

「ま、この部屋に何しかけてても、別にいいけど、もしも話を聞いていたなら、理由はそれだけの事よ」

「でも!」

 叫ぶさえを長崎はにらみつけた。

 勢いのあったさえも、長崎の視線に目が脅えていた。

「ジルの電子頭脳はここ一年で大分成長している、もう、さえちゃんの電子頭脳ではかなわないかもしれないわよ?」

「そんな筈ありません!」

 再びさえが叫ぶのに、長崎はため息をつくと言った。

「もしも大分くんに負けたら、さえちゃんへこむわよ」

 長崎は立つと、ドアもないのに壁から出ているカードリーダーのテンキーを叩いた。

 最後にカードを通すと、部屋の照明が落ちた。

「!!」

 長崎が操作したテンキーのある壁がせり上がり始めるのがわかった。

 足元から、壁の向こうの部屋からの明かりが漏れてくる。

 長崎の手招きでさえは歩み寄ると、壁は完全に上がり切った。

 隣の部屋には、大きな円筒形の水槽がいくつもあった。

 その中の一つに、ブロンドの少女が漂っていた。

「これは……」

「電子頭脳は私、人工知能はさえちゃんのよ」

 さえは水槽に手をやって、ただよっている少女を見つめた。

 長崎は手をヒラヒラさせながら、

「負けても知らないわよ」


 ジルは毎日学校に通った。

 誰も飼育係りをやりたがらなかったから、ジルが飼育係りを独占するのに文句を言う者はいなかった。

 土曜も日曜も、毎日通っているうちに、ジルの首から下がっていた鍵が一本から二本になっていた。

 夕食時の事だった。

「ジル……鍵二本あるけど……」

 まさとは食事中テーブルに置かれた鍵を見て聞いた。

「これは学校の飼育小屋のです!」

「飼育小屋の鍵?」

 まさとはアパートの金メッキの剥げた鍵と、銀色に輝く鍵を見て、

「どうして?」

「ぼくは毎日ウサギの世話に行きますから~」

「で、鍵?」

「ですです、毎日通っていたら、この間、吉田先生から任命されました」

「任命?」

「です~」

 ジルは箸とお茶碗を持ったままガッツポーズすると、

「ぼくは飼育係長に任命されたんです~」

「飼育……係長……」

「係長だから、偉いんですよ!」

 ジルの言葉にまさとは引きつった笑みを浮かべた。

 それからはジルは食べてはしゃべり、しゃべっては食べを繰り返していた。

 まさとはそんなジルの楽しそうな顔に、長崎の説明を思い出していた。

(もう、ジルは俺が作っていた頃のジルとは違うんだ……)

 じっと見つめているまさとに気付いて、ジルが微笑んだ。

「えへへ……でも、ぼくはまだじじうさしか抱っこ出来ません」

「あ、ああ……」

「他のウサギさんやニワトリさんも、仲良くしてくれるといいんだけど……」

 ジルの言葉にまさとは思った。

(どうやって動いてるんだ……ジルの人工知能)


 いつもの学校の昼休み、ジルは飼育小屋でウサギ小屋の掃除をしていた。

「ジールー」

「何です、あっちゃん?」

 晶子のたいくつそうな声にジルは顔を上げた。

「飼育係り、好きだね~」

「……」

 晶子がウサギ小屋にちょっとだけ突き出しているとまり木に座って、足をブラブラさせていた。

 いつもは操が飼育係りにつきあってくれていたが、今日は委員会が昼休みにあるという事で晶子が代打で来ていた。

「よく毎日続くと思うよ~」

 晶子はとまり木から飛び降りると、白ウサギの一羽を捕まえ、抱き上げた。

「ジル以外に誰も飼育係りなんてやんないよ」

「……」

 晶子の手の中でもがく白ウサギ。

 しかし晶子はびびる事もなく、ウサギの首根っこを掴み、抱きかかえていた。

 後ろ足をばたつかせて抵抗する白ウサギ。

 晶子はニヤニヤすると、

「無駄な抵抗はやめなさい!」

 その言葉を聞いて、それまで身体をくねらせたりして抵抗していた白ウサギはまったく動かなくなってしまった。

(あっちゃんいいなぁ……)

