HappyJuneWedding 後篇
ブライズメイド
「きれい・・・」
いよいよ式が始まった。招待客は親族をはじめ、ごく少数の親しい人だけだと聞いていた。その言葉通り、ホテルの敷地の一角を占めるとても美しいチャペルは最後尾まで埋まってはいない。
「結衣さんもこんな結婚式してください」
隣に立っている玲ちゃんが囁く。
「何年後の話かしら?」
もしかしたら、私より玲ちゃんのほうが早く結婚するかもしれない。だって、彰はのんびりしているけど、三井くんはしっかり者で彰曰く、”今すぐにでも玲ちゃんと結婚したいと思ってる“人だから。
式は滞りなく進み、私たちの役目も無事に終わりそうだ。
「じゃあ、最後に里佳さんにブーケを投げてもらおうか」
いつの間にそうなったのか、司会を買って出たらしい仕切り屋の兄がホールで最後の挨拶をした今日の主役に声をかけた。
「山口君、今日は、ブーケを渡したい相手がいるんだけど」
兄の言葉に、田部井さん・・・じゃなかった、里佳さんはにっこりと微笑んだ。
「だって、今日の招待客の中には、独身者が少ないから」
確かにその通りだ。お二人の親せき関係の方もほとんどみんな結婚指輪をしていて、1番若いのはたぶん、玲ちゃんと三井くんだ。
「では、花嫁に選ばれた次なる花嫁は?」
兄がマイクの代わりに使っている真っ赤なバラの花を向けると、里佳さんはちょっと考えてから言った。
「花嫁・・・にはれないだろうけど、次に結婚してほしい人・・・というか、結婚して花嫁を幸せにしてほしい人・・・受け取って!」
そう言って里佳さんはドレスのまま階段を何段か駆け上がって振り向き、とってもきれいな放物線を描いてブーケを投げた。
「・・・‼」
狙いたがわずにブーケは白くて指の長い、大きくてとてもきれいな手に収まった。
「・・・田部井さん‼じゃなかった、里佳さん!どうして俺じゃないんですか?」
ブーケを受け取った人物から数歩離れたところに立っていた彰が眉を下げて抗議する。
「藤堂は大丈夫だと思ってるから」
こんな時でも中身が男前(?)な里佳さんはにっこりと微笑んで上条さんの隣に戻った。
「俺は大丈夫じゃないと思われてるんですね」
ブーケを受け取った三井くんが怖いくらいきれいに微笑んだ。
いらしたお客様を全員お見送りして、玲ちゃんと三井くん、彰と私、それと兄。最後に残った私たちに、上条さんがきれいな封筒を差し出した。
「気遣うなよ。いらねーって」
最初に差し出された兄は上条さんに掌を向けて首を振った。
「そうはいかないな」
上条さんも譲らない。私の知っている限り、上条さんは常に兄のお目付け役のような人だったが、唯一はっきりと兄を言葉で制することのできる人だ。
「・・・俺が受け取らねーとみんな受け取れないから受け取ってやるよ」
上条さんの真っ直ぐな瞳に負けたらしい兄は封筒を受け取った。
「ありがとう。はい、藤堂くん」
今度は彰に差し出される。
「あ、いや、そんな・・・」
「藤堂、俺が受け取ったんだからお前も黙って受け取れ。お前たちもだぞ」
私と玲ちゃんと三井くんは”お前たち”にまとめられた。
「あまり遠慮しないでほしいな。中身は現金ではなくて、みんなの好きなものなんだ」
上条さんはふわりと微笑んで、私たちにも封筒をくれた。
「中身は最新公演のチケットよ。みんなそれぞれの恋愛に役立てて。幸せな私と透からの幸せのおすそわけ」
「では、遠慮なく」
そう答えたのは三井くんだった。
「いい結婚式だったね」
「うん、結衣ちゃんもこんな感じがいい?」
帰り道で彰が私を抱き寄せた。
「今日のために建てられたチャペルみたいね」
「あ、話逸らしたね。でも、そうかもしれないよ」
彰の言葉に首を傾げて彰を見上げると、意味ありげに微笑んだ。
「あのチャペルを設計したのは上条さん自身だよ」
ホテルのチャペルを設計に来た建築士と、ホテルのフロント担当。それがふたりの馴れ初めだったらしい。
「出会った場所で、自分の設計したチャペルで結婚式を挙げるなんて、とてもすてきね」
家まであと少し・・・。
「ねえ、結衣ちゃん、すぐ帰りたい?」
「え?」
「ちょっとだけ、海見ていかない?」
何のことはない彰の誘いに乗って、私は結婚式用のヒールだということも忘れて、手を引かれて浜辺に続く階段をゆっくりと降りた。
29歳のプロポーズに続く・・・