 ジルはこわばった顔で晶子とその胸に抱かれている白ウサギを見つめた。

 ニヤニヤしている晶子の顔を見て、プイと背を向けるとジルはほうきを動かした。

「ジールー」

「何?」

「そんなに飼育係り、楽しい?」

「楽しいです」

 晶子は抱いているウサギのお腹をくすぐりながら、

「でも、掃除っても、うんこばっかりだよ」

 ジルはヘラヘラしながら言う晶子に頬を膨らませた。

「あっちゃん一体何!」

「え?」

「さっきから遊んでばっかりで、何もしていません!」

「う!」

「ウサギ抱いて遊んでるだけです!」

「……」

 いきなりジルが切れたのに、晶子の目が驚いていた。

 ジルは言う事は言っているけれども、本心は白ウサギを簡単に抱いてしまう晶子がうらやましくてしょうがないだけだった。

 掃除なんて、一人でやってもすぐに終わってしまう広さだった。

「うんこなのはわかってます!」

「き、汚いじゃない……」

「あっちゃんはうんこしないんですか!」

「え、えーっと」

「あっちゃんだってうんこするでしょう!」

「そ、そりゃ……」

「あっちゃんのところのクーちゃんだってうんこするでしょ!」

「ジ、ジル……」

「ウサギさんもニワトリさんも、奇麗な方がきっと嬉しい筈です!」

「あの、その、ジル……」

「誰も汚いって掃除しないなら、ぼくがやります!」

「ジルさま……」

「ここの動物は、学校のペットさんです、誰も世話しないなら、ぼくがやるんだ!」

「そのー」

「学校のペットはみんなのペットでぼくのペットでもあるんです!」

 拳を固め、遠くを見つめて言うジル。

 晶子はそんなジルを見て、手にしていたウサギを落していた。

 ジルはゆっくり晶子の方を向くと、

「あっちゃんがやらないなら、ぼく一人でやるからいいもん!」

 ウサギ達に餌をやり始めるジル。

 ジルは相変わらず白ウサギに逃げられていたが、じじうさを抱くと満面笑みになってしゃがんだまま動かなくなった。

 晶子はそんなジルを見ていて、次第に邪悪な笑みを見せると隣のニワトリ小屋に行ってしまった。

 そんな晶子の事も知らずにジルはじじうさの感触を楽しんでいると、茶色いニワトリを抱いて晶子が戻って来た。

「じじうさはかわいいですね~」

「ねー、ジルー!」

「……」

「ねー、ジールー!」

「何、あっちゃん!」

 振り向いたジルの鼻先には茶色いニワトリがいた。

「コケー!」

「うわ!」

 ニワトリのくちばしがジルの鼻を襲った。

 連打がジルの鼻をつつくのに、ジルは痛いよりもびっくりするだけだった。

「ほらー!みんなのペットだよー!」

「うわああ!」

 ジルは抱いていたじじうさを投げ、後ろに転がり、小屋の金網にしがみついていた。

「あ……」

 晶子とジルの表情がこわばった。

 ジルの投げたじじうさが、床に腹を上にして横たわっていた。

「じじうさ!」

 二人が駆け寄ると、じじうさは額から血を流していた。

 口を半分開き、鼻先をヒクヒクさせる姿にジルの顔は血の気を失っていった。

「じ、じじうさ……」

 晶子はとっさに立ち上がると、扉を開けて叫んだ。

「ジル、早くじじうさを!」

「!!」

 ジルはぐったりとしているじじうさを抱えると立ち上がった。

 先に行く晶子を追ってジルは走った。

「あ、あっちゃん!どうしよう!」

 ジルの不安気な顔を見ながら、小屋を出た晶子は南京錠をしながら、

「病院に連れていくしか!」

「病院!」

 晶子が頷くのにジルも息を呑んだ。

「でも、動きません……」

「うう……」

 晶子の困った顔に、ジルは唇を震わせた。

 しかし、すぐに晶子の表情が変った。

「長崎先生の所に行こう、あそこなら、絶対だよ!」


 この間眼鏡を作った時はバスで来た道のりを、二人は走りに走って研究所にたどり着いていた。

「誰がこんなひどい事したの!」

 泣きながら入って来たジルに長崎は険しい顔で言った。

「ぼくが、ぼくが投げちゃったんです……」

「はぁ、ジルが?」

「です……ぼくが投げました」

「どうしてそんな事するかな??」

 ジルの目に涙が溜まる。

 返事をしないジルに長崎が目を細めるのを見て、晶子が白衣の袖を引っ張った。

「?」

「晶子がいたずらして、その時投げちゃって……」

 それを聞いて長崎はため息をつくと背を向けた。

「先生っ!」

「早く持ってくる、治療するから!」

 長崎は手術室に二人を通すと、天井の照明が手術台を照らした。

 ジルはゆっくりと抱いていたじじうさを手術台に置くと、頬を震わせ、動かなくなってしまった。

 長崎はじじうさの出血箇所を見て唸ると、後ろに立っている晶子に言った。

「あっちゃん、麻酔もらって来て、わかる??」

「うん、看護婦さんに言えばいいんだよね」

「電話しとくから、治療室に行ったら貰えるようにしとく」

「はーい」

 晶子は返事をすると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 長崎はすぐに紙にメモをすると、ファックスにかけて手術台に戻って来た。

「さて、じゃ、早速治療するか……」

 長崎は引き出しからメスやはさみ、針を出し、それからバリカンを出した。

 額の傷の回りを毛をさっと刈って、長崎の指がウサギの身体をまさぐった。

 ウサギの毛を刈る長崎を見て、ジルは首を傾げ、口元に怒りをあらわにした。

「せんせー!」

「何?」

「先生、床屋さんはいいんですよ!」

「は?」

「床屋さんじゃなくてお医者さんです!」

 ジルが声を大きくしていると、晶子がトレイに載せられた注射器を持って来た。

 長崎が目で合図する。

「あのねジル、麻酔しないで切ったり貼ったり出来ないの」

「ふえ?」

「動物でも痛いでしょう」

 長崎は言いながら、晶子の手からトレイを受け取った。

 それからまだわからない顔をしているジルの手を掴むと、じじうさの背中の辺りを触らせた。

「どう、わかる?」

「……」

 ジルがポカンとしているのに長崎は渋い顔をすると、バリカンでジルが触った所の毛を刈り始めた。

 すると、じじうさの身体が膨らんでいるのがわかった。

 長崎がまたジルの手を握り、触らせるのにジルの目が大きく見開かれた。

「熱いです……ここだけ熱いです」

「でしょ、投げた時ぶつけて、内出血してるのよ」

 長崎は注射器を握って、怪我の近くにすばやく注射した。

 一瞬痙攣したじじうさだったけれども、すぐにおとなしくなった。

 ジルは長崎の手にしている注射器を見て震えていた。

「あ、あわわ……」

 長崎は時計を確かめながら震えているジルにあきれ、晶子にガーゼを持たせた。

 晶子に目で合図をしながら、長崎は時計の数字を見てメスを入れる。

「!!」

 ほんの一~二センチ切っただけだった。

 じじうさの背中に血があふれた。

 長崎が視線をやると、晶子がそれを受けてさっとガーゼを当てた。

「あっちゃん!」

「はい!」

 長崎が大きな声を上げるのに、晶子は飛び上がっていた。

 見守っていたジルがフラッとするのが見えた。

 晶子は長崎の声の意味を悟ってジルの身体を支えた。

「後は私だけで何とかなるから」

 長崎の言葉を聞いて晶子は頷いた。


 ジルがゆっくりと目を見開いた。

 青い空と暖かな日差しにジルが身体を起こすと、そこは噴水の側だった。

「ジル、大丈夫?」

 声に周囲を見回した。

 晶子はすぐ隣に座っていた。

「あっちゃん……」

「治療始めたら、ジル気を失っちゃって」

「……」

 ジルは手術室での出来事を思い出しながら、血の出るシーンを思い出してブンブンと首を横に振った。

「ぼくは、どうしてここに?」

「うん、晶子が運んだんだよ」

「あ、ありがとう……」

 ジルが見つめると、晶子は頷いて、

「うん、治療はさっき終わったみたいだよ」

「……」

「じじうさ、大丈夫なんだって」

 途端にジルの脳裏で腹を上にして動かなくなったじじうさの姿が、はっきりと思い出されていた。

 ジルは自らの肩を抱き、そして交差した腕を見て息を呑んだ。

 ズボンにちょっとした血の跡がついていた。

 そんなしみをうつむいて見ているジルの瞳にどんどん涙が溜まっていく。

「ね、先生大丈夫って言ってたよ」

「……」

「元気出して!」

 微笑みかける晶子の前で、ゆっくりとジルが面を上げる。

 最初は微笑んでいた晶子も、そこに目を真っ赤にしたジルの顔を見て表情をこわばらせていた。

「あっちゃん!」

「!!」

 怒っているジルの口調に、晶子は小さくなっていた。

 ジルは寝かされていたベンチから立ち上がると、

「あっちゃんがニワトリさん持ってくるからいけないんだ!」

 口を大きく開け、怒鳴るジルに晶子は身体を硬直させていた。

「掃除もしないで!」

「ごめん……」

「いじわるな事ばっかり!」

 ジルは晶子の肩をつかまえ、揺すった。

「あっちゃんなんか、いなければよかったんだ!」

 ジルの手に力がこもり、晶子の肩にくいこんだ。

「あっちゃんのバカ!」

 言われても言われても、晶子は黙ったままだった。

 ジルの眼鏡の奥の瞳から、涙があふれた。

 こぼれた涙はジルの眼鏡に落ち、そして晶子の手に落ちて弾けた。

 そんな滴に晶子が顔を上げると、泣きながらにらみつけるジルの目があった。

「もう、あっちゃんなんか見たくもない!」

「ご、ごめん……」

 ジルの目からどんどん涙が流れ落ちた。

 晶子は困った顔をしてポケットからタオル地のハンカチを出すと差し出した。

「あっちゃんのなんかいらない!」

 ジルの手が晶子の手を払った。

 勢いよく弾かれた晶子の手。

 飛ばされたハンカチは宙を舞い、噴水に落ちた。

「どっか行っちゃえ!」

「うん……」

「バカ晶子!」

「ごめんね……」

 晶子は立つと背を向け、歩き始めた。

 ジルは膝から崩れ落ちると、固めた拳を石畳に叩きつけた。

 噴水の水面を叩く音。

 ジルの拳は何度も振り上げられ、石畳に振り降ろされた。

「あっちゃんのバカ!」

 拳が石畳にぶつかり、手に血がにじんだ。

 拳が動きを止めると、今度は頭を何度もぶつけた。

 ジルの眼鏡が落ちて石畳の上を滑っていく。

 額を何度もぶつけているうちに、額が裂けて血がにじむようになった。

「あっちゃんのバカ!」



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 晶子のいたずらで怪我をしたじじうさ。

 ジルと晶子の溝が深まる。

 最初は「あっちゃんなんか……」思っていたジルの気持ちが、ちょっとずつ変化する。

 晶子の家まで押しかけるジル……しかし閉ざされた玄関は開かない。

 ジルは晶子のハンカチを手に、開かないドアを見上げた。


